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第三章 Hello, my friend
第38話 わたしはすてき
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俺……改めわたし……誰にも分からないけど照れるな……。
オホンッ。わたしは昨日を境に心情的に一大決心をしたのだが、学校に行ってみれば、そこにはいつも通りの日常が待っていた。
いつものクラスメイトといつもの無駄話。だが、楓ちゃんと友紀ちゃんと麻由美ちゃん。この三人は昨日わたしが進藤君の買い物に付き合ったことを知っている。当然ながら彼女たちからの追及は執拗である。わたしの貴重なお昼休みがどうなるのか、想像に難くないというものだ。
「はいはい、夏葉ちゃんそこに座って~。はい」
まるで取り調べを受ける容疑者のような気分だ。手枷足枷を着けられているかのごとき見えない強制力のようなものを感じる。
「容疑者K。これより尋問を執り行なう。正直に答えるように」
「ちょっと友紀ちゃん、容疑者呼ばわりは酷いよ」
「容疑者K。余計なことは言わなくてよろしい。昨日の進藤君とのデートについて正直に洗い浚い吐いておしまいなさい」
「そこは実名出すんだ」
雰囲気作っちゃいるがブレブレなんだよ、友紀ちゃん。
「いいから。夏葉ちゃん、デートどうだったの?」
「だからデートじゃないってば。普通に買い物のお手伝いしただけだよ」
「何買ったの?」
「ネックレスだったよ。猫のペンダントの奴。妹さん、猫好きなんだって」
「どんなお店回ったの?」
友紀ちゃん相変わらず食いつくなぁ~。
「Nav Katzeっていう雑貨店。知ってる?」
「知らなーい」
三人が同じ答えを述べる。
「猫関連の雑貨を扱ってるお店。そこでプレゼントのネックレス買ってたよ。その後お腹空いたからってハンバーグ食べて、そのまま帰った。それだけ」
「え~、ホントにそれだけ?」
「それだけだよ」
「ホントにホントにそれだけ?」
「ホントにホントにそれだけ」
友紀ちゃんが疑わしげにこちらの顔を覗き込んでいる。それ以上なんてあるわけないんだけどな。
「つまらん! お前の話はつまらん! もっとこう……何か無いの?」
つまらんって言われてもなぁ。困るよね。
「告白とか無かったの?」
と、ズバリ核心を突いてきたのは麻由美ちゃんだ。
「告白? 無い無い、そんなの全然無いよ。進藤君とは会ったの昨日でやっと二回目だし」
「連絡先の交換は? 次に会う約束とかした?」
「特には。めんどいからもう会うの嫌だって言っといた」
「はぁ?」
とまぁ、三人が三人とも目を剥いて驚きの声を上げている。そんなに驚くこともないのに。いくら人気があっても進藤君はちょっと苦手なんだ。
「はぁ? って言われてもねぇ~」
「何が不満なのよ、夏葉ちゃん。進藤君イケメンじゃん。やっぱ十一夜君のがよかった?」
と友紀ちゃん。
「別に」
何で十一夜君と比べるんだよ。進藤君は進藤君だろ。まぁ、爽やかイケメンではあるけど、何か気が合わないんだよ。
「あ、出た。夏葉ちゃんのかわいいの出たこれ。最近これ覚えたのよね、この子は。この膨れっ面されるとかわいくてもう……。こっちが弱いの知っててやるのよねぇ、この子ときたら」
楓ちゃんの物言いときたらいかにも訳知りのようだけど、わたしは別にわざとやってるわけじゃない。単純にちょっとむかっ腹を立てているだけなのだ。しかしそんな楓ちゃんに優しく抱きしめられて、いつもの様に頭を撫でられているとこっちも弱い。こうなるとまた喉を撫でられる猫のように気持ちよくなってしまうのだ。
この前は友紀ちゃんから、わたしがすっかり楓ちゃんに懐柔されていると言われたが、こんなに腰砕けになっているようではそう言われてしまうのも無理は無いのかもしれない。
暫くそうされているうちに、すっかり機嫌が良くなったわたしは何て易いのだろうか。尤も本気で怒っていたというわけでもないので、お互いにこれが仲直りの合図といった意味合いもあるのかな。
「進藤君って人気あるみたいだけど、わたしは全然ピンと来ないんだよね~」
「この子ときたらホントにもう、驚いたよ……ね」
「「ね」」
楓ちゃんに同意する他の二人。そんなに驚くことかな。秋菜とはあんなに意気投合したんだけど。
そんな一幕もありつつ、俺……じゃなくてわたしは今日、細野先生に例の手紙の犯人探しの件について、進捗具合を確認しようと思っていた。
放課後、細野先生に会うために職員室へと向かう渡り廊下で、少し前方に先生の後ろ姿を見つけた。これは丁度良いと思い、声を掛けようとしたところ、わたしに声を掛けてくる者があった。
この間の悪さ、正しく進藤君、その人だ。どうしてこうもこの人はわたしのタイミングを外してくるのか。実に間が悪いことこの上ない。
「華名咲さん」
「あ、進藤君」
俺は……じゃない、わたしは何となく気不味くて、あからさまに目を逸らしてしまう。
「昨日はありがとう。お陰で良いプレゼントができそうだよ」
「うんうん……よかったね。あ、ハンバーグごちそうさま」
「いやぁ、全然。そんなのいいんだ」
「…………」
会話が続かず沈黙する。細野先生はもう行ってしまった。あ~あ、と内心ちょっとだけがっかりする。本当に間の悪い男だよ。
「あの……さ……」
「何……かな……」
「いや、昨日はその……何か変なこと言っちゃったみたいで、ごめん」
あぁ、そのことか。変なこと言ったっていうより、距離が近すぎて怖かったんだよ。
「ううん、そうじゃないんだけど」
「違った? 他に何か僕、したか言ったかしたんじゃないのかなと思って」
言っていいもんかな。訊いてるんだからいいのかな。
「あぁ、いや……ちょっとね。その……進藤君の距離が近すぎて、ごめん、ちょっと怖かったんだ……」
「えっ」
と進藤君が少し後退った。距離が近すぎと言われて慌てて距離を置こうと思ったのだろう。悪いね。今は別に大丈夫なんだけどさ。
「あ、ごめんごめん。今ぐらいは平気なんだよ。昨日はちょっとね、びっくりして」
「そうだったんだ。気付かなくて……ごめん」
傷つけてしまったかな。明らかに落胆している様子で項垂れている。
「う、うぅん。それよりさ、妹さんの誕生日っていつ?」
気不味いので取り敢えず話題を変えようか。
「あぁ、妹? 妹の誕生日は、明日なんだよ」
「明日か~。楽しみだね」
「うん。また妹の反応どうだったか教えるね」
「あ、そうだね。喜んでくれるといいなぁ~」
「あぁ、きっと喜ぶと思うよ。……引き止めてごめんね」
「ううん」
まぁ妹さんの反応は確かに気になるところだ。喜んで欲しいな。進藤君に足止めを食らったが、そのままその足で職員室へと向かった。
「失礼致します」
声を掛けてから職員室の細野先生の元へ向かう。
「おぉ、華名咲。どうした。質問か?」
「質問は質問なんですが……」
わたしは周囲を見回して、少し顔を近づけて声を潜めて要件を伝える。
「例の犯人捜しの件なんですけど、その後、どうなってます?」
「おぉ、その件な」
先生はそう言うと、やはり辺りを見回してから声を潜める。
「その件だがな、どうもおかしいんだよ」
「おかしい?」
何だろう。何か問題が出ているのか?
「ああ。おかしい。現状を簡単に言うと、該当者なし……だ」
該当者なしだって? ということは……鉢が落とされた教室以外の人間が落としたってことだ。そんなこと可能なんだろうか。
確かに、昼休みには殆どの生徒が教室から出て食事を取る。だが、我々があの教室の下を通ったのはまったくの偶然だ。だから、わたしたちの動きに合わせて動きながら、尚且つ教室に誰もいないことを確認しつつ、適切な場所に移動して鉢を最適なタイミングで落とすというのは、かなり困難なことだと思われる。
先生は引き続き声を潜めて言う。
「いや、僕もね、結構本気出して調べてみたんだよ。じっちゃんの名がかかっているからね。あ、言ってなかったけど、じっちゃんの名前は武蔵って言うんだよ。むさしと書いてたけぞうな。細野武蔵。そのじっちゃんの名にかけて捜査するからにはそれなりに真剣に調査している。でもね、不思議なことに、あの手紙の筆跡と同じ筆跡の生徒がいないんだよ」
そう言って細野先生は小さく溜息を吐いた。わたしも小さく、静かにゆっくりと溜息を吐いた。
「……そうなんですか……おかしいですね……ということは、他のクラスか学年の生徒が、そこの教室に忍び込んでやったってことになりますよね……」
先生はゆっくりと何度か頷いて、それからもう一つの可能性について指摘した。
「うん。……それかな、もしかしたら共犯の可能性もあるかと思ってな……」
あ、共犯の可能性……か。それは盲点。全然考えてもみなかった。先生なりに結構ちゃんと考えてくれていたんだな。意外にも。
「共犯……ですか……。それは全然考えてもみませんでしたね~。先生凄い」
と、ちょっと持ち上げただけで、先生ははにかみつつも随分と嬉しそうだ。
「まぁな。ふふ、華名咲も随分と分かってきたじゃないか。いいぞいいぞ。先生嬉しいよ。教師って、素敵な職業だよな……いや僕が素敵なのか」
ちょっと褒めると途端に残念な感じを出してくるのがこの先生だな。よし、だいぶ分かってきた。この残念感。
「先生、これからどうします?」
にやにやと悦に浸っている先生には悪いが、いつまでも付き合っちゃあいられない。
「あぁ、引き続き筆跡の照合は続けて行くつもりだ。該当クラス以外にも範囲を広げてな。華名咲の方は、その後、特に被害はないのか?」
「はい。あれからは、特には……」
まぁ、拉致被害という、知られたらドン引きされるような、というか普通洒落にならないくらい心配されるような事態に巻き込まれてはいるけどね。
何で警察に通報しないのかと普通なら思うかもしれないけど、この感覚は同じ立場に立たないと想像もつかないだろう。その気になれば警察どころかそれ以上の力を動かせるということの怖さを。
それに、何より十一夜君という半端なく頼りになる人が力になってくれているというのは大きい。彼が凄すぎて、細野先生が真面目にやってくれてないんじゃないかと思ったくらいだ。
「そうか。小さなことでも、何かあったら必ず相談しろよ。あの事件が偶然だったらいいんだが、偶然とも言い切れないからな。僕も気をつけておくけど、君の方もくれぐれも用心するように。じゃ、何か分かったら教えるから心配するな」
そう言って先生は、手で軽く追い払うかのような仕草で帰るように促す。ふと気付けば、周囲の先生方が、ひそひそ話をしているわたしたちのことをちょっと訝しんだのか、こちらに注目していた。聞くべきことは聞けたし怪しまれても困る。
「じゃ、先生よろしくお願いします。ありがとうございました」
そう元気に告げて、早々に立ち去ることにした。
「おう。じゃあ気をつけて帰れよ」
こちらの方を見もせずに手を振っている細野先生。こういうのもきっと、わざと素っ気無い感じを装っているんだ。事件捜査に関しての内密性を守るために。ダメそうな感じが滲み出ている割に、意外とちゃんと頑張ってくれていることが分かってちょっと嬉しかった。
秋菜には帰りに職員室に寄ることを告げておいたのだが、待っていてくれるとのことだったので、用件が終わったことをLINEで知らせて校門のところで落ち合った。
秋菜は随分と抹茶エスプーマ善哉を気に入っているらしく、また甘味処の方のうさぎ屋へ寄って行こうと言う。
「また行くって? そんなに甘いもんばっか食べてると太るよ」
まぁ、行ってもいいんだけど、一応牽制も入れてみる。何で止めてくれなかったのかと太ってから責められたんじゃ堪ったもんじゃないから、その為の予防線なのだ。
「夏葉ちゃん。あのね。あんこっていうのは意外とカロリー低めなんだよ? それに脂質は少ないし食物繊維は豊富。鉄分も含まれてるし、女の子にとってこんなにいい食べ物をまるで悪者みたいに言わないで」
意外にこういうときには理詰めで来るんだよね、秋菜。そこまで言うならこっちも反対はしない。抹茶エスプーマ善哉、結構気に入ってるからね。結局食べ物の好みが秋菜とは基本的に丸かぶりだもんな。
「分かったよ。じゃ、また寄って行こうか」
「そう来なくっちゃ」
「太っても後で文句言うなよ」
「太らないもん。て言うか夏葉ちゃんまた言葉が男っぽい」
秋菜はまた言葉遣いに文句をつけてきたが、抹茶エスプーマ善哉をこれから食べに行くという喜びを隠せないのか、終始にやにやと締まりのない表情をしていた。
オホンッ。わたしは昨日を境に心情的に一大決心をしたのだが、学校に行ってみれば、そこにはいつも通りの日常が待っていた。
いつものクラスメイトといつもの無駄話。だが、楓ちゃんと友紀ちゃんと麻由美ちゃん。この三人は昨日わたしが進藤君の買い物に付き合ったことを知っている。当然ながら彼女たちからの追及は執拗である。わたしの貴重なお昼休みがどうなるのか、想像に難くないというものだ。
「はいはい、夏葉ちゃんそこに座って~。はい」
まるで取り調べを受ける容疑者のような気分だ。手枷足枷を着けられているかのごとき見えない強制力のようなものを感じる。
「容疑者K。これより尋問を執り行なう。正直に答えるように」
「ちょっと友紀ちゃん、容疑者呼ばわりは酷いよ」
「容疑者K。余計なことは言わなくてよろしい。昨日の進藤君とのデートについて正直に洗い浚い吐いておしまいなさい」
「そこは実名出すんだ」
雰囲気作っちゃいるがブレブレなんだよ、友紀ちゃん。
「いいから。夏葉ちゃん、デートどうだったの?」
「だからデートじゃないってば。普通に買い物のお手伝いしただけだよ」
「何買ったの?」
「ネックレスだったよ。猫のペンダントの奴。妹さん、猫好きなんだって」
「どんなお店回ったの?」
友紀ちゃん相変わらず食いつくなぁ~。
「Nav Katzeっていう雑貨店。知ってる?」
「知らなーい」
三人が同じ答えを述べる。
「猫関連の雑貨を扱ってるお店。そこでプレゼントのネックレス買ってたよ。その後お腹空いたからってハンバーグ食べて、そのまま帰った。それだけ」
「え~、ホントにそれだけ?」
「それだけだよ」
「ホントにホントにそれだけ?」
「ホントにホントにそれだけ」
友紀ちゃんが疑わしげにこちらの顔を覗き込んでいる。それ以上なんてあるわけないんだけどな。
「つまらん! お前の話はつまらん! もっとこう……何か無いの?」
つまらんって言われてもなぁ。困るよね。
「告白とか無かったの?」
と、ズバリ核心を突いてきたのは麻由美ちゃんだ。
「告白? 無い無い、そんなの全然無いよ。進藤君とは会ったの昨日でやっと二回目だし」
「連絡先の交換は? 次に会う約束とかした?」
「特には。めんどいからもう会うの嫌だって言っといた」
「はぁ?」
とまぁ、三人が三人とも目を剥いて驚きの声を上げている。そんなに驚くこともないのに。いくら人気があっても進藤君はちょっと苦手なんだ。
「はぁ? って言われてもねぇ~」
「何が不満なのよ、夏葉ちゃん。進藤君イケメンじゃん。やっぱ十一夜君のがよかった?」
と友紀ちゃん。
「別に」
何で十一夜君と比べるんだよ。進藤君は進藤君だろ。まぁ、爽やかイケメンではあるけど、何か気が合わないんだよ。
「あ、出た。夏葉ちゃんのかわいいの出たこれ。最近これ覚えたのよね、この子は。この膨れっ面されるとかわいくてもう……。こっちが弱いの知っててやるのよねぇ、この子ときたら」
楓ちゃんの物言いときたらいかにも訳知りのようだけど、わたしは別にわざとやってるわけじゃない。単純にちょっとむかっ腹を立てているだけなのだ。しかしそんな楓ちゃんに優しく抱きしめられて、いつもの様に頭を撫でられているとこっちも弱い。こうなるとまた喉を撫でられる猫のように気持ちよくなってしまうのだ。
この前は友紀ちゃんから、わたしがすっかり楓ちゃんに懐柔されていると言われたが、こんなに腰砕けになっているようではそう言われてしまうのも無理は無いのかもしれない。
暫くそうされているうちに、すっかり機嫌が良くなったわたしは何て易いのだろうか。尤も本気で怒っていたというわけでもないので、お互いにこれが仲直りの合図といった意味合いもあるのかな。
「進藤君って人気あるみたいだけど、わたしは全然ピンと来ないんだよね~」
「この子ときたらホントにもう、驚いたよ……ね」
「「ね」」
楓ちゃんに同意する他の二人。そんなに驚くことかな。秋菜とはあんなに意気投合したんだけど。
そんな一幕もありつつ、俺……じゃなくてわたしは今日、細野先生に例の手紙の犯人探しの件について、進捗具合を確認しようと思っていた。
放課後、細野先生に会うために職員室へと向かう渡り廊下で、少し前方に先生の後ろ姿を見つけた。これは丁度良いと思い、声を掛けようとしたところ、わたしに声を掛けてくる者があった。
この間の悪さ、正しく進藤君、その人だ。どうしてこうもこの人はわたしのタイミングを外してくるのか。実に間が悪いことこの上ない。
「華名咲さん」
「あ、進藤君」
俺は……じゃない、わたしは何となく気不味くて、あからさまに目を逸らしてしまう。
「昨日はありがとう。お陰で良いプレゼントができそうだよ」
「うんうん……よかったね。あ、ハンバーグごちそうさま」
「いやぁ、全然。そんなのいいんだ」
「…………」
会話が続かず沈黙する。細野先生はもう行ってしまった。あ~あ、と内心ちょっとだけがっかりする。本当に間の悪い男だよ。
「あの……さ……」
「何……かな……」
「いや、昨日はその……何か変なこと言っちゃったみたいで、ごめん」
あぁ、そのことか。変なこと言ったっていうより、距離が近すぎて怖かったんだよ。
「ううん、そうじゃないんだけど」
「違った? 他に何か僕、したか言ったかしたんじゃないのかなと思って」
言っていいもんかな。訊いてるんだからいいのかな。
「あぁ、いや……ちょっとね。その……進藤君の距離が近すぎて、ごめん、ちょっと怖かったんだ……」
「えっ」
と進藤君が少し後退った。距離が近すぎと言われて慌てて距離を置こうと思ったのだろう。悪いね。今は別に大丈夫なんだけどさ。
「あ、ごめんごめん。今ぐらいは平気なんだよ。昨日はちょっとね、びっくりして」
「そうだったんだ。気付かなくて……ごめん」
傷つけてしまったかな。明らかに落胆している様子で項垂れている。
「う、うぅん。それよりさ、妹さんの誕生日っていつ?」
気不味いので取り敢えず話題を変えようか。
「あぁ、妹? 妹の誕生日は、明日なんだよ」
「明日か~。楽しみだね」
「うん。また妹の反応どうだったか教えるね」
「あ、そうだね。喜んでくれるといいなぁ~」
「あぁ、きっと喜ぶと思うよ。……引き止めてごめんね」
「ううん」
まぁ妹さんの反応は確かに気になるところだ。喜んで欲しいな。進藤君に足止めを食らったが、そのままその足で職員室へと向かった。
「失礼致します」
声を掛けてから職員室の細野先生の元へ向かう。
「おぉ、華名咲。どうした。質問か?」
「質問は質問なんですが……」
わたしは周囲を見回して、少し顔を近づけて声を潜めて要件を伝える。
「例の犯人捜しの件なんですけど、その後、どうなってます?」
「おぉ、その件な」
先生はそう言うと、やはり辺りを見回してから声を潜める。
「その件だがな、どうもおかしいんだよ」
「おかしい?」
何だろう。何か問題が出ているのか?
「ああ。おかしい。現状を簡単に言うと、該当者なし……だ」
該当者なしだって? ということは……鉢が落とされた教室以外の人間が落としたってことだ。そんなこと可能なんだろうか。
確かに、昼休みには殆どの生徒が教室から出て食事を取る。だが、我々があの教室の下を通ったのはまったくの偶然だ。だから、わたしたちの動きに合わせて動きながら、尚且つ教室に誰もいないことを確認しつつ、適切な場所に移動して鉢を最適なタイミングで落とすというのは、かなり困難なことだと思われる。
先生は引き続き声を潜めて言う。
「いや、僕もね、結構本気出して調べてみたんだよ。じっちゃんの名がかかっているからね。あ、言ってなかったけど、じっちゃんの名前は武蔵って言うんだよ。むさしと書いてたけぞうな。細野武蔵。そのじっちゃんの名にかけて捜査するからにはそれなりに真剣に調査している。でもね、不思議なことに、あの手紙の筆跡と同じ筆跡の生徒がいないんだよ」
そう言って細野先生は小さく溜息を吐いた。わたしも小さく、静かにゆっくりと溜息を吐いた。
「……そうなんですか……おかしいですね……ということは、他のクラスか学年の生徒が、そこの教室に忍び込んでやったってことになりますよね……」
先生はゆっくりと何度か頷いて、それからもう一つの可能性について指摘した。
「うん。……それかな、もしかしたら共犯の可能性もあるかと思ってな……」
あ、共犯の可能性……か。それは盲点。全然考えてもみなかった。先生なりに結構ちゃんと考えてくれていたんだな。意外にも。
「共犯……ですか……。それは全然考えてもみませんでしたね~。先生凄い」
と、ちょっと持ち上げただけで、先生ははにかみつつも随分と嬉しそうだ。
「まぁな。ふふ、華名咲も随分と分かってきたじゃないか。いいぞいいぞ。先生嬉しいよ。教師って、素敵な職業だよな……いや僕が素敵なのか」
ちょっと褒めると途端に残念な感じを出してくるのがこの先生だな。よし、だいぶ分かってきた。この残念感。
「先生、これからどうします?」
にやにやと悦に浸っている先生には悪いが、いつまでも付き合っちゃあいられない。
「あぁ、引き続き筆跡の照合は続けて行くつもりだ。該当クラス以外にも範囲を広げてな。華名咲の方は、その後、特に被害はないのか?」
「はい。あれからは、特には……」
まぁ、拉致被害という、知られたらドン引きされるような、というか普通洒落にならないくらい心配されるような事態に巻き込まれてはいるけどね。
何で警察に通報しないのかと普通なら思うかもしれないけど、この感覚は同じ立場に立たないと想像もつかないだろう。その気になれば警察どころかそれ以上の力を動かせるということの怖さを。
それに、何より十一夜君という半端なく頼りになる人が力になってくれているというのは大きい。彼が凄すぎて、細野先生が真面目にやってくれてないんじゃないかと思ったくらいだ。
「そうか。小さなことでも、何かあったら必ず相談しろよ。あの事件が偶然だったらいいんだが、偶然とも言い切れないからな。僕も気をつけておくけど、君の方もくれぐれも用心するように。じゃ、何か分かったら教えるから心配するな」
そう言って先生は、手で軽く追い払うかのような仕草で帰るように促す。ふと気付けば、周囲の先生方が、ひそひそ話をしているわたしたちのことをちょっと訝しんだのか、こちらに注目していた。聞くべきことは聞けたし怪しまれても困る。
「じゃ、先生よろしくお願いします。ありがとうございました」
そう元気に告げて、早々に立ち去ることにした。
「おう。じゃあ気をつけて帰れよ」
こちらの方を見もせずに手を振っている細野先生。こういうのもきっと、わざと素っ気無い感じを装っているんだ。事件捜査に関しての内密性を守るために。ダメそうな感じが滲み出ている割に、意外とちゃんと頑張ってくれていることが分かってちょっと嬉しかった。
秋菜には帰りに職員室に寄ることを告げておいたのだが、待っていてくれるとのことだったので、用件が終わったことをLINEで知らせて校門のところで落ち合った。
秋菜は随分と抹茶エスプーマ善哉を気に入っているらしく、また甘味処の方のうさぎ屋へ寄って行こうと言う。
「また行くって? そんなに甘いもんばっか食べてると太るよ」
まぁ、行ってもいいんだけど、一応牽制も入れてみる。何で止めてくれなかったのかと太ってから責められたんじゃ堪ったもんじゃないから、その為の予防線なのだ。
「夏葉ちゃん。あのね。あんこっていうのは意外とカロリー低めなんだよ? それに脂質は少ないし食物繊維は豊富。鉄分も含まれてるし、女の子にとってこんなにいい食べ物をまるで悪者みたいに言わないで」
意外にこういうときには理詰めで来るんだよね、秋菜。そこまで言うならこっちも反対はしない。抹茶エスプーマ善哉、結構気に入ってるからね。結局食べ物の好みが秋菜とは基本的に丸かぶりだもんな。
「分かったよ。じゃ、また寄って行こうか」
「そう来なくっちゃ」
「太っても後で文句言うなよ」
「太らないもん。て言うか夏葉ちゃんまた言葉が男っぽい」
秋菜はまた言葉遣いに文句をつけてきたが、抹茶エスプーマ善哉をこれから食べに行くという喜びを隠せないのか、終始にやにやと締まりのない表情をしていた。
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