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田中のマンション
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五月雨の降る午後だった。
インターホンのチャイムが鳴る。中田はうんざりした様子で玄関に歩み寄り、扉越しに話しかけた。
「あ、田中ですけどー」
「どちらの田中さんですか」
「あ、ごめんなさいねー。二つ隣の田中ですー。607号室の」
おほほほと不躾に笑う607号室の田中に舌打ちをかましつつ、扉の鍵を開ける。すると勢いよくドアノブが回って扉が引き開けられた。ガシャッとチェーンロックが張り詰める音が鳴り、「あら」と意外そうな声が飛んでくる。
「あらごめんなさい。鎖してるなんて思わなかったから」
扉の隙間から顔を覗かせたふくよかなおばさんがニマニマと笑う。それがなんだかとても記号的なものに見えた。本人の性質ではない異質なものに。彼女は仮面を貼り付けているのだという直感が中田の背筋を冷たくさせる。
「……なんの用ですか」
すると彼女は手招きをする。片手を口元に当てていることから、どんな意図があるのかは察せられた。中田は警戒しつつ、彼女の口元に耳を寄せた。当然ドアの隙間から。
「このマンションには人殺しがいるの。田中っていう」
中田はため息を吐き、刺すような視線を彼女に向けた。
「嫌がらせか何かですか?」
「やーねー! 違うわよー! これは忠告。ほんとに! こんなところさっさと引っ越した方が良いわよ?」
じゃあ伝えたからねーと終始気さくな様子で、彼女は去っていった。中田はリビングに戻り、テレビを付ける。なんてことはない番組を瞳に映しながら思案する。
これで何回目だろうか。中田の住む605号室には自殺した女性がいるだの、バラバラ殺人の現場になっただの、前に住んでいた人がドロドロに溶けた死体で発見されただの、多くの霊が行き交いする霊道だの、たまに床一面が血の海になるだの……。毎回違う部屋の田中が訪ねて来ては、中田に奇怪な噂話を吹き込んでくる。皆は一様に口を揃えて『忠告』だと言ってのけたが、中田は一切信じていなかった。
「単に苗字が違うから追い出したいか、格安な家賃を妬んでいるか。どっちもか」
テレビの中で芸人が悪ふざけをして、笑いの渦が巻き起こった。こういう時、部屋にわっと音が広がっていくものだが、この部屋ではなぜか広がっていかない。まるでテレビの周囲を見えない障害物で覆っているかのようだった。しかしそれはテレビに限らなかった。この部屋はどんなことをしていても音がこもる。至るところになにかいるような……部屋中に埋め尽くされたなにかがひしめき合っているような……そんな感覚を常に覚えている。
「新しい家主が防音対策でもしたんだろう」
中田は不動産屋の紹介で、このマンションに二週間前に越してきた。あらゆる好条件が揃っているにも関わらず、家賃が一万円ポッキリだったからだ。いわゆる事故物件というやつで、勇気のある方だけにオススメしているそうだった。中田は生まれてこの方、心霊現象に恐怖を感じたことがなく、縁起などという目に見えない運勢のようなものも当てにしたことなどなかった。過去に誰が死のうと、心霊現象に出くわそうと知ったこっちゃない。今の自分には全く関係の無い話だからだ。
そんな中田でも引っ越してきて気味が悪いと感じたことが一つだけある。それは自分が田中達に監視されているかもしれないということだ。この『田中マンション』には、田中姓の者しか住んでいないのは不動産の担当者から事前に聞かされていた。なんでも先代の家主が田中姓の者しかマンションに住まわせなかったらしい。『田中割引』という田中姓だったら家賃を安くするキャンペーンまで打ち出して、田中姓の人間を集めたそうだ。そんな先代は三年前に寿命で亡くなり、権利を相続した息子が古臭い慣習を打ち壊すべく、田中以外の人間でも住めるようにしたそうだった。
だが。田中姓ではない住民はことごとく災難に見舞われた。殺害、自殺、失踪のいずれかの結果を辿り、すぐに空室化してしまう。事態を重く取った新家主は、改めて田中姓の者のみを集めることにしたところ、強烈な問題は夕立のようにパッと止んだ。何もかもが順調に進み始めた。しかしこの結果を認めたくない新家主は、605号室だけ別姓の人間が住む用として用意し、不動産屋に仲介を頼んでいるという。この話は近隣のカフェに場所を取り、不動産担当と新家主を交えた上で諸々聞かされていた。いわば中田は実験台。
そんな自分の境遇を理解していてもなお、田中達の『忠告』や監視されている感覚には得体の知れない恐ろしさがあった。まるで時代遅れの風習に囚われた村落に迷い込んでしまったかのようだ。自分と同じ常識を持っている人間が周りに一人もいないような恐怖。なにか起きた時に誰一人として自分の味方をしてくれないかもしれない不安。鈍感なはずの中田の精神が少しずつ摩耗していくのを本人も感じ取り始めていた。
「寝よう」
中田はテレビを消して、床に敷きっぱなしの布団に潜り込んだ。時刻はまだ十九時。日が傾き、雲が墨汁色に染まり始めていく頃だ。一般的には眠るにはまだ早い。しかし中田はなんとか眠りにつこうとする。深夜へと近づくにつれ、室内に薄もやが立ち込め始め、だんだんと濃霧へと変わっていくからだ。深夜を超えた辺りから、濃霧は赤黒く変色していく。視界の全てが赤黒い霧に覆われると、濃い血の臭いが鼻と口に飛び込んできて、全身に充満していく。それがとてつもなく不快で、中田は毎日早寝早起きを心掛けている。一度映像に残して相談しようともしたが、この現象はカメラに残せず、中田にしか見えていないようだったので断念した。
この部屋で超常現象が起こっていることは間違いない。それは中田も体験している以上、認めざるを得ない。だが田中達の『忠告』にあるようなことは今のところ一度も起きていない。結局、奴らは異分子を排除したいだけなのだろう。田中ではない自分を追い出したいだけなのだ。この程度の現象で中田は退去するつもりはなかった。都内で家賃一万円は最強のアドバンテージだ。中田は金を貯めて一日でも早く起業がしたかった。自身に危害が加わっていない以上、退去するほどではない。それに未だに心霊現象というものを認めたくなかった。それとは相反して、怖いもの見たさもあった。これまで信じてこなかったものが、実は存在しているのかもしれないという発見はなかなか刺激的だった。もう少しだけ覗いてみたい。味わってみたい。中田の心に狂気めいた感情が芽吹き始めていた。
中田が眠りに落ちるまでそうはかからなかった。しばらく真っ暗な深淵を揺蕩っていた意識が、中田の部屋を映した。目の前に布団を覆って仰向けに寝ている自分の姿がある。
――赤黒い濃霧のせいで、気付けなかった。寝ている自分を囲うように真っ赤な肌をした四人の男女が立っていて、全員が自分を見下ろしている。
「……ゲ」
「ニ……」
六人は自分に向かって口々に念仏のようなことを呟いている。ふいに四人の顔が天井を向いた。異様な光景を見下ろしていた方の中田に四人の視線が突き刺さる。
「ニゲロ」
四人が口を揃えてそう言った。
「うわぁ!」
バネのように跳ね上がり、中田は身体を起こした。赤黒い霧は出ていないようだった。カーテンの隙間から朝日の光が差し込んでいるのを認めて大きく息をついた。赤黒い霧は朝五時には消えてなくなる。朝日の光が朝五時を超えたことを証明してくれていた。
「あれ……なんだこれ」
右手にかさりと触れる紙らしきものを取り上げ、膝の上に持ってくる。それは古ぼけた一枚のチラシだった。上部に『廃マンションの取り壊し賛成の署名求む!!』と書かれている。
「この写真……このマンションじゃないか」
確かに年季の入ったマンションだとは思ったが……まさか、そんなことが……?
「ヤバいぞ……!」
中田は陰謀めいた何かを感じ、貴重品だけ持って部屋を飛び出した。逃げろと伝えてくる不可思議な夢、急に現れた見たこともないチラシ。超常的なことが連続で起きたことが、現実主義の中田の背中を後押しした。階段を駆け下りていく最中、あることが脳裏をよぎった。違和感は最初から感じていた。しかし予感めいたことを当てにしない自身の性格が、その違和感を振り払ってしまった! あの不動産担当……あいつは……あいつの苗字は……。
中田が部屋を飛び出してから約三分後。606号室の扉が開いた。中から出てきた男は605号室の前を通り過ぎ、604号室の扉をノックした。
「田中様。いらっしゃいますか」
ほんの少しして、ガチャリと604号室の扉が開く。中から新家主が顔を覗かせた。無精髭をボウボウに生やし、両目の下にはクマがくっきりと浮かび上がっている。
「どうした」
「中田が逃げ出しました」
「……なに? くそ。なんて間の悪い。浮浪者達の余計な『忠告』を放っておいたのがまずかったか? おい……まさかお前も寝ていたとか言わないだろうな? 交代制だぞ」
新家主と相対している男が片手の甲を眉間に置いて呻いた。小綺麗にしているせいか、はたまたシワひとつないスーツ姿だからか、なぜかキザっぽさを感じる動作だった。
「分かりません。急に睡魔が襲ってきて……気が付いた時には朝を迎えていました」
「……まあいい。被験者リストに斜線だけしておけ」
「かしこまりました。それでは少し早いですが、今日もお勤めしてまいります」
十五度のお辞儀をする男の頭のてっぺん見つめながら、新家主はニヤついた。
「マンションは腹ペコだ。早く次の被験者を連れてきてくれ。田中部長」
田中不動産の部長――田中が十五度の角度のまま、片手を胸の前に置いた。
インターホンのチャイムが鳴る。中田はうんざりした様子で玄関に歩み寄り、扉越しに話しかけた。
「あ、田中ですけどー」
「どちらの田中さんですか」
「あ、ごめんなさいねー。二つ隣の田中ですー。607号室の」
おほほほと不躾に笑う607号室の田中に舌打ちをかましつつ、扉の鍵を開ける。すると勢いよくドアノブが回って扉が引き開けられた。ガシャッとチェーンロックが張り詰める音が鳴り、「あら」と意外そうな声が飛んでくる。
「あらごめんなさい。鎖してるなんて思わなかったから」
扉の隙間から顔を覗かせたふくよかなおばさんがニマニマと笑う。それがなんだかとても記号的なものに見えた。本人の性質ではない異質なものに。彼女は仮面を貼り付けているのだという直感が中田の背筋を冷たくさせる。
「……なんの用ですか」
すると彼女は手招きをする。片手を口元に当てていることから、どんな意図があるのかは察せられた。中田は警戒しつつ、彼女の口元に耳を寄せた。当然ドアの隙間から。
「このマンションには人殺しがいるの。田中っていう」
中田はため息を吐き、刺すような視線を彼女に向けた。
「嫌がらせか何かですか?」
「やーねー! 違うわよー! これは忠告。ほんとに! こんなところさっさと引っ越した方が良いわよ?」
じゃあ伝えたからねーと終始気さくな様子で、彼女は去っていった。中田はリビングに戻り、テレビを付ける。なんてことはない番組を瞳に映しながら思案する。
これで何回目だろうか。中田の住む605号室には自殺した女性がいるだの、バラバラ殺人の現場になっただの、前に住んでいた人がドロドロに溶けた死体で発見されただの、多くの霊が行き交いする霊道だの、たまに床一面が血の海になるだの……。毎回違う部屋の田中が訪ねて来ては、中田に奇怪な噂話を吹き込んでくる。皆は一様に口を揃えて『忠告』だと言ってのけたが、中田は一切信じていなかった。
「単に苗字が違うから追い出したいか、格安な家賃を妬んでいるか。どっちもか」
テレビの中で芸人が悪ふざけをして、笑いの渦が巻き起こった。こういう時、部屋にわっと音が広がっていくものだが、この部屋ではなぜか広がっていかない。まるでテレビの周囲を見えない障害物で覆っているかのようだった。しかしそれはテレビに限らなかった。この部屋はどんなことをしていても音がこもる。至るところになにかいるような……部屋中に埋め尽くされたなにかがひしめき合っているような……そんな感覚を常に覚えている。
「新しい家主が防音対策でもしたんだろう」
中田は不動産屋の紹介で、このマンションに二週間前に越してきた。あらゆる好条件が揃っているにも関わらず、家賃が一万円ポッキリだったからだ。いわゆる事故物件というやつで、勇気のある方だけにオススメしているそうだった。中田は生まれてこの方、心霊現象に恐怖を感じたことがなく、縁起などという目に見えない運勢のようなものも当てにしたことなどなかった。過去に誰が死のうと、心霊現象に出くわそうと知ったこっちゃない。今の自分には全く関係の無い話だからだ。
そんな中田でも引っ越してきて気味が悪いと感じたことが一つだけある。それは自分が田中達に監視されているかもしれないということだ。この『田中マンション』には、田中姓の者しか住んでいないのは不動産の担当者から事前に聞かされていた。なんでも先代の家主が田中姓の者しかマンションに住まわせなかったらしい。『田中割引』という田中姓だったら家賃を安くするキャンペーンまで打ち出して、田中姓の人間を集めたそうだ。そんな先代は三年前に寿命で亡くなり、権利を相続した息子が古臭い慣習を打ち壊すべく、田中以外の人間でも住めるようにしたそうだった。
だが。田中姓ではない住民はことごとく災難に見舞われた。殺害、自殺、失踪のいずれかの結果を辿り、すぐに空室化してしまう。事態を重く取った新家主は、改めて田中姓の者のみを集めることにしたところ、強烈な問題は夕立のようにパッと止んだ。何もかもが順調に進み始めた。しかしこの結果を認めたくない新家主は、605号室だけ別姓の人間が住む用として用意し、不動産屋に仲介を頼んでいるという。この話は近隣のカフェに場所を取り、不動産担当と新家主を交えた上で諸々聞かされていた。いわば中田は実験台。
そんな自分の境遇を理解していてもなお、田中達の『忠告』や監視されている感覚には得体の知れない恐ろしさがあった。まるで時代遅れの風習に囚われた村落に迷い込んでしまったかのようだ。自分と同じ常識を持っている人間が周りに一人もいないような恐怖。なにか起きた時に誰一人として自分の味方をしてくれないかもしれない不安。鈍感なはずの中田の精神が少しずつ摩耗していくのを本人も感じ取り始めていた。
「寝よう」
中田はテレビを消して、床に敷きっぱなしの布団に潜り込んだ。時刻はまだ十九時。日が傾き、雲が墨汁色に染まり始めていく頃だ。一般的には眠るにはまだ早い。しかし中田はなんとか眠りにつこうとする。深夜へと近づくにつれ、室内に薄もやが立ち込め始め、だんだんと濃霧へと変わっていくからだ。深夜を超えた辺りから、濃霧は赤黒く変色していく。視界の全てが赤黒い霧に覆われると、濃い血の臭いが鼻と口に飛び込んできて、全身に充満していく。それがとてつもなく不快で、中田は毎日早寝早起きを心掛けている。一度映像に残して相談しようともしたが、この現象はカメラに残せず、中田にしか見えていないようだったので断念した。
この部屋で超常現象が起こっていることは間違いない。それは中田も体験している以上、認めざるを得ない。だが田中達の『忠告』にあるようなことは今のところ一度も起きていない。結局、奴らは異分子を排除したいだけなのだろう。田中ではない自分を追い出したいだけなのだ。この程度の現象で中田は退去するつもりはなかった。都内で家賃一万円は最強のアドバンテージだ。中田は金を貯めて一日でも早く起業がしたかった。自身に危害が加わっていない以上、退去するほどではない。それに未だに心霊現象というものを認めたくなかった。それとは相反して、怖いもの見たさもあった。これまで信じてこなかったものが、実は存在しているのかもしれないという発見はなかなか刺激的だった。もう少しだけ覗いてみたい。味わってみたい。中田の心に狂気めいた感情が芽吹き始めていた。
中田が眠りに落ちるまでそうはかからなかった。しばらく真っ暗な深淵を揺蕩っていた意識が、中田の部屋を映した。目の前に布団を覆って仰向けに寝ている自分の姿がある。
――赤黒い濃霧のせいで、気付けなかった。寝ている自分を囲うように真っ赤な肌をした四人の男女が立っていて、全員が自分を見下ろしている。
「……ゲ」
「ニ……」
六人は自分に向かって口々に念仏のようなことを呟いている。ふいに四人の顔が天井を向いた。異様な光景を見下ろしていた方の中田に四人の視線が突き刺さる。
「ニゲロ」
四人が口を揃えてそう言った。
「うわぁ!」
バネのように跳ね上がり、中田は身体を起こした。赤黒い霧は出ていないようだった。カーテンの隙間から朝日の光が差し込んでいるのを認めて大きく息をついた。赤黒い霧は朝五時には消えてなくなる。朝日の光が朝五時を超えたことを証明してくれていた。
「あれ……なんだこれ」
右手にかさりと触れる紙らしきものを取り上げ、膝の上に持ってくる。それは古ぼけた一枚のチラシだった。上部に『廃マンションの取り壊し賛成の署名求む!!』と書かれている。
「この写真……このマンションじゃないか」
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「ヤバいぞ……!」
中田は陰謀めいた何かを感じ、貴重品だけ持って部屋を飛び出した。逃げろと伝えてくる不可思議な夢、急に現れた見たこともないチラシ。超常的なことが連続で起きたことが、現実主義の中田の背中を後押しした。階段を駆け下りていく最中、あることが脳裏をよぎった。違和感は最初から感じていた。しかし予感めいたことを当てにしない自身の性格が、その違和感を振り払ってしまった! あの不動産担当……あいつは……あいつの苗字は……。
中田が部屋を飛び出してから約三分後。606号室の扉が開いた。中から出てきた男は605号室の前を通り過ぎ、604号室の扉をノックした。
「田中様。いらっしゃいますか」
ほんの少しして、ガチャリと604号室の扉が開く。中から新家主が顔を覗かせた。無精髭をボウボウに生やし、両目の下にはクマがくっきりと浮かび上がっている。
「どうした」
「中田が逃げ出しました」
「……なに? くそ。なんて間の悪い。浮浪者達の余計な『忠告』を放っておいたのがまずかったか? おい……まさかお前も寝ていたとか言わないだろうな? 交代制だぞ」
新家主と相対している男が片手の甲を眉間に置いて呻いた。小綺麗にしているせいか、はたまたシワひとつないスーツ姿だからか、なぜかキザっぽさを感じる動作だった。
「分かりません。急に睡魔が襲ってきて……気が付いた時には朝を迎えていました」
「……まあいい。被験者リストに斜線だけしておけ」
「かしこまりました。それでは少し早いですが、今日もお勤めしてまいります」
十五度のお辞儀をする男の頭のてっぺん見つめながら、新家主はニヤついた。
「マンションは腹ペコだ。早く次の被験者を連れてきてくれ。田中部長」
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