71 / 162
第四章 Love And Hate
第72話 ゆうがたフレンド
しおりを挟む
結局その後三ゲームほど続けて、十一夜君は目立った動きをすることなく、それぞれで勝ちを分け合って最終的に二対二というところで落ち着いた。
そして麻由美ちゃんも最初のときのように大暴れするということもなく、最後までおとなしかった。あの狂気の様相は何だったのだろうか。最後までその謎は解けなかったが、問題も起こらなかったのでまあいいか。
帰りはアホの坂田がなかなか離れようとしなかったが、どうにか元の男女別グループに分かれて帰途に着くことができた。と言っても女子は女子で帰りにまたドーナツショップに寄り道したのだけれど。
ドーナツを食べながら、今日の野郎どもへのダメ出し大会が始まった。女子のこういうの知ったら男子は傷つくだろうなぁ。今頃男子はきっと楽しかったひとときを胸に、静かに噛み締めているに違いないのに。スルメのように。
それと珍しく秋菜とわたしが揃って皆と遊んだので、話題は自ずとわたしたちのことに及ぶことも屡々。撮影のこととか服のこと、家族のことなど根掘り葉掘り訊かれることとなった。そう言えば家族のこととか皆と話すことって今までなかった。
翌日は朝から雨が降っていた。梅雨が明けてから久し振りの雨で蒸す。
雨合羽を着用してのジョギングは流石に不快だ。一応ゴア◯ックス素材のものだが、合羽を着ているとゴワゴワしてあまり快適に動かれない。
蒸し暑さにたっぷり汗をかき、シャワーを浴びてさっぱりした気持ちにはなるが、昨日の麻由美ちゃんのことが心の何処かに引っ掛かって何となくすっきりしない。
あのときの麻由美ちゃんは、ちょっと狂気を孕んでいるように見えた。並み居るファッションミリオタどもを撃ちまくって敵陣まで自分で乗り込んできたのだ。ファッションミリオタと言ったって、あの場にいた女子たちは麻由美ちゃんも含め皆それ以下の素人なのだ。
それにも拘らずの大車輪の活躍からのあの高笑い。謎すぎるし何だか怖かった。あの一回きりだったのだが、それがまた恐ろしい。
それはそれとして、今日は久し振りに放課後に甘味処うさぎ屋に集合が掛かった。十一夜君と聖連ちゃんとの報告会だ。ここで麻由美ちゃんに関する何か新しい情報を聞くことができるかもしれない。
「そう言えば昨日、十一夜君、じゃんけんにもコツがあるって言ってたけど、あれってどうやってたの?」
「ああ、あれか。じゃんけんに関しては『勝者は維持し、敗者は変える』という法則があると言われているんだよ」
わたしの疑問に、十一夜君は何でもないことさと言わんばかりの調子で話し始めた。
「勝者は維持し、敗者は変える?」
「そう。じゃんけんで一発目に勝った人は……たとえばグーで勝った人は次もグーを出す傾向にある。逆にグーを出して負けてしまった人は次はチョキかパーを出す傾向がある。もう一つ。人間は手の構造的にパーが最も出しやすい。だから不意打ちでじゃんけんを仕掛けた場合には、相手がとっさに出す可能性が高いのはパーだ。でも昨日は最初はグーで始めた。人間の筋肉は同じ形をキープするより動かす方が得意だ。最初はグーで始めると確率的にはグー以外の手を出す人が多い。こういった肉体的な構造と心理的な傾向を知っていれば、自分の思い通りの結果を得られるように勝負をコントロールすることもある程度はできるのさ」
「へぇ~、そんなテクニックがあったんだ」
「忍術っていうのは、心理学や統計、薬学、人体工学といったいろんな知識の集合であり、応用なんだよ。昔の人の知恵だね。じゃんけんに関することは現代知識の応用だったんだけど」
古い知恵が実は現代の最新の知識に合致するということはよくあることだ。
忍術にもきっとそんな側面があるのだろうな。
十一夜君のじゃんけんについての解説の後、聖連ちゃんが例のビルに関する報告を十一夜君に促した。
「圭ちゃん、まずは須藤麻由美が定期的に通っている雑居ビルの件」
「あぁ、そうだった。あの後あのビルに行ってみたんだけど、怪しいのが一件見つかったんだよ。エデン・ベンチャー・キャピタルという会社だったんだけど、見てみると一応机が一台置いてあるだけ。でもそのわりに防犯装置はしっかり取り付けられている。あんまり怪しいから登記簿を調べてみたんだ」
そうか、やっぱりちゃんと動いていたんだな。報告はなかったけど、きっと水面下ではいろいろやっているのだろうとは思っていたが、やはりやることはちゃんとやっていた。
「登記簿から分かったのは、そのオフィスはエデン・ベンチャー・キャピタルというパナマにある会社の日本出張事務所という位置付けだったことだ。調べてみると、どうやらエデン・ベンチャー・キャピタルというのはペーパーカンパニー。パナマは言わずと知れたタックスヘイブンだ。恐らく例のMSという組織と関わりがあると見てよさそうだよ」
タックスヘイブン……。パナマ文書が流出したことで有名になった言葉だけど、Tax Havenつまり租税回避地という意味だそうだ。
税金のかからない、若しくは低課税の国や地域にペーパーカンパニー、つまり実態のない会社を作る。その実態のない会社は投資事業の株式会社という名目で登記しておけば、法人は非課税で丸々配当を受けられるというシステムらしい。
「そんなところに麻由美ちゃんが出入りしているっていうの?」
幾ら何でもJKがそんな会社に用があるとは思えないのだが……。
「うん、実はそこをまだ掴めていないんだよ。バレてはいないと思うけど、勘が鋭いのか、こっちが探り始めた途端に須藤さんはあのビルに立ち寄らなくなったんだよ。だから尻尾を掴めないでいる。でも彼女が組織と関わりがあることはほぼ間違いないわけだし、エデン・ベンチャー・キャピタルも組織と関わっている。そうなれば彼女があのビルの中で出入りするとしたら、俄然そのエデン・ベンチャー・キャピタルの可能性が高い」
「なるほど……MSの資金源となっている会社ってことね」
「そういうこと。聖連の方は?」
「うん。わたしは圭ちゃんが仕掛けた須藤家の盗聴器と隠しカメラの記録からの調査報告を。こちらも家族の会話、ネット通信共におかしなところはなかったわ。須藤麻由美が時々変なテンションになることがあるのだけど、変なのはそれくらいだった」
「ちょっと待って。テンションがおかしくなるって、どんな風におかしくなるのかしら?」
ふと、昨日の麻由美ちゃんのことを思い出して、聖連ちゃんの言うおかしなテンションというのが引っ掛かった。
「はい、それが偶になんですが、突然テンションが高くなって高笑いを始めたりするんですよ。暫くその変なハイテンションが続いて、突然パタッと普通の状態に戻るんです。本人も何が起こっていたのか分かってない感じで一瞬呆然自失としている感じですね」
「昨日の麻由美ちゃんと同じだ。どう思う、十一夜君?」
「う~ん……。双極性障害っていう病気があるけど、その症状に似ているように感じるね。医者じゃないから診断できるわけじゃないけど」
なるほど、病気の可能性は十分考えられるか。
「でも圭ちゃん、双極性障害の場合はあんな風に突然冷静に戻って、一体何が起こってたんだみたいな感じにはならないんじゃない?」
「それもそうか……。やっぱり医者でもなきゃ分からないなぁ……」
そう言えば確かに聖連ちゃんの言う通りだった。突然ハイテンションから解かれて、少しの間呆然自失としていて、十一夜君に声を掛けられてやっと我に返っていた。あれは一体何だったんだろうな。でも十一夜君が言うように病気の可能性は捨て難い。
「また恭平さんに力を借りる?」
「そうだな。相談してみるか。どうせ暇だろうし」
聖連ちゃんと十一夜君の会話で恭平さんのことが出ると、高い確率でどうせ暇という言葉を伴う。飄々としていたけど、なかなか優秀な人のように見えたが、二人の間では暇な人という認識なのだろうか。
「それにしても、思いの外麻由美ちゃんの素性を探るのって難儀なことだったんだね……」
「まあそうだね。なかなか尻尾を掴ませないなぁ、彼女」
「何か、わたしたち見当違いなことをしているのかしら……」
それぞれが夫々の意見を口にする。
「あ、そう言えば細野先生のじっちゃんは何か言ってる?」
あれから武蔵のじっちゃんもこのプロジェクトに加わっている。わたしにはその後連絡はないが、十一夜君たちとは連絡を取り合っていると聞いた。
「あぁ、あの人には定期的に情報を報告している。調査した情報を分析するのが専門なんだよね。独自の諜報網も持っているらしいし。でも今のところはこれといった成果は聞いてないな」
十一夜君は若干苦い顔をしてそう話した。
あまりじっちゃんに関してよく思っていないのだろうか。そう言えば親から言われて強引にじっちゃんに協力させられたようなことを言っていたから、そのことで幾らか蟠りを感じているのだろうか。
もっとも十一夜君たちはプロ中のプロなので、それで仕事に支障をきたすようなことはないだろう。
十一夜君たちからの報告はそんな具合だった。確実に動いているが、成果の点では今までのようにトントン拍子に進んでいるわけではないようだ。
わたしは十一夜君たちのように特殊な技能があるわけではないので、今のところ迷惑ばかり掛けていて何の役にも立っていない。何とも情けない話だが、現実を知ることは屡々残酷さを伴うもののようだ。
資産家の跡取りとして生まれて、特に意識することなくかなり恵まれた環境で育ってきた。でも、何かを勝ち取る力など自分にはないということを、十一夜君たちを見て初めて認識するに至った。本当に世間知らずだったのだ。
「THE HIGH PRIESTESSっていうカードのこと、もう一度見直してみたんだけど……」
そんなこと、十一夜君たちなら何度も見直しているだろうと思いながら、自分にできることと言えばこれくらいしかない。格好悪いけど、今、自分にできることを確実にやる。黙って指を咥えてみているだけでいるよりは少しはましなのじゃないかと思ったからだ。
「ああ、そうですね。確かに最初に見たきりでした。あれから少しは情報が増えましたから、ここでもう一度見直して見る余地はあると思います。ね、圭ちゃん?」
「確かにそうかもね。こういう風に行き詰まったときには基本に立ち返るのがいいかもしれない」
二人共、素人のわたしの考えを前向きに捉えてくれているようだ。
「WIKIのページをもう一度見てみたんだけど、カードの図柄に注目してみたの。特にウェイト版と呼ばれている方のカード。光と闇を意味すると言われる二本の柱が特徴になっているみたい。麻由美ちゃんのあの異常なテンションになったときと普段の彼女ってあまりにも違いすぎていてびっくりしたんだけども、あれって光と闇っていうイメージと重なるような気がしたの……自信はないんだけど」
「ああ、確かに否定はできないですね」
「うん……」
「それと書物がベールに半分覆われていて、それが意味しているのは宇宙の真理というものは、人間には容易に理解できない。何となくこの説明が引っ掛かってるんだ。直接麻由美ちゃんのことと結びつけるには根拠が薄いけど、でもわたし、麻由美ちゃんのあの豹変ぶりをまったく理解できなかったから、この理解できない感じとこの説明が何となくなんだけど重なっちゃって……」
本当に自分の何となくといったぼんやりした感覚でのイメージなので、今ひとつズバッと的を射ている感じはしないのだけど、十一夜君たちは真剣に聞いてくれている。
「そうだね。確かに言う通り、根拠は薄いけどタロットカードとの結び付きについて、今まで正直あまり詰めて考えてこなかった。今後はそっちの方向での調査や考察を進めて行った方がいいね」
ということだ。少しでも自分の意見が役に立てるなら嬉しいけど、どうなるだろうか。前向きな考え方をするなら、十一夜君たちが行なう諜報活動のすべてが必ずしも成果を結ぶわけではない。それでもたくさんの成果を齎しているのは、彼らの活動が膨大で多岐に及んでいるからだ。決して百発百中というわけではないのだ。
だから素人のわたしができる僅かなことが必ずしも成功するわけでは当然ない。それでも何もしない限りは可能性はゼロのまま。できることを何かすれば可能性は少なくともゼロではなくなるのだ。
「素人考えだから、十一夜君たちにとってあまり有用じゃないと思うけど……でも、何か役に立てることがあればと思うんだ」
「いや、素人だと悲観することはないよ。玄人は玄人で、固定されたやり方に陥りがちなんだ。こうしてフラットな視点の意見が入ってくると新鮮だよ。自分たちだけの発想では至れない結果に辿り着けるかもしれない。馬鹿馬鹿しいと思えるような意見でもいいから、これからもどんどん意見を聞かせてよ」
「ホントに、いいのかな……」
「勿論ですよ。視野は広い方がいいんです。素人考えと頭から否定してしまうのは危険だし、寧ろ素人考えと一蹴してしまう方が素人っぽいんですよ」
そう言ってもらえるなら思い切って素人考えを披露してみた甲斐があった。
ずっと十一夜君たちには勝手に引け目を感じていたのだけど、何だか受け入れてもらえた気がして、少しホッとした心持ちだった。
報告会を終えてうさぎ屋を出ると、朝から降り続いていた雨はすっかり上がって、夕焼けが空をオレンジ色に染めかけていた。
そして麻由美ちゃんも最初のときのように大暴れするということもなく、最後までおとなしかった。あの狂気の様相は何だったのだろうか。最後までその謎は解けなかったが、問題も起こらなかったのでまあいいか。
帰りはアホの坂田がなかなか離れようとしなかったが、どうにか元の男女別グループに分かれて帰途に着くことができた。と言っても女子は女子で帰りにまたドーナツショップに寄り道したのだけれど。
ドーナツを食べながら、今日の野郎どもへのダメ出し大会が始まった。女子のこういうの知ったら男子は傷つくだろうなぁ。今頃男子はきっと楽しかったひとときを胸に、静かに噛み締めているに違いないのに。スルメのように。
それと珍しく秋菜とわたしが揃って皆と遊んだので、話題は自ずとわたしたちのことに及ぶことも屡々。撮影のこととか服のこと、家族のことなど根掘り葉掘り訊かれることとなった。そう言えば家族のこととか皆と話すことって今までなかった。
翌日は朝から雨が降っていた。梅雨が明けてから久し振りの雨で蒸す。
雨合羽を着用してのジョギングは流石に不快だ。一応ゴア◯ックス素材のものだが、合羽を着ているとゴワゴワしてあまり快適に動かれない。
蒸し暑さにたっぷり汗をかき、シャワーを浴びてさっぱりした気持ちにはなるが、昨日の麻由美ちゃんのことが心の何処かに引っ掛かって何となくすっきりしない。
あのときの麻由美ちゃんは、ちょっと狂気を孕んでいるように見えた。並み居るファッションミリオタどもを撃ちまくって敵陣まで自分で乗り込んできたのだ。ファッションミリオタと言ったって、あの場にいた女子たちは麻由美ちゃんも含め皆それ以下の素人なのだ。
それにも拘らずの大車輪の活躍からのあの高笑い。謎すぎるし何だか怖かった。あの一回きりだったのだが、それがまた恐ろしい。
それはそれとして、今日は久し振りに放課後に甘味処うさぎ屋に集合が掛かった。十一夜君と聖連ちゃんとの報告会だ。ここで麻由美ちゃんに関する何か新しい情報を聞くことができるかもしれない。
「そう言えば昨日、十一夜君、じゃんけんにもコツがあるって言ってたけど、あれってどうやってたの?」
「ああ、あれか。じゃんけんに関しては『勝者は維持し、敗者は変える』という法則があると言われているんだよ」
わたしの疑問に、十一夜君は何でもないことさと言わんばかりの調子で話し始めた。
「勝者は維持し、敗者は変える?」
「そう。じゃんけんで一発目に勝った人は……たとえばグーで勝った人は次もグーを出す傾向にある。逆にグーを出して負けてしまった人は次はチョキかパーを出す傾向がある。もう一つ。人間は手の構造的にパーが最も出しやすい。だから不意打ちでじゃんけんを仕掛けた場合には、相手がとっさに出す可能性が高いのはパーだ。でも昨日は最初はグーで始めた。人間の筋肉は同じ形をキープするより動かす方が得意だ。最初はグーで始めると確率的にはグー以外の手を出す人が多い。こういった肉体的な構造と心理的な傾向を知っていれば、自分の思い通りの結果を得られるように勝負をコントロールすることもある程度はできるのさ」
「へぇ~、そんなテクニックがあったんだ」
「忍術っていうのは、心理学や統計、薬学、人体工学といったいろんな知識の集合であり、応用なんだよ。昔の人の知恵だね。じゃんけんに関することは現代知識の応用だったんだけど」
古い知恵が実は現代の最新の知識に合致するということはよくあることだ。
忍術にもきっとそんな側面があるのだろうな。
十一夜君のじゃんけんについての解説の後、聖連ちゃんが例のビルに関する報告を十一夜君に促した。
「圭ちゃん、まずは須藤麻由美が定期的に通っている雑居ビルの件」
「あぁ、そうだった。あの後あのビルに行ってみたんだけど、怪しいのが一件見つかったんだよ。エデン・ベンチャー・キャピタルという会社だったんだけど、見てみると一応机が一台置いてあるだけ。でもそのわりに防犯装置はしっかり取り付けられている。あんまり怪しいから登記簿を調べてみたんだ」
そうか、やっぱりちゃんと動いていたんだな。報告はなかったけど、きっと水面下ではいろいろやっているのだろうとは思っていたが、やはりやることはちゃんとやっていた。
「登記簿から分かったのは、そのオフィスはエデン・ベンチャー・キャピタルというパナマにある会社の日本出張事務所という位置付けだったことだ。調べてみると、どうやらエデン・ベンチャー・キャピタルというのはペーパーカンパニー。パナマは言わずと知れたタックスヘイブンだ。恐らく例のMSという組織と関わりがあると見てよさそうだよ」
タックスヘイブン……。パナマ文書が流出したことで有名になった言葉だけど、Tax Havenつまり租税回避地という意味だそうだ。
税金のかからない、若しくは低課税の国や地域にペーパーカンパニー、つまり実態のない会社を作る。その実態のない会社は投資事業の株式会社という名目で登記しておけば、法人は非課税で丸々配当を受けられるというシステムらしい。
「そんなところに麻由美ちゃんが出入りしているっていうの?」
幾ら何でもJKがそんな会社に用があるとは思えないのだが……。
「うん、実はそこをまだ掴めていないんだよ。バレてはいないと思うけど、勘が鋭いのか、こっちが探り始めた途端に須藤さんはあのビルに立ち寄らなくなったんだよ。だから尻尾を掴めないでいる。でも彼女が組織と関わりがあることはほぼ間違いないわけだし、エデン・ベンチャー・キャピタルも組織と関わっている。そうなれば彼女があのビルの中で出入りするとしたら、俄然そのエデン・ベンチャー・キャピタルの可能性が高い」
「なるほど……MSの資金源となっている会社ってことね」
「そういうこと。聖連の方は?」
「うん。わたしは圭ちゃんが仕掛けた須藤家の盗聴器と隠しカメラの記録からの調査報告を。こちらも家族の会話、ネット通信共におかしなところはなかったわ。須藤麻由美が時々変なテンションになることがあるのだけど、変なのはそれくらいだった」
「ちょっと待って。テンションがおかしくなるって、どんな風におかしくなるのかしら?」
ふと、昨日の麻由美ちゃんのことを思い出して、聖連ちゃんの言うおかしなテンションというのが引っ掛かった。
「はい、それが偶になんですが、突然テンションが高くなって高笑いを始めたりするんですよ。暫くその変なハイテンションが続いて、突然パタッと普通の状態に戻るんです。本人も何が起こっていたのか分かってない感じで一瞬呆然自失としている感じですね」
「昨日の麻由美ちゃんと同じだ。どう思う、十一夜君?」
「う~ん……。双極性障害っていう病気があるけど、その症状に似ているように感じるね。医者じゃないから診断できるわけじゃないけど」
なるほど、病気の可能性は十分考えられるか。
「でも圭ちゃん、双極性障害の場合はあんな風に突然冷静に戻って、一体何が起こってたんだみたいな感じにはならないんじゃない?」
「それもそうか……。やっぱり医者でもなきゃ分からないなぁ……」
そう言えば確かに聖連ちゃんの言う通りだった。突然ハイテンションから解かれて、少しの間呆然自失としていて、十一夜君に声を掛けられてやっと我に返っていた。あれは一体何だったんだろうな。でも十一夜君が言うように病気の可能性は捨て難い。
「また恭平さんに力を借りる?」
「そうだな。相談してみるか。どうせ暇だろうし」
聖連ちゃんと十一夜君の会話で恭平さんのことが出ると、高い確率でどうせ暇という言葉を伴う。飄々としていたけど、なかなか優秀な人のように見えたが、二人の間では暇な人という認識なのだろうか。
「それにしても、思いの外麻由美ちゃんの素性を探るのって難儀なことだったんだね……」
「まあそうだね。なかなか尻尾を掴ませないなぁ、彼女」
「何か、わたしたち見当違いなことをしているのかしら……」
それぞれが夫々の意見を口にする。
「あ、そう言えば細野先生のじっちゃんは何か言ってる?」
あれから武蔵のじっちゃんもこのプロジェクトに加わっている。わたしにはその後連絡はないが、十一夜君たちとは連絡を取り合っていると聞いた。
「あぁ、あの人には定期的に情報を報告している。調査した情報を分析するのが専門なんだよね。独自の諜報網も持っているらしいし。でも今のところはこれといった成果は聞いてないな」
十一夜君は若干苦い顔をしてそう話した。
あまりじっちゃんに関してよく思っていないのだろうか。そう言えば親から言われて強引にじっちゃんに協力させられたようなことを言っていたから、そのことで幾らか蟠りを感じているのだろうか。
もっとも十一夜君たちはプロ中のプロなので、それで仕事に支障をきたすようなことはないだろう。
十一夜君たちからの報告はそんな具合だった。確実に動いているが、成果の点では今までのようにトントン拍子に進んでいるわけではないようだ。
わたしは十一夜君たちのように特殊な技能があるわけではないので、今のところ迷惑ばかり掛けていて何の役にも立っていない。何とも情けない話だが、現実を知ることは屡々残酷さを伴うもののようだ。
資産家の跡取りとして生まれて、特に意識することなくかなり恵まれた環境で育ってきた。でも、何かを勝ち取る力など自分にはないということを、十一夜君たちを見て初めて認識するに至った。本当に世間知らずだったのだ。
「THE HIGH PRIESTESSっていうカードのこと、もう一度見直してみたんだけど……」
そんなこと、十一夜君たちなら何度も見直しているだろうと思いながら、自分にできることと言えばこれくらいしかない。格好悪いけど、今、自分にできることを確実にやる。黙って指を咥えてみているだけでいるよりは少しはましなのじゃないかと思ったからだ。
「ああ、そうですね。確かに最初に見たきりでした。あれから少しは情報が増えましたから、ここでもう一度見直して見る余地はあると思います。ね、圭ちゃん?」
「確かにそうかもね。こういう風に行き詰まったときには基本に立ち返るのがいいかもしれない」
二人共、素人のわたしの考えを前向きに捉えてくれているようだ。
「WIKIのページをもう一度見てみたんだけど、カードの図柄に注目してみたの。特にウェイト版と呼ばれている方のカード。光と闇を意味すると言われる二本の柱が特徴になっているみたい。麻由美ちゃんのあの異常なテンションになったときと普段の彼女ってあまりにも違いすぎていてびっくりしたんだけども、あれって光と闇っていうイメージと重なるような気がしたの……自信はないんだけど」
「ああ、確かに否定はできないですね」
「うん……」
「それと書物がベールに半分覆われていて、それが意味しているのは宇宙の真理というものは、人間には容易に理解できない。何となくこの説明が引っ掛かってるんだ。直接麻由美ちゃんのことと結びつけるには根拠が薄いけど、でもわたし、麻由美ちゃんのあの豹変ぶりをまったく理解できなかったから、この理解できない感じとこの説明が何となくなんだけど重なっちゃって……」
本当に自分の何となくといったぼんやりした感覚でのイメージなので、今ひとつズバッと的を射ている感じはしないのだけど、十一夜君たちは真剣に聞いてくれている。
「そうだね。確かに言う通り、根拠は薄いけどタロットカードとの結び付きについて、今まで正直あまり詰めて考えてこなかった。今後はそっちの方向での調査や考察を進めて行った方がいいね」
ということだ。少しでも自分の意見が役に立てるなら嬉しいけど、どうなるだろうか。前向きな考え方をするなら、十一夜君たちが行なう諜報活動のすべてが必ずしも成果を結ぶわけではない。それでもたくさんの成果を齎しているのは、彼らの活動が膨大で多岐に及んでいるからだ。決して百発百中というわけではないのだ。
だから素人のわたしができる僅かなことが必ずしも成功するわけでは当然ない。それでも何もしない限りは可能性はゼロのまま。できることを何かすれば可能性は少なくともゼロではなくなるのだ。
「素人考えだから、十一夜君たちにとってあまり有用じゃないと思うけど……でも、何か役に立てることがあればと思うんだ」
「いや、素人だと悲観することはないよ。玄人は玄人で、固定されたやり方に陥りがちなんだ。こうしてフラットな視点の意見が入ってくると新鮮だよ。自分たちだけの発想では至れない結果に辿り着けるかもしれない。馬鹿馬鹿しいと思えるような意見でもいいから、これからもどんどん意見を聞かせてよ」
「ホントに、いいのかな……」
「勿論ですよ。視野は広い方がいいんです。素人考えと頭から否定してしまうのは危険だし、寧ろ素人考えと一蹴してしまう方が素人っぽいんですよ」
そう言ってもらえるなら思い切って素人考えを披露してみた甲斐があった。
ずっと十一夜君たちには勝手に引け目を感じていたのだけど、何だか受け入れてもらえた気がして、少しホッとした心持ちだった。
報告会を終えてうさぎ屋を出ると、朝から降り続いていた雨はすっかり上がって、夕焼けが空をオレンジ色に染めかけていた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
学園のマドンナの渡辺さんが、なぜか毎週予定を聞いてくる
まるせい
青春
高校に入学して暫く経った頃、ナンパされている少女を助けた相川。相手は入学早々に学園のマドンナと呼ばれている渡辺美沙だった。
それ以来、彼女は学校内でも声を掛けてくるようになり、なぜか毎週「週末の御予定は?」と聞いてくるようになる。
ある趣味を持つ相川は週末の度に出掛けるのだが……。
焦れ焦れと距離を詰めようとするヒロインとの青春ラブコメディ。ここに開幕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる