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第三章 Hello, my friend
第50話 夜
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プリントアウトされた画像を聖連ちゃんがテーブルの上に置いた。
「ん? これは……」
十一夜君が訝しんで、プリントされた画像に顔を顰める。
「え? 進藤君と言い合ってた子は……義妹さん?」
まさかの義妹さんが拉致に関わっているということ?
「どうやらビンゴですね。顔認識ソフトでも一致しました」
引き続きパソコンに戻って作業していた聖連ちゃんだったが、その顔認識ソフトとやらで自宅の画像と学校の防犯カメラの画像とを比較していたようだ。
「そうか……さっきの義妹さんとの会話内容からすれば、進藤君のお義母さんはこの拉致事件には関わっていないようだね。しかし義妹さんは確実に関わっている。親に嘘を吐いてまで」
そうこうしている間にも、進藤家の親子の会話は続いており、どうやら久し振りに親子水入らずで外食するということになったらしい。それを聞いていた十一夜君の目がギラリと輝いたような気がした。あくまで気がしただけだが、満更外れてもいなかったようで、十一夜君は続けてこんなことを言い出した。
「悪いけど聖連。華名咲さんと二人で夕食を済ませておいて。進藤邸が留守になるから、ちょっと侵入してくる」
ちょっと侵入してくるってさ、そんなちょっとコンビニ行ってくるくらいのノリで言うことじゃないぞ。まったく十一夜君は。
「りょうか~い。行ってらっしゃ~い」
兄が兄なら妹も妹だな、おい。軽いよ。コンビニ感覚かっていうくらいライトだよ。
そして十一夜君は本当に近所のコンビニにでも行くかのようにさっさと出て行ってしまった。
「先輩……あの、わたしなんかの料理で悪いんですけど、一生懸命作りますので、食べていただけるでしょうか……」
「あ、聖連ちゃんもお料理するんだね。よかったらわたしにも手伝わせて。一緒にお料理しようよ」
「い、いいんですか! わたしなんかと、お、お料理してもらっちぇも……あ、また噛んだ」
おい、さっきまでのキャラはどうした? 設定ガラッと変わるよな、この子は。でもこのバージョンの聖連ちゃんはマジ天使だよな。一々噛んじゃうところとかもう、あざといくらいにかわいいじゃないか。
「もちろん! 一緒に美味しいもの作っちゃおうね、聖連ちゃん」
「は、はいっ。よろしくお願いしましゅ……あ……」
また噛んだ。かわいいな、もう。
夕食は聖連ちゃんが得意だというグラタンと、わたしはガスパチョとキノコ入りのサラダを作って、聖連ちゃんの提案で先程までいた地下の会議室みたいな部屋で食べることになった。何故かと言うと、ここで十一夜君の不法侵入を覗き見しようということだった。何とも悪趣味なことだが、正直言えば興味津々だ。
「あ、そうだ」
聖連ちゃんが、先程まで見ていた進藤邸の隠しカメラのライブ映像を自分のパソコンでも見られるようにして、それを60インチくらいある大型のモニターに映し出した。
「うわぁ、おっきい」
このサイズのモニターは間近で見ると流石に大きく感じ、思わずバカっぽい感想が口を衝いて出てしまう。
「先輩、ガスパチョもサラダも凄く美味しいですっ!」
「ホント? よかった。うん、グラタンも凄く上手にできてるね。美味しいよ、聖連ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
とまた聖連ちゃんが俯いてもじもじしている。そんなやり取りをしていたところに、モニター上で何かが動いた。改めてモニターを注視すると、十一夜君だ。十一夜君が部屋に潜入した様子が映し出されていた。
「あ、始まりましたね。圭ちゃんの捜索が」
十一夜君がカメラの前に来て手を振っている。スピーカーから『どうせ二人で見てるんだろ~』と聞こえてきた。
「あははは、バレてましたね」
聖連ちゃんが笑いながらスマホを弄って十一夜君に返事を返したようで、すぐに十一夜君がスマホを見てからカメラに向かって、
『まあ見てな』と返してきた。その時また十一夜くんの顔がニヤリと笑ったように見えた。
そうして間もなくすると、早卒とその場から移動して、すぐに四分割されたモニターの右下の画面に姿を現した。机周りで暫くゴソゴソやっていたと思ったら、またカメラの前にやってきた。
『見つけた。ほら』
そう言って十一夜君がカメラの前に差し出したのは、タロットカードの束だった。
『華名咲さんの靴箱にTHE TOWERを入れたのは、十中八九進藤君の義妹だね。聖連、この部屋のパソコンをハッキングできるかな』
何と……。進藤君の義妹さん、何てことをしてくれたんじゃ。て言うか、例の組織の回し者だったのか?
それを聞いた聖連ちゃんはスマホを取り出して十一夜君に電話を掛けている。
「あ、圭ちゃん。そこのネットのWAN側のIPを教えてもらえるかな。そして義妹さんのパソコン起ち上げてちょうだい」
そう言って自分のパソコンをカチャカチャやりだした。十一夜君は十一夜君で自分のパソコンを開いてカチャカチャやっている。
『IP言うよ。218.219.XX.XXX』
「了解」
『あ、聖連。これパスワード掛かってる』
「うん、だろうと思ってツールを送っておいたからUSBメモリーにインストールして使って」
『OK、助かる』
十一夜君は暫く自分のパソコンを弄っていたかと思うと、USBメモリースティックを進藤君の義妹さんのパソコンに挿して再起動させている様子だ。数分もすると、ログインできるようになったようだ。聖連ちゃんはデスクトップパソコンの方でカチャカチャやっている。
「はい、侵入成功。あは、チョロいわね、素人PC」
おっと、出たよ。黒い聖連ちゃん。不気味に光る眼鏡の奥で悪い顔で笑っている。
「取り敢えずブラウザの閲覧履歴とメールのデータは抜いといたけど、う~ん、後は目星いファイルは無さそうかなぁ~。チッ」
ん? 今チッて、舌打ちした? 似合わん。似合わんよ、聖連ちゃんには。やめて、そのキャラ。
『こっちも目星い物は無さそうだ……。ん?』
何だろう? 十一夜君が何か見つけた風だ。クローゼットの中にあった箱を開けて覗き見ている。一体何を見つけたんだ?
『これ、丹代さんの家にあった奴の小型版だ』
十一夜君がカメラの前に来て箱の中身を見せてきた。そこには十一夜君の言う通り、丹代さんが監禁されていた部屋の祭壇に飾られていた牛頭の偶像のミニチュア版とか、後は何やら御札的な紙とか、よく分からない物品が幾つか入っていた。
十一夜君は箱の中身を取り出して一つ一つスマホで撮影しているようだ。一通り撮り終わったのか、箱を元に戻してから十一夜君は、モニター映像から消えた。
聖連ちゃんは電話で十一夜君とやり取りをしている。今晩の計画なんかを詰めているようだ。
「じゃぁ、そういうことで。晩御飯は用意してあるから帰ったら食べてね、圭ちゃん。華名咲先輩の手作りガスパチョとサラダが待ってるよ。舞い上がって事故しないように帰ってきてね」
何言ってるんだよ、聖連ちゃん。あのクールな十一夜君がそんなことぐらいで舞い上がるかっての。
「あの、華名咲先輩……。うち温泉が湧いていて、お風呂広いんで、よかったら、い、一緒にど、どうですか?」
と、顔を真赤にして誘われた。そんなに照れられると返ってこっちも恥ずかしい気がするんだけど。
「おぉ、いいよ。一緒に入る? 温泉が家にあるんだぁ、凄いねぇ」
「はい。うちの裏稼業は結構危険なことも多くて怪我をすることもあるし、任務がない日はトレーニングもきついし、そういう事情もあって温泉が出る場所に家を建てたらしいです」
なるほどな。そういった事情もあるわけか。それにしても羨ましい環境だ。うちにも温泉あったら良かったのになぁ。
それから聖連ちゃんと風呂場に行くと、脱衣所も広くて如何にも快適なバスタイムを重視したという感じの作りになっている。
「聖連ちゃん、わたしメイク落としてから入るから先入ってて」
「あ、はい。流石高校生ですね……」
聖連ちゃんはいそいそと着ているものを脱いだが、小柄な割に、しっかりとくびれがあって、バランスの良い美乳で……って、何を実況中継しているんだ。他人の裸を見るのはゴールデン・ウィークの温泉旅行以来だったからついつい注目してしまったな。
メイクを落とし洗顔して風呂場へ向かうと、本当に家風呂にしては広くて立派なもんだった。温泉や銭湯にあるような鏡と蛇口が三つも設えてあって本格的だ。つまり三人は同時に入るキャパがあるということだ。湯船もそれに見合っただけの大きさがあるようだ。本当我が家にも欲しいな、こんな温泉風呂。
「うわぁ……」
ん? 見れば体を洗う聖連ちゃんが手を止めて、こっちを見て呆けている。そうか、華名咲家の女子の慣例に倣い、というか慣らされ? こういう場面で恥じらいというものをすっかり忘れていたな。
「……先輩……きれい……」
「んぁ? そ、そう? ありがとう」
何だ、裸を誉められるとか初めてだな。叔母さんはグラマラスなナイスバディだし、秋菜はほぼわたしと同じだし。まあおっぱいだけはまだちょっと負けているけど、ナイスバディは家族内で見慣れてるからお互いそんな誉めたりしないしな。寧ろ余計な贅肉ついたりしたら即指摘されるくらいの厳しさだ。
「あぁっ、聖連ちゃん、鼻血! 鼻血出てるよ!」
熱気に上せたのか、それとも興奮したのか、ツーっと聖連ちゃんの右の鼻穴から鮮血が流れ落ちる。
「ちょっと大丈夫? 横になって」
取り敢えずわたしの体に凭れ掛かるように寝かせて、濡れタオルで血を拭った。
「ほわぁ、柔らか~い……はっ、せ、先輩のおっpーーーーッ」
危険な単語を言いかけて今度は左の鼻穴からも血を吹いた。ダメだなこりゃ。この興奮のしよう……まさか聖連ちゃんも性転換者じゃなかろうな? 怖い怖い。今は余計なこと考えるまいよ。
聖連ちゃんは未だ興奮状態なのか、譫言をブツブツ呟いている。取り敢えず風呂場から出してあげた方が良さげだ。温泉は後でゆっくり入ればいいだろう。聖連ちゃんを抱えて、半ば引き摺るようにして脱衣所に出た。
何か扇ぐようなものとか、あとティッシュが必要だな……。多分まだ十一夜君は帰って来てないだろうけど、念の為にバスタオルを体に巻いて恐る恐る脱衣所の外を窺う。
ティッシュは確かリビングに合ったはずだ。扇ぐものは雑誌でも何でも適当なものがあればいいだろう。小走りでひょいひょいとリビングまで移動して、箱ティッシュと新聞紙を手にした。注意深く、リビングを出る際には廊下に顔だけ出して様子を窺い見て、誰もいないのを確認してから風呂場へと向かった。脱衣所に辿り着き、ドアノブに手を掛けると、ガチャリと音を立ててドアが開いた。
……玄関のドアが……。
恐怖のあまりギギギと音が出そうなぎこちなさで玄関に顔を向けると、十一夜君が固まって立ち尽くしていた……。
「うわぁっ!」
どうしよう。十一夜君だから男同士だし女同士だけど、冷静にそんなこと考えている余裕はなかった。兎に角脱衣所に入らなければと慌てるのだが、何をどうすればいいのか、頭の中が真っ白になっていて分からない。冷静になれば、既に手をかけているドアノブを回して押すだけでいいのだが、慌てふためくばかりでどうしていいのか分からない。
悪いことは重なるもので、慌てていたら巻いていたタオルがはらりと解けてしまった。あ~ぁ、これはいかん。この瞬間、すべてがスローモーションで動いている。ゆっくりと体から落ちていくタオルとそれに伴い顕になっていく男子に見せちゃいけない体。
十一夜君は目を見開いて今にも目ン玉が落っこちてきそうになっている。落ちるタオルを止めなくちゃとぼんやり思いながらも、意識と体の反応がまるでついて行かない……。
バサッ。遂にタオルが廊下の床に音を立てて落ちた。
「わ、わぁっ」
十一夜君が言葉にならない声を発しながら泡を食ってその場から立ち去ろうとしている。多分玄関のドアを開けて外に出るのが一番早いのだが、慌て過ぎていて全然そのことに気付かないようだ。慌てて自分の部屋へでも行こうと思ったのだろうか、バタバタと靴を脱いだつもりが脱ぎきれておらず、上がり框に躓いて転んでいる。その後も廊下で滑る脚を空回りさせながら階段を駆け上がっていった。そしてまた凄い音を立てて落ちてきた。落ちてきた十一夜君を見てやっと我に返ったわたしは、慌ててバスタオルを巻き直して十一夜君に駆け寄る。
「ちょっと、十一夜君! だ、大丈夫?!」
見えるところに怪我は無いようだが、ショックで一瞬気を失いかけたようだ。脳震盪でも起こしていたら大変だ。
「う、うぅん。イタタタ」
幸い直ぐに意識は戻ったようで、腰を押さえながら痛そうにしている。顰めていた目を開けたらわたしがいたため、流石に恥ずかしくなったようで顔が真っ赤に染まる。
「頭打ってない?」
しゃがみ込んで十一夜君の顔を窺ったら何とまたタオルが外れた。おいこら、タオル仕事し過ぎだぞ。
「ブーーーーーーッ」
その瞬間、十一夜君の鼻から鼻血が噴出した。
「ん? これは……」
十一夜君が訝しんで、プリントされた画像に顔を顰める。
「え? 進藤君と言い合ってた子は……義妹さん?」
まさかの義妹さんが拉致に関わっているということ?
「どうやらビンゴですね。顔認識ソフトでも一致しました」
引き続きパソコンに戻って作業していた聖連ちゃんだったが、その顔認識ソフトとやらで自宅の画像と学校の防犯カメラの画像とを比較していたようだ。
「そうか……さっきの義妹さんとの会話内容からすれば、進藤君のお義母さんはこの拉致事件には関わっていないようだね。しかし義妹さんは確実に関わっている。親に嘘を吐いてまで」
そうこうしている間にも、進藤家の親子の会話は続いており、どうやら久し振りに親子水入らずで外食するということになったらしい。それを聞いていた十一夜君の目がギラリと輝いたような気がした。あくまで気がしただけだが、満更外れてもいなかったようで、十一夜君は続けてこんなことを言い出した。
「悪いけど聖連。華名咲さんと二人で夕食を済ませておいて。進藤邸が留守になるから、ちょっと侵入してくる」
ちょっと侵入してくるってさ、そんなちょっとコンビニ行ってくるくらいのノリで言うことじゃないぞ。まったく十一夜君は。
「りょうか~い。行ってらっしゃ~い」
兄が兄なら妹も妹だな、おい。軽いよ。コンビニ感覚かっていうくらいライトだよ。
そして十一夜君は本当に近所のコンビニにでも行くかのようにさっさと出て行ってしまった。
「先輩……あの、わたしなんかの料理で悪いんですけど、一生懸命作りますので、食べていただけるでしょうか……」
「あ、聖連ちゃんもお料理するんだね。よかったらわたしにも手伝わせて。一緒にお料理しようよ」
「い、いいんですか! わたしなんかと、お、お料理してもらっちぇも……あ、また噛んだ」
おい、さっきまでのキャラはどうした? 設定ガラッと変わるよな、この子は。でもこのバージョンの聖連ちゃんはマジ天使だよな。一々噛んじゃうところとかもう、あざといくらいにかわいいじゃないか。
「もちろん! 一緒に美味しいもの作っちゃおうね、聖連ちゃん」
「は、はいっ。よろしくお願いしましゅ……あ……」
また噛んだ。かわいいな、もう。
夕食は聖連ちゃんが得意だというグラタンと、わたしはガスパチョとキノコ入りのサラダを作って、聖連ちゃんの提案で先程までいた地下の会議室みたいな部屋で食べることになった。何故かと言うと、ここで十一夜君の不法侵入を覗き見しようということだった。何とも悪趣味なことだが、正直言えば興味津々だ。
「あ、そうだ」
聖連ちゃんが、先程まで見ていた進藤邸の隠しカメラのライブ映像を自分のパソコンでも見られるようにして、それを60インチくらいある大型のモニターに映し出した。
「うわぁ、おっきい」
このサイズのモニターは間近で見ると流石に大きく感じ、思わずバカっぽい感想が口を衝いて出てしまう。
「先輩、ガスパチョもサラダも凄く美味しいですっ!」
「ホント? よかった。うん、グラタンも凄く上手にできてるね。美味しいよ、聖連ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
とまた聖連ちゃんが俯いてもじもじしている。そんなやり取りをしていたところに、モニター上で何かが動いた。改めてモニターを注視すると、十一夜君だ。十一夜君が部屋に潜入した様子が映し出されていた。
「あ、始まりましたね。圭ちゃんの捜索が」
十一夜君がカメラの前に来て手を振っている。スピーカーから『どうせ二人で見てるんだろ~』と聞こえてきた。
「あははは、バレてましたね」
聖連ちゃんが笑いながらスマホを弄って十一夜君に返事を返したようで、すぐに十一夜君がスマホを見てからカメラに向かって、
『まあ見てな』と返してきた。その時また十一夜くんの顔がニヤリと笑ったように見えた。
そうして間もなくすると、早卒とその場から移動して、すぐに四分割されたモニターの右下の画面に姿を現した。机周りで暫くゴソゴソやっていたと思ったら、またカメラの前にやってきた。
『見つけた。ほら』
そう言って十一夜君がカメラの前に差し出したのは、タロットカードの束だった。
『華名咲さんの靴箱にTHE TOWERを入れたのは、十中八九進藤君の義妹だね。聖連、この部屋のパソコンをハッキングできるかな』
何と……。進藤君の義妹さん、何てことをしてくれたんじゃ。て言うか、例の組織の回し者だったのか?
それを聞いた聖連ちゃんはスマホを取り出して十一夜君に電話を掛けている。
「あ、圭ちゃん。そこのネットのWAN側のIPを教えてもらえるかな。そして義妹さんのパソコン起ち上げてちょうだい」
そう言って自分のパソコンをカチャカチャやりだした。十一夜君は十一夜君で自分のパソコンを開いてカチャカチャやっている。
『IP言うよ。218.219.XX.XXX』
「了解」
『あ、聖連。これパスワード掛かってる』
「うん、だろうと思ってツールを送っておいたからUSBメモリーにインストールして使って」
『OK、助かる』
十一夜君は暫く自分のパソコンを弄っていたかと思うと、USBメモリースティックを進藤君の義妹さんのパソコンに挿して再起動させている様子だ。数分もすると、ログインできるようになったようだ。聖連ちゃんはデスクトップパソコンの方でカチャカチャやっている。
「はい、侵入成功。あは、チョロいわね、素人PC」
おっと、出たよ。黒い聖連ちゃん。不気味に光る眼鏡の奥で悪い顔で笑っている。
「取り敢えずブラウザの閲覧履歴とメールのデータは抜いといたけど、う~ん、後は目星いファイルは無さそうかなぁ~。チッ」
ん? 今チッて、舌打ちした? 似合わん。似合わんよ、聖連ちゃんには。やめて、そのキャラ。
『こっちも目星い物は無さそうだ……。ん?』
何だろう? 十一夜君が何か見つけた風だ。クローゼットの中にあった箱を開けて覗き見ている。一体何を見つけたんだ?
『これ、丹代さんの家にあった奴の小型版だ』
十一夜君がカメラの前に来て箱の中身を見せてきた。そこには十一夜君の言う通り、丹代さんが監禁されていた部屋の祭壇に飾られていた牛頭の偶像のミニチュア版とか、後は何やら御札的な紙とか、よく分からない物品が幾つか入っていた。
十一夜君は箱の中身を取り出して一つ一つスマホで撮影しているようだ。一通り撮り終わったのか、箱を元に戻してから十一夜君は、モニター映像から消えた。
聖連ちゃんは電話で十一夜君とやり取りをしている。今晩の計画なんかを詰めているようだ。
「じゃぁ、そういうことで。晩御飯は用意してあるから帰ったら食べてね、圭ちゃん。華名咲先輩の手作りガスパチョとサラダが待ってるよ。舞い上がって事故しないように帰ってきてね」
何言ってるんだよ、聖連ちゃん。あのクールな十一夜君がそんなことぐらいで舞い上がるかっての。
「あの、華名咲先輩……。うち温泉が湧いていて、お風呂広いんで、よかったら、い、一緒にど、どうですか?」
と、顔を真赤にして誘われた。そんなに照れられると返ってこっちも恥ずかしい気がするんだけど。
「おぉ、いいよ。一緒に入る? 温泉が家にあるんだぁ、凄いねぇ」
「はい。うちの裏稼業は結構危険なことも多くて怪我をすることもあるし、任務がない日はトレーニングもきついし、そういう事情もあって温泉が出る場所に家を建てたらしいです」
なるほどな。そういった事情もあるわけか。それにしても羨ましい環境だ。うちにも温泉あったら良かったのになぁ。
それから聖連ちゃんと風呂場に行くと、脱衣所も広くて如何にも快適なバスタイムを重視したという感じの作りになっている。
「聖連ちゃん、わたしメイク落としてから入るから先入ってて」
「あ、はい。流石高校生ですね……」
聖連ちゃんはいそいそと着ているものを脱いだが、小柄な割に、しっかりとくびれがあって、バランスの良い美乳で……って、何を実況中継しているんだ。他人の裸を見るのはゴールデン・ウィークの温泉旅行以来だったからついつい注目してしまったな。
メイクを落とし洗顔して風呂場へ向かうと、本当に家風呂にしては広くて立派なもんだった。温泉や銭湯にあるような鏡と蛇口が三つも設えてあって本格的だ。つまり三人は同時に入るキャパがあるということだ。湯船もそれに見合っただけの大きさがあるようだ。本当我が家にも欲しいな、こんな温泉風呂。
「うわぁ……」
ん? 見れば体を洗う聖連ちゃんが手を止めて、こっちを見て呆けている。そうか、華名咲家の女子の慣例に倣い、というか慣らされ? こういう場面で恥じらいというものをすっかり忘れていたな。
「……先輩……きれい……」
「んぁ? そ、そう? ありがとう」
何だ、裸を誉められるとか初めてだな。叔母さんはグラマラスなナイスバディだし、秋菜はほぼわたしと同じだし。まあおっぱいだけはまだちょっと負けているけど、ナイスバディは家族内で見慣れてるからお互いそんな誉めたりしないしな。寧ろ余計な贅肉ついたりしたら即指摘されるくらいの厳しさだ。
「あぁっ、聖連ちゃん、鼻血! 鼻血出てるよ!」
熱気に上せたのか、それとも興奮したのか、ツーっと聖連ちゃんの右の鼻穴から鮮血が流れ落ちる。
「ちょっと大丈夫? 横になって」
取り敢えずわたしの体に凭れ掛かるように寝かせて、濡れタオルで血を拭った。
「ほわぁ、柔らか~い……はっ、せ、先輩のおっpーーーーッ」
危険な単語を言いかけて今度は左の鼻穴からも血を吹いた。ダメだなこりゃ。この興奮のしよう……まさか聖連ちゃんも性転換者じゃなかろうな? 怖い怖い。今は余計なこと考えるまいよ。
聖連ちゃんは未だ興奮状態なのか、譫言をブツブツ呟いている。取り敢えず風呂場から出してあげた方が良さげだ。温泉は後でゆっくり入ればいいだろう。聖連ちゃんを抱えて、半ば引き摺るようにして脱衣所に出た。
何か扇ぐようなものとか、あとティッシュが必要だな……。多分まだ十一夜君は帰って来てないだろうけど、念の為にバスタオルを体に巻いて恐る恐る脱衣所の外を窺う。
ティッシュは確かリビングに合ったはずだ。扇ぐものは雑誌でも何でも適当なものがあればいいだろう。小走りでひょいひょいとリビングまで移動して、箱ティッシュと新聞紙を手にした。注意深く、リビングを出る際には廊下に顔だけ出して様子を窺い見て、誰もいないのを確認してから風呂場へと向かった。脱衣所に辿り着き、ドアノブに手を掛けると、ガチャリと音を立ててドアが開いた。
……玄関のドアが……。
恐怖のあまりギギギと音が出そうなぎこちなさで玄関に顔を向けると、十一夜君が固まって立ち尽くしていた……。
「うわぁっ!」
どうしよう。十一夜君だから男同士だし女同士だけど、冷静にそんなこと考えている余裕はなかった。兎に角脱衣所に入らなければと慌てるのだが、何をどうすればいいのか、頭の中が真っ白になっていて分からない。冷静になれば、既に手をかけているドアノブを回して押すだけでいいのだが、慌てふためくばかりでどうしていいのか分からない。
悪いことは重なるもので、慌てていたら巻いていたタオルがはらりと解けてしまった。あ~ぁ、これはいかん。この瞬間、すべてがスローモーションで動いている。ゆっくりと体から落ちていくタオルとそれに伴い顕になっていく男子に見せちゃいけない体。
十一夜君は目を見開いて今にも目ン玉が落っこちてきそうになっている。落ちるタオルを止めなくちゃとぼんやり思いながらも、意識と体の反応がまるでついて行かない……。
バサッ。遂にタオルが廊下の床に音を立てて落ちた。
「わ、わぁっ」
十一夜君が言葉にならない声を発しながら泡を食ってその場から立ち去ろうとしている。多分玄関のドアを開けて外に出るのが一番早いのだが、慌て過ぎていて全然そのことに気付かないようだ。慌てて自分の部屋へでも行こうと思ったのだろうか、バタバタと靴を脱いだつもりが脱ぎきれておらず、上がり框に躓いて転んでいる。その後も廊下で滑る脚を空回りさせながら階段を駆け上がっていった。そしてまた凄い音を立てて落ちてきた。落ちてきた十一夜君を見てやっと我に返ったわたしは、慌ててバスタオルを巻き直して十一夜君に駆け寄る。
「ちょっと、十一夜君! だ、大丈夫?!」
見えるところに怪我は無いようだが、ショックで一瞬気を失いかけたようだ。脳震盪でも起こしていたら大変だ。
「う、うぅん。イタタタ」
幸い直ぐに意識は戻ったようで、腰を押さえながら痛そうにしている。顰めていた目を開けたらわたしがいたため、流石に恥ずかしくなったようで顔が真っ赤に染まる。
「頭打ってない?」
しゃがみ込んで十一夜君の顔を窺ったら何とまたタオルが外れた。おいこら、タオル仕事し過ぎだぞ。
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