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第三章 Hello, my friend
第58話 もどかしい日々
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甘味処うさぎ屋での十一夜君と聖連ちゃんによる報告会から数週間が経過した。
梅雨が明けて日差しが厳しくなり、夏服用にスカートを新調して丈を自分で詰めてみたり、家族と食事に行ったりといった、いつもの小さなイベントを挟みながら日常が過ぎていった。
その間、十一夜君たちは須藤家の調査を秘密裏に進めており、わたしも麻由美ちゃんとはできるだけ今まで通りに、態度を変えないように接することを心掛けた。
学校生活も、別段変わったことはなく、今のところ平穏に送ることができている。
今日も授業を終えて、いつものようにショートホームルームが始まった。
わたしの座席は廊下側の後方なので、教室全体を何となく見渡すことができる。そうして見渡してみれば、真面目に先生の話を聞く者、聞いているようでぼんやりしている者、俯いて携帯電話を弄っている者、寝ている者等々各人各様だ。
実際のところ、先生もあまり重要な事柄は話していないので、わたしも何となく聞き流しながらこのところの出来事を振り返っていた。
十一夜君が危惧していたような、麻由美ちゃんから個人的に誘ってくるといった機会は今のところないが、注意深く彼女を観察していると、色んなグループに卒なく顔を出しているようだ。それでいて、決して深入りすることはなく、彼女にとって最適な距離感を常に保っているように見える。今のところどのグループに対しても、付かず離れずといった感じだ。
そして相変わらず彼女についての個人情報はほとんど話題に上ることがないので、彼女を深く知るものはいない。十一夜君が言っていた、彼女がうまく情報をコントロールしているという言葉が何度も脳裏を過る。
聖連ちゃんの手に掛かれば、それほど情報管理に関してセキュリティが高いわけではなかったようだが、こと人付き合いという点に於いては、なかなかガードが堅いようだ。もっともそのことを感じさせない巧みさや柔軟さがあって、誰もそういった印象を彼女に対して抱いてはいないのだが。
そんな麻由美ちゃんを見れば見るほど、十一夜君が言っていた通り、彼女がすべて計算ずくでそうしているようにしか思えなくなってくるのだ。
それはそうとして、丹代さんの方にも少し動きがある。
あれから丹代さんの健康状態は少しずつ回復し、今ではすっかり元の健康状態に戻っているという。
丹代さんを担当する、十一夜家の医療スタッフを含むサポート体制はNPO法人ということになっている。そのNPO法人として、危険な監禁状態にある丹代さんを救い出し、サポートしている状況であると説明しているそうだ。
学校に通えばすぐに敵側に足が付いてしまうことが懸念されるので、教師を付けての個人授業を行なっているらしい。十一夜家にはあらゆる人材が揃っていそうだ。
また警察への連絡については保留してあるそうなのだが、それは家族がこの事件に関わっているという大きな理由があってのことだ。
当然、監禁されていたはずの丹代さんが行方不明になったとなれば、海外赴任中の彼女の親御さんにもすぐにそのことが伝わる。それを受けて丹代さんの親御さんや例の警備会社が動いていることは、十一夜君たちも掴んでいる。
しかし十一夜君の仕事はいつも完璧なので、丹代さんの足取りについては勿論まったく足跡が辿れずに捜索は行き詰まっているはずだ。手掛かりがまったく掴めずに泡を食っている状況を、逐一チェックしながらニヤニヤしている十一夜兄妹に、歴史上長年に渡って影の存在として暗躍してきた十一夜一族の闇を見た気がした。
まぁそんな十一夜君たちだが、丹代さんの引き受け先として、彼女の母親の実家か父親の実家かのどちらかが引き受け可能な環境かどうかといったところまで調査しているようで、決して極悪非道な人たちではない。丹代さんが被害者であることが明らかになった場合に、彼女にとって最も良いと思えるような選択肢が一つでも増えるようにと、最善を尽くしてくれているのだ。
また丹代さんの深い意識層に掛けられていた催眠術は、少しずつ時間を掛けながら解いていっているそうだ。それを解いてからでなければ、質問をしてもパニックを起こしてしまったりして、場合によっては精神にダメージを与えてしまう可能性もあるという。そう聞くと、なかなかに危険なもののようだ。
そういう事情で、丹代さんから詳細を聞き出せるようになるには、まだ暫く時間が掛かりそうだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に前方に大きな壁ができたような気がした。
わたしの前の席は十一夜君だ。いつものように机に伏せて寝ていた彼が起きたらしい。休み時間以外、授業中は殆ど寝ているようなことはないのだが、この時間、細野先生にしては珍しくダラダラと内容の薄い話をしていたため、十一夜君もさして重要性を感じられず寝ていたのだろう。
十一夜君は起きたかと思うと、机の下で何かもぞもぞとやっているように見える。恐らくスマホに何か着信があったのじゃないだろうか。
丹代さんや進藤君の一件以来、こうして十一夜君が携帯で誰かとやり取りすることが多くなったように思う。
わたしは何となく、この一連の事件に関わっていると思われる麻由美ちゃんの方に視線を向けた。
麻由美ちゃんは教室の真ん中くらいの座席だ。その後姿は姿勢良く先生の話を聞いているように見える。
麻由美ちゃん……。麻由美ちゃんは本当に一連の事件の黒幕なの?
わたしたちを性転換させてしまったらしい謎の組織と何か関わりを持っているの?
できることなら麻由美ちゃんのことを信じたい。しかし、現状では証拠は彼女が黒幕であることを示している。もし、そうだとしても何か退っ引きならない事情があったのだと……そう思いたい。
彼女の後ろ姿を見ながら、胸が締め付けられるような気持ちを抱くのだった。
梅雨が明けて日差しが厳しくなり、夏服用にスカートを新調して丈を自分で詰めてみたり、家族と食事に行ったりといった、いつもの小さなイベントを挟みながら日常が過ぎていった。
その間、十一夜君たちは須藤家の調査を秘密裏に進めており、わたしも麻由美ちゃんとはできるだけ今まで通りに、態度を変えないように接することを心掛けた。
学校生活も、別段変わったことはなく、今のところ平穏に送ることができている。
今日も授業を終えて、いつものようにショートホームルームが始まった。
わたしの座席は廊下側の後方なので、教室全体を何となく見渡すことができる。そうして見渡してみれば、真面目に先生の話を聞く者、聞いているようでぼんやりしている者、俯いて携帯電話を弄っている者、寝ている者等々各人各様だ。
実際のところ、先生もあまり重要な事柄は話していないので、わたしも何となく聞き流しながらこのところの出来事を振り返っていた。
十一夜君が危惧していたような、麻由美ちゃんから個人的に誘ってくるといった機会は今のところないが、注意深く彼女を観察していると、色んなグループに卒なく顔を出しているようだ。それでいて、決して深入りすることはなく、彼女にとって最適な距離感を常に保っているように見える。今のところどのグループに対しても、付かず離れずといった感じだ。
そして相変わらず彼女についての個人情報はほとんど話題に上ることがないので、彼女を深く知るものはいない。十一夜君が言っていた、彼女がうまく情報をコントロールしているという言葉が何度も脳裏を過る。
聖連ちゃんの手に掛かれば、それほど情報管理に関してセキュリティが高いわけではなかったようだが、こと人付き合いという点に於いては、なかなかガードが堅いようだ。もっともそのことを感じさせない巧みさや柔軟さがあって、誰もそういった印象を彼女に対して抱いてはいないのだが。
そんな麻由美ちゃんを見れば見るほど、十一夜君が言っていた通り、彼女がすべて計算ずくでそうしているようにしか思えなくなってくるのだ。
それはそうとして、丹代さんの方にも少し動きがある。
あれから丹代さんの健康状態は少しずつ回復し、今ではすっかり元の健康状態に戻っているという。
丹代さんを担当する、十一夜家の医療スタッフを含むサポート体制はNPO法人ということになっている。そのNPO法人として、危険な監禁状態にある丹代さんを救い出し、サポートしている状況であると説明しているそうだ。
学校に通えばすぐに敵側に足が付いてしまうことが懸念されるので、教師を付けての個人授業を行なっているらしい。十一夜家にはあらゆる人材が揃っていそうだ。
また警察への連絡については保留してあるそうなのだが、それは家族がこの事件に関わっているという大きな理由があってのことだ。
当然、監禁されていたはずの丹代さんが行方不明になったとなれば、海外赴任中の彼女の親御さんにもすぐにそのことが伝わる。それを受けて丹代さんの親御さんや例の警備会社が動いていることは、十一夜君たちも掴んでいる。
しかし十一夜君の仕事はいつも完璧なので、丹代さんの足取りについては勿論まったく足跡が辿れずに捜索は行き詰まっているはずだ。手掛かりがまったく掴めずに泡を食っている状況を、逐一チェックしながらニヤニヤしている十一夜兄妹に、歴史上長年に渡って影の存在として暗躍してきた十一夜一族の闇を見た気がした。
まぁそんな十一夜君たちだが、丹代さんの引き受け先として、彼女の母親の実家か父親の実家かのどちらかが引き受け可能な環境かどうかといったところまで調査しているようで、決して極悪非道な人たちではない。丹代さんが被害者であることが明らかになった場合に、彼女にとって最も良いと思えるような選択肢が一つでも増えるようにと、最善を尽くしてくれているのだ。
また丹代さんの深い意識層に掛けられていた催眠術は、少しずつ時間を掛けながら解いていっているそうだ。それを解いてからでなければ、質問をしてもパニックを起こしてしまったりして、場合によっては精神にダメージを与えてしまう可能性もあるという。そう聞くと、なかなかに危険なもののようだ。
そういう事情で、丹代さんから詳細を聞き出せるようになるには、まだ暫く時間が掛かりそうだ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に前方に大きな壁ができたような気がした。
わたしの前の席は十一夜君だ。いつものように机に伏せて寝ていた彼が起きたらしい。休み時間以外、授業中は殆ど寝ているようなことはないのだが、この時間、細野先生にしては珍しくダラダラと内容の薄い話をしていたため、十一夜君もさして重要性を感じられず寝ていたのだろう。
十一夜君は起きたかと思うと、机の下で何かもぞもぞとやっているように見える。恐らくスマホに何か着信があったのじゃないだろうか。
丹代さんや進藤君の一件以来、こうして十一夜君が携帯で誰かとやり取りすることが多くなったように思う。
わたしは何となく、この一連の事件に関わっていると思われる麻由美ちゃんの方に視線を向けた。
麻由美ちゃんは教室の真ん中くらいの座席だ。その後姿は姿勢良く先生の話を聞いているように見える。
麻由美ちゃん……。麻由美ちゃんは本当に一連の事件の黒幕なの?
わたしたちを性転換させてしまったらしい謎の組織と何か関わりを持っているの?
できることなら麻由美ちゃんのことを信じたい。しかし、現状では証拠は彼女が黒幕であることを示している。もし、そうだとしても何か退っ引きならない事情があったのだと……そう思いたい。
彼女の後ろ姿を見ながら、胸が締め付けられるような気持ちを抱くのだった。
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