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やきそばパン
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佐藤はいじめられっ子だった。
小学校も、中学校も、そして高校生になった今も。
なよっとしてるだの、裕福なお坊ちゃんだの、弱そうだの色んな難癖をつけられて、いつもいじめられる。
人をいじめて何が楽しいのか佐藤にはわからない。嫌な空気になるだけだ。
はっきり言って、しょうもないなこいつらと思ってる。
「なにぼーっとしてんだよ! あ? それともシカト決め込んでんのか? 早く金を出せっつってんだよ」
胸ぐらを掴まれる。佐藤と仲田君を取り囲む同級生達がヤジを飛ばしてくる。佐藤と同じクラスのやつが大半だ。
さすがの佐藤も腹が立って、通学用鞄から財布を取り出した。
「お? わかりゃいいんだよ。お坊ちゃん」
違う。わかってなんかいない。
佐藤はそう心の内で呟き、財布から100円を取り出して地面に放り投げてやった。
「ほら、出したよ。拾えよ」
みるみるうちに皆の顔が真っ赤に染まる。ざまあみろだ。
「ざっけんじゃねえ!!!」
仲田君の頭突きが佐藤の顔面に炸裂した。佐藤は呻くこともなく、真っ直ぐに仲田君を見据える。鼻の右側から血が出ているのが分かる。しかし佐藤にとっては慣れきった痛みだった。どうということはない。
「調子乗ってんじゃねえぞ!!!」
仲田君がもう一度叫ぶ。
「お前らも手伝え。二度と立てないようにしてやる」
また入院か。周りを囲むうちの何人かが金属バットを手にするのを見て、佐藤はそう思った。
そう思っただけで、慌てることもなく静かに目を閉じた。佐藤は絶対に手を出さないと決めている。どんな形であれ、目の前で一心不乱に吠えている人種と同じことをするというのは、なによりも耐え難いことだったからだ。
人を傷付けて裁かれないわけはない。いつか必ず痛い目に合う。佐藤はずっとそう信じてきた。その信念はいじめられた数だけ揺るがないものへと変わっていった。
せいぜい痛めつけて、病院送りにしてくれたら良い。退学に追い込んだり、慰謝料を請求したりしてやる。
佐藤はそうやっていじめっ子達の未来を崩壊させる考えを巡らせながら、最初の一撃が飛んでくることを待っていた。
——が、一向に来ない。
いったいどういうことだと目を開けると、自分の胸ぐらを掴んだままこちらを向いて硬直している仲田君がいた。ただその視線だけは佐藤ではなく、別のところに向けられているのが分かった。どうやらこの場に第三者が現れたようだった。
「てめえ。なんか文句あんのか?」
仲田君がその者に据わった声を浴びせる。仲田君の後ろに控える同級生達が身構えるのが分かった。
「あんだこ⋯⋯!」
仲田君が叫ぼうとした途端。目にも止まらぬ速度のストレートパンチが彼の顎を貫いた。仲田君は佐藤の胸ぐらから手を放し、だらしなく仰け反った。それから「あぇあ⋯⋯」という細い声をあげて、ばたりと仰向けに倒れた。
そこからはまさに一陣の風が過ぎ去ったかのようだった。仲田君が倒れたのを見て、その仲間たちが突如現れた者に襲いかかるも、難なく返り討ちにされてしまったのだ。恐れをなした大半の同級生達は、悲鳴をあげてその場から逃げ去っていく。
佐藤の目の前で大立ち回りをした者は——腰パンに赤いシャツを露わにしたボタン全開の学ラン。全剃りされた眉に立派なリーゼントをたなびかせていた。絵に描いたようなヤンキーである。
佐藤はしばし呆気にとられるも、助けてくれたお礼をせねばと声をかける。
「あ、あの、ありがとうございました」
するとリーゼントの人は両ポケットに手を突っ込み、こちらに体だけ向けてこう言った。
「おい、焼きそばパン買ってこい」
翌日。
佐藤はリーゼントの人——鈴木純平の元に焼きそばパンを届けにいった。場所は自分より二年上のクラス。つまり三年生の教室である。
「鈴木君。今日の分の焼きそばパンです」
「ああ」
佐藤はじぃっと鈴木が焼きそばパンを頬張るのを見つめた。そんな佐藤の行動に鈴木は怪訝な顔を浮かべ、ギロリと睨んだ。
「んだよ。帰れや」
「鈴木さん、その焼きそばパン美味しいですか?」
「⋯⋯あぁ?」
わけがわからないという風に眉をひそめつつ、鈴木は焼きそばパンをさらに頬張る。パンがちぎれ、かけらがボロボロと床に溢れた。
「ああ、ほらパサパサじゃないですか。ひどい質だ。せっかく学校近くのパン屋まで行って買ったというのに」
「味なんかどうだって良いんだよ。とっとと戻れ」
「とんでもない! せっかく食べるなら美味しい焼きそばパンにしましょうよ。僕、明日作ってきますよ」
「作る? てめえが?」
「はい。僕の家、パン屋なんですよ」
さらに翌日。
「鈴木さん! 作ってきましたよ!」
勢いよく三年生の教室に飛び込む佐藤。ただでさえ学年が違うために目立っているというのに、折り紙付きのワルとして有名な鈴木の元へ嬉しそうに駆け寄る佐藤の姿は、周囲から見て極めて異質なものだった。
「うるせえんだよ。騒ぐんじゃねえ」
「すみません。でもめちゃくちゃ旨い焼きそばパン出来たので、早く食べて欲しくて!」
鈴木は佐藤が両手で包むように持っている紙袋を奪い取った。がさごそと乱暴に袋から焼きそばパンを取り出して、食らいつく。しばらく咀嚼し、もう一口頬張る。
「⋯⋯ふん」
「美味しいでしょう? 昨日のと比べたら天と地の差でしょう?」
「マヨネーズと紅生姜をたっぷり入れてこい」
「あ、はい。わかりました」
「あとパンは昨日より旨かった」
佐藤は満面の笑顔を浮かべて言った。
「ありがとうございます!」
そのまた翌日。
「鈴木さん! 今日も作ってきましたよ!」
「だからうるせえっつってんだよ」
ガラガラと教室の扉を開け、一目散に駆け寄ってくる佐藤に鈴木は今日も注意する。
「今日のはマヨネーズと紅生姜もたっぷりですよ!」
そう言って、佐藤は鈴木の目の前に紙袋を差し出した。鈴木はそれを受け取り、中のものを取り出す。
「おいてめえ⋯⋯マヨネーズ多すぎるだろ。焼きそばが見えねえじゃねえか」
「あれ? そうですか? 僕の家ではこれぐらいが普通ですけど」
鈴木は佐藤を睨み、大きく舌を打つ。それからマヨネーズだらけの焼きそばパンにかじりついた。
「ムカつくけどうめえ」
「そりゃあそうですよ。同じの作って味見してますし!」
それから鈴木はガツガツと焼きそばパンを喰らい、あっという間に平らげてしまった。
「もういいぞ」
「え、なにがですか?」
「あ? だから焼きそばパンをもう持ってこなくていいっつってんだよ」
佐藤はきょとんとした。全くもって意味がわからないという風に。鈴木は仕方がなく説明してやる。
「こっちはてめえを助けた見返りにパンを買ってくるよう、てめえを使いパシリにしただけだ。それをもう終わりにしてやるっつってんだよ」
しかし佐藤はやはり理解出来ていないようだった。佐藤が眉を八の字にして口を開く。
「いや⋯⋯でもこっちとしてもお礼ですから。パンの一つや二つくらい、いくらでも作ってきますよ」
鈴木は首の後ろをしきりにかいた後、ぼそりと言った。
「こういうの苦手なんだよ」
佐藤が今度は穏やかな表情を浮かべて言う。
「じゃあ友達になってくださいよ。正直言うと、鈴木さんにお金じゃなくてパンを頼まれた時。あ、本当は優しい人なんだなって思ったんです。そうなんでしょう?」
「あ? てめえ生意気言ってんじゃねえぞ。ぶっ飛ばすぞおい」
佐藤の胸ぐらを掴み、ぐいっと引き寄せて凄む。しかし佐藤は穏やかな表情を崩さない。
「僕は小学生の頃からずっといじめられてきました。根が腐っているか、腐っていないかの違いくらいすぐに分かります」
その一言を聞いた鈴木は佐藤の胸ぐらから手を離し、また首の裏をかいた。
「今日はもう帰れ」
「はい。また明日来ます」
振り返り、教室の出口を目指す佐藤の背に鈴木は声をかける。
「おい佐藤」
「なんですか?」
「お前の家、アルバイト募集してたりするか?」
小学校も、中学校も、そして高校生になった今も。
なよっとしてるだの、裕福なお坊ちゃんだの、弱そうだの色んな難癖をつけられて、いつもいじめられる。
人をいじめて何が楽しいのか佐藤にはわからない。嫌な空気になるだけだ。
はっきり言って、しょうもないなこいつらと思ってる。
「なにぼーっとしてんだよ! あ? それともシカト決め込んでんのか? 早く金を出せっつってんだよ」
胸ぐらを掴まれる。佐藤と仲田君を取り囲む同級生達がヤジを飛ばしてくる。佐藤と同じクラスのやつが大半だ。
さすがの佐藤も腹が立って、通学用鞄から財布を取り出した。
「お? わかりゃいいんだよ。お坊ちゃん」
違う。わかってなんかいない。
佐藤はそう心の内で呟き、財布から100円を取り出して地面に放り投げてやった。
「ほら、出したよ。拾えよ」
みるみるうちに皆の顔が真っ赤に染まる。ざまあみろだ。
「ざっけんじゃねえ!!!」
仲田君の頭突きが佐藤の顔面に炸裂した。佐藤は呻くこともなく、真っ直ぐに仲田君を見据える。鼻の右側から血が出ているのが分かる。しかし佐藤にとっては慣れきった痛みだった。どうということはない。
「調子乗ってんじゃねえぞ!!!」
仲田君がもう一度叫ぶ。
「お前らも手伝え。二度と立てないようにしてやる」
また入院か。周りを囲むうちの何人かが金属バットを手にするのを見て、佐藤はそう思った。
そう思っただけで、慌てることもなく静かに目を閉じた。佐藤は絶対に手を出さないと決めている。どんな形であれ、目の前で一心不乱に吠えている人種と同じことをするというのは、なによりも耐え難いことだったからだ。
人を傷付けて裁かれないわけはない。いつか必ず痛い目に合う。佐藤はずっとそう信じてきた。その信念はいじめられた数だけ揺るがないものへと変わっていった。
せいぜい痛めつけて、病院送りにしてくれたら良い。退学に追い込んだり、慰謝料を請求したりしてやる。
佐藤はそうやっていじめっ子達の未来を崩壊させる考えを巡らせながら、最初の一撃が飛んでくることを待っていた。
——が、一向に来ない。
いったいどういうことだと目を開けると、自分の胸ぐらを掴んだままこちらを向いて硬直している仲田君がいた。ただその視線だけは佐藤ではなく、別のところに向けられているのが分かった。どうやらこの場に第三者が現れたようだった。
「てめえ。なんか文句あんのか?」
仲田君がその者に据わった声を浴びせる。仲田君の後ろに控える同級生達が身構えるのが分かった。
「あんだこ⋯⋯!」
仲田君が叫ぼうとした途端。目にも止まらぬ速度のストレートパンチが彼の顎を貫いた。仲田君は佐藤の胸ぐらから手を放し、だらしなく仰け反った。それから「あぇあ⋯⋯」という細い声をあげて、ばたりと仰向けに倒れた。
そこからはまさに一陣の風が過ぎ去ったかのようだった。仲田君が倒れたのを見て、その仲間たちが突如現れた者に襲いかかるも、難なく返り討ちにされてしまったのだ。恐れをなした大半の同級生達は、悲鳴をあげてその場から逃げ去っていく。
佐藤の目の前で大立ち回りをした者は——腰パンに赤いシャツを露わにしたボタン全開の学ラン。全剃りされた眉に立派なリーゼントをたなびかせていた。絵に描いたようなヤンキーである。
佐藤はしばし呆気にとられるも、助けてくれたお礼をせねばと声をかける。
「あ、あの、ありがとうございました」
するとリーゼントの人は両ポケットに手を突っ込み、こちらに体だけ向けてこう言った。
「おい、焼きそばパン買ってこい」
翌日。
佐藤はリーゼントの人——鈴木純平の元に焼きそばパンを届けにいった。場所は自分より二年上のクラス。つまり三年生の教室である。
「鈴木君。今日の分の焼きそばパンです」
「ああ」
佐藤はじぃっと鈴木が焼きそばパンを頬張るのを見つめた。そんな佐藤の行動に鈴木は怪訝な顔を浮かべ、ギロリと睨んだ。
「んだよ。帰れや」
「鈴木さん、その焼きそばパン美味しいですか?」
「⋯⋯あぁ?」
わけがわからないという風に眉をひそめつつ、鈴木は焼きそばパンをさらに頬張る。パンがちぎれ、かけらがボロボロと床に溢れた。
「ああ、ほらパサパサじゃないですか。ひどい質だ。せっかく学校近くのパン屋まで行って買ったというのに」
「味なんかどうだって良いんだよ。とっとと戻れ」
「とんでもない! せっかく食べるなら美味しい焼きそばパンにしましょうよ。僕、明日作ってきますよ」
「作る? てめえが?」
「はい。僕の家、パン屋なんですよ」
さらに翌日。
「鈴木さん! 作ってきましたよ!」
勢いよく三年生の教室に飛び込む佐藤。ただでさえ学年が違うために目立っているというのに、折り紙付きのワルとして有名な鈴木の元へ嬉しそうに駆け寄る佐藤の姿は、周囲から見て極めて異質なものだった。
「うるせえんだよ。騒ぐんじゃねえ」
「すみません。でもめちゃくちゃ旨い焼きそばパン出来たので、早く食べて欲しくて!」
鈴木は佐藤が両手で包むように持っている紙袋を奪い取った。がさごそと乱暴に袋から焼きそばパンを取り出して、食らいつく。しばらく咀嚼し、もう一口頬張る。
「⋯⋯ふん」
「美味しいでしょう? 昨日のと比べたら天と地の差でしょう?」
「マヨネーズと紅生姜をたっぷり入れてこい」
「あ、はい。わかりました」
「あとパンは昨日より旨かった」
佐藤は満面の笑顔を浮かべて言った。
「ありがとうございます!」
そのまた翌日。
「鈴木さん! 今日も作ってきましたよ!」
「だからうるせえっつってんだよ」
ガラガラと教室の扉を開け、一目散に駆け寄ってくる佐藤に鈴木は今日も注意する。
「今日のはマヨネーズと紅生姜もたっぷりですよ!」
そう言って、佐藤は鈴木の目の前に紙袋を差し出した。鈴木はそれを受け取り、中のものを取り出す。
「おいてめえ⋯⋯マヨネーズ多すぎるだろ。焼きそばが見えねえじゃねえか」
「あれ? そうですか? 僕の家ではこれぐらいが普通ですけど」
鈴木は佐藤を睨み、大きく舌を打つ。それからマヨネーズだらけの焼きそばパンにかじりついた。
「ムカつくけどうめえ」
「そりゃあそうですよ。同じの作って味見してますし!」
それから鈴木はガツガツと焼きそばパンを喰らい、あっという間に平らげてしまった。
「もういいぞ」
「え、なにがですか?」
「あ? だから焼きそばパンをもう持ってこなくていいっつってんだよ」
佐藤はきょとんとした。全くもって意味がわからないという風に。鈴木は仕方がなく説明してやる。
「こっちはてめえを助けた見返りにパンを買ってくるよう、てめえを使いパシリにしただけだ。それをもう終わりにしてやるっつってんだよ」
しかし佐藤はやはり理解出来ていないようだった。佐藤が眉を八の字にして口を開く。
「いや⋯⋯でもこっちとしてもお礼ですから。パンの一つや二つくらい、いくらでも作ってきますよ」
鈴木は首の後ろをしきりにかいた後、ぼそりと言った。
「こういうの苦手なんだよ」
佐藤が今度は穏やかな表情を浮かべて言う。
「じゃあ友達になってくださいよ。正直言うと、鈴木さんにお金じゃなくてパンを頼まれた時。あ、本当は優しい人なんだなって思ったんです。そうなんでしょう?」
「あ? てめえ生意気言ってんじゃねえぞ。ぶっ飛ばすぞおい」
佐藤の胸ぐらを掴み、ぐいっと引き寄せて凄む。しかし佐藤は穏やかな表情を崩さない。
「僕は小学生の頃からずっといじめられてきました。根が腐っているか、腐っていないかの違いくらいすぐに分かります」
その一言を聞いた鈴木は佐藤の胸ぐらから手を離し、また首の裏をかいた。
「今日はもう帰れ」
「はい。また明日来ます」
振り返り、教室の出口を目指す佐藤の背に鈴木は声をかける。
「おい佐藤」
「なんですか?」
「お前の家、アルバイト募集してたりするか?」
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