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第五章 パラレル
第161話 奥歯
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自宅に戻ってから、結局なんだったのだろうかとしばらくぼんやり考えていた。
てっきり帰りの道すがら、また例の特異点云々について追求されるのではないかと覚悟を決めていたのだけれど、特にその点に触れることもなく、行きと同じくただの世間話で終わった。
謎すぎる。結果的に本当にただお食事しただけじゃないか。
さて、このあとわたしの奥歯に被さってる無線装置などを回収されることになっているのだけど、その連絡待ち。
とか思ってたら、スマホに着信音が鳴る。メールが届いていた。
『迎えに来た』
この素っ気ない文面。十一夜君からだ。
てっきり朧さんが来るのかと思っていたのだけど、今日の警備には十一夜君は全然関わっていなかったはずだ。
迎えに来たと言うので下に降りるとしようか。
というわけで、わたしは叔母さんに友達と出かけることを伝えてから部屋を出てエレベーターで降りた。
ところがあれ、十一夜君が見当たらないなぁ。とか思ってたら、ビルの陰から目出し帽を脱ぎつつ出てくる不審な十一夜君を見つけた。
何してんの? まだ陽も高いうちから。
「よぉ、悪い。ちょっと余計な仕事ができて」
自分が出てきたビルの陰の方を親指で指しながらそんな事を言っている。
「は?」
何のことやら分からない。
「MSの奴らだろうな。このビルを見張ってたのか、どうも不審な動きをしていたから、排除しておいた」
「は?」
「ま、詳しいことは家で話すから取り敢えず乗りなよ」
さっさとヘルメットを被ったかと思ったら、バイクに跨りわたしの方へもヘルメットを投げてよこした。
見張りなんて付けて何のつもりだったんだろう。油田さんなのか、それとも中野さんなのか……。
非常に気になるところだけど、わたしも取り敢えずヘルメットを被ってタンデムシートに跨る。
十一夜君の背中に身を任せると、自分の鼓動が聞こえてくるみたいでちょっと恥ずかしい。
カツンとクラッチが繋がる軽い衝撃とともにバイクは加速を始める。
目的地は久しぶりの十一夜君の家だった。
何か手土産のひとつも用意してくるべきだったかな、しまったとか思っていたら、今日も用事で家の人はいないとのこと。
そういえば未だ十一夜君のご両親には会ったことがないなぁ。どんな人達なんだろうか。
頭の中で、十一夜君に髭をはやしてみたり聖連ちゃんを大きくしてみたりと、アホな妄想をしばし楽しんでいると、「何してるんだ? ほら、上がりなよ」とスリッパを出された。
「あ、はい」
いつもの地下室に通され、ソファに座るよう促された。
何とも落ち着かずそわそわと部屋を見回していたら、なんと今日は聖連ちゃんも留守なのだとか。
ちょっと待て。
ということは今この部屋にはわたしと十一夜君と二人きりなのか?
なんか緊張してきた。ますますそわそわするわたし。
オホンエホンと咳払いをしていたら、十一夜君は医療用と思われるシリコン製の手袋をはめてヘッドライトを装着している。
「はい、じゃあ口開けて」
えぇっ? それは恥ずかしいっていうか、そんな大口開けて見られるのはちょっとなぁ。
なんて躊躇していたら、十一夜の左手がほっぺたをにゅっと掴んでわたしの口を開いた。
うげぇ~。ちょっとちょっとぉ、無理やりとかめちゃ恥ずかしいんですけど。
てか、え、えぇ? ちょっとちょっとぉ。十一夜君の指が口の中に入ってきた。
唇に十一夜君のゴツゴツした指が触れている……どころかほっぺたの内側に!?
「ひょっほ、ひいへはいんはへほ?」
装着するときは知らないスタッフの人がしてくれたのだ。まさか十一夜君から口の中に手を突っ込まれるとは想定していなかった。
その十一夜君の手によって、奥歯に被せてある通信機器(何でも骨伝導で無線の音声を伝える装置だそうで)が取り外された。
「ひょっほ、ひょはへがはふへほぉはんはへほ」
え、まだ終わらないのこれ? そろそろ涎が溢れそうなんで勘弁してもらえないですか。もう顔から火を吹きそうですけど?
よ、ようやく終わったか。
十一夜君は背を向けて手袋を外しているようだ。こっちはもうなんか陵辱を受けたような恥ずかしさで顔が熱い。
「さてと。さっき君の家を見張ってた奴らなんだけど」
さてとって、何事もなかったかのように。
こっちはまだ顔が赤いっつうのに。
「え、あ、うんうん」
「ちょっと痛めつけておいたから、今後はこんなことはないだろうと思うぞ」
「痛めつけた?」
「まぁな」
出た出た。まぁな出たよこれ。ドヤ顔してる。
いや、褒めろみたいな顔してるけど褒めないし。
「痛めつけるって、そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。十一夜だってことなんか分かりっこない。むしろ華名咲家のボディガードにやられたと思うだろ」
「いやぁ、思うかなぁ……」
「思うって、問題ない」
「で、その人たち今はどうなってるの?」
「あぁ、ちょっと絞り上げてる。誰の手の者かはっきり確認しときたいからな」
思った通りだ。十一夜家、仕事のためには非情になれる人たちだ。
「そんなことして大丈夫なの? うちが恨まれるんじゃ?」
「何だよ。大丈夫さ。むしろビビって今後はうかつに手を出せなくなるって。警備会社の奴らもそうだったろ」
「まあ、確かにそうだったけど……もしかして、拷問とかしたり?」
「拷問? そんな事するまでもなく吐くだろ。相手は素人だぞ?」
うん、これ十一夜君と拷問のハードルの高さが全然違う。彼にとってはなんてことないとしても、わたしから見たらそれなりに酷い拷問していそう。
「木下先生も大丈夫なんだよね?」
「あぁ。あの後保護して術をかけたって聞いてる。被害にあった他の生徒達と同じだな。それと、木下がTHE HERMITだったよ」
「えっ! ということは階段でわたしを突き落としたり、鉢を落としたりしたのも先生の仕業だったの?」
「そう考えている。まだそこまで確認できていないけど、洗脳されていたのは確実だ。最近、恭平さんがあのクリニックの薬の中身を入れ替えておいたせいでそれが解けかけていたんだ。そのせいでの今回の奇行だったわけ」
そうだったんだぁ。恐るべし、MS。やっぱり侮れないわ。
「木下先生も被害者だったってわけだね……あ、そういえば進藤君と学校で何度か怪しかった件ってどうだったかな」
「あぁ、それもこれからだな。木下に術をかけてあれこれ聞き出していく予定だ。あまり一度に深い階層の洗脳を解くことができないから、少しずつだな」
「そうなんだね、分かった」
とは言え気にはなる。普通説教するなら職員室に呼び出すだろう。渡り廊下であんな風に感情的に見える様子で生徒に詰め寄るのはどうも不自然。
話をしながらも、十一夜君はわたしの服に取り付けられていた何かのセンサーやら預かっていた小物やらを回収していく。相変わらずの手際の良さ。
「よし。これで全部回収完了だな」
そう言いながら十一夜君は今度はお茶を出してくれた。
栗羊羹とセットで。渋いチョイス。
「ふぅ~。お茶、おいし」
淹れたての熱いお茶を口に含み、何だかホッとして深く息を吐いた。
MS絡みの会食という、わたしにとっては大仕事を無事(?)終えて、緊張が解けたのかな。
あの古狸と女狐とでも形容したくなる二人を相手にしていたのだ。おまけに木下先生の乱入騒ぎまであった。そりゃ、緊張もするってものだよ。
「あ。それと、黛邸で面白いものを見つけた」
「面白いもの?」
思わずお茶を口に運ぶ手を止めて顔を上げると、十一夜君が不敵な笑顔を浮かべていた。
てっきり帰りの道すがら、また例の特異点云々について追求されるのではないかと覚悟を決めていたのだけれど、特にその点に触れることもなく、行きと同じくただの世間話で終わった。
謎すぎる。結果的に本当にただお食事しただけじゃないか。
さて、このあとわたしの奥歯に被さってる無線装置などを回収されることになっているのだけど、その連絡待ち。
とか思ってたら、スマホに着信音が鳴る。メールが届いていた。
『迎えに来た』
この素っ気ない文面。十一夜君からだ。
てっきり朧さんが来るのかと思っていたのだけど、今日の警備には十一夜君は全然関わっていなかったはずだ。
迎えに来たと言うので下に降りるとしようか。
というわけで、わたしは叔母さんに友達と出かけることを伝えてから部屋を出てエレベーターで降りた。
ところがあれ、十一夜君が見当たらないなぁ。とか思ってたら、ビルの陰から目出し帽を脱ぎつつ出てくる不審な十一夜君を見つけた。
何してんの? まだ陽も高いうちから。
「よぉ、悪い。ちょっと余計な仕事ができて」
自分が出てきたビルの陰の方を親指で指しながらそんな事を言っている。
「は?」
何のことやら分からない。
「MSの奴らだろうな。このビルを見張ってたのか、どうも不審な動きをしていたから、排除しておいた」
「は?」
「ま、詳しいことは家で話すから取り敢えず乗りなよ」
さっさとヘルメットを被ったかと思ったら、バイクに跨りわたしの方へもヘルメットを投げてよこした。
見張りなんて付けて何のつもりだったんだろう。油田さんなのか、それとも中野さんなのか……。
非常に気になるところだけど、わたしも取り敢えずヘルメットを被ってタンデムシートに跨る。
十一夜君の背中に身を任せると、自分の鼓動が聞こえてくるみたいでちょっと恥ずかしい。
カツンとクラッチが繋がる軽い衝撃とともにバイクは加速を始める。
目的地は久しぶりの十一夜君の家だった。
何か手土産のひとつも用意してくるべきだったかな、しまったとか思っていたら、今日も用事で家の人はいないとのこと。
そういえば未だ十一夜君のご両親には会ったことがないなぁ。どんな人達なんだろうか。
頭の中で、十一夜君に髭をはやしてみたり聖連ちゃんを大きくしてみたりと、アホな妄想をしばし楽しんでいると、「何してるんだ? ほら、上がりなよ」とスリッパを出された。
「あ、はい」
いつもの地下室に通され、ソファに座るよう促された。
何とも落ち着かずそわそわと部屋を見回していたら、なんと今日は聖連ちゃんも留守なのだとか。
ちょっと待て。
ということは今この部屋にはわたしと十一夜君と二人きりなのか?
なんか緊張してきた。ますますそわそわするわたし。
オホンエホンと咳払いをしていたら、十一夜君は医療用と思われるシリコン製の手袋をはめてヘッドライトを装着している。
「はい、じゃあ口開けて」
えぇっ? それは恥ずかしいっていうか、そんな大口開けて見られるのはちょっとなぁ。
なんて躊躇していたら、十一夜の左手がほっぺたをにゅっと掴んでわたしの口を開いた。
うげぇ~。ちょっとちょっとぉ、無理やりとかめちゃ恥ずかしいんですけど。
てか、え、えぇ? ちょっとちょっとぉ。十一夜君の指が口の中に入ってきた。
唇に十一夜君のゴツゴツした指が触れている……どころかほっぺたの内側に!?
「ひょっほ、ひいへはいんはへほ?」
装着するときは知らないスタッフの人がしてくれたのだ。まさか十一夜君から口の中に手を突っ込まれるとは想定していなかった。
その十一夜君の手によって、奥歯に被せてある通信機器(何でも骨伝導で無線の音声を伝える装置だそうで)が取り外された。
「ひょっほ、ひょはへがはふへほぉはんはへほ」
え、まだ終わらないのこれ? そろそろ涎が溢れそうなんで勘弁してもらえないですか。もう顔から火を吹きそうですけど?
よ、ようやく終わったか。
十一夜君は背を向けて手袋を外しているようだ。こっちはもうなんか陵辱を受けたような恥ずかしさで顔が熱い。
「さてと。さっき君の家を見張ってた奴らなんだけど」
さてとって、何事もなかったかのように。
こっちはまだ顔が赤いっつうのに。
「え、あ、うんうん」
「ちょっと痛めつけておいたから、今後はこんなことはないだろうと思うぞ」
「痛めつけた?」
「まぁな」
出た出た。まぁな出たよこれ。ドヤ顔してる。
いや、褒めろみたいな顔してるけど褒めないし。
「痛めつけるって、そんなことして大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。十一夜だってことなんか分かりっこない。むしろ華名咲家のボディガードにやられたと思うだろ」
「いやぁ、思うかなぁ……」
「思うって、問題ない」
「で、その人たち今はどうなってるの?」
「あぁ、ちょっと絞り上げてる。誰の手の者かはっきり確認しときたいからな」
思った通りだ。十一夜家、仕事のためには非情になれる人たちだ。
「そんなことして大丈夫なの? うちが恨まれるんじゃ?」
「何だよ。大丈夫さ。むしろビビって今後はうかつに手を出せなくなるって。警備会社の奴らもそうだったろ」
「まあ、確かにそうだったけど……もしかして、拷問とかしたり?」
「拷問? そんな事するまでもなく吐くだろ。相手は素人だぞ?」
うん、これ十一夜君と拷問のハードルの高さが全然違う。彼にとってはなんてことないとしても、わたしから見たらそれなりに酷い拷問していそう。
「木下先生も大丈夫なんだよね?」
「あぁ。あの後保護して術をかけたって聞いてる。被害にあった他の生徒達と同じだな。それと、木下がTHE HERMITだったよ」
「えっ! ということは階段でわたしを突き落としたり、鉢を落としたりしたのも先生の仕業だったの?」
「そう考えている。まだそこまで確認できていないけど、洗脳されていたのは確実だ。最近、恭平さんがあのクリニックの薬の中身を入れ替えておいたせいでそれが解けかけていたんだ。そのせいでの今回の奇行だったわけ」
そうだったんだぁ。恐るべし、MS。やっぱり侮れないわ。
「木下先生も被害者だったってわけだね……あ、そういえば進藤君と学校で何度か怪しかった件ってどうだったかな」
「あぁ、それもこれからだな。木下に術をかけてあれこれ聞き出していく予定だ。あまり一度に深い階層の洗脳を解くことができないから、少しずつだな」
「そうなんだね、分かった」
とは言え気にはなる。普通説教するなら職員室に呼び出すだろう。渡り廊下であんな風に感情的に見える様子で生徒に詰め寄るのはどうも不自然。
話をしながらも、十一夜君はわたしの服に取り付けられていた何かのセンサーやら預かっていた小物やらを回収していく。相変わらずの手際の良さ。
「よし。これで全部回収完了だな」
そう言いながら十一夜君は今度はお茶を出してくれた。
栗羊羹とセットで。渋いチョイス。
「ふぅ~。お茶、おいし」
淹れたての熱いお茶を口に含み、何だかホッとして深く息を吐いた。
MS絡みの会食という、わたしにとっては大仕事を無事(?)終えて、緊張が解けたのかな。
あの古狸と女狐とでも形容したくなる二人を相手にしていたのだ。おまけに木下先生の乱入騒ぎまであった。そりゃ、緊張もするってものだよ。
「あ。それと、黛邸で面白いものを見つけた」
「面白いもの?」
思わずお茶を口に運ぶ手を止めて顔を上げると、十一夜君が不敵な笑顔を浮かべていた。
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