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Ⅲ.志貴の過去話

クラスのボッチが恋愛する話。19

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 よくドラマなどで、雨に打たれる捨て犬を拾って育てる──そんなお涙頂戴シーンがある。

 志貴は常々、そういった展開に疑問を呈していた。何故、軽い気持ちで無責任に飼おうなどと思ってしまうのか。その結果、捨ててしまっては本末転倒ではないか。

 しかし今現在彼は、そんな登場人物の思いを相当に理解できていた。

 ──なるほど、確かにこれは見逃せない。

 雨に当たりながら、傘もささずにこちらを今にも泣きそうな目で見つめるのはズルい。──あなたも見捨てるんですよね? とでも言いたげな目つきなんか、かなり勘に触る。だから連れてきた。もっとも──。

「あの……ありがとう、ございます……」

 拾ってきたのは犬でも猫でも無く、人間だが。

 背中あたりまで伸ばされた艶やかな黒い髪、光を写さない虚な闇色をした双眸。大きな目に、柔らかそうな唇。不思議と美沙と似ている少女だ。

 と言っても、それはあくまで偶々、容姿が酷似しているというだけでありこの少女と美沙には何の関係もない──ただの赤の他人というのは間違いない。

 それでも、少女の姿形や雰囲気などをどうしても美沙と重ねてしまう。そしてそれは志貴が少女を見捨てなかったことと、決して無関係ではないのだろう。

 分かっているつもりだ。二人は別人で、単なる他人の空似でしかないということは。けれど、彼は心のどこかで縋っているのかもしれない。この少女を救う事で、あの日の贖罪とすることによって。

「着替えはとりあえずそれで我慢してくれ。これからメシ作るから、適当にその辺で待ってて」

 まずは雨でビショビショになった体をどうにかしようと少女を風呂に入らせた志貴は、その間に少女の服を洗濯していた。

 そうして丁度少女が風呂から上がり、志貴が洗濯を干し終わる時間が同じになったためにリビングで出くわしたのだ。

 志貴は名も知らない少女をリビングに置いてキッチンへと行く。といっても、棚から出したカップ麺にお湯を入れて待つだけの作業だが。

「カップ麺で悪いけど、何も無いよりはマシだろ。……はいこれ、箸」

「……ありがとう、ございます……」

 とりあえずの服として志貴の服を着ている少女だったが、志貴と少女では体格が違うのでかなりダボダボになってしまっている。

 大きめのフードを深く被って志貴と目を合わせようとしない少女に、志貴は怒るわけでもなく、特に何も思わないままカップ麺をすすった。

「まあ、まずは食いなよ。ずっと外に居たみたいだし、食わないと倒れるよ?」

「……その、いただきます……」

 志貴から勧められたことによって、躊躇いながらもオズオズと箸を進めていった少女に志貴は幻視を見てしまった。

 貧乏ながらも妹と二人で慎ましく幸せに生きていく──そんな、ありえざる未来の幻想を視た。

 それはありえない──首を横に振ってその幻想を振り払った志貴は、思考を切り替えるためか少女に話しかけた。

「そういえば、まだ名前も聞いてなかったな。君、なんて名前なんだ?」

「……私は……美咲です……」

 美咲──それが、この少女の名前らしい。どうやらとことんまで美沙とそっくりのらしく、名前まで一文字違いという始末だ。

 とはいえ、それは志貴が勝手の妹と重ねているだけであって、この少女にはなんの罪も咎もない。

 そして志貴もそれは理解していた。だからこそ、こうして家まで連れてきたのだからそれなりの責務というものがあるのだろう。

 このまま洗濯が渇いたら、はいさようなら、というのはいくらなんでも無責任だ。

 だったらせめて事情を聞いて何かをしてあげる、或いは一言くらいは言った方がいいだろう。

「……君──美咲は、どうしてあの公園に居たんだ? 傘もささずにずぶ濡れになって……」

 事情があるのは分かっている。だからこそ、志貴はこうして彼女に踏み込んだ。

「……私……見ちゃったんです……」

「見たって、何を?」

 その光景を思い出した美咲はガクガクと震えながら、掠れる声を紡ぎ出す。



「──親が、殺しあうのを」



 言葉が出なかった。

「──────────」

 まさに想像もできなかった。

 親が死んだというのなら、まだ理解はできる。けれど、まさか殺しあうというのは……。

「……それは、自分で見たのか……?」

「はい……あの時、包丁と金槌を持つ両親が、互いに切って殴って蹴って……それで、気がついたら二人は、血だまりの中に……」

 言いながら、美咲の震えはさらに酷くなっていく。どんどん自我を失っているようにも見える。

 無理もない。両親が殺しあう瞬間を思い出すなんて、正気の沙汰ではない。

「……ごめん。軽々しく聞いたりして。でももう大丈夫だ」

 震える少女を、志貴はそっと抱きしめる。

 両親が目の前で死に、彼女は忘我のうちに走り出し、やがてあの公園に辿り着いたのだろう。そんな状態では傘なんか持ってくる余裕があるわけもない。

 きっとこの少女は救いを求めていた。

 ──誰か、こんな自分を救ってくれ……、と。

 それはある意味では自己中心的なエゴなのかもしれない。けれど、人間としてはごく当然の願いだ。自らを救ってほしい、その願いは誰の根底にもあるはずだ。

 だから志貴は決めた。

「俺が、君を救ってみせるから。そのために、俺はここにいるから」

「…………え…………?」

 その言葉が、美咲には理解できなかった。

 今まで誰も自分を救ってくれなかったのに……会って一時間程度のこの少年が、救ってみせると言っているのだから。

 けれど、嗚呼なぜだろう。

 美咲はそれに、縋りたいと思ってしまった。理屈も無いし、理由も無い。ただ、この少年の言葉は、少なくともこの瞬間だけは──美咲を救っていたから。

「ありがとう、ございます……っ」

 志貴の胸元に顔を押し付け、聞こえないように嗚咽を漏らす美咲。無論、志貴には丸聞こえだったが、今だけは聞こえないフリをしよう。

 その想いと一緒に、彼は美咲の頭をそっと撫でた。

 愛おしく、慈しむように。

 これはきっと、贖罪なんかになりはしない。それでも彼は決めたのだ。

 この少女を守って、救ってみせると。それはきっと贖罪などではなく──。
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