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第三章 Hello, my friend
第66話 会いにいく(中編)
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十一夜家が経営するレストランに着くと、個室に通されて、そこには丹代さんがぽつねんと所在なげに腰掛けていた。
「丹代さん、久し振り……」
丹代さんはわたしを見上げると、ホッとしたように弱々しく微笑んだ。
「……あの後、転校しちゃうんだもん……。びっくりしたよ」
「ごめんなさいね。……よく覚えていないんだけど、いろいろあったみたいで……」
知ってる。わたしが知ってるのは一部だけど……知ってるよ。
「でも、取り敢えず元気そうで何よりだよ……」
丹代さんはわたしが男子から女子になってしまったことを何故か知っているらしい。にも拘らず、十一夜家の尋問の際にもそのことを一切話していないようだ。もちろんそれは催眠術で記憶を操作されているからかもしれない。
しかし丹代さんの失踪直前に会ったときにも、何かわたしを陥れようとするような感じははまったくなかった。
だから恐らく、丹代さんには正直に話して大丈夫だろうとわたしは踏んでいる。
「…………」
丹代さんは何かを話したそうにしているのに、言葉が出てこないと言った様子で口を小さく動かしながらも沈黙している。
「丹代さん、わたしに話したいことがあるんだよね……」
わたしが水を向けると、丹代さんはコクコクと頷いて肯定したが、やはり言葉が出てこない。それどころか呼吸することすら苦しそうにしている。
ひょっとして……。
ひょっとして丹代さんは、十一夜君が言っていた深層心理に掛けられた催眠術のようなものの影響で、その話したいと思っていた話題について話せなくなっているのでは? そんな気がして思わず握った丹代さんの手は、冷たく震えていた。
「落ち着いて。無理に話そうとしなくていいよ」
そういうわたしに対して、丹代さんは必死に首を横に振った。
「どうしてだろう……わたし、あなたに会わなくちゃって……ずっとあなたに会って話さなくちゃって思ってたのに、いざこうして話そうとすると、息が苦しくなって何を話したかったのか分からなくなってしまう……」
そう言って丹代さんは青白い顔をして俯いた。
やはりか……。催眠術の影響なのだろう。そして彼女が話したいと思っていることっていうのは、十中八九わたしたちの身に起こっている性転換に関することだ。
「急に話そうとしなくていいよ。気分は大丈夫? 折角だから、まずは美味しいものでも食べながらにしない? わたしお腹減っちゃった」
いきなり空気が重くなってしまったので、なるべく軽い口調でそう言って、メニューを丹代さんに渡し、自分も手元にメニューを広げて眺めた。
「さ~て、何食べようかしら。あ、出た。シェフの気まぐれランチコースだって。なんかこういう小洒落た店ではありがちだよね、このメニュー。あはは」
と軽い調子で独り言を放つが、それらが尽く壁にぶつかってボトボトと床に落ちるような、そんな重い空気が部屋全体を支配している。
「丹代さん、何にする?」
そう言われて漸く、ハッとしたように丹代さんはメニューを開いた。
「……じゃあわたしはシェフの気まぐれランチコースで」
「あ、ほんと? それじゃあわたしも同じのにしようかな」
そっかそっか、シェフの気まぐれだからって酷いものが出てくることもないだろうしね。
お互い注文するものが決まり、呼び鈴を鳴らした。
ウェイターさんがすぐに来て、注文を確認するとまた部屋を出ていってしまったので、部屋には重く沈黙が横たわる。
丹代さんが話せないのならわたしの方から話せばいいのじゃないかと、話を切り出してみる。
「無理に話そうとしなくていいから聞いてね。……丹代さん、前に会ったときにさ、男の子になっちゃったって言ってたよね」
丹代さんの反応はと言えば、やはりそのことを思考しようとしてできない。そんな風に見える。こめかみを押さえて俯いてしまっている。
あぁ、この調子だとこの話は無理そうかな……。
「そう……だね。そのことを話して……そして……そして……あれ? そして何か大事なことを……」
「無理に思い出そうとしなくていいよ。あまり気分がよくないようだったらやめるし……」
「……大丈夫。何か思い出しそうなの……続けてもらって……いい?」
丹代さんの様子は相変わらず辛そうに見えるが、本人たっての希望だ。話を続けようと思う。
「分かった。無理だったら何か合図してね。……丹代さんがね、男の子になっちゃったっていう話をしてくれて、そしてあのとき丹代さんがわたしに確かめようとしていたことがあったの……」
丹代さんの様子は相変わらずだ。しかし丹代さんがまだ止めるように言わないのでそのまま話を続ける。
「それはね……このわたしが男だったのに、女に変わってしまったのじゃないかって……」
「うぅっ……」
丹代さんがそのことを思い出そうとしているのだろう。小さく呻き声を上げてこめかみを押さえている。
そう言えば子供の頃、一度これと似たようなことがあったな……。
そう……。あれは幼稚舎時代だったけど、丹代さんがお遊戯中にわたしの目の前で蹲ってしまったことがあったのだ。あのときは確か、熱が出ていたのに無理をしていたのだったかな……。
目の前で蹲ったタンタンを見て、びっくりして声を掛けたような記憶が薄っすらと蘇る。
「だ、大丈夫、丹代さん? ちょっと、タンタン?」
思わずあのときの記憶と重なって、タンタンと呼んでしまった。
丹代さんはより一層苦しそうになって両手で頭を抱えて呻き始めた。
これはマズい。これ以上話すのは無理そうだ。ちょっとことを急ぎすぎただろうか。
「うわぁ、ごめん。どうしよう……水! 水飲む?」
ウェイターさんが持ってきていたお冷を丹代さんへ差し出す。
水を飲んで何かの効果があるのかどうかは分からないけど、何となくそうするもののような気がしたのだ。
丹代さんも同じように感じたのか、取り敢えずコップを受け取って一口水を飲んだ。
「夏葉君……。そうだわ、あなたは夏葉君」
「丹代さん……ひょっとして、思い出し……た?」
丹代さんは、今度は急にガタガタと震え出し、自分の両腕を抱えて縮こまった。
「わたし……わたし、酷い目に合わされた……」
歯の根が合わない様子でガチガチと音を鳴らしながら、怯えた様子の丹代さんが言う。
もしかしたら、最初に監禁されたときの記憶も蘇ったのかもしれない。図らずも彼女を救い出したときの様子が思い出される。あのときの丹代さんは、枷を着けられた上に、薬物を投与され、意識は朦朧としていてかなり憔悴した状態だった。そのことから推測すれば、相当な目に遭わされたことは想像に難くない。
「丹代さん、大変だったね。でも今はもう大丈夫だよ。丹代さんは守られているから。もう酷い目に遭うことはないから」
丹代さんの精神状態が落ち着くまで、何度かそう言って聞かせる必要があったが、漸く気持ちを落ち着かせることができた。
料理が運ばれてきてからも暫く沈黙が続いたが、再び水を口に含むと、丹代さんは訥々と話し始めた。
「思い出したわ……全部思い出した……わたし……どうしても確かめたかったの……」
「何を確かめたかったの?」
答えは恐らくわたしのTS化についてのことだろう。分かっているが、敢えて訊ねた。
「華名咲さんが、幼稚舎で一緒だった夏葉君だってこと……うっ」
やはりまだその記憶について触れると頭が痛むようだ。
「丹代さん、大丈夫? また少し休もうか……」
「……ごめんなさい……大丈夫よ……続けましょう」
そうは言うけど、見ていてちょっと心配だ。しかし言われる通り続ける。
「そう……でも、どうしてそんなにそのことを……?」
「……生まれ変わりだから……」
「は?」
「夏葉君が生まれ変わりだから……」
わたしは丹代さんの言わんとすることの意味が分からず、間抜け面を下げてぽかんと口を開けるよりなかった。
「丹代さん、久し振り……」
丹代さんはわたしを見上げると、ホッとしたように弱々しく微笑んだ。
「……あの後、転校しちゃうんだもん……。びっくりしたよ」
「ごめんなさいね。……よく覚えていないんだけど、いろいろあったみたいで……」
知ってる。わたしが知ってるのは一部だけど……知ってるよ。
「でも、取り敢えず元気そうで何よりだよ……」
丹代さんはわたしが男子から女子になってしまったことを何故か知っているらしい。にも拘らず、十一夜家の尋問の際にもそのことを一切話していないようだ。もちろんそれは催眠術で記憶を操作されているからかもしれない。
しかし丹代さんの失踪直前に会ったときにも、何かわたしを陥れようとするような感じははまったくなかった。
だから恐らく、丹代さんには正直に話して大丈夫だろうとわたしは踏んでいる。
「…………」
丹代さんは何かを話したそうにしているのに、言葉が出てこないと言った様子で口を小さく動かしながらも沈黙している。
「丹代さん、わたしに話したいことがあるんだよね……」
わたしが水を向けると、丹代さんはコクコクと頷いて肯定したが、やはり言葉が出てこない。それどころか呼吸することすら苦しそうにしている。
ひょっとして……。
ひょっとして丹代さんは、十一夜君が言っていた深層心理に掛けられた催眠術のようなものの影響で、その話したいと思っていた話題について話せなくなっているのでは? そんな気がして思わず握った丹代さんの手は、冷たく震えていた。
「落ち着いて。無理に話そうとしなくていいよ」
そういうわたしに対して、丹代さんは必死に首を横に振った。
「どうしてだろう……わたし、あなたに会わなくちゃって……ずっとあなたに会って話さなくちゃって思ってたのに、いざこうして話そうとすると、息が苦しくなって何を話したかったのか分からなくなってしまう……」
そう言って丹代さんは青白い顔をして俯いた。
やはりか……。催眠術の影響なのだろう。そして彼女が話したいと思っていることっていうのは、十中八九わたしたちの身に起こっている性転換に関することだ。
「急に話そうとしなくていいよ。気分は大丈夫? 折角だから、まずは美味しいものでも食べながらにしない? わたしお腹減っちゃった」
いきなり空気が重くなってしまったので、なるべく軽い口調でそう言って、メニューを丹代さんに渡し、自分も手元にメニューを広げて眺めた。
「さ~て、何食べようかしら。あ、出た。シェフの気まぐれランチコースだって。なんかこういう小洒落た店ではありがちだよね、このメニュー。あはは」
と軽い調子で独り言を放つが、それらが尽く壁にぶつかってボトボトと床に落ちるような、そんな重い空気が部屋全体を支配している。
「丹代さん、何にする?」
そう言われて漸く、ハッとしたように丹代さんはメニューを開いた。
「……じゃあわたしはシェフの気まぐれランチコースで」
「あ、ほんと? それじゃあわたしも同じのにしようかな」
そっかそっか、シェフの気まぐれだからって酷いものが出てくることもないだろうしね。
お互い注文するものが決まり、呼び鈴を鳴らした。
ウェイターさんがすぐに来て、注文を確認するとまた部屋を出ていってしまったので、部屋には重く沈黙が横たわる。
丹代さんが話せないのならわたしの方から話せばいいのじゃないかと、話を切り出してみる。
「無理に話そうとしなくていいから聞いてね。……丹代さん、前に会ったときにさ、男の子になっちゃったって言ってたよね」
丹代さんの反応はと言えば、やはりそのことを思考しようとしてできない。そんな風に見える。こめかみを押さえて俯いてしまっている。
あぁ、この調子だとこの話は無理そうかな……。
「そう……だね。そのことを話して……そして……そして……あれ? そして何か大事なことを……」
「無理に思い出そうとしなくていいよ。あまり気分がよくないようだったらやめるし……」
「……大丈夫。何か思い出しそうなの……続けてもらって……いい?」
丹代さんの様子は相変わらず辛そうに見えるが、本人たっての希望だ。話を続けようと思う。
「分かった。無理だったら何か合図してね。……丹代さんがね、男の子になっちゃったっていう話をしてくれて、そしてあのとき丹代さんがわたしに確かめようとしていたことがあったの……」
丹代さんの様子は相変わらずだ。しかし丹代さんがまだ止めるように言わないのでそのまま話を続ける。
「それはね……このわたしが男だったのに、女に変わってしまったのじゃないかって……」
「うぅっ……」
丹代さんがそのことを思い出そうとしているのだろう。小さく呻き声を上げてこめかみを押さえている。
そう言えば子供の頃、一度これと似たようなことがあったな……。
そう……。あれは幼稚舎時代だったけど、丹代さんがお遊戯中にわたしの目の前で蹲ってしまったことがあったのだ。あのときは確か、熱が出ていたのに無理をしていたのだったかな……。
目の前で蹲ったタンタンを見て、びっくりして声を掛けたような記憶が薄っすらと蘇る。
「だ、大丈夫、丹代さん? ちょっと、タンタン?」
思わずあのときの記憶と重なって、タンタンと呼んでしまった。
丹代さんはより一層苦しそうになって両手で頭を抱えて呻き始めた。
これはマズい。これ以上話すのは無理そうだ。ちょっとことを急ぎすぎただろうか。
「うわぁ、ごめん。どうしよう……水! 水飲む?」
ウェイターさんが持ってきていたお冷を丹代さんへ差し出す。
水を飲んで何かの効果があるのかどうかは分からないけど、何となくそうするもののような気がしたのだ。
丹代さんも同じように感じたのか、取り敢えずコップを受け取って一口水を飲んだ。
「夏葉君……。そうだわ、あなたは夏葉君」
「丹代さん……ひょっとして、思い出し……た?」
丹代さんは、今度は急にガタガタと震え出し、自分の両腕を抱えて縮こまった。
「わたし……わたし、酷い目に合わされた……」
歯の根が合わない様子でガチガチと音を鳴らしながら、怯えた様子の丹代さんが言う。
もしかしたら、最初に監禁されたときの記憶も蘇ったのかもしれない。図らずも彼女を救い出したときの様子が思い出される。あのときの丹代さんは、枷を着けられた上に、薬物を投与され、意識は朦朧としていてかなり憔悴した状態だった。そのことから推測すれば、相当な目に遭わされたことは想像に難くない。
「丹代さん、大変だったね。でも今はもう大丈夫だよ。丹代さんは守られているから。もう酷い目に遭うことはないから」
丹代さんの精神状態が落ち着くまで、何度かそう言って聞かせる必要があったが、漸く気持ちを落ち着かせることができた。
料理が運ばれてきてからも暫く沈黙が続いたが、再び水を口に含むと、丹代さんは訥々と話し始めた。
「思い出したわ……全部思い出した……わたし……どうしても確かめたかったの……」
「何を確かめたかったの?」
答えは恐らくわたしのTS化についてのことだろう。分かっているが、敢えて訊ねた。
「華名咲さんが、幼稚舎で一緒だった夏葉君だってこと……うっ」
やはりまだその記憶について触れると頭が痛むようだ。
「丹代さん、大丈夫? また少し休もうか……」
「……ごめんなさい……大丈夫よ……続けましょう」
そうは言うけど、見ていてちょっと心配だ。しかし言われる通り続ける。
「そう……でも、どうしてそんなにそのことを……?」
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