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第五章 パラレル
第156話 仁義なき戦い
しおりを挟む「お待たせしました」
トイレから戻り挨拶して席に着くと、ウェイターさんが飲み物を持ってきてくれた。
無言の二人を前にして、こっちとしても居心地が悪いのだが、かと言って会話の糸口もつかめない。
っていうか積極的に会話する気にもなれないというか、わたしの秘密を握っている中野さんの手前、何か墓穴を掘りそうで怖い。
「華名咲さんは随分とお若いようだけど、高校生くらいかしら?」
「えぇ、高1です」
「そう、本当にお若いのね」
何ということもない会話だが、相手が中野さんだとビクビクしてしまう。朧さんは大丈夫だろうと言うが、何をきっかけにわたしの女子化の秘密がバレるかと思うと気が気でない。
油田さんの方はと言えば、相変わらず黙して語らず。ちょっとはホスト役としての責任を果たしてほしいものだけど、このおじさんは中野女史に何か弱みでも握られているのだろうか。
「ところで中野さん、今日は華名咲さんと個人的にお話があるので、食事が終わったら二人にしてもらえませんか」
おっと、油田さんが攻勢に出たな。
「あら、どうして? わたしがいては迷惑? あなたみたいな人がこんなきれいな女子高生と二人きりなんて、警察に通報する案件だわ」
うわ、ゲスな反撃。何かこの人苦手だわ。
「いやいや何をおっしゃってるのだか。この華名咲さんはね、世に名を馳せる華名咲財閥のお嬢様ですよ。下手な手出しなんかしようものならただじゃすみませんよ」
おぉ、やはり油田さんはその辺のこと分かってるから、黛君にしたみたいな手荒なことはわたしにはしてこないんだな。て言うか黛君だってバックには政府がいるというのにそっちは畏れず華名咲は畏れるとか、なかなか現実を分かってらっしゃるようだ。
「ふぅん、お嬢様ねぇ」
うわ、まただ。
この見下したような蔑むような目。やな感じ。
「はい。あなたがどう思おうと純然たるお嬢様です。おかしなことを考えないでくださいよ」
そうだぞ。油田氏の言う通り。純然たる……お嬢様ではないけども。でもまぁ、下手な手出しをするとまずいことになるのは確かだと思う。わたしとしてもできるだけ実家が動くような事態は避けたい。
一般人には想像できない世界だけど、お祖父ちゃんの権力マジでやばいから。大事になるにも程があると思う。多分MSがどんだけ力をつけていても完膚なきまでに完全にぶっ潰されるはず。
ま、その前に専門の十一夜家が今は一緒だから、実家が気づく前にそっちが先に動くけどこちらも国際的な組織らしいし、どうもうちも歴代の当主がお世話になることがあったらしい。
そういう歴史ある裏業界の猛者が味方についているのだから、ホントに下手な手出しはおすすめできない。お願いだからやめて。
「まぁ、わたしのことどういう風に思っているのかしら。わたしも今日はこのお嬢さんに話があって来たのよ。それもこの子にとってはいい話を持ってきたのよ」
「いい話? ほぉ~、それは興味深いですなぁ。わたしもぜひお伺いしたいものです」
「フフフフ、残念ね。あなたとは関係のない話よ」
何やら二人の間で応酬が続いているけど、絶対いい話な気がしないんですけど。
不安しかないわ。とっととずらかりたいくらいなんですが。
「そういうことならこちらも同じです。今日はわたしが要件があってご招待したのです。残念ながら今日はあなたを招待したわけではないのです。お望みでしたらまた後日改めてあなたをご招待しますよ」
「あら、それはそれで魅力的なお話ではあるけれど、わたしが用があるのもこの子なの」
「そうでしたか。では今ここでどうぞ、お話ください」
おっとっと。それはダメよ、ダメだから。やめてくださいよ、ほんとに。
内心うろたえるわたしだが、ちょうど料理が運ばれてきて救われた。ナイスシェフ。
厨房から見てたのかしらん。まるで図ったかのようなタイミングで会話に水がさされた。
料理が運ばれてきて各々の前に料理がサーブされ始めたので、ひとまずこの牽制し合う二人の会話も止んだ。
「そちらこそ。わたしのことはお気になさらず、どうぞお話しになって。聞かないフリをしておくから」
フリって。
もう、困った人たちだなぁ。これで喧嘩にならないのが不思議だわ。好き放題言い合いながら、なんだかんだそのやり合いを楽しんでいるような節がある。何なの、この二人って。
「ふむ……。華名咲さん、幼少時代はどんなお子さんで?」
「え、まぁ、ごく普通ですよ。どっちかって言うと活発な」
男の子だったし。つっても秋菜だって負けず劣らず張り合ってたから男の子に限った話じゃないよね。
「ご兄弟もいらっしゃるんですか?」
「えぇ、妹がひとり」
「ほぉ~、お住まいはずっとあちらで?」
あ、これは探りを入れられてるな。つまり黛君と同じく異世界から来たんじゃないかと疑っているわけか。
「えぇ、そうですよ。生まれたときから今の家です」
「ほぉほぉ、そうですか。ふ~ん」
何でしょう、ひょっとして訝しまれていますか。だけどわたしは異世界出身じゃなくて生まれたときからこっちの人なはずだもん。物心ついてからの記憶が確かにあるし、生まれたばかりの写真もたくさんあるからね。
中野さんをちらりと見やると、不敵な笑顔を浮かべている。
うぅ……この人は多分、何らかの形で丹代さんの背後で関わっていた人間だ。
だからわたしの子供時代が男の子だったことも知っているのだろう。ストレスで冷や汗が止まらないんですけど。
しかし終始こんな調子でこの食事会は進んでいくのだった。
元々積極的に来たくて来たわけじゃないけれど、今や来るんじゃなかったという後悔の気持ちに苛まれている。
今頃朧さんたちの調査は進んでいるのだろうか。もはやそっちで成果が上がることを祈るばかりだ。
どうせわたしなんて十一夜家の調査のための時間稼ぎくらいしか役に立ちませんしね、フン。
また何やらやさぐれ気分になってきた。
「ちょっと、どういうことですか!」
いきなり女性の大きな声が入口の方から聞こえてきた。
何事かと思って振り返ると、なんとそこで叫んでいるのは数学教師の木下優子先生ではないか。
何だ何だ? 先生がMSだとは聞いていたけど、ここにさらに乱入してくるとは。
もうなんだかぐちゃぐちゃじゃないかな、この食事会。
油田さんは険しい顔付きで木下先生を見ている。
中野さんは俯いて額に手をやっている。アチャーって感じだこれ。
「うちの生徒にこれ以上手を出すのはやめてくださいと何度も言いましたよね!?」
お、何か教師らしいこと言ってる。ということは、この人が裏で手を引いてわたしを襲っていたわけではないのか。何となくだけど、この先生がMSと聞いて怪しんでいたんだけども。
「どうか、もうこれ以上うちの生徒に関わらないであげてください! お願いです!」
おぉ、なかなか熱い先生だった。まさかこんな感じだとは想像していたのと真逆だった。
MSの熱心な信者だと知ってから、この先生にはちょっと警戒心を持っていたのだけどなぁ。想像していたのと違う。
「っはぁ~。どうしたの、木下さん? ただ食事をしているだけよ。さあ、落ち着いて」
中野さんがわざわざ強い溜息を吐いてからまるで聞き分けのない子供でも言い含めるかのように声をかけている。
ちょっと小馬鹿にしているようで見ていてわたしはちょっとムッとした。
先生は息を荒くして肩を大きく上下させている。尋常でない興奮状態のように見える。
「お願いします。生徒にだけは手を出さないでください」
先生はひたすらそう繰り返している。よく見ると意識があまりはっきりしていないように見えなくもないんだけど、大丈夫だろうか。
「あの……センセ? 大丈夫ですか? どこか具合が悪いんじゃないです?」
気になってそう声をかけてみたのだが、やはりちょっと目が虚ろに見える。
「華名咲さん……わたしはいいから……。ごめんなさいね、巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。わたしのせいで、巻き込んでしまって……」
私に対しては、こうしてひたすら謝るばかりだ。やはりどうも尋常でない雰囲気だ。
「あなたねぇ、ちょっと黙りましょうか。さぁ、こちらへ来なさい」
そう言うと中野さんが強引に先生の腕を引いてどこかへ連れ出そうとする。
「嫌だ、離してっ! この生徒を連れて帰りますっ! 離してください!」
抵抗する先生だが、中野さんの指図でやってきたスタッフが、中野さんと一緒に先生を引っ張っていってしまった。
わたしはどうしていいのか分からずに、ただ見守るだけだった。
もしも何かあるようなら最悪朧さんたちが動くだろう。そう信じるくらいしかできない。
チッと油田さんが小さく舌打ちをしたのが聞こえた。
「ようやく落ち着いて話ができます」
そんなこと言われたってこっちは全然落ち着かないよ。
木下先生、どうなっちゃうんだろ。何しろMSの過激派の人が連れて行っちゃったんだから、心配しないわけには行かない。
「あの、先生はどうなっちゃうんですか?」
「ん? あぁ、もしかして彼女はあなたの学校の先生でしたか? わたしはまったく存じ上げなかったもので、一体何事かと」
そっか。嘘を付いてるわけではないだろう。
恐らく先生は中野さん絡みなのだ。油田さんとは派閥も違うし本当に知らないのだろう。
「うちの学校の先生です。あの、大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫とは?」
「いや、そのぉ……先生のことですけど……ひどいことされたりとか、しないですか?」
「アハハハ。華名咲さん、何か我々のことを誤解してらっしゃるようですね。我々は何も危険な集団ではないのですよ。神の真理について研究している真面目な団体です」
いやぁ、今までのわたしの身に起こったことからして、どう考えても真面目な団体とは思えないんですけど?
朧さん、先生のこと頼みますよ。
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