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第四章 Love And Hate

第102話 the end

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 成田空港の到着ロビーは大勢の人たちで賑わっていた。
 様々な人種の人たちが行き交う様子はまるで別の国に来たかのようなのに、外国語と併記されるそこかしこに見られる日本語の表記がなんだか不思議な雰囲気を醸し出している。

 この大勢の中からディディエを見つけ出すのはなかなかの困難だと思っていたが、到着便が分かっていればそう困難なことでもなかったようで直ぐにディディエを見つけることができた。

 もう何年も会っていなかったのに向こうもわたしたちに直ぐ気づいた様子で、まずはお祖父ちゃんお婆ちゃんに、次いで叔父さんと叔母さんに、そしてわたしや秋菜、祐太と順番にハグを交わす。

「ワーォ、ミナサン、オヒサシブリーフ!」

 と微妙にとうが立ったギャグをいきなりかましてくるディディエ。
 もしかして残念キャラだろうか。
 しかしさすがお婆ちゃんの親戚筋だけあってかなりの美形だ。美形だけにそのギャグセンスが残念度を増しているのだけど。

「カヨー、アッキーナー、フタリトモベリフェムデスネー! ワターシイキナリテンションアガリマスネー」

 んー、やっぱり残念感ハンパないな、ディディエ。
 ていうかなんの迷いもなくわたしと秋菜の区別がついてるのがすごい。
 よく分かるな。さすが親戚。

 その後食事でもしながらゆっくりしようということで、華名咲系列の和食店に行くことにした。
 ディディエは日本文化が好きなので和食もいけるらしく、本場の和食ということでたいそう楽しみにしてくれた。

 店に着くと個室がちゃんと用意されていて、店長自らが丁寧に挨拶に来てくれた。
 まあ経営者の一族が揃って来店ともなればそうなるか。こっちが逆に恐縮しそうになるが。

「ディディエは今何に関心があるの?」

 秋菜が質問するとディディエの答えは意外なものだった。

「アー、ワタシノイマノカンシンジワー、ネットアイドル、タユユデスッ! タユユ、キレイネー。アッキーナー、カヨー、ニテルネー。チョーカワイクネ!?」

 とどこで覚えてきたのか若者言葉で言っている。
 それを聞いてわたしと祐太は顔を見合わせる。

 タユユというのは、実は祐太がコスプレイヤーとして活動している時のハンドルネームなのだ。
 ユータをひっくり返してユを繰り返しただけの捻りのない名前だ。
 多分最初にそこまで有名になるとは予想してなくて適当につけた名前なのだろうが、それにしてもまさかこんな展開になるとは誰も想像できなかっただろう。

 祐太は明らかに動揺しているし、わたしもまさかの名前が出てきて少し焦る。

「ふーん、タユユかぁ。聞いたことなかったけど、あんたたち知ってた?」

 そう話題をわたしと祐太に振ってくる秋菜。
 やめてくれ。その話題は深掘りしちゃいかんヤツだ。冷や汗をかく。

「さぁ……?」

 とりあえず得意のすっとぼけ作戦だ。
 当然祐太本人も同じくすっとぼけている。

「ふーん……」

 その時はそれで事なきを得てどうにかそれ以上掘ることはなく済んだ。
 わたしと祐太は生きた心地がしなかったが、どうにか助かったと内心ホッとした。

 帰宅後ゆっくりする間も無く、取り急ぎ必要なものを買い揃えるために叔父さんと叔母さんがディディエに付き添って出かけていった。

 こちらはと言えば珍しく祐太がわたしの部屋にやって来て作戦会議と相成った。
 難しい話は無しだ。とにかく祐太の秘密は漏らさないという確認をするだけだった。

 ただわたしが心配だったのは秋菜のことだ。
 妙に勘の鋭いところのある秋菜に疑いを持たれたらアウトだろう。ヤツに知られたらもう諦めるより他ない。
 そしてそれは祐太にとって負けを意味する。
 秋菜は小さな頃から祐太をかわいがったが、秋菜のかわいがり方は、一時期話題になっていた相撲部屋で言うかわいがりと同義だ。

 そのことだけが懸念されたが、とりあえず秋菜に見つかるまでは一切秘密。万が一秋菜にバレた場合は諦める。この方針だけを二人の間で申し合わせた。

 そして夕食はディディエとお祖父ちゃんお祖母ちゃんを交えてのしゃぶしゃぶとなった。
 国産A5ランクの和牛でのしゃぶしゃぶはさすがに美味しい。普段赤身を食べつけている外国人には珍しいだろう。

 お祖父ちゃんに食べ方を教わって、ディディエはしゃぶしゃぶと一々声に出しながら楽しそうに鍋の中で肉を泳がせている。

「ディディエ。ネットでわたしも調べてみたよ」

 と秋菜がディディエに話しかける。

「かわいいよねぇ、タユユ」

 ディディエに話しかけているはずの秋菜はニッコリと微笑みを湛えて、視線はなぜか祐太に向いていた。

 祐太、早くも終了のお知らせの瞬間であった。

「オォーーォ、アッキーナーニモワカルゥ? サイコーデスネー。チョーカワイクネ?」

 とまたしても最後にお気に入りなのか若者言葉を付け加える。

「ディディエ、会えるといいねー、タユユと」

 微笑みを祐太に向けたまま、秋菜が恐ろしいことをディディエに言っている。

 残念だが祐太、詰んだな。終わりだ。
 祐太もそのことは十分すぎるくらいに理解しているらしく、しゃぶしゃぶした肉を皿の上で箸に乗せたまま固まっている。

「オォーゥ、アエマスカ? ワタシ、タユユ、アエマスカ? アエタラサイコーネー! チョーカワイクネ?」

 何も知らないディディエは期待の余りテンションが上がっている様子だ。

「どーかなー? 会えたらいいねぇ~。わたしは応援するよ! ディディエ」

 カタンッ。
 祐太が動揺する余り箸を落としたようだ。
 無理もない。正直わたしも他人事ながら動揺している。秋菜が相手では祐太にはかなり分が悪い。

「ハーイ。メルシィ、アッキーナー。ヤマトナデシコ、サスガウワサニキキマシタ。ヤサシイネー」

 多少の文法的な怪しさは聞き逃せても、大和撫子に関して大きく誤解されているのはどうかと思うぞ。
 秋菜のイジリは大和撫子とは対極的なヤツだと思うぞ。
 ディディエ、日本の伝統文化を誤って覚えるんじゃない!

 そう言いたいのは山々だったが、ここは自分の身を守る方が戦略的に正しい気がした。祐太には悪いがここは沈黙を守るよりなかった……。
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