山吹アマネの妖怪道中記

上坂 涼

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天狗大戦争

魔縁

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 一世一代の大作戦が始まった。
 相手は国を後ろ盾にした得体の知れない秘密組織と、人間を殺すことを厭わない天狗の集団。アマネがそういった天狗を三障四魔|《さんしょうしま》に陥った『魔縁|《まえん》』と呼ぶと教えてくれた。父親の天狗達とは性質が違うらしい。
 日中は動きが鈍るのか、明け方までの睨み合いで体力を使い果たしたか、はたまた兵を集めているのか。アマネ達が友人町を出た後も、天狗の眷属が姿を現すことはなかった。
 やはり探偵コンビの方に向かったのだろうか。
 町を出る前に鳳仙は言っていた。「生粋の神であるアマテラスさんは神気を隠すことが出来ないと聞きました。まず天狗に勘付かれる。ですから潜入にはそぐわない。そちらのグループにつくか、囮として妖怪研究事務所にいるべきだ」と。
「じゃあ、他になにか安全策はないのか」という野沢の心配に対しても、鳳仙は「万が一捕まったとしても、アマネさん達を牽制する捕虜として丁重に扱われるはずです。大人しくアマネさん達の助けを待ちますよ」と言った。
「ただ……どうしても心配だというのなら、これを渡しておきましょう」と、野沢を安心させようと思ったのか、鳳仙はあるものを彼に渡した。
 それはアマネの家を盗聴しているスマートフォンと同じものだった。盗聴されていることを露ほども知らない野沢に「これは私達の身の回りの音声が聞ける代物です。一方通行の電話だと思ってくれれば結構。ワイヤレスのイヤホンも差し上げましょう。これで移動中も難なく私達の動向が分かるはずです。ま、気休めですけどね」と説明した。
 そして二人は今、新横浜駅始発の『東海道新幹線のぞみ二十九号』の中にいた。
「本当に新幹線で良かったのかね」
 と、野沢が背もたれに頭を預けて、車窓から景色を眺める。野沢の耳にはしっかりとワイヤレスイヤホンが取り付けられている。イヤホンからは、時折二人が会話しているのが分かるが、会話そのものが端的で短いので、野沢には何についての話なのかを推し測ることが出来なかった。
「ここは鳳仙に従おうぜ。準備もあるって言ってたしな」
 野沢の懸念にアマネが答えた。彼女はハグハグと駅弁に貪りついている。これから念願の父親との再会や決戦が待っているというのに、実にあっけらかんとしている。
 野沢の案では、アマネに抱えられて空を飛んだ方が早いというものだった。彼女が本気で空を飛べばジャンボジェット機に匹敵する速度で移動できる。時速にして約九百キロメートルの速度である。島根県まで一時間足らずで到着出来るのだ。
 だがアマネも鳳仙もそれを渋った。理由としては簡単だ。魔縁達に勘付かれるから。今回の重要なポイントは、いかに魔縁に気づかれず、隠密行動が出来るかとのこと。
 アマネが空を高速で飛ぶと、妖気がダダ漏れになるらしい。スピードが速ければ速いほど、露出する妖気は大きくなり、妖気の残り香も長く漂うようだ。
 ちなみに天狗はかつて中国で流星を意味する言葉であった。天から地に降り注ぎ、人々に災厄をもたらす凶星――つまり隕石に例えられていた。そして日本では平安時代後期の書物から妖怪として姿を現した。この二つが結ぶものは何か。
 ……そう。彼らは大昔から存在し、音速を超える速度で空を飛んでいたということ。人間であるアマネはジャンボジェット機の速度だが、天狗達は本気を出せば隕石の如き速度で移動出来るのだ。変に勘付かれ、敵側が野沢達を追う判断をすれば、あっという間に追いつかれてしまうことになる。
 野沢もそれを聞き、ようやっと空を飛ぶ作戦は危険なことを理解した。そのため、もどかしい気持ちを抱えつつ、七時間の島根県への旅を呑んだ。伊賦夜坂の最寄り駅である揖屋(いや)駅への到着予定時刻は夕方の十八時。そこからタクシーで五分の距離を移動して、伊賦夜坂に辿り着くことが出来る。
 鳳仙達は午後十五時まで作戦を整え、潜入に必要な道具を揃えたら潜入を開始するようだ。彼らの大一番はそこから始まる。
 道中は一連の流れを何度も何度もアマネと確認しあった。あらゆるケースを想定し、それぞれの対策を考えていく。
 またテラ公は妖怪研究事務所で留守番をしてもらっているので、二人とは一緒に行動を共にしていない。事務所に天狗の眷属が押し寄せてきたら口封じのために全員を捕える算段である。首謀者である天狗までやってくるといった、想定外のケースが起きたらすぐに連絡をしてもらうことになっている。
 
 アマネは三種類の駅弁を平らげ、野沢と同じように背もたれに身体を預けた。
「食った食った。アッキーも食べた方が良いですよー? 腹が減っては、戦は出来ないんですよ?」
「なあ、お前すげー余裕そうだな。緊張感のかけらもねえ」
 野沢が先ほどから気になっていることを口にした。アマネが一瞬、無表情を浮かべる。それからすぐに、ぱっと笑って手を顔の前でひらひらさせる。
「いやいや。絶不調もいいとこだぜ。こうして空元気を出していないと、手が震えてしょうがない」
 と、両手の平を自身に向けて見つめる。彼女の手は確かにわずかに震えていた。野沢に目をやり、ニッと笑う。
「正直、緊張してるし怖いよ。でも、気を張り詰めていたってしょうがないだろう?」
「それもそうだな」
 野沢も彼女の気持ちを汲んでニッと笑い、ジーンズのポケットからトランプを取り出した。
「ポーカーでもどうだ?」
 と、なぜかアマネは顔を強張らせた。
「まあ、別にそれは良いんだが……アッキーってジーンズになんでも突っ込んでマスネ」
「おかしいか? 今まで誰も突っ込んでこなかったけどな」
「いや、大多数の人間が気にしてると思うぜ……ほら、アッキーって友達いないから」
「うっせえ! 友達の話はやめろ」
「だって前も後ろも出っ張ってるんですよ? 見栄えが悪いと思わんかね?」
 アマネにしては珍しく、細かく突っ込んでくる。あまり人に干渉しないタイプだったはずだ。やはり彼女も少しずつ変わってきているのだろう。
「まあ、そうだな」
 野沢の空返事に、アマネがムッと口を結んだ。
「私がここまで指摘しているというのに、軽く流すとは! アッキーも偉くなったもんですね!」
 それからちらりと野沢を伺うような視線を向けた。
「全部落ち着いたら、今度こそ、その、デートの続きしましょうね? アッキーに似合うショルダーバック見つけたというか、なんというか、そんな感じというかなんというか」
 もじもじと手遊びを始めるアマネ。野沢はかすかに笑みを浮かべて、アマネの頭に手をやった。優しく撫でる。
「そうだな。でも、その前にお前の親父さんや使用人達の供養が先な」
 アマネがはっとした顔を浮かべ、ゆっくりと俯いていく。それから蚊が鳴くような声で言葉を返した。
「うん……そうだな。本当に、その通り、だ」
 彼女は強い。だが柔軟ではない。真っ向から受け止めきれない出来事は、目を逸して忘れようとするクセがあった。それは自分を守るため。天真爛漫な山吹アマネという人物像でいるためだ。弱いところを見せれば、誰もが自分を相手にしなくなると怯えているのだと野沢は考えていた。
 彼女の中で父親が亡くなったことは、これまでの人生最大の悲しみなのは間違いない。明るく振る舞おうと無理をするから、ちぐはぐな言動になっているだけで、彼女は心に大きな悲しみを抱いていることには変わりないのだ。
「うぅ……ぐっ、うう」
 彼の手の下で、ポタポタと涙を流し続けるアマネ。野沢は彼女が泣き止むまで、そっと頭を撫でてやった。
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