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第三章 Hello, my friend

第41話 灰色の世界

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 自宅で丹代さんのFacebookをチェックしてみよう。そう思って些か勇み足でパソコンを開いたのだが、丹代さんのページがきれいサッパリ無くなっていた。アカウントを削除したということだろう。ここまで徹底的にやっているとはやはり尋常じゃない。それをするっていうのは、恐らくなんだけど、丹代さんと関わりのある人間を特定するのを防ぐ目的があるのじゃないかという気がする。違うかな。
 だが幸いにして、以前確認した際に丹代さんと関わりがある人間はすべて控えてあるのだ。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだね。
 あれ……。無くなってる……? 翔華学院関係で丹代さんと繋がりがあった人たちのアカウントが尽|《ことごと》く削除されている……?
 何てことだ。ここまでやられているとは……。ある意味徹底的に組織的。これは十一夜君の言う組織があの人たちにも関わっているということか? 何かそんな気がするな。この情報って、十一夜君にも役立つかもしれない。そう思って控えておいたリストと事の経緯を十一夜君にメールした。
 暫くして返信があり、よくそこに気付いたなと褒められた。役立つ情報だったようだ。良かった。取り敢えず、十一夜君にまかせておけば何とかなりそうな気がする。少なくとも自分だけで調べるよりはよっぽど捗るはずだ。
 それにしてもどんな組織なんだろうな……。秘密結社うさぎ屋がその組織だとしたら……あの男女|《おとこおんな》キモいとかいう警告の手紙……。
 はぁ~、何だか考えてばかりいるから頭が疲れる。幾ら考えたところで答えにちっとも辿り着かないし……。何か見落としていることとか無いだろうか……。
 本当に取り留めもなく、そんなことをあれこれと考えているうちに、夕食時となった。
 家族で食卓を囲んでいつものように和気藹々と食事が進む。

「あ、そう言えば」

 秋菜が思い出したという感じで話し始めた。

「ディディエの留学、決まったらしいよ、夏葉ちゃん」

 一瞬、何の話かピンとこなかったが、祖母筋の親戚で、日本の文化に関心が高かった、そしてわたしとも何となく気の合うディディエが日本に留学したがっているという話を、以前祖母から聞いていたのを思い出した。

「あ、そうなんだ。ここに住むの?」

「ううん、お祖父ちゃんたちの方に住むらしいよ」

「へぇ~、そっか。で、いつからなの、ディディエ?」

「学校は九月からだってさ。向こうは九月から年度替わりらしいよ」

「あ~、なるほどね。夏休み中に引っ越し終わらせる感じかな」

「多分ね~。確かあっちは七、八月がバカンスじゃん。のんびりできていいよねぇ~」

「あ、そっか。どれくらいる予定なんだろ」

「あ、そこまで聞いてないけど。ね、パパ。何か聞いてる?」

 と秋菜が叔父さんに確認を取る。

「詳しくは聞いてないけど、具体的に決めてないんじゃないかな」

 というのが伯父さんの返答。ディディエ、結構適当なのかもしれない。気に入ったら長くいようかってくらいなのかもね。

「適当だなぁ」

 思っていたことを秋菜が口にした。秋菜はあっけらかんとした性格だし、結構嫌味なくズバズバ言っちゃうんだよな、こんな具合に。

「あはは。そっか。じゃあまた賑やかになりそうだね」

「そうね。ディディエ、イケメンだから学校でまた騒ぎになるんじゃないかなぁ~」

「親戚だと知れたらまた面倒くさそうだな」

「ふふふ、何か楽しみだね」

「えぇ? そうなの? 秋菜は」

 流石だな。秋菜と二人でいても結構な騒ぎになってるのに、その状況を楽しんでる奴だからなぁ。恐るべし。

「え、楽しいと思うけどなぁ。そう言えば、日本語もかなり頑張って勉強してるんだってさ。偉いよね」

「そうなんだ。会話に不自由しないくらい日本語できるようになってたらこっちも助かるけどね」

「だよね~。色々連れて行ってあげなくちゃ」

 秋菜も嬉しそうだ。漫画とか音楽とか好きだったよねぇ、ディディエは。だったら何処かへ行くより叔父さんの部屋が一番喜ばれそうな気がするわ。あはは。
 部屋に戻って用事を済ませると、例の携帯電話の盗聴システムから更新通知が届いた。クリックしてページを進める間も緊張感で鼓動が高まるのを感じる。
 内容はやはり定期報告だったが、華名咲家にバレないようにわたしだけをどうにか拉致できないのかという話し合いがされていて、恐怖で震えた。
 雇い主がそうできないかと持ちかけて、警備会社の男の方が無理だと答えている。結果的に雇い主側も渋々了承していたので、取り敢えずまだ当面はこっちに被害が及ぶような事態は避けられるだろうが。
 考えてみるとこの盗聴システムは、事前に危機を察知する面で非常に有用だと思えた。流石十一夜君だなぁ。こういうことをちゃんと見越してこんな風にしてくれたんだろうから。なんて思っていたら、十一夜君からメールが届いた。盗聴の内容についてだった。
 十一夜君曰く、恐らく大丈夫だろうが、油断しないように。なるべく外で一人きりにならないことや、キーホルダーを肌身離さず持っているようにとのことだった。十一夜君も特に気を付けてくれるとのことだ。今の状況では何より頼もしいことだと思う。
 翌日、登校して早々に職員室に呼び出された。細野先生だ。職員室に行くと、いつもの相談室に連れて行かれ、ソファに掛けるよう促された。

「登校して早々に悪いな」

「いえ……」

 少し緊張した面持ちの細野先生に、わたしも緊張を感じる。

「あの手紙の筆跡、分かったぞ」

「え? 本当ですか?」

 と念押ししてしまいすぐに後悔した。

「あぁ、じっちゃんの名にかけて」

 やっぱりだ。そう来ると思った。だから後悔したのだ。早く続き……と思い黙っていると、漸く先生は口を開いた。

「今日は冷たいのな、華名咲……。まあいい。筆跡は一致したが、その人物が犯人とは限らない。それはいいな?」

「はい。心得ています」

 確かにその通りだ。決めつけは倫理的にもよくないけど、判断を鈍らせるという面でも好ましくない。

「筆跡なんだけどな……」

 いよいよ答えが明かされるのか、細野先生が勿体振るような躊躇うような表情で言い淀んでいる。益々募る緊張感。

「二組の丹代花澄の筆跡と一致した」

 丹代さん……。やっぱりと言うか何と言うか、かなりがっかりくる情報だった。

「あの最近転校した丹代さんですか?」

「その通りだ。その転校にも色々不自然な感じがあってな……。ま、それをお前に言ってもしょうがないか」

 そう言って先生は大きく溜息を吐いた。

「先生……」

「ん?」

「丹代さんの転校は家のご事情なんでしょうか……」

「……さあな。この件があったら、それとなく有田先生に訊いてみたんだが、どうも突然学校に来なくなって、代理人の弁護士がすべて手続きをしたらしいんだよ。別に事業に問題が生じた様子もないし、不思議なんだよな」

「事業……。先生、丹代さんのお家って、バレエ教室の経営ですよね」

 もしかすると丹代さんの家の仕事から、また何か新たな情報を得られるかもしれない。尤も、十一夜君なら既にその情報を当たっている可能性が高いけど。

「ん? そうだな。父親は有名なバレエダンサーだからな。ただな、あそこは母方のご実家が、代々続くゼンコー製紙工業っていう大手の製紙会社をやっててな。パルプ貿易の関係で海外にも拠点がある大企業なんだよ。丹代の母親はそっちの仕事をされているみたいだな」

「あぁ、そうだったんですか。ゼンコー製紙工業……」

 丹代さんのお母さんもお仕事していたのか。しかも大企業で……。しかし事業になんの問題も無いのに失踪……あり得ないな。だってご両親は普通に仕事してるはずだよね。
だったら失踪ってことはないだろうに。
 十一夜君は失踪って言ってたよな。どういうことだろうか……。その辺のところ、十一夜君と話がしたいな。

「あの手紙を書いたのは、恐らく丹代だろう。でも、鉢を落としたのが彼女だとは限らない。そこを結びつける証拠は何もないからな。それにありがちなのは、虐めを受けていて誰かに書かされるということもあるんだ。だからこれだけで丹代を犯人と断定することはできない。引き続き調べてみるが、現時点で得た新情報だから一応報告はしておくな。くれぐれも自分で何とかしようと無茶したりしないでくれな。約束できるよな」

「ええ、大丈夫です。先生、どうもありがとうございます」

「うん。結構頑張ってるだろう、先生は。褒めてくれていいんだぞ」

「さすが細野先生! やるぅ! じゃ、そういうことでまたよろしくお願いします」

 一応持ち上げてから、さっさと相談室を後にした。
 なるほど。しかしまぁ、知る限りで丹代さんが虐められていたような事実は確認できていない。でも裏切った罰を受けたというような事は言っていたのだ。これは組織に属しているとしたら、上部からの圧力を何らかの形で受けていたことを意味するだろう。
 そしてその組織がわたしに対して何らかの悪意を持っているのなら……。丹代さんがあの手紙を書かされたという可能性は十分に考えられるだろう。そしてそれを書かせた人物が別に存在しているとしたら……丹代さんを実質上わたしの前から消したのはその人物か組織だ。だとすれば、別の人間を送り込んでくる可能性がある。若しくは、既に別の協力者がいる可能性も少なくない。
 鉢を丁度のタイミングであの場所に落とすには、どう考えても一人では無理だ。恐らく二人以上が連絡を取り合って、場所とタイミングを図っていたに違いないのだ。丹代さんは裏切ったと言っていたが、今回の失踪と丹代さんの裏切りはもしかして関係あるのか?
 いや、違うな。丹代さんは中学時代に男子化したと聞いた。そして恐らくそれを裏切りの罰だと言っていたんだと思う。だから丹代さんの言う裏切りは結構前の話ということになる。
 あの時、電話に出ることなく慌てて血相変えて店を出て行ったよな……。どうして電話に出なかった? 着信が誰からなのか分かったからだ。特定の相手の電話に出ない理由は何だ? ……嫌い……面倒くさい……苦手……鬱陶しい……気不味い……色々考えられるが、いずれもネガティブな感情ばかりだな……。つまり嫌な相手からの着信だったわけだ。
 あの時の表情は? ……恐怖だな。間違いなく恐怖に顔が引き攣っていた。恐い相手からの電話に出ず、慌てて店を出るとしたら……電話を掛けてきた向こう側の要件の如何に関わりなく、恐くて逃げたということか。
 家族揃って逃げた? ……だとすると、あのFacebookの徹底した削除ぶりはおかしい。自分以外の人間までアカウントを削除してしまうことなど考えにくいだろう。逃げたのではなく、やはり消されたと考えるべきだ。
 消されたっていうとあまりに怖い表現だけど、わたしの周りから遠ざけられたという意味で、消されたのではないだろうか。でも消されたという状況が、実際にどんな状態なのかは皆目見当がつかないというのが現状だな。
 結局今のところ、頭の中でいくら思い描いてみたところで、灰色の霞がかかったような世界が広がるばかりのように感じる。相変わらずスッキリとはしないのだ。
 ひと通り頭の中で整理したところで、十一夜君から携帯にSMSが入った。放課後話がしたいということだ。丹代さんの件でもしかして何か分かったのかもしれない。
 じゃあいつもの場所でと返信した所、今日は場所を変えるとの事だった。まあどこでもいいんだけど、スタバじゃなくてタリーズに変更になっただけだった。それって変える意味があるのだろうか。
 十一夜君の考えることはよく分からない。でも結構先々まで考えている人だからな。別に文句は無い。
 そのまま秋菜に友達と放課後用事ができたので帰りは別々でとLINEしておいた。
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