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第三章 Hello, my friend

第63話 Cars And Girl(後編)

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 銀行を探して道に迷っているとはとても思えない勢いでその車は走り出したかと思えば、路地を右折して大通りの方へ向かった。

「おいっ、あいつら何なんだ! わけ分かんねぇっ!」

 いつになく興奮状態の先生の駆るルノーのエンジンが、まるで火を噴くような咆哮を甲高く上げながら猛烈に回転し始める。
 勢い背中がシートに押し付けられ、頭の重みで首ががくんと揺れた。

 分からない。何でこんなところにいるはずのない丹代さんが?
 丹代さんを拉致した車両は、今まで警備会社の連中が拉致に使っていたワンボックスカーとは違い、逃げ足も速そうだ。

「先生、あの車って速いんですか?」

「ランエボか、速いな」

「そうなんですか……。こんな古い軽自動車じゃ追いつかないですね」

「バカ言うな、軽じゃないし。古いけどランサーごときに負けるかよ」

 あら、これって軽自動車じゃなかったのね。そりゃ失礼。

 取り敢えず十一夜君にこのことを知らせなくては。そう思い、スマホを取り出して操作するが、振動や横Gに邪魔をされて単語一つを書くにも難儀する。

 拉致車両は大通りに入ってからはそう無茶なスピードを出せないようだが、それでも急いではいるようだ。
 相手の車両との間に一台挟んだ状態で追走する。

 そうだ、あまりとばせない今のうちに十一夜君に知らせなくては。
 LINEで十一夜君たちに現状を簡単に知らせると、すぐに返信があり、キーホルダーを握って現在地を知らせるようにとの指示を受けた。

 それから敵車両——既に敵ということになっている——の情報について確認できることを何でも教えるようにとの指示も来た。

 十一夜君によれば、丹代さんが搬送途中で逃げたという。
 どうしてそんなことになったのか詳しいことは書かれていないが、取り敢えずそういうことだ。逃走中の丹代さんが、今度はまた組織の連中に捕まえられてしまったということだろうか。現実的にそう考えるのが妥当だろう。

 十一夜君から、今回の相手は恐らく本物のプロだという意見が届く。
 彼曰く、ハイエースみたいな背の高い車を拉致に使うのはドラマの見過ぎだそうだ。
 プロなら無駄なく事を運ぶために背の低い車両を使うという。背の高い車に無理に引き入れようとしても、人は抵抗するものだが、背の低い車に引っ張り込もうとすれば、頭をぶつけないようにと人は無意識に身を屈める。それにより拉致する側としてはよりスムーズに車の中に対象者を引き入れることができるのだとか。

 本来であればそんな薀蓄話をゆっくり読んでいる場合ではないのだが、こういうときにもマイペースな十一夜君の文面を読んで、少し落ち着くことができた。

 十一夜君からのメッセージによれば、相手との接触を避けるようにと指示されている。一定の距離を保ちつつ、可能なら相手車両とそのナンバーの画像を送って欲しいと言うが、間に一台入っているこの状況ではそれも難しい。

「先生、あの車のナンバーを撮影したいんですけど、どうにかなります?」

「う~っ、そうかっ。そうだよな、逃げられても警察に捜索してもらう際の手がかりになるかもしれん。……隣の車線からでも写真撮れそうか?」

「分かんないですけど、取り敢えずやってみて、先生」

「よしきたっ!」

 先生が車線変更して追走中の車の右斜め後ろに付ける。

「どうだ、華名咲。撮れそうか?」

「やってみる」

 そう言ったはいいものの、振動で手ブレが酷い。
 あ、そう言えば使う機会がなかったけど、手ブレ補正機能付きのカメラアプリを入れてたよな……。ここで使わなきゃまた当分使い途がないな。

 アプリを立ち上げて、両手でしっかりスマホをホールドして構える。狙いはナンバープレートだが、後続車が邪魔になって画角に入らない。

「先生、隣の車が邪魔でうまく撮れないや」

「そうか……。隣の車線、このまま行くと首都高に乗るな……。首都高に乗ったらチャンスかもしれん。華名咲、一旦また下がるぞ」

「分かりました」

 十一夜君からまた連絡が入り、そこにはひとまず警察へ連絡するようにと指示が書いてある。

「華名咲、これ警察に連絡した方がいいよな」

 十一夜君からの指示が来たタイミングで、図ったかのように先生もそう言い出した。ここはもう警察に連絡するしかないか。十一夜君がそう言ってるわけだし、何とかなるよね。

「そうですね、じゃあ通報します。携帯からも普通に110でいいんでしたっけ?」

「え、そうだろ?」

「ですよね。あ、これって何号線ですか?」

「これはえ~っと、国道XX号線だな。今◯◯方面に向かっている」

「分かりました。じゃあ電話しますね」

 そして自分のスマホで110番にコールするが、何分初めてのことでもあるし、結構緊張するものだ。

「…………」

 無言で発信音が耳に響いている。相変わらず爆音が轟いているが、人間の耳というのはよくできているもので、今は意識が耳元に当てたスマホの音に集中している。

『はい、こちら110番です。事件ですか? 事故ですか?』

「あ、多分事件なんですけど……」

『事件ですね。場所は分かりますか?』

「あ、はい。国道XX号線◯◯町付近の裏路地なんですけど、女性がいきなり車に引きずり込まれるのを目撃したんです。その車はそのまま国道に出て◯◯方面に向かっています」

 110番のオペレーターはわたしのが言ったことを復唱して確認しながら、誘導してくれる。

『電話口の方のお名前を教えていただけますか?』

「あ、えっと、名前は言わないと受け付けてもらえないんでしょうか」

 うわ、名前聞かれた。警察と組織が繋がっているかもしれないっていう話だったから言いたくないな……。

『いえ、大丈夫ですよ。ただ事件捜査のために警察からお電話させていただく場合がありますのでお電話番号を伺えますか』

「あ、はい。080ーXXXXーXXXXです」

『080ーXXXXーXXXXですね』

「はい、そうです」

 名前言わなくたって警察だったらその気になれば携帯の番号からわたしに辿り着くだろう。それにたしか、着信した時点でこちらのナンバーが通知されると聞いたことがあるぞ。184で発信しても無駄らしいし。

 何か騙された感……。

 その後、詳しく相手の車両や搭乗している人間について聞かれて無事に通話は終了した。

「先生、通報完了です」

「おぉ、ご苦労。警察が動けばどうにかなるよな。それにしてもあいつら何者なんだ? 明らかにあれって拉致だよな?」

「そうですね……」

 あ~、あれも警備会社の連中なんだろうか……。何で丹代さんは狙われているんだろう。て言うか、そもそも何で丹代さんは逃げ出したんだろう。

「警察ちゃんと動いてくれるよな? なんか心配だな……。あの程度の情報でも捕まえられるんだろうか? あ~、考えれば考えるほど心配だぜ」

 心配症の先生が心配し始めると、何だかこっちまで不安になってくるからやめてくれ。警察が駄目でも十一夜君が何とかしてくれるって。先生には言えないけど。

「多分ですけど、道は教えてあるからどこかで検問するんじゃないですかね」

「そうか、なるほどな。……華名咲、お前流石華名咲家のご令嬢だけあって、こんな時でも冷静だなぁ」

「え、いや、そんなことないですよ。めっちゃドキドキですよ」

 実際凄く緊張もすれば心配でもある。しかしその一方で、十一夜君が動いてくれれば大丈夫という気持ちもどこかにあるというのが正直なところだ。

「どうする? このまま帰っていいのかな……あの車が警察に見つからなかったらどうするかな。やっぱりせめてナンバーだけでも撮影しないとな……」

 接触を避けるように十一夜君から言われてるが、尾行をやめるようにとは言われてない。ここは追尾続行だろう。

「先生、行きましょう。見つからないように尾行です。じっちゃんの名にかけて!」

「ぬぉ? おぉ、そうだな。じっちゃんの名にかけてな。でも大事な生徒を預かってる身としては危険は冒せないから、付けるだけな」

 そんなやり取りをしながらも、車はどんどん進み、丹代さんを拉致した車は予想を違えて首都高入口の手前で左折してしまった。

「あれ、首都高に乗らなかったな」

 先生はそう言いつつもやはり左折して追走を続ける。
 車は郊外を通り過ぎ、山手へと向かっているようだ。かなり走ってやがて民家も少ない峠道に入ると車は更に加速する。

「何だ、こいつ。結構速いな。ランエボめ、小癪な。WRCじゃこっちが先輩だ!」

 先生がルノーのエンジンをひと吹かししながらギアを一段下げると、更なる加速が体をシートに押さえ付ける。

 いつも飄々としている細野先生だが、何だか目がマジになってる気がする。
 て言うかこれ、尾行してるのが相手にバレてるんじゃないか?

「せ、先生。ヤバくないですか、この車目立つし。向こうにバレますよ」

「大丈夫、この車前から見たらただのルノーサンクだし。それにバレちまったらバレちまったでその時はしょうがねえ。そんなことよりこれ、警察の検問完全に掻い潜っちゃったんじゃないのか? くそっ、こうなったらとことん追い詰める。華名咲、舌噛むなよ。しっかりベルト絞めてるよな?」

「先生、あんまり無茶しない方が……」

「無茶などせん! 大事なうちの生徒さらった連中こそ無茶だ! 任せろ!」

 おっと、完全に熱くなっちゃってるんだけど、大丈夫か? そんな熱血キャラじゃなかったでしょ、先生。本気でヤバそうな相手なんだから無理はしないでくれよ~。

 十一夜君、早く助けて!
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