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第五章 パラレル

第120話 どうぞこのまま

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「亡骸って……桐島さんの死体ってこと⁉︎」

「あぁ。兎拂とばらいのことは華名咲さん、知ってるんだっけ?」

「うーん、桐島さんのお母さんの実家ってことぐらいは。あとなんかその家が十一夜家っぽい歴史のある家系だってことと……それくらい」

「兎拂が握っているある機密情報が、実は桐島さんの身体に埋め込まれていてね。まあ兎拂家にとっては重要な情報じゃないんだけど、何かの保険としてそういうことをしていたわけだ。瞳子さんの母親って人は兎拂の本家筋の一人娘でね。瞳子さんの病気が分かってから十一夜に取引の話を持ちかけてきたんだ」

 どういうこと? 大事な娘が末期癌だと分かってそれを利用して取引しようとしてきたってこと? だとしたらわたしたちとは常識が違う世界に生きている人たちだとしても酷いんじゃないだろうか。
 固唾を飲むわたしを見てもなお、十一夜君は淡々と話を続ける。

「向こうとしては余命短い瞳子さんの望みを最大限叶えてあげようということだったみたい。兎拂が持っていた情報はMSや兎の連中が欲しがってた情報だ。だけど兎拂としても連中に情報が渡ることは望んでいない。それで情報が瞳子さんに埋め込まれているという情報は秘匿されていたけども、最後まで守り切ることを条件に埋め込まれたチップを十一夜に渡す約束だったんだ。親族の許しを得て遺体からチップを取り出したのは恭平さんだよ……」

「そう……だったんだ……」

 桐島さんの望みって……。
 そっか。桐島さんは十一夜君のこと本当に好きだったんだ。人生の最後の時間、十一夜君に守られて十一夜君と一緒に過ごしたいって、そう願ったんじゃないのかな。だとしても気持ちは分かるし責める気持ちにもならない。お母さんも娘の最期までにできるだけのことをしてあげたいと思うだろうし。

 それなのにわたし、あの火災騒ぎの時に十一夜君がわたしの方を優先したみたいな嫌味を言って勝ち誇った気分になってたんだ……。最低だな、わたし。

 あの時半泣きになりながら教室を出ていった桐島さんの姿が何度も脳裏にプレイバックされる。自分が被害者のつもりで一矢報いてやったと思っていたけど、わたしがしたことこそが酷い仕打ちだった。

「ずっと瞳子さんを騙してるみたいな気分だった……。酷い話かもしれないけど、彼女が亡くなればこの気持ちからも解放されるものだと思ってたんだ……けど違ったよ。むしろ呪縛だ」

「ツライね……」

 そっか。十一夜君の辛さってそういうことか。愛する人を亡くして辛いのかなって思ってたけど、本当に任務だったんだなぁ……。
 悲しい任務……か。

「そうも言ってられない。MSが関わる人体実験は多岐に及んでいるようだ。兎拂から得た情報からMSが何を目論んでいるのか分析中だ。MSがどうしてその情報を欲しがっていたのか……そこに鍵がありそうだ」

「それにしても、こんなに身近にMSの手が及んでいるのはどういうわけなんだろう。わたしたちの周りでこんな恐ろしい実験が行われているなんて、偶然なのかなぁ……」

「分からないけど、この学校が特殊と言えば特殊だからなぁ。超が付くようなセレブばかりが集まる学校だ。大企業のオーナーの家族や芸術家の家族、政府の高官の家族……いずれにしても著名人の家族が集まっている。そういうところにはMSとの拘わりの深い人間が集まっていても不思議はないよ」

「あぁ、なるほど。確かにそれはそうかもね」

 宗教組織が著名人を取り込むというのはありそうなことだ。だとすればこの学校に関係者がある程度集まってくるのも頷ける。

「情報の解析が済んだらいよいよ動き出すと思う。聞いてるだろうけど、進藤杏奈や須藤麻由美の投薬に細工をする。薬の影響を解いた上でMSの催眠も解く。まあ最初のうちは代わりにこっちの術を上書きすることになるけど、MSのコントロールを完全に解くためだ。須藤さんの方はちょっと厄介かもしれないけど、恭平さんがやる気出してるから多分何とかなるだろう。あと須藤さんの家族や親族だなぁ。MSと関係しているのかどうか……これだけ尻尾を出さないところを見ると、無関係なのかもしれないけど確証がないから……」

「そっか。ねぇ、十一夜君。わたし少しは役に立てたかな……?」

「あぁ、お手柄だったよ。僕らは先入観で可能性を深く考えようとしてなかった。華名咲さんの勘と行動力のお陰で大きな進展を見た」

 行動力なんて初めて褒められた! いつも守られるばっかりで何にもできなくてコンプレックスだったのにっ。十一夜君から褒められたぁ!

「ホントに?」

 背の高い十一夜君の顔を窺うように見上げると、珍しく柔らかく微笑んだ十一夜君の大きな右手が伸びてきて、この前みたいに優しくわたしの髪を梳くように撫でられた。擽ったくて目を閉じると、その右手の感触が余計に大きく感じられる。

「ホントだよ」

 あぁ……なんだろう。ずっとこうされていたいって思っちゃうなぁ。心地よくてふにゃんとなりそう。ぽわ~っと体の奥が温かくなってなんか幸せ。
 十一夜君の手の動きが止まって離れそう。だけど、うーん。もうちょっとだけこのままでいて欲しいんだけどなんて思ってしまった。

「もっとぉ」

「ん?」

「もっと続けてくれても、いいんじゃないかなぁ~、なんて……」

 と自分でも意外なくらい自然に、わがままが口をついてスルッと出てきてしまった。途端に十一夜君の顔が真っ赤に染まる。あれ、よく考えたらわたし超恥ずかしいこと言ってないか⁈

「その上目遣いは……ズルイな……」

 だけど十一夜君は手を離すのをやめて、黙ってそのまましばらくの間わたしの髪を優しく指で梳いてくれていた。わたしは恥ずかしさよりも、なんだかずっとこのままがいいなと思っちゃったのだった。
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