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第三章 Hello, my friend
第65話 会いにいく(前編)
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学校帰りに立ち寄るドーナツショップは楽しいものだ。そこで交わされるのが、何気ない会話やくだらないやり取りであれば……。
十一夜兄妹とわたしは三人で学校帰りにドーナツショップに来ている。
それでもどうやらそれは、和気藹々と楽しい語らいの場とはなりそうにない。
と言うのも、先日の丹代花澄さんの搬送途中での脱走、及び誘拐事件とその後についての報告会という目的の会合だからだ。
ドーナツを齧りながら、十一夜君たちも何をどこから話すか言い倦ねているといった感じだ。
こうしていても始まらないので、無難な質問をして様子を見ることにした。
「丹代さんの様子は、どう?」
「あぁ、安定しているようだよ。そもそも逃走する前だって安定していたんだけどね」
「は~、そうなんだね……。まあでも、落ち着いているようなら良かったよ」
「うん。本人は脱走するというつもりではなかったらしいんだ」
「え?」
十一夜君も、まさか丹代さんが逃げ出すことは想定しておらず、多少の油断もあったようだ。同行していたスタッフも十一夜本家の人ではなかったそうだが、護送途中にスタッフの目を盗んで丹代さんがいなくなったというのは事実だ。
なのに本人は脱走するつもりではなかった? どういうことだろう。
「丹代さんは、華名咲さんに会いたくて……いや、正確には会わなくてはいけないと思って、スタッフの目を盗んで抜け出したらしいんだ」
「……わたしに?」
丹代さん……何なんだろうな。前々からわたしに近付こうとしていたというし、実際失踪する前にもわたしに突然会いに来た。
そう言えばあのときにもわたしに会ってから拉致されたと思われるが、今回もわたしに会おうとして拉致されたということになるのか? なんか縁起でもないというか、何となくわたしの存在が疫病神みたいな扱いになってないだろうか……。
「そういうわけなんだけど華名咲さん、一度丹代さんに会ってみるかい?」
それの申し出は願ったり叶ったりだ。一度丹代さんとゆっくり話したいと思っていた。
「うん、会ってみたいかな」
「そうだね……。ただ、丹代さんは二人だけで話したいと言っているんだ。スタッフが同行することには同意してくれているんだけど、華名咲さんと話すときは席を外してほしいと。勿論盗聴も可能だけど、それじゃあ華名咲さんもあまり気持ちが良くないだろ?」
うわ、それは嫌だ。盗聴なんてされたら確かに気持ち悪いけど、目的のためには手段も選ばない印象がある十一夜君たちがそんなに気を遣ってくれるとは意外だ。
でもそうであれば、女子化についてのことを含め二人だけで話したいことが幾つかあったので、十一夜君たちの介入なしに話し合えるのは都合がよい。
「あ、そうなんだ。あの日、丹代さんと中途半端な状態で別れちゃったから、ずっと気にかかってたんだ。だからちゃんと丹代さんの話を聞きたいと思ってたんだよ」
「うん、それじゃあ近々セッティングするよ。……それと丹代さんを拉致した奴らだけど……」
十一夜君は一呼吸入れたいのか、言葉を切ってドーナツを一口頬張り、コーヒーでそれを流し込む。
「どうやら例の警備会社とは直接関わってはいないようだよ。流石に口が固くて難儀したけど、だけどやっと聞き出せたキーワードが『THE HERMIT』。これもタロットカードだったよ……」
「そうだったんだ。またタロットカード……。今度は誰なんだろう。それで、あの人たちはどうなったの?」
「催眠術にも掛かりにくい連中でね。このままだとタイの方でマグロ漁に出てもらうことになりそうかな……」
遠い目をしながら、何処か冷ややかにそう言う十一夜君の言葉に、わたしは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
マグロ漁って言ってるけど、多分それは普通じゃないかなりやばいやつに違いない。直感がそう告げている。思わずスマホで『タイ マグロ漁』で検索したのだが、その結果直感は間違っていなかったことが明確になった。
十一夜君はやはり裏社会の顔を持つ人なのだ。敵には容赦ない。て言うか非情? なんかそんな十一夜君に対してもあまり驚かない自分もどうだかな。
「さて、じゃあ今度はわたしから。進藤杏奈についてです」
そう言って、聖連ちゃんが姿勢を正して眼鏡の位置を上げる。
「あ、進藤君の義妹さん、その後どうなってるの?」
丹代さんのことがあってそれどころじゃなかったが、あれからずっと気に掛かってはいたのだ。
そう言えば、催眠術によって十一夜君たちのことは、進藤君の義妹さんの意識上では蓋をしたような状態になっているそうだ。
「はい。まずは通信関係のデータについてです。進藤家のネットワークのパケットは常時監視していますけど、今のところ尻尾を出しませんね。タロットカード関連のキーワードを含むメールやウェブの閲覧も認められません」
聖連ちゃんが肩を竦めてみせる。
「暗語を使ってたりする可能性は?」
そう訊ねたのは十一夜君だ。
暗語っていうのは、多分仲間内だけで示し合わせて使っている言葉のことだな。
「解析してみたけど可能性は極めて低い。無視していいレベル」
「そうか……。遮ってごめん、続けて」
十一夜君に促されて聖連ちゃんの報告は続く。
「次にカメラと盗聴器の記録からです。進藤杏奈は不定期的に、クローゼットにあった祭壇セットのようなものに祈りを捧げる様子が観察されています。何かを唱えるようなことはなく、無言で祈っているように見受けられます。進藤洋介との関係は安定しているようですね。術が効いてます」
「そうか、特に手掛かりになりそうな行動は見られないね」
溜息を吐いて、十一夜君は悩ましげに目を伏せる。
「一点だけ気になる点が……」
聖連ちゃんだ。
「どんなこと?」
十一夜君が顔を上げて訊ねる。
「靴に埋め込んであるGPSのデータなんだけど、定期的に学校帰りに立ち寄る場所があるの」
「へぇ、それは興味深いね」
「うん、ここなんだけど」
聖連ちゃんがモバイルパソコンの画面上に表示された地図を見せてくれた。
「遠くないな……」
聖連ちゃんが示した場所は、今いるドーナツショップからそう離れていない場所のようだ。
「聖連、この場所って何があるの?」
「雑居ビル。ストリートビューにしてみる?」
「ああ、頼む」
ストリートビューに切り替わった画面上で、その場所には確かに雑居ビルがあった。
続けて聖連ちゃんはその住所をウェブ検索して、その住所で登録のある幾つかの会社を見つけ出した。
「情報サービス業に、社会保険労務士事務所、医薬品卸売業、旅行業、広告代理業、出版業か……。いろいろな会社が入ってるね」
十一夜君はその雑居ビルに入っている各会社名でまた検索している。
「どの会社もちゃんと実体がありそうな雰囲気だなぁ。少なくとも女子高校生に用事がありそうな場所ではないよね。今晩にでも潜ってみるかなぁ」
出た。十一夜君お得意のいつもの潜入調査だ。
「あの……そう言えば……麻由美ちゃんの件はどうなったの?」
わたしが恐る恐る訊ねると、十一夜君は少し渋い表情で口を開いた。
「あぁ、ここまで慎重に準備をしてきたけど、いよいよ明後日潜るよ」
「いよいよかぁ。麻由美ちゃん……」
不安のような、祈りのような、何とも言い表せない気持ちで彼女の名前が思わず口からこぼれた。
この日のドーナツショップでの報告会はそんなところだ。
そして予告通り十一夜君はその晩、進藤さんが足を運んでいるというビルを調査し、翌々日には留守中の須藤麻由美ちゃんの家に潜入し、盗聴器やカメラを仕掛けてきたようだ。
知れば知るほど十一夜君の存在は特殊であり、異物みたいな感覚になる。
最近そのことをよく考えるのだが、自分が社会に出たときにきれいごとだけではやっていけないことは何となく分かってきた。そして、もし自分が将来華名咲家の当主となったりした場合、恐らく十一夜君のような存在と関わりを持たねばならないのではないかと、朧気にそう感じている。
そのことについて、高校生の今はまだ知る必要がないのだろう。しかし、そういうことってきっといつかあるんだろうなっていう気がするのだ……。
そしてその週の土曜日、十一夜君の家がやっているイタリアンのお店でランチを兼ねて、丹代花澄さんと会った。
十一夜兄妹とわたしは三人で学校帰りにドーナツショップに来ている。
それでもどうやらそれは、和気藹々と楽しい語らいの場とはなりそうにない。
と言うのも、先日の丹代花澄さんの搬送途中での脱走、及び誘拐事件とその後についての報告会という目的の会合だからだ。
ドーナツを齧りながら、十一夜君たちも何をどこから話すか言い倦ねているといった感じだ。
こうしていても始まらないので、無難な質問をして様子を見ることにした。
「丹代さんの様子は、どう?」
「あぁ、安定しているようだよ。そもそも逃走する前だって安定していたんだけどね」
「は~、そうなんだね……。まあでも、落ち着いているようなら良かったよ」
「うん。本人は脱走するというつもりではなかったらしいんだ」
「え?」
十一夜君も、まさか丹代さんが逃げ出すことは想定しておらず、多少の油断もあったようだ。同行していたスタッフも十一夜本家の人ではなかったそうだが、護送途中にスタッフの目を盗んで丹代さんがいなくなったというのは事実だ。
なのに本人は脱走するつもりではなかった? どういうことだろう。
「丹代さんは、華名咲さんに会いたくて……いや、正確には会わなくてはいけないと思って、スタッフの目を盗んで抜け出したらしいんだ」
「……わたしに?」
丹代さん……何なんだろうな。前々からわたしに近付こうとしていたというし、実際失踪する前にもわたしに突然会いに来た。
そう言えばあのときにもわたしに会ってから拉致されたと思われるが、今回もわたしに会おうとして拉致されたということになるのか? なんか縁起でもないというか、何となくわたしの存在が疫病神みたいな扱いになってないだろうか……。
「そういうわけなんだけど華名咲さん、一度丹代さんに会ってみるかい?」
それの申し出は願ったり叶ったりだ。一度丹代さんとゆっくり話したいと思っていた。
「うん、会ってみたいかな」
「そうだね……。ただ、丹代さんは二人だけで話したいと言っているんだ。スタッフが同行することには同意してくれているんだけど、華名咲さんと話すときは席を外してほしいと。勿論盗聴も可能だけど、それじゃあ華名咲さんもあまり気持ちが良くないだろ?」
うわ、それは嫌だ。盗聴なんてされたら確かに気持ち悪いけど、目的のためには手段も選ばない印象がある十一夜君たちがそんなに気を遣ってくれるとは意外だ。
でもそうであれば、女子化についてのことを含め二人だけで話したいことが幾つかあったので、十一夜君たちの介入なしに話し合えるのは都合がよい。
「あ、そうなんだ。あの日、丹代さんと中途半端な状態で別れちゃったから、ずっと気にかかってたんだ。だからちゃんと丹代さんの話を聞きたいと思ってたんだよ」
「うん、それじゃあ近々セッティングするよ。……それと丹代さんを拉致した奴らだけど……」
十一夜君は一呼吸入れたいのか、言葉を切ってドーナツを一口頬張り、コーヒーでそれを流し込む。
「どうやら例の警備会社とは直接関わってはいないようだよ。流石に口が固くて難儀したけど、だけどやっと聞き出せたキーワードが『THE HERMIT』。これもタロットカードだったよ……」
「そうだったんだ。またタロットカード……。今度は誰なんだろう。それで、あの人たちはどうなったの?」
「催眠術にも掛かりにくい連中でね。このままだとタイの方でマグロ漁に出てもらうことになりそうかな……」
遠い目をしながら、何処か冷ややかにそう言う十一夜君の言葉に、わたしは背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
マグロ漁って言ってるけど、多分それは普通じゃないかなりやばいやつに違いない。直感がそう告げている。思わずスマホで『タイ マグロ漁』で検索したのだが、その結果直感は間違っていなかったことが明確になった。
十一夜君はやはり裏社会の顔を持つ人なのだ。敵には容赦ない。て言うか非情? なんかそんな十一夜君に対してもあまり驚かない自分もどうだかな。
「さて、じゃあ今度はわたしから。進藤杏奈についてです」
そう言って、聖連ちゃんが姿勢を正して眼鏡の位置を上げる。
「あ、進藤君の義妹さん、その後どうなってるの?」
丹代さんのことがあってそれどころじゃなかったが、あれからずっと気に掛かってはいたのだ。
そう言えば、催眠術によって十一夜君たちのことは、進藤君の義妹さんの意識上では蓋をしたような状態になっているそうだ。
「はい。まずは通信関係のデータについてです。進藤家のネットワークのパケットは常時監視していますけど、今のところ尻尾を出しませんね。タロットカード関連のキーワードを含むメールやウェブの閲覧も認められません」
聖連ちゃんが肩を竦めてみせる。
「暗語を使ってたりする可能性は?」
そう訊ねたのは十一夜君だ。
暗語っていうのは、多分仲間内だけで示し合わせて使っている言葉のことだな。
「解析してみたけど可能性は極めて低い。無視していいレベル」
「そうか……。遮ってごめん、続けて」
十一夜君に促されて聖連ちゃんの報告は続く。
「次にカメラと盗聴器の記録からです。進藤杏奈は不定期的に、クローゼットにあった祭壇セットのようなものに祈りを捧げる様子が観察されています。何かを唱えるようなことはなく、無言で祈っているように見受けられます。進藤洋介との関係は安定しているようですね。術が効いてます」
「そうか、特に手掛かりになりそうな行動は見られないね」
溜息を吐いて、十一夜君は悩ましげに目を伏せる。
「一点だけ気になる点が……」
聖連ちゃんだ。
「どんなこと?」
十一夜君が顔を上げて訊ねる。
「靴に埋め込んであるGPSのデータなんだけど、定期的に学校帰りに立ち寄る場所があるの」
「へぇ、それは興味深いね」
「うん、ここなんだけど」
聖連ちゃんがモバイルパソコンの画面上に表示された地図を見せてくれた。
「遠くないな……」
聖連ちゃんが示した場所は、今いるドーナツショップからそう離れていない場所のようだ。
「聖連、この場所って何があるの?」
「雑居ビル。ストリートビューにしてみる?」
「ああ、頼む」
ストリートビューに切り替わった画面上で、その場所には確かに雑居ビルがあった。
続けて聖連ちゃんはその住所をウェブ検索して、その住所で登録のある幾つかの会社を見つけ出した。
「情報サービス業に、社会保険労務士事務所、医薬品卸売業、旅行業、広告代理業、出版業か……。いろいろな会社が入ってるね」
十一夜君はその雑居ビルに入っている各会社名でまた検索している。
「どの会社もちゃんと実体がありそうな雰囲気だなぁ。少なくとも女子高校生に用事がありそうな場所ではないよね。今晩にでも潜ってみるかなぁ」
出た。十一夜君お得意のいつもの潜入調査だ。
「あの……そう言えば……麻由美ちゃんの件はどうなったの?」
わたしが恐る恐る訊ねると、十一夜君は少し渋い表情で口を開いた。
「あぁ、ここまで慎重に準備をしてきたけど、いよいよ明後日潜るよ」
「いよいよかぁ。麻由美ちゃん……」
不安のような、祈りのような、何とも言い表せない気持ちで彼女の名前が思わず口からこぼれた。
この日のドーナツショップでの報告会はそんなところだ。
そして予告通り十一夜君はその晩、進藤さんが足を運んでいるというビルを調査し、翌々日には留守中の須藤麻由美ちゃんの家に潜入し、盗聴器やカメラを仕掛けてきたようだ。
知れば知るほど十一夜君の存在は特殊であり、異物みたいな感覚になる。
最近そのことをよく考えるのだが、自分が社会に出たときにきれいごとだけではやっていけないことは何となく分かってきた。そして、もし自分が将来華名咲家の当主となったりした場合、恐らく十一夜君のような存在と関わりを持たねばならないのではないかと、朧気にそう感じている。
そのことについて、高校生の今はまだ知る必要がないのだろう。しかし、そういうことってきっといつかあるんだろうなっていう気がするのだ……。
そしてその週の土曜日、十一夜君の家がやっているイタリアンのお店でランチを兼ねて、丹代花澄さんと会った。
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