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どろろんサウンドサイキッカー
約束の盃
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ところは再び宵闇通りのおでん屋台。
二人は何本目か分からない日本酒を御猪口に注ぎ、乾杯しあう。彼らの目の前には美味しい湯気が立ち上るスチール製のおでん鍋。コンビニエンスストアでよく見る形状の代物だ。おでんの香りもさることながら、オレンジがかった照明が、なお一層のこと心を落ち着かせる。
「大将! 大根と餅巾着一つ! あと適当に五つほどっ」
「あいよー!」
るんるんと大将の手付きを見ながら、アマネが言った。
「いやー。まさか最初の段階で気付いてもらえないとは」
おでんが盛られた容器がアマネの前にやってくる。彼女は嬉しい悲鳴を小さくあげて、大根に箸を伸ばした。
「いや。なんだかんだでずっと帽子被りっぱなしだったろう。アンタ」
ずぃっとアマネが野沢の口元に大根をあてがう。
「あちょ、あっち! なにすんだよ!」
「命の恩人で、酒も飲み交わした相手にアンタは無いんじゃねえですかい? ばっちり下の名でアマネと呼んでくだせえ」
「親しくもねえヤツのことを下の名前で呼ぶのもおかしいだろうが」
「これから親しくなるからいーんです!」
アマネは口を横に広げて言った。
それから日本酒の入った徳利を口に直接ぐいっと傾け、ぷはーという気持ちの良い声を漏らす。
「何事もまずは形から! 私は遠慮なくアッキーと呼ばせてもらいますからね!」
野沢は小さく舌打ちをして「好きに呼べ」とそっぽを向いた。シャツの胸ポケットからタバコを取り出して口に咥える。チッチッというライターの音がおでん屋台に舞う。彼らの後方――暖簾の外からは、酔っぱらった男女の喧騒が飛んでくる。
「……ふう。で? その父親天狗を俺と一緒に探してほしいと?」
「うん。そうでございます。私ね、生まれてすぐにお祖母ちゃんの手によって、山に遺棄されたみたいなの」
時と場所が違っていたら、笑いのネタに使われそうな話だ。
「パパもママも、その時は海外に出張へ行ってたから、私が遺棄されたことに気付いたのは一週間後。当時はもう、それはそれは壮絶だったらしいです。ぶっ殺してやるってパパとママが口を揃えて言ったみたいで」
壮絶過ぎて、何も口を挟むことが出来ない。冗談なら笑い話だが、事実なら笑い事ではない。立派な遺棄罪だ。野沢は真剣な面持ちで話を聞く姿勢を作った。
「んで、物心ついたら鼻がめっちゃ長くて顔が真っ赤なおっさんと山で暮らしてた」
束の間、ぶっと吹き出す野沢。
「言い方を考えろ」
アマネはからからと笑った。
「いつなんどきでも面白おかしく生きることこそ天狗の生き様なのさあ。どんなタイミングでもぶっこんでくからよろしく!」
びしっと敬礼を決める。そしておもむろに焼酎のグラスを見つめると、小さく口を開いた。
「もちろん人間のママとパパも大好きですよ? だけど、今の私がいるのは天狗のおとっつぁんのおかげなんです。魚の取り方も、木の登り方も、苦しい時や悲しい時に頑張れる魔法だって」
野沢はぽつりぽつりと話すアマネから目を逸らすことが出来なかった。かつての自分にあったモノを彼女が持っていたからだ。
「私が今も毎日楽しく生きてるってことをおっとつあんに伝えたいの。一言だけでも良いから、もう一度だけ言葉を交わしたいのです」
ふいにアマネが野沢の手を掴む。ゆっくりと胸の前まで持っていき、両手で包み込んだ。
「明人さん。どうか私に力を貸してください」
言葉は必要なかった。
彼がため息を短く吐き、アマネの掲げる徳利に自分のお猪口を突き合わせたからだ。
二人は何本目か分からない日本酒を御猪口に注ぎ、乾杯しあう。彼らの目の前には美味しい湯気が立ち上るスチール製のおでん鍋。コンビニエンスストアでよく見る形状の代物だ。おでんの香りもさることながら、オレンジがかった照明が、なお一層のこと心を落ち着かせる。
「大将! 大根と餅巾着一つ! あと適当に五つほどっ」
「あいよー!」
るんるんと大将の手付きを見ながら、アマネが言った。
「いやー。まさか最初の段階で気付いてもらえないとは」
おでんが盛られた容器がアマネの前にやってくる。彼女は嬉しい悲鳴を小さくあげて、大根に箸を伸ばした。
「いや。なんだかんだでずっと帽子被りっぱなしだったろう。アンタ」
ずぃっとアマネが野沢の口元に大根をあてがう。
「あちょ、あっち! なにすんだよ!」
「命の恩人で、酒も飲み交わした相手にアンタは無いんじゃねえですかい? ばっちり下の名でアマネと呼んでくだせえ」
「親しくもねえヤツのことを下の名前で呼ぶのもおかしいだろうが」
「これから親しくなるからいーんです!」
アマネは口を横に広げて言った。
それから日本酒の入った徳利を口に直接ぐいっと傾け、ぷはーという気持ちの良い声を漏らす。
「何事もまずは形から! 私は遠慮なくアッキーと呼ばせてもらいますからね!」
野沢は小さく舌打ちをして「好きに呼べ」とそっぽを向いた。シャツの胸ポケットからタバコを取り出して口に咥える。チッチッというライターの音がおでん屋台に舞う。彼らの後方――暖簾の外からは、酔っぱらった男女の喧騒が飛んでくる。
「……ふう。で? その父親天狗を俺と一緒に探してほしいと?」
「うん。そうでございます。私ね、生まれてすぐにお祖母ちゃんの手によって、山に遺棄されたみたいなの」
時と場所が違っていたら、笑いのネタに使われそうな話だ。
「パパもママも、その時は海外に出張へ行ってたから、私が遺棄されたことに気付いたのは一週間後。当時はもう、それはそれは壮絶だったらしいです。ぶっ殺してやるってパパとママが口を揃えて言ったみたいで」
壮絶過ぎて、何も口を挟むことが出来ない。冗談なら笑い話だが、事実なら笑い事ではない。立派な遺棄罪だ。野沢は真剣な面持ちで話を聞く姿勢を作った。
「んで、物心ついたら鼻がめっちゃ長くて顔が真っ赤なおっさんと山で暮らしてた」
束の間、ぶっと吹き出す野沢。
「言い方を考えろ」
アマネはからからと笑った。
「いつなんどきでも面白おかしく生きることこそ天狗の生き様なのさあ。どんなタイミングでもぶっこんでくからよろしく!」
びしっと敬礼を決める。そしておもむろに焼酎のグラスを見つめると、小さく口を開いた。
「もちろん人間のママとパパも大好きですよ? だけど、今の私がいるのは天狗のおとっつぁんのおかげなんです。魚の取り方も、木の登り方も、苦しい時や悲しい時に頑張れる魔法だって」
野沢はぽつりぽつりと話すアマネから目を逸らすことが出来なかった。かつての自分にあったモノを彼女が持っていたからだ。
「私が今も毎日楽しく生きてるってことをおっとつあんに伝えたいの。一言だけでも良いから、もう一度だけ言葉を交わしたいのです」
ふいにアマネが野沢の手を掴む。ゆっくりと胸の前まで持っていき、両手で包み込んだ。
「明人さん。どうか私に力を貸してください」
言葉は必要なかった。
彼がため息を短く吐き、アマネの掲げる徳利に自分のお猪口を突き合わせたからだ。
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