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第三章 Hello, my friend
第43話 この部屋に住む人へ
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マジックミラーの向こうの男は、携帯電話を取り出してどこかへ架電する様子だが、そのまま姿を消してしまった。
降りかけた階段を登って壁を押すが、びくともしない。ただの壁を押しただけで開いたはずだったが、どういうことかロックされてしまったようだ。
「十一夜君!」
すぐに彼も戻ってきて、狭い階段上でわたしと位置を入れ替えると、壁を押すがやはりうんともすんとも言わない。
「クソッ! 閉じ込められたか」
十一夜君の悪態は珍しい。これは相当まずいことになったと考えた方が良いだろうか。十一夜君ですら苛つくほどの事態だとすると、かなり事態は深刻かもしれない。十一夜君がマジックミラーを蹴飛ばしたりしているが、全然歯が立たない。強化ガラスのようなものだろうか。
「どうしよう、十一夜君……」
「強化ガラスならどうとでもなるから大丈夫。それより今の男、電話していたよな」
「うん、してたと思うよ」
十一夜君が大丈夫だと言うなら不思議と大丈夫な気がしてきた。
「あの男が、前に華名咲さんを拉致した連中と関わりがある根拠は無いけど、何となく例の盗聴システムに引っ掛かりそうな気がするな。あくまで僕の勘だけど。……だけどそうなれば何か情報が得られるかもしれない」
なるほど。確かに奴らだったらその可能性は十分考えられるな。玄関に貼られたあの警備会社のステッカー、やっぱり偶然ではなかったのかもしれないな。雰囲気が奴らと似ていた気もするし。
「それより奴は何処かへ行ったよな。ひとまずこの中へ入ってくるつもりはないようだ。降りて調べてみよう。まずは状況確認だ」
「え? あ、はい」
促されるがまま、階段を降りるが、わたしが先頭なのは何か凄く恐いんだけど?
階段を降り切ると、フロアは少し広くなっていて、真正面と、そして向かって左手にドアがあった。十一夜君も降りてくると、先ほどの強力マグネットを取り付けてから迷わず左手のドアを開く。
「ここには特にセンサーは無かったな。特に変わった様子もない。食料庫らしいな」
スマホを照明代わりに使って中の様子を伺う十一夜君は、そう言って部屋に入って行き、直ぐに照明のスイッチを見つけて明かりを点けた。わたしも続いて入ってみると、なるほど調味料や乾燥食材食材が大量にストックしてある。しかしただの食料庫にあんな絡繰——どんでん返しって言うんだっけ?——を使うのはどうも不自然だな。
部屋の中は結構広くて、シンクを備えたキッチンもあった。十一夜君は、棚にストックしてある中からパスタの束を取り出して何やらまたゴソゴソと始めた。こんな自体にもお腹を減らしているのだろうか? もっとも腹が減っては戦はできぬなんて、よくこんな場面で言ったりするよね、古い漫画やドラマの世界じゃ。
十一夜君はパスタの束にアルミホイルをグルグル綺麗に巻きつけるとそれを台の上に置き、もうひとつの部屋も見てみようと言う。
言ったかと思えば十一夜君は既に行動を始めている。こっちはおろおろするばかりだ。
と、そんなタイミングで携帯の着信音が鳴った。十一夜君の携帯にもあったようだが、彼はマナーモードにしてあったようで音は鳴らなかった。そうか、こういう時には音が鳴らないようにしておくべきだった。今更だけど、自分の迂闊さを恥じる。
携帯の画面を見ると、盗聴システムからの更新を知らせる通知だった。
「どうやらビンゴだったな」
十一夜君はスマホにイヤホンを挿して録音を聞く準備を始めていた。そんな彼はニヤリと結構悪い顔をしている。
「聴くだろ?」
そう言って十一夜君はわたしの方へイヤホンの片方を寄越す。このシチュエーション。前にも何処かであった気がするな。
しかしなぁ、恋人同士が音楽を聴いているならいざ知らず、これ、盗聴だからね……。そんなことを思っていたら、イヤホンから音声が流れ始めた。
『どうした?』
『はい、大した問題では無いと思いますが、一応ご報告を』
『続けてくれ』
『はい。丹代邸に若いカップルが侵入したという連絡が入りまして』
『何だって?』
『恐らくイチャつくのにいい場所だと考えての侵入だと思われます』
おいこら、何勝手な妄想で報告してるんだよ! 十一夜君と一緒に盗聴しているこっちの身にもなってみろ、バカ!
『ふん。あそこは防犯カメラはあったかな?』
『いえ、セキュリティは入っていますが、カメラは設置しておりません』
『そうか。仕方ないな……。しかし勝手に不法侵入してヤりまくるとはけしからん輩だな』
バッ、バカッ! ヤりまくるとか何てこと言うんだよ! 流石に十一夜君も真っ赤になってるじゃないか! 超気不味いわ! ヤメレ、お願いだからもうヤメレ! それ以上はやめてくれ! て言うかもしカメラあったらどうする気だったの? こえぇ~。
いや、勿論変なことするつもりなんて無いから大丈夫だけどさ。でも、万が一十一夜君が変な気持ちになっちゃったりすることだって……って、何考えてるんだよ! も~まったく。続き、続きはよ。
『地下室へ入っていたので取り敢えず閉じ込めたということです。高校生らしいですから、大方ホテル代を惜しんだんでしょうな。今頃大いにお楽しみ中でしょう。ガハハハ』
『まったく最近のガキときたら。ガハハハ』
あーあーあー聞こえなーい。くっそ、どこまでも御下劣な野郎どもめ! エロいことばっかり考えてるんじゃねぇよ! 続きってそういうことの続きを聞きたかったわけじゃないんだよ! このエロジジイ共が!
一気に嫌な汗が吹き出てきた。
『それで、このカップルですが、どうしましょうか?』
『何、好きなだけやらせてやれ。気が済んだら出て行くだろう』
『分かりました。社長も若者にご理解がある。ははは』
『そうだろう? 高校生といえばやりたい盛りだ。但し、今後二度と侵入されるようなことがないように、セキュリティはしっかりするんだぞ』
『はい、肝に銘じます』
『それと地下室にいるって言ったが、例の部屋は大丈夫だろうな』
『はい、あそこのドアは簡単に破れるような造りじゃありません。防音対策も万全です。心配ないでしょう』
『そうか、分かった。くれぐれも間違いのないようにな。もっとも若い二人は既に過ちを犯しているようだが? わはははは』
『あはは、承知しました。現場の方へは適当にロックを解除しておくように指示しておきます。では、報告は以上でしたので。失礼致します』
『おぉ、よろしくな』
録音はそこまでで切れていた。
くっそぉ~、言いたい放題言いやがって、この汚下劣ジジイどもが。
「聞いたか、華名咲さん」
「え、う、うん。でもわたしはそんなつもりは……」
「通話の相手のこと、社長って呼んでたな」
「えっ? あ、それね。うん、そう言えば? 言ってたっけ? 覚えてないけど……」
十一夜君、メンタルつえぇな流石。冷静か? 全然気付かなかったよ、そんなこと。だってあんな事言うんだもん。既にDTじゃないんじゃないの、十一夜君のその落ち着き具合は? クソ、先越されてるな~。
「恐らくこれで、華名咲さんを襲ったのがあの警備会社の社長からの指示だということになるな。そして丹代さんの失踪にも社長が関わっている。そうなると、警備会社の社長は、僕が追っている組織ともやはり繋がっていると見て間違いない!」
おっとぉ~、十一夜君がいつになくと言うか、初めて見るくらいにテンション上がっている。めちゃやる気出してるぞ。これはやるな。十一夜君はやる。あ、いや社長が言っていたような意味でやるわけじゃないぞ。念の為な。
「向こうの部屋が益々怪しくなった。よし、行こうか」
十一夜君は既に動き始めている。わたしはのこのこ付いて行くだけだ。十一夜君はまたピッキングを始めているが、どうも上手く行かないようだ。盗聴会話でも、簡単に破れるような造りじゃないとか言ってたもんな。やっぱ無理なんじゃね?
十一夜君はデイパックの中から聴診器を取り出してきた。え? 何? こんなところでお医者さんごっことか無いよな。そう言うプレイとか無しで。ホントに。……ん? 十一夜君は聴診器を扉に当てて音を聴いている。
「微かに物音がする。誰かいるかもしれない」
何と、そのための聴診器か。ま、そうだと思ったけどね。ふふ。
「ちょっと、大丈夫なの? 早く出た方がよくない?」
「向こうは僕らを怪しんでいない。そしてこのドアの向こうには、僕らに知られたくない秘密がある。情報を得るのにこんな好機は無いよ」
「そんなこと言ったって、開かなかったでしょ、その鍵」
「今のところね。ちょっと強引に行けば開くと思うよ」
そう言うと、デイパックから酸素吸入器のスプレー缶を取り出して、先ほど束ねてアルミホイルでグルグル巻にしていたスパゲッティの乾麺をスプレーの吹き出し口のところへ固定した。四次元ポケットみたいだな、そのデイパックは。
一体何が始まるのだろうかと眺めていると、スパゲッティの先っぽにチャッカマンで火を着けたかと思うと、ゴーッと音を立てて、そこから見る見る内に高温のバーナーのような青白く強い炎が矢のように吹き出している。な、何だこれ? 何でスパゲッティ? 十一夜君はその炎をドアノブの辺りにずっと当てている。
「これは即席のスパゲッティ・ランスって言ったらいいかな。スパゲッティを燃やしながらそこに強制的に酸素を送り込むことで高い燃焼を作り出しているんだよ」
言ってる間も十一夜君は粛々と作業を続けている。炎の当たっている部分が見る見る赤くなって来ている。熱気がわたしの方まで伝わって、顔に熱を感じるほどだ。
やがてドアの鉄板に穴が空き、内部で何かの部品が落ちたのか、ガタンッと音がした。
十一夜君は尚も穴を広げて行き、ノブの周りをぐるりと溶かしてしまった。
スパゲッティの火を消すと、ドアから少し離れ、食料庫から持ち出してきたペットボトルの水をザバザバ掛けている。物凄い音を立てながら水煙が上がった。スパゲッティ、スゲェ~~~。呆然と見守っていると、十一夜君はドアノブ付近を頻りに蹴飛ばしたり手で引っ張り出したりしている。そしていよいよドアノブの内部機構がすっかり外側に捲れ出てきた。
「よし、OK。開けるから下がっててね」
そう言って、十一夜君が捲れた箇所を引っ掴んで引くと、そろりと床に弧を描くようにしてドアが開いた。
そうして開いた入り口の向こうに広がる光景に、わたしは呆然と立ち尽くすよりなかった。
降りかけた階段を登って壁を押すが、びくともしない。ただの壁を押しただけで開いたはずだったが、どういうことかロックされてしまったようだ。
「十一夜君!」
すぐに彼も戻ってきて、狭い階段上でわたしと位置を入れ替えると、壁を押すがやはりうんともすんとも言わない。
「クソッ! 閉じ込められたか」
十一夜君の悪態は珍しい。これは相当まずいことになったと考えた方が良いだろうか。十一夜君ですら苛つくほどの事態だとすると、かなり事態は深刻かもしれない。十一夜君がマジックミラーを蹴飛ばしたりしているが、全然歯が立たない。強化ガラスのようなものだろうか。
「どうしよう、十一夜君……」
「強化ガラスならどうとでもなるから大丈夫。それより今の男、電話していたよな」
「うん、してたと思うよ」
十一夜君が大丈夫だと言うなら不思議と大丈夫な気がしてきた。
「あの男が、前に華名咲さんを拉致した連中と関わりがある根拠は無いけど、何となく例の盗聴システムに引っ掛かりそうな気がするな。あくまで僕の勘だけど。……だけどそうなれば何か情報が得られるかもしれない」
なるほど。確かに奴らだったらその可能性は十分考えられるな。玄関に貼られたあの警備会社のステッカー、やっぱり偶然ではなかったのかもしれないな。雰囲気が奴らと似ていた気もするし。
「それより奴は何処かへ行ったよな。ひとまずこの中へ入ってくるつもりはないようだ。降りて調べてみよう。まずは状況確認だ」
「え? あ、はい」
促されるがまま、階段を降りるが、わたしが先頭なのは何か凄く恐いんだけど?
階段を降り切ると、フロアは少し広くなっていて、真正面と、そして向かって左手にドアがあった。十一夜君も降りてくると、先ほどの強力マグネットを取り付けてから迷わず左手のドアを開く。
「ここには特にセンサーは無かったな。特に変わった様子もない。食料庫らしいな」
スマホを照明代わりに使って中の様子を伺う十一夜君は、そう言って部屋に入って行き、直ぐに照明のスイッチを見つけて明かりを点けた。わたしも続いて入ってみると、なるほど調味料や乾燥食材食材が大量にストックしてある。しかしただの食料庫にあんな絡繰——どんでん返しって言うんだっけ?——を使うのはどうも不自然だな。
部屋の中は結構広くて、シンクを備えたキッチンもあった。十一夜君は、棚にストックしてある中からパスタの束を取り出して何やらまたゴソゴソと始めた。こんな自体にもお腹を減らしているのだろうか? もっとも腹が減っては戦はできぬなんて、よくこんな場面で言ったりするよね、古い漫画やドラマの世界じゃ。
十一夜君はパスタの束にアルミホイルをグルグル綺麗に巻きつけるとそれを台の上に置き、もうひとつの部屋も見てみようと言う。
言ったかと思えば十一夜君は既に行動を始めている。こっちはおろおろするばかりだ。
と、そんなタイミングで携帯の着信音が鳴った。十一夜君の携帯にもあったようだが、彼はマナーモードにしてあったようで音は鳴らなかった。そうか、こういう時には音が鳴らないようにしておくべきだった。今更だけど、自分の迂闊さを恥じる。
携帯の画面を見ると、盗聴システムからの更新を知らせる通知だった。
「どうやらビンゴだったな」
十一夜君はスマホにイヤホンを挿して録音を聞く準備を始めていた。そんな彼はニヤリと結構悪い顔をしている。
「聴くだろ?」
そう言って十一夜君はわたしの方へイヤホンの片方を寄越す。このシチュエーション。前にも何処かであった気がするな。
しかしなぁ、恋人同士が音楽を聴いているならいざ知らず、これ、盗聴だからね……。そんなことを思っていたら、イヤホンから音声が流れ始めた。
『どうした?』
『はい、大した問題では無いと思いますが、一応ご報告を』
『続けてくれ』
『はい。丹代邸に若いカップルが侵入したという連絡が入りまして』
『何だって?』
『恐らくイチャつくのにいい場所だと考えての侵入だと思われます』
おいこら、何勝手な妄想で報告してるんだよ! 十一夜君と一緒に盗聴しているこっちの身にもなってみろ、バカ!
『ふん。あそこは防犯カメラはあったかな?』
『いえ、セキュリティは入っていますが、カメラは設置しておりません』
『そうか。仕方ないな……。しかし勝手に不法侵入してヤりまくるとはけしからん輩だな』
バッ、バカッ! ヤりまくるとか何てこと言うんだよ! 流石に十一夜君も真っ赤になってるじゃないか! 超気不味いわ! ヤメレ、お願いだからもうヤメレ! それ以上はやめてくれ! て言うかもしカメラあったらどうする気だったの? こえぇ~。
いや、勿論変なことするつもりなんて無いから大丈夫だけどさ。でも、万が一十一夜君が変な気持ちになっちゃったりすることだって……って、何考えてるんだよ! も~まったく。続き、続きはよ。
『地下室へ入っていたので取り敢えず閉じ込めたということです。高校生らしいですから、大方ホテル代を惜しんだんでしょうな。今頃大いにお楽しみ中でしょう。ガハハハ』
『まったく最近のガキときたら。ガハハハ』
あーあーあー聞こえなーい。くっそ、どこまでも御下劣な野郎どもめ! エロいことばっかり考えてるんじゃねぇよ! 続きってそういうことの続きを聞きたかったわけじゃないんだよ! このエロジジイ共が!
一気に嫌な汗が吹き出てきた。
『それで、このカップルですが、どうしましょうか?』
『何、好きなだけやらせてやれ。気が済んだら出て行くだろう』
『分かりました。社長も若者にご理解がある。ははは』
『そうだろう? 高校生といえばやりたい盛りだ。但し、今後二度と侵入されるようなことがないように、セキュリティはしっかりするんだぞ』
『はい、肝に銘じます』
『それと地下室にいるって言ったが、例の部屋は大丈夫だろうな』
『はい、あそこのドアは簡単に破れるような造りじゃありません。防音対策も万全です。心配ないでしょう』
『そうか、分かった。くれぐれも間違いのないようにな。もっとも若い二人は既に過ちを犯しているようだが? わはははは』
『あはは、承知しました。現場の方へは適当にロックを解除しておくように指示しておきます。では、報告は以上でしたので。失礼致します』
『おぉ、よろしくな』
録音はそこまでで切れていた。
くっそぉ~、言いたい放題言いやがって、この汚下劣ジジイどもが。
「聞いたか、華名咲さん」
「え、う、うん。でもわたしはそんなつもりは……」
「通話の相手のこと、社長って呼んでたな」
「えっ? あ、それね。うん、そう言えば? 言ってたっけ? 覚えてないけど……」
十一夜君、メンタルつえぇな流石。冷静か? 全然気付かなかったよ、そんなこと。だってあんな事言うんだもん。既にDTじゃないんじゃないの、十一夜君のその落ち着き具合は? クソ、先越されてるな~。
「恐らくこれで、華名咲さんを襲ったのがあの警備会社の社長からの指示だということになるな。そして丹代さんの失踪にも社長が関わっている。そうなると、警備会社の社長は、僕が追っている組織ともやはり繋がっていると見て間違いない!」
おっとぉ~、十一夜君がいつになくと言うか、初めて見るくらいにテンション上がっている。めちゃやる気出してるぞ。これはやるな。十一夜君はやる。あ、いや社長が言っていたような意味でやるわけじゃないぞ。念の為な。
「向こうの部屋が益々怪しくなった。よし、行こうか」
十一夜君は既に動き始めている。わたしはのこのこ付いて行くだけだ。十一夜君はまたピッキングを始めているが、どうも上手く行かないようだ。盗聴会話でも、簡単に破れるような造りじゃないとか言ってたもんな。やっぱ無理なんじゃね?
十一夜君はデイパックの中から聴診器を取り出してきた。え? 何? こんなところでお医者さんごっことか無いよな。そう言うプレイとか無しで。ホントに。……ん? 十一夜君は聴診器を扉に当てて音を聴いている。
「微かに物音がする。誰かいるかもしれない」
何と、そのための聴診器か。ま、そうだと思ったけどね。ふふ。
「ちょっと、大丈夫なの? 早く出た方がよくない?」
「向こうは僕らを怪しんでいない。そしてこのドアの向こうには、僕らに知られたくない秘密がある。情報を得るのにこんな好機は無いよ」
「そんなこと言ったって、開かなかったでしょ、その鍵」
「今のところね。ちょっと強引に行けば開くと思うよ」
そう言うと、デイパックから酸素吸入器のスプレー缶を取り出して、先ほど束ねてアルミホイルでグルグル巻にしていたスパゲッティの乾麺をスプレーの吹き出し口のところへ固定した。四次元ポケットみたいだな、そのデイパックは。
一体何が始まるのだろうかと眺めていると、スパゲッティの先っぽにチャッカマンで火を着けたかと思うと、ゴーッと音を立てて、そこから見る見る内に高温のバーナーのような青白く強い炎が矢のように吹き出している。な、何だこれ? 何でスパゲッティ? 十一夜君はその炎をドアノブの辺りにずっと当てている。
「これは即席のスパゲッティ・ランスって言ったらいいかな。スパゲッティを燃やしながらそこに強制的に酸素を送り込むことで高い燃焼を作り出しているんだよ」
言ってる間も十一夜君は粛々と作業を続けている。炎の当たっている部分が見る見る赤くなって来ている。熱気がわたしの方まで伝わって、顔に熱を感じるほどだ。
やがてドアの鉄板に穴が空き、内部で何かの部品が落ちたのか、ガタンッと音がした。
十一夜君は尚も穴を広げて行き、ノブの周りをぐるりと溶かしてしまった。
スパゲッティの火を消すと、ドアから少し離れ、食料庫から持ち出してきたペットボトルの水をザバザバ掛けている。物凄い音を立てながら水煙が上がった。スパゲッティ、スゲェ~~~。呆然と見守っていると、十一夜君はドアノブ付近を頻りに蹴飛ばしたり手で引っ張り出したりしている。そしていよいよドアノブの内部機構がすっかり外側に捲れ出てきた。
「よし、OK。開けるから下がっててね」
そう言って、十一夜君が捲れた箇所を引っ掴んで引くと、そろりと床に弧を描くようにしてドアが開いた。
そうして開いた入り口の向こうに広がる光景に、わたしは呆然と立ち尽くすよりなかった。
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