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第五章 パラレル
第155話 お洒落してるネお嬢さん
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男女。
今たしかにそう言ったよね。声には出してなかったけど。
つまりこの女性はわたしが女子化した元男であることについて何かしら知っているわけか。
そして今MS関係の施設に来ていることを考えると、この人はMSでわたしの女性化について知っている派閥の人間ということになる。
つまりこの人はわたしに何かとちょっかい掛けてきた過激な派閥の人ってことだ。
にわかに危険を感じて緊張するわたし。
階段から突き落とされたり、歩いてたら上から鉢が落ちてきたり、はたまた拉致されたことまであった。それらが脳裏に蘇り血の気が引いていくのが分かる。
『確認しました。追尾していた車両の所有者と思われます。本人の自己紹介通り中野恵美子、45歳。夫は早慶大学教授の中野等、60歳』
絶妙なタイミングで朧さんの無線が入って、わたしの気持ちも少し持ち直す。
おぉ、15歳差の夫婦かぁ。
大学教授婦人でMS関係者。果たして旦那さんもMSの人なんだろうか。
「華名咲さん、おすすめのコースメニューがあるのですが、それでよろしいですか?」
油田さんは中野さんとの一通りのやり取りなど何もなかったかのようにオーダーについての確認をしてくる。
「あ、はい。お願いします」
「わたしも同じもので」
中野女史だ。
「あなた、我々を付けてきたのですか?」
「人聞きが悪い言い方ね。付けてきたんじゃなくて付いてきたんです」
言い方変えてもあんま意味合い的には変わってない気がする。
つうか目的はなんだろうか。やっぱりわたし絡みではありそうよね。
「フン」
面白くもなさそうに油田さんは荒い鼻息のような相槌(?)を返す。
「こんな若いお嬢さんに油田さんが一体どんなご用向なのかしら」
中野さんはやや陰険な調子で油田さんを牽制しているようにも窺える。
「こちらは旧華名咲財閥のお嬢さんです。くれぐれも粗相のなきようお願いしますよ、中野さん」
「まぁ、お洒落しちゃって。お嬢さん、なのねぇ」
うぉーい、言いなさんなよ。バラしちゃダメよ、わたしの女子化については門外不出の秘密なんだからね。フリじゃないから言っちゃダメだぞ、マジで。
冷や汗がツツーッと背中を伝っていく。
『華名咲さん、この女のことはそこまで心配しなくても大丈夫かと。向こうも握っている情報を油田に渡したくはないはずです。恐らく今は油だが知っているかどうか探りを入れているのかと思われます』
朧さんが状況を察したのかわたしの気を落ち着けるように話しかけてくれる。
おぉ、なるほど。確かにそのカードについては簡単には明かしたくないはずだ。
丹代さんが言っていたように、MSにとって女性化というのは、すでに実験に成功している男性化と違って神秘の力なのだ。
よって神聖でありその解き明かしのための重要な研究対象となるのがわたしの存在というわけだ。
そのカードをむざむざと手渡すわけには行かないというので、わざわざこの中野女史が出張ってきたのだろう。
「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。本日料理長を努めております砂川です」
おっと、出ましたね。砂川さんか。この人がすみれさんの配下の人だよね、多分。
「砂川シェフ、今日も楽しみにしてますよ」
「ありがとうございます。本日の食前酒はこちらでセレクトさせていただいた白ワインなのですが、こちらは未成年のようですので、ソフトドリンクをお選びいただけますか」
砂川さんはそう言ってわたしにドリンク用のメニューを開いて手渡してくれた。
その際に周囲からは悟られないようにメモが手渡される。
きっと何か重要な情報なのだろう。これは朧さんに知らせる必要があるはず。
その場で堂々とメモを開いて見るわけにも行かず、わたしはテーブルの下でメモを握ったまま飲み物を選んでオーダーした。
砂川さんはその際わたしの目を見てしっかりと頷いてみせたから、多分頼んだぞって意味なのだろう。
頼まれちゃったからには頑張らなくっちゃね。
「あのぉ……ここに着いてからそのままこの場所に来たので、ちょっとお手洗いよろしいですか」
取り敢えずトイレに逃げ込んで朧さんと連絡取ってみようという腹だ。
「あ、これは気が回らず失礼しました。ちょっと君、こちらをお手洗いにご案内してもらえるかい」
「すみません、それじゃちょっと失礼します」
接客担当のウェイターにトイレの場所を教えてもらって急いで向かう。
トイレに入り、一応念の為隠しカメラみたいなのはないか確認してみるが、まぁその道のド素人のわたしにはあまり意味がないんだけどね。
「朧さん、聞こえますか」
控えめの声で編みぐるみのキーホルダーに呼びかけてみる。
『肯定です。どうしました?』
「あの、すみれさんの配下の料理長からメモを渡されました。あ、今わたしはトイレからです」
『了解です。場所は特定済みです。メモはトイレットペーパーの芯にでも潜ませておいてください。すぐに回収しておきます』
トイレにいて場所特定とかやだなとか、そういえばホントに用を足す場合マイクオフにしなきゃとか、女子トイレに入ってメモ紙回収するのかとか、色々と思うところはあったんだけど、わたしの警護を含め真剣に任務にあたっているのに茶化すようなことを言うのも何だと思うので、ぐっと胸のうちにしまっておくことにする。
ちなみにメモの内容はというと、本日の館内の警備の巡回や配置に関する情報だった。
どうもその日その日で巡回の時間やルートを変えているらしい。ということは、それだけ守らなくてはならない情報なり人物なりがいるということかもしれない。
このメモはもしかしたら結構貴重な情報かもしれない。さすがすみれさんの配下だけのことはある。だけど一体どうやってそんな情報を仕入れているのだろうか、謎だ。
そしてわたしはひとまず朧さんにメモを渡す段取りが着いたのでホッとして、再び食卓へと戻るのだった。
ワインを口に運ぶ無言の二人の姿が険悪そうな割に、どこかしっくり来ている姿が印象的だった。
今たしかにそう言ったよね。声には出してなかったけど。
つまりこの女性はわたしが女子化した元男であることについて何かしら知っているわけか。
そして今MS関係の施設に来ていることを考えると、この人はMSでわたしの女性化について知っている派閥の人間ということになる。
つまりこの人はわたしに何かとちょっかい掛けてきた過激な派閥の人ってことだ。
にわかに危険を感じて緊張するわたし。
階段から突き落とされたり、歩いてたら上から鉢が落ちてきたり、はたまた拉致されたことまであった。それらが脳裏に蘇り血の気が引いていくのが分かる。
『確認しました。追尾していた車両の所有者と思われます。本人の自己紹介通り中野恵美子、45歳。夫は早慶大学教授の中野等、60歳』
絶妙なタイミングで朧さんの無線が入って、わたしの気持ちも少し持ち直す。
おぉ、15歳差の夫婦かぁ。
大学教授婦人でMS関係者。果たして旦那さんもMSの人なんだろうか。
「華名咲さん、おすすめのコースメニューがあるのですが、それでよろしいですか?」
油田さんは中野さんとの一通りのやり取りなど何もなかったかのようにオーダーについての確認をしてくる。
「あ、はい。お願いします」
「わたしも同じもので」
中野女史だ。
「あなた、我々を付けてきたのですか?」
「人聞きが悪い言い方ね。付けてきたんじゃなくて付いてきたんです」
言い方変えてもあんま意味合い的には変わってない気がする。
つうか目的はなんだろうか。やっぱりわたし絡みではありそうよね。
「フン」
面白くもなさそうに油田さんは荒い鼻息のような相槌(?)を返す。
「こんな若いお嬢さんに油田さんが一体どんなご用向なのかしら」
中野さんはやや陰険な調子で油田さんを牽制しているようにも窺える。
「こちらは旧華名咲財閥のお嬢さんです。くれぐれも粗相のなきようお願いしますよ、中野さん」
「まぁ、お洒落しちゃって。お嬢さん、なのねぇ」
うぉーい、言いなさんなよ。バラしちゃダメよ、わたしの女子化については門外不出の秘密なんだからね。フリじゃないから言っちゃダメだぞ、マジで。
冷や汗がツツーッと背中を伝っていく。
『華名咲さん、この女のことはそこまで心配しなくても大丈夫かと。向こうも握っている情報を油田に渡したくはないはずです。恐らく今は油だが知っているかどうか探りを入れているのかと思われます』
朧さんが状況を察したのかわたしの気を落ち着けるように話しかけてくれる。
おぉ、なるほど。確かにそのカードについては簡単には明かしたくないはずだ。
丹代さんが言っていたように、MSにとって女性化というのは、すでに実験に成功している男性化と違って神秘の力なのだ。
よって神聖でありその解き明かしのための重要な研究対象となるのがわたしの存在というわけだ。
そのカードをむざむざと手渡すわけには行かないというので、わざわざこの中野女史が出張ってきたのだろう。
「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。本日料理長を努めております砂川です」
おっと、出ましたね。砂川さんか。この人がすみれさんの配下の人だよね、多分。
「砂川シェフ、今日も楽しみにしてますよ」
「ありがとうございます。本日の食前酒はこちらでセレクトさせていただいた白ワインなのですが、こちらは未成年のようですので、ソフトドリンクをお選びいただけますか」
砂川さんはそう言ってわたしにドリンク用のメニューを開いて手渡してくれた。
その際に周囲からは悟られないようにメモが手渡される。
きっと何か重要な情報なのだろう。これは朧さんに知らせる必要があるはず。
その場で堂々とメモを開いて見るわけにも行かず、わたしはテーブルの下でメモを握ったまま飲み物を選んでオーダーした。
砂川さんはその際わたしの目を見てしっかりと頷いてみせたから、多分頼んだぞって意味なのだろう。
頼まれちゃったからには頑張らなくっちゃね。
「あのぉ……ここに着いてからそのままこの場所に来たので、ちょっとお手洗いよろしいですか」
取り敢えずトイレに逃げ込んで朧さんと連絡取ってみようという腹だ。
「あ、これは気が回らず失礼しました。ちょっと君、こちらをお手洗いにご案内してもらえるかい」
「すみません、それじゃちょっと失礼します」
接客担当のウェイターにトイレの場所を教えてもらって急いで向かう。
トイレに入り、一応念の為隠しカメラみたいなのはないか確認してみるが、まぁその道のド素人のわたしにはあまり意味がないんだけどね。
「朧さん、聞こえますか」
控えめの声で編みぐるみのキーホルダーに呼びかけてみる。
『肯定です。どうしました?』
「あの、すみれさんの配下の料理長からメモを渡されました。あ、今わたしはトイレからです」
『了解です。場所は特定済みです。メモはトイレットペーパーの芯にでも潜ませておいてください。すぐに回収しておきます』
トイレにいて場所特定とかやだなとか、そういえばホントに用を足す場合マイクオフにしなきゃとか、女子トイレに入ってメモ紙回収するのかとか、色々と思うところはあったんだけど、わたしの警護を含め真剣に任務にあたっているのに茶化すようなことを言うのも何だと思うので、ぐっと胸のうちにしまっておくことにする。
ちなみにメモの内容はというと、本日の館内の警備の巡回や配置に関する情報だった。
どうもその日その日で巡回の時間やルートを変えているらしい。ということは、それだけ守らなくてはならない情報なり人物なりがいるということかもしれない。
このメモはもしかしたら結構貴重な情報かもしれない。さすがすみれさんの配下だけのことはある。だけど一体どうやってそんな情報を仕入れているのだろうか、謎だ。
そしてわたしはひとまず朧さんにメモを渡す段取りが着いたのでホッとして、再び食卓へと戻るのだった。
ワインを口に運ぶ無言の二人の姿が険悪そうな割に、どこかしっくり来ている姿が印象的だった。
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