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天狗大戦争
崇徳の結末
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一方。妖怪コンビの心の片隅では、崇徳が身を挺して守りにくる予感は元々していた。
それは各々が崇徳と剣を交わし、彼の心中に触れたからこそ分かること。崇徳と相模坊は、野沢とアマネのような関係であったことを。互いが互いを思いやり、相手のためならどんな困難だろうと背負ってみせる。揺るぎない信頼関係で結ばれた絆を、二人は崇徳の振る舞いに見た。
「もトよりこノ魂、無に帰すべき穢れヨ。ならバせめテ、身体が朽ちるその時まで、こやつの味方でありたい」
背にずぶりと深く刺さった刀を抜くこともせず、崇徳は相模坊を抱えて飛び立った。一心不乱に黄泉の国と現世を繋ぐ門へと駆けていく。
「ほう。難儀なやつだな。そして惜しいやつでもある」
男が陽炎のようにゆらぎ――。
「しかし例外がない限り、法は絶対だ。残念ながら」
すうっと霧散する。
既に門との距離を半分以上詰めていた崇徳の真上に、男が出現した。
「わりいな」
男は両手を握り合わせ、無慈悲な鉄槌を振り下ろした。両手は崇徳に突き刺さっている刀の柄を捉え、刀がさらに深くめり込む。凄まじい力を叩き込まれた崇徳は、そのまま真下へと落下した。特殊な刀であるゆえか、刀身が岩肌にやすやすと突き刺さり、崇徳は串刺し状態となった。咄嗟に相模坊を脇に避けたため、二人合わせて貫かれるということはなかった。魂の分解が進行しているのか、崇徳の身体が赤く発光する。体力も尽きかけているのか、だらりと力なく両腕をぶら下げた。その腕に抱えられていた相模坊は、当然地面へと放り出された。
「もういい。もうやめてくれ!」
「お前、さっきから行動が挙動不審になっていることに自分で気付いてるか?」
半裸の男が上空からゆっくりで降下してくる。崇徳と男の間に立ちはだかったのは、あろうことか憎しみに囚われているはずのアマネだった。遅れて野沢が彼女の隣に並ぶ。その傍ら、地面に降り立った男の隣には妖艶な女性が並んだ。
女が言う。
「確かにこの男の気概は見上げたものよ。穢れてるのが嘘みたい。でも、法は守るためにあるの。ここは死の国。あらゆる魂が集まる場所。閻魔大王のもとへと送るか、輪廻の輪に通すか、神へと昇華させるか……。魂を選別し、適切な場所へと送り出す役割を持った世界。だから静謐かつ厳かでなければいけないの。穢れた魂達を制することがどれだけ大変な事か、想像したら分かるでしょう?」
男が女の話をまとめる。
「……過ちを犯せば永遠に殺される。その恐怖が成り立っているからこその秩序。ヘタに例外を出せば、暴れだす愚かな魂も増えるってもんだ。だから殺す。簡単な話だろ?」
「けど!」
「反論するなら、お前も殺す。いいんだな?」
言い返そうとするアマネの言葉を、無機質な声で男が遮った。アマネは緊迫した様子を見せながらも、声をつまらせた。
当然だ。二人を赤子のように扱っていたあの崇徳が、こうも簡単にのされてしまったのだから。間違いなく勝てる相手ではない。それでも彼女は崇徳と相模簿を生かしたい気持ちを諦めきれない。何か方法は無いかと、苦々しく唇を喰む。
「なあ……一ついいか」
ここで野沢が動いた。彼の中で芽生えていたとある一つの予感。一つの希望。一つの朧気な光明。
「なんだ」
鬱陶しげに男は野沢に目をやった。女も小さくため息を吐いて、腰に両手を当てる。
「これをテラ公から……いや、天照大御神から預かったんだが。お前らのことじゃねえかと思ってな」
言いながらジーンズをまさぐり、親しい神が前髪につけていた髪飾りを取り出す。それを目にした二人は明らかに驚きの表情を浮かべていた。
「お前、それをどこで……」
「返答次第では、死よりも辛い苦しみを与えることになりますよ?」
予想通りの二人の反応に野沢はかぶりを振り、なるたけ真摯に答えた。
「テラ公が俺に言ったんだ。これを渡せば、あんたらが助けてくれると。もう既に、あいつが狙っていた展開とは違う道にいるんだろうがな」
貸してみろ、と半裸の男が髪飾りを野沢の手からぶんどる。しばし手の内で髪飾りを見つめ――小さく息を吐いた。
「ほら、母上。どうやら間違いないようだ」
髪飾りが女に渡り、手の内で見つめる。やがて男と同じ反応を取った。
「確かにこれは我が娘の声。貴方達を助けて欲しいという念も込められていますね」
「あんたら……テラ公の家族だったのか?」
自身の装飾品を見せるだけで助けを頼める間柄だ。なんらかの繋がりがあるのはもちろんのことだが、まさか家族だったとは。
「言ってなかったか? 俺は黄泉の国の主にして、天照大御神の弟。スサノオだ。名前ぐらい知ってるだろう?」
「同じくこの国の主にして、天照大御神の母。イザナミです。現世では元夫との壮絶な夫婦喧嘩に尾ひれがついているようですが、あの言い伝えは間違いです。私は絶対に悪くありません」
「まじか」
どちらも日本で有名な神だった。日本人であれば、誰もが一度は耳にするほどの認知度を誇るといっても過言ではないだろう。
驚き固まる野沢を見かねて、スサノオとイザナミは言葉を紡ぐ。
「で、俺達になにをしろと?」
「そうですね。命の危機が去った今となっては、助けるもなにもないでしょう?」
「おっと。安心しな。ちゃんと門まで送り届けてやっからよ。姉さんのお墨付きとなりゃあ、丁重に扱わせてもらうぜ」
「そうね。あとせっかくだから、このあと城にも寄っていきませんか? 歓迎しますよ」
「――そうじゃない」
すっかり気を緩めた二人に、アマネがピシャリと言い放った。
「そうじゃないんだ。助けてほしいことは残ってる」
彼女は迷いのない瞳で、親子を見つめる。野沢も彼女の意図を察して、親子を真っ直ぐに見た。
「お願いだから、この二人の命を助けてくれ……頼む」
親子は一瞬、眉根を下げてムッとした。が……やがて、やれやれと言わんばかりに大きなため息を吐く。
「他の誰でもない。実の姉さんの願いだしなあ……どうする母上」
「今回の問題に対する責任や報告書の類を、娘が負ってくれるというのなら、助けても構わないけれど……」
「それで頼む」
野沢が力強い語調で、頭を下げた。自然と、彼女がネチネチと自分に小言を言ってくる姿が思い浮かんだ。
「しょうがないわねえ」
ついに諦めた様子で、ふらりとイザナミが崇徳のもとへと歩みを進めた。
「ほらスーちゃん。早く剣を片付けて頂戴な。じゃないと、そろそろ消滅してしまいますよ」
スサノオは母の呼びかけに頷きつつ、アマネの前まで歩いてきた。
「ひとつ聞かせてくれ」
その丈、二メートルはあろうかと錯覚するほどの巨体が彼女を見おろす。アマネは黙ってスサノオを見つめ返し、言葉の続きを待った。
「なぜ助けようとする考えに至った。お前の仇なのだろう? 先ほどまでとてつもない殺気を放っていたじゃないか」
「死んでしまったら、もうぶん殴れないだろう」
淀みない面持ちで発言する彼女の目を見て、くははと声を上げてスサノオは笑った。
「そりゃあそうだ」
ばっと身体を翻し、崇徳に向けて手をかざす。すると奴の身体を貫いていた漆黒の刀が砂塵のように消失していく。支えを失った崇徳はばさりと地面にその身を打ち付けた。
「この後、貴方達にはじっくりとお話を聞かせてもらいますからね」
「こ、レは、どういう、風の吹キ回シ、ダ」
崇徳が息も切れ切れに言葉を漏らす。そんな彼の前にイザナミがしゃがみ込み、黒い光を浴びせかける。見た目こそすれ闇そのものであるが、性質は間違いなく神気のそれであった。みるみるうちに崇徳の魂が存在を取り戻し、呼吸も落ち着いたものへと変わっていく。
「おら、てめえもいい加減に起きやがれ」
一方、スサノオはその手に黒い気体をまとわせ、相模坊の鼻先へと運ぶ。するとその気体が自ら奴の鼻へと侵入し――。
「げは! げふ!」
奴の意識を取り戻させる。
相模坊はすぐさま辺りをきょろきょろと見回した。
「崇徳様! 崇徳様!?」
それからイザナミによる治療が行われている崇徳の姿を見つけ、一目散に彼の傍へと這い寄る。
見回す際、奴の視界には妖怪コンビの姿も映っていたが、二人の事はもうどうでもいいようだった。
「ああ崇徳様……どうしてこのようなことに。おい、そこの女! 今すぐ崇徳様から離れろ!」
「あらあら。これまた随分な物言いだこと」
「やっぱり殺っちまうか?」
鈍感とは恐ろしいものである。相模坊は二人の底知れない気に圧倒される様子もなく、自身の目的を完遂することだけしか頭になかった。
「さあ、崇徳様。余興は終わりです。人の浅ましさはご理解なされたでしょう。さっさと現世の門へと向かい、人間達へ天誅を」
「もうよイ」
「え? 今、なんと」
「もウよいのダ。相模坊よ」
崇徳は仰向けの姿勢のまま、相模坊の頬に手をやった。
「な、なにを仰るのです。それでは貴方がその身に受けた屈辱を晴らせないではありませんか」
彼の言葉を、黙って首を振ることで否定する。
「私ハ、お前が無事なラそれで良イ。お前がこうして息をしているだけで……危険に脅かされず、平安な世で暮らせているだけで、私は幸せだ」
「しかし……!」
「私は、お前に救われた。人に裏切られ、それでも人を信じ、そして裏切られる生涯だった。人並みの愛情と居場所が欲しかっただけなのに。……それをお前が与えてくれた。その時点で、私の憎しみはとうに消え去っていた」
ゆえに人の世を混沌に陥れる気は最初から無かったのだと、崇徳は暗に言っていた。一拍置いて、再度口を開く。
「すまなかった」
その言葉こそが、彼が相模坊に従う素振りを見せていた答えであった。
「私が急に姿を消したことが、発端だったのだろう?」
「どうして……どうして何も言わずにいなくなられたのですか!」
「お前は私に縛られていた。穢れきった魂は、この国に赴き、新たな道を歩むほかない。永遠にかの地で鎮められることを辞め、お前を解放したかったのだ」
相模坊は惜しげもなく涙を流し、しきりに袖で拭う。
「私はそんなこと望んでいなかった! 貴方と過ごせるだけで私は!」
「そう言うと思ったから、黙って姿を消したのだ。よもやこのような事態を招くとは思いもしなかったが」
崇徳が相模坊に従っていた理由は罪悪感だった。己が良かれと思って行動した結果、大切な相手を孤独に陥れ、多くの人間の命を奪わせ、人の世への憎しみを募らせる形となってしまった。
そのため、自身が招いた事態ゆえに相模坊の願いを断るわけにもいかなかった。せめてもの罪滅ぼしとして、自身を打ち負かしてくれる相手を待つことにしたのだった。
しかしそれもまた、目の前で泣いている相模坊を見て、過ちだと知る。
元より、真摯に気持ちを伝えるべきだったのだと、崇徳はようやっと気付いた。
「先ほど私の元に、お前が現れた時……様々な思いが巡った。だが皮肉なことに、その中で最も際立っていたのは、お前と再会することが出来た嬉しさだった」
「……崇徳様。それでは帰りましょう。また二人で過ごしましょうよ」
黙って首を振る崇徳。
「……なぜ!」
「これ以上、私は誰かに迷惑をかけとうない。この国で魂の選定を待つことにする。これはお前のためでもあるのだ。分かってくれ」
「ならば私もこの国にいます!」
「あまりわがままを言うでない。お前の身では、この国で生きていけないだろう。分かってくれ……私も辛いのだ」
と、これまで話を横で聞いていたスサノオが横槍を入れる。
「いんや、わがままというほどでもないぜ」
「崇徳さんの声が、途中からすらすらと流れるようになったことに気づきましたか?」と、イザナミも続く。
確かに思い返すと、後半は崇徳の声に乱れがなかったように思える。
「性質を変えてみたの。歪で不安定だった貴方の魂を、ブレのない安定化した魂へとね」
「怨霊を扱う術を見て、ピンときた。俺の国に蔓延っていたはずの魍魎達を唆して、現世へと飛び出させたのは、お前の仕業だな? やるじゃないか」
「貴様ら崇徳様に何をしたのだ!?」
取り乱す相模坊を手で制し、
「褒められるようなことをした覚えはない。結論から話せ」
崇徳は仰向けのまま、スサノオへと顔を向けた。
「俺の国で働け。他の者の魂を、ここまで巧みに操れる奴はそうはいねえんだ。国を統治する側の者として、俺の側近になれ。ふさわしい役職についてはこれから検討していく。どうだ?」
「崇徳様がそのような申し出を受けるわけがないだろう」
「いや……受けよう。ただ、ひとつだけ願いを聞いてもらえるか」
「崇徳様!?」
彼の返答に、ほうとスサノオは唸り、胸の前で両腕を組んだ。
「なんだ言ってみろ」
「ここにいる相模坊も……私の親友も、この国で一緒に住まう方法はないか? お前は今しがた、『わがままというほどでもない』と言った。あるのだろう?」
「ある。お前がこの国で魂が尽きるまで働くというのなら、手はずを整えてやろう」
今度はイザナミが息子の隣に並び、言った。
「だけれど、その肉体は捨ててもらうことになるわ。純粋な魂となることが条件。崇徳さんと同じように、貴方の魂も安定化させた上で、この国の住人になってもらう」
崇徳の心配など、お見通しと言っているかのように、スサノオが続く。
「別に現世へと二度と出ることが出来ないわけじゃねえ。この国の食物であれば、飲み食いも出来るしな」
崇徳は黄泉の国を統治する二人に対し、首肯する。
「どうだ、相模坊」
「どうだも何も、崇徳様と一緒にいられるのなら、この身を捨てることなど造作もありません」
「それは良かった」
彼は心からの安堵を漏らして、目を閉じた。
それは各々が崇徳と剣を交わし、彼の心中に触れたからこそ分かること。崇徳と相模坊は、野沢とアマネのような関係であったことを。互いが互いを思いやり、相手のためならどんな困難だろうと背負ってみせる。揺るぎない信頼関係で結ばれた絆を、二人は崇徳の振る舞いに見た。
「もトよりこノ魂、無に帰すべき穢れヨ。ならバせめテ、身体が朽ちるその時まで、こやつの味方でありたい」
背にずぶりと深く刺さった刀を抜くこともせず、崇徳は相模坊を抱えて飛び立った。一心不乱に黄泉の国と現世を繋ぐ門へと駆けていく。
「ほう。難儀なやつだな。そして惜しいやつでもある」
男が陽炎のようにゆらぎ――。
「しかし例外がない限り、法は絶対だ。残念ながら」
すうっと霧散する。
既に門との距離を半分以上詰めていた崇徳の真上に、男が出現した。
「わりいな」
男は両手を握り合わせ、無慈悲な鉄槌を振り下ろした。両手は崇徳に突き刺さっている刀の柄を捉え、刀がさらに深くめり込む。凄まじい力を叩き込まれた崇徳は、そのまま真下へと落下した。特殊な刀であるゆえか、刀身が岩肌にやすやすと突き刺さり、崇徳は串刺し状態となった。咄嗟に相模坊を脇に避けたため、二人合わせて貫かれるということはなかった。魂の分解が進行しているのか、崇徳の身体が赤く発光する。体力も尽きかけているのか、だらりと力なく両腕をぶら下げた。その腕に抱えられていた相模坊は、当然地面へと放り出された。
「もういい。もうやめてくれ!」
「お前、さっきから行動が挙動不審になっていることに自分で気付いてるか?」
半裸の男が上空からゆっくりで降下してくる。崇徳と男の間に立ちはだかったのは、あろうことか憎しみに囚われているはずのアマネだった。遅れて野沢が彼女の隣に並ぶ。その傍ら、地面に降り立った男の隣には妖艶な女性が並んだ。
女が言う。
「確かにこの男の気概は見上げたものよ。穢れてるのが嘘みたい。でも、法は守るためにあるの。ここは死の国。あらゆる魂が集まる場所。閻魔大王のもとへと送るか、輪廻の輪に通すか、神へと昇華させるか……。魂を選別し、適切な場所へと送り出す役割を持った世界。だから静謐かつ厳かでなければいけないの。穢れた魂達を制することがどれだけ大変な事か、想像したら分かるでしょう?」
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「……過ちを犯せば永遠に殺される。その恐怖が成り立っているからこその秩序。ヘタに例外を出せば、暴れだす愚かな魂も増えるってもんだ。だから殺す。簡単な話だろ?」
「けど!」
「反論するなら、お前も殺す。いいんだな?」
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当然だ。二人を赤子のように扱っていたあの崇徳が、こうも簡単にのされてしまったのだから。間違いなく勝てる相手ではない。それでも彼女は崇徳と相模簿を生かしたい気持ちを諦めきれない。何か方法は無いかと、苦々しく唇を喰む。
「なあ……一ついいか」
ここで野沢が動いた。彼の中で芽生えていたとある一つの予感。一つの希望。一つの朧気な光明。
「なんだ」
鬱陶しげに男は野沢に目をやった。女も小さくため息を吐いて、腰に両手を当てる。
「これをテラ公から……いや、天照大御神から預かったんだが。お前らのことじゃねえかと思ってな」
言いながらジーンズをまさぐり、親しい神が前髪につけていた髪飾りを取り出す。それを目にした二人は明らかに驚きの表情を浮かべていた。
「お前、それをどこで……」
「返答次第では、死よりも辛い苦しみを与えることになりますよ?」
予想通りの二人の反応に野沢はかぶりを振り、なるたけ真摯に答えた。
「テラ公が俺に言ったんだ。これを渡せば、あんたらが助けてくれると。もう既に、あいつが狙っていた展開とは違う道にいるんだろうがな」
貸してみろ、と半裸の男が髪飾りを野沢の手からぶんどる。しばし手の内で髪飾りを見つめ――小さく息を吐いた。
「ほら、母上。どうやら間違いないようだ」
髪飾りが女に渡り、手の内で見つめる。やがて男と同じ反応を取った。
「確かにこれは我が娘の声。貴方達を助けて欲しいという念も込められていますね」
「あんたら……テラ公の家族だったのか?」
自身の装飾品を見せるだけで助けを頼める間柄だ。なんらかの繋がりがあるのはもちろんのことだが、まさか家族だったとは。
「言ってなかったか? 俺は黄泉の国の主にして、天照大御神の弟。スサノオだ。名前ぐらい知ってるだろう?」
「同じくこの国の主にして、天照大御神の母。イザナミです。現世では元夫との壮絶な夫婦喧嘩に尾ひれがついているようですが、あの言い伝えは間違いです。私は絶対に悪くありません」
「まじか」
どちらも日本で有名な神だった。日本人であれば、誰もが一度は耳にするほどの認知度を誇るといっても過言ではないだろう。
驚き固まる野沢を見かねて、スサノオとイザナミは言葉を紡ぐ。
「で、俺達になにをしろと?」
「そうですね。命の危機が去った今となっては、助けるもなにもないでしょう?」
「おっと。安心しな。ちゃんと門まで送り届けてやっからよ。姉さんのお墨付きとなりゃあ、丁重に扱わせてもらうぜ」
「そうね。あとせっかくだから、このあと城にも寄っていきませんか? 歓迎しますよ」
「――そうじゃない」
すっかり気を緩めた二人に、アマネがピシャリと言い放った。
「そうじゃないんだ。助けてほしいことは残ってる」
彼女は迷いのない瞳で、親子を見つめる。野沢も彼女の意図を察して、親子を真っ直ぐに見た。
「お願いだから、この二人の命を助けてくれ……頼む」
親子は一瞬、眉根を下げてムッとした。が……やがて、やれやれと言わんばかりに大きなため息を吐く。
「他の誰でもない。実の姉さんの願いだしなあ……どうする母上」
「今回の問題に対する責任や報告書の類を、娘が負ってくれるというのなら、助けても構わないけれど……」
「それで頼む」
野沢が力強い語調で、頭を下げた。自然と、彼女がネチネチと自分に小言を言ってくる姿が思い浮かんだ。
「しょうがないわねえ」
ついに諦めた様子で、ふらりとイザナミが崇徳のもとへと歩みを進めた。
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「ひとつ聞かせてくれ」
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「なぜ助けようとする考えに至った。お前の仇なのだろう? 先ほどまでとてつもない殺気を放っていたじゃないか」
「死んでしまったら、もうぶん殴れないだろう」
淀みない面持ちで発言する彼女の目を見て、くははと声を上げてスサノオは笑った。
「そりゃあそうだ」
ばっと身体を翻し、崇徳に向けて手をかざす。すると奴の身体を貫いていた漆黒の刀が砂塵のように消失していく。支えを失った崇徳はばさりと地面にその身を打ち付けた。
「この後、貴方達にはじっくりとお話を聞かせてもらいますからね」
「こ、レは、どういう、風の吹キ回シ、ダ」
崇徳が息も切れ切れに言葉を漏らす。そんな彼の前にイザナミがしゃがみ込み、黒い光を浴びせかける。見た目こそすれ闇そのものであるが、性質は間違いなく神気のそれであった。みるみるうちに崇徳の魂が存在を取り戻し、呼吸も落ち着いたものへと変わっていく。
「おら、てめえもいい加減に起きやがれ」
一方、スサノオはその手に黒い気体をまとわせ、相模坊の鼻先へと運ぶ。するとその気体が自ら奴の鼻へと侵入し――。
「げは! げふ!」
奴の意識を取り戻させる。
相模坊はすぐさま辺りをきょろきょろと見回した。
「崇徳様! 崇徳様!?」
それからイザナミによる治療が行われている崇徳の姿を見つけ、一目散に彼の傍へと這い寄る。
見回す際、奴の視界には妖怪コンビの姿も映っていたが、二人の事はもうどうでもいいようだった。
「ああ崇徳様……どうしてこのようなことに。おい、そこの女! 今すぐ崇徳様から離れろ!」
「あらあら。これまた随分な物言いだこと」
「やっぱり殺っちまうか?」
鈍感とは恐ろしいものである。相模坊は二人の底知れない気に圧倒される様子もなく、自身の目的を完遂することだけしか頭になかった。
「さあ、崇徳様。余興は終わりです。人の浅ましさはご理解なされたでしょう。さっさと現世の門へと向かい、人間達へ天誅を」
「もうよイ」
「え? 今、なんと」
「もウよいのダ。相模坊よ」
崇徳は仰向けの姿勢のまま、相模坊の頬に手をやった。
「な、なにを仰るのです。それでは貴方がその身に受けた屈辱を晴らせないではありませんか」
彼の言葉を、黙って首を振ることで否定する。
「私ハ、お前が無事なラそれで良イ。お前がこうして息をしているだけで……危険に脅かされず、平安な世で暮らせているだけで、私は幸せだ」
「しかし……!」
「私は、お前に救われた。人に裏切られ、それでも人を信じ、そして裏切られる生涯だった。人並みの愛情と居場所が欲しかっただけなのに。……それをお前が与えてくれた。その時点で、私の憎しみはとうに消え去っていた」
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「すまなかった」
その言葉こそが、彼が相模坊に従う素振りを見せていた答えであった。
「私が急に姿を消したことが、発端だったのだろう?」
「どうして……どうして何も言わずにいなくなられたのですか!」
「お前は私に縛られていた。穢れきった魂は、この国に赴き、新たな道を歩むほかない。永遠にかの地で鎮められることを辞め、お前を解放したかったのだ」
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「私はそんなこと望んでいなかった! 貴方と過ごせるだけで私は!」
「そう言うと思ったから、黙って姿を消したのだ。よもやこのような事態を招くとは思いもしなかったが」
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そのため、自身が招いた事態ゆえに相模坊の願いを断るわけにもいかなかった。せめてもの罪滅ぼしとして、自身を打ち負かしてくれる相手を待つことにしたのだった。
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「……崇徳様。それでは帰りましょう。また二人で過ごしましょうよ」
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「……なぜ!」
「これ以上、私は誰かに迷惑をかけとうない。この国で魂の選定を待つことにする。これはお前のためでもあるのだ。分かってくれ」
「ならば私もこの国にいます!」
「あまりわがままを言うでない。お前の身では、この国で生きていけないだろう。分かってくれ……私も辛いのだ」
と、これまで話を横で聞いていたスサノオが横槍を入れる。
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「崇徳さんの声が、途中からすらすらと流れるようになったことに気づきましたか?」と、イザナミも続く。
確かに思い返すと、後半は崇徳の声に乱れがなかったように思える。
「性質を変えてみたの。歪で不安定だった貴方の魂を、ブレのない安定化した魂へとね」
「怨霊を扱う術を見て、ピンときた。俺の国に蔓延っていたはずの魍魎達を唆して、現世へと飛び出させたのは、お前の仕業だな? やるじゃないか」
「貴様ら崇徳様に何をしたのだ!?」
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「崇徳様がそのような申し出を受けるわけがないだろう」
「いや……受けよう。ただ、ひとつだけ願いを聞いてもらえるか」
「崇徳様!?」
彼の返答に、ほうとスサノオは唸り、胸の前で両腕を組んだ。
「なんだ言ってみろ」
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「ある。お前がこの国で魂が尽きるまで働くというのなら、手はずを整えてやろう」
今度はイザナミが息子の隣に並び、言った。
「だけれど、その肉体は捨ててもらうことになるわ。純粋な魂となることが条件。崇徳さんと同じように、貴方の魂も安定化させた上で、この国の住人になってもらう」
崇徳の心配など、お見通しと言っているかのように、スサノオが続く。
「別に現世へと二度と出ることが出来ないわけじゃねえ。この国の食物であれば、飲み食いも出来るしな」
崇徳は黄泉の国を統治する二人に対し、首肯する。
「どうだ、相模坊」
「どうだも何も、崇徳様と一緒にいられるのなら、この身を捨てることなど造作もありません」
「それは良かった」
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