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第二章 Love Letter

第29話 Lucky

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 あれ? どういうことだろう。秘密結社うさぎ屋のロゴが入ったペーパーナプキン?
 何かかわいくて秘密結社っぽくねぇ~。
 取り敢えずパスタを味わうことに集中しようとは思うが、一体どういうことなんだろうかと気になって仕方がない。ていうか何か動悸が激しくなってきた。この店、大丈夫だろうな。危険な店がまさか堂々と学食に入っているとは思えないが、何やらかすか分からない秘密結社絡みの店だとしたら、そこの出す食べ物なんてとても安心して食えたもんじゃないように思える。ピーターラビットといううさぎ絡みの店名に、うさぎ屋のロゴの刻印されたペーパーナプキンだなんて、秘密結社うさぎ屋が絡んでいると考えた方が良さそうじゃないか。
 友紀ちゃんと楓ちゃんがあれこれまだ騒いでいるが、それどころじゃなくなってきてしまった。これは……。この店は一体何なんだろう。いやでもやっぱり美味しいわ。って一応は味わっておかないとね。でもドキドキ動悸はしてるし、喉も渇いてる。水はうっすらレモン水だな。清涼感があっていい。渇いた喉を潤すのに一気にその水を煽る。空になったコップではまだ渇きは癒えなくて、俺は給仕の人に声を掛けた。

「あ、すいませ~ん。お水お願いします」

 手を上げて声を掛けると、水差しを持った綺麗な女性が給仕に来る。

「この、ペーパーナプキンのうさぎ、かわいいですね」

 と、給仕の女性に一先ず話を振ってみる。

「ありがとうございます」

 ニッコリと笑顔でそう返されただけだった。これくらいで引き下がらないぞ。

「これってお店のロゴマークなんですか?」

「申し訳ございません。わたしでは分かりかねますが、お待ちいただければオーナーに確認して参りましょうか」

 お、いいかな。ナイスサービス精神。お願いします。

「あ、それじゃあお手数ですがお願いしてもよろしいですか? ナプキンのうさぎがとてもかわいらしいので興味が湧いてしまいました。あ、珈琲の時で結構ですので」

かしこまりました。では後ほど」

 またにっこり笑ってお姉さんはお店に戻っていった。て言うか店のロゴくらい把握しておけや、なんてことはちょこっと思ったが、恐らくこのロゴはお店のものではないのだ。何せこれは秘密結社うさぎ屋のロゴマークだからな。恐らく直接お店とは関係ないのだろう。だったら何故店のペーパーナプキンにこのロゴが刻印されているのか、そこが問題だっだ。うさぎ屋と何らかの関係があるという可能性が出てくるからな。
 とは言え、食後の珈琲までは、取り敢えずは皆で美味しい食事を楽しむことに集中することにした。
 食後の珈琲を給仕の女性が届けに来て、その際に約束通りペーパーナプキンのロゴのことを説明してくれた。

「お待たせしました。珈琲でございます」

「ありがとうございます」

「お客様、こちらの紙ナプキンについてオーナーに確認して参りました」

 給仕のお姉さんが三人に珈琲をサーブしてから話を切り出す。

「あ、そうですか、ありがとうございます。どうでしたか?」

「こちらの紙ナプキンですが、当店のオリジナルのものではないとのことでした」

「あ、そうだったんですか」

 だろうね。それは知ってた。肝心なのはここからだ。

「はい。何でもこの学園の支援者様から大量にご寄付いただいたんだそうです」

 何だと? 支援者というのはつまり、こういう学校っていうのは色んな所から寄付してもらって運営していて、その寄付をしてくれる人とか団体のことだ。その支援者がうさぎ屋絡みということか。

「ピーターラビットといううさぎに関係した店名ということで、うさぎのロゴ入りの紙ナプキンを寄贈してくださったとかで」

「へ~、そうなんですか。因みに寄贈してくださったのはどんな方なんでしょうね?」

「そこまでは、分かりかねますが……あ、そう言えば近くに同じナプキンを使ってるお店があるそうなんです。よろしかったらそちらに行ってみられたらどうでしょう」

「え、そうなんですか? このお店の系列か何かですか?」

 これはもしかすると更に有用な情報を得られるかもしれない。

「いえ、全然こちらの店とは関係はないのですが、うさぎ屋さんという甘味処なのですけど……ご存じないですよね」

 そう言って、少し困った様子を見せるお姉さん。恐らく場所を説明することになにか不安があるのだろう。もしかしてお姉さんも場所までは知らないのかもしれない。
 だが大丈夫だ。偶然にも、うさぎ屋をネットで調べてた時にチェックしていた甘味処だ。丁度秋菜と寄ってみようと思っていた店じゃないか。

「あ、分かります。甘味処うさぎ屋ですよね」

「あ、お分かりになりますか? そちらのお店でも同じものが使われているそうなんですよ。詳しい経緯は分からないのですが、もしかしたら何か分かるかもしれません」

「わぁ~、ありがとうございます。嬉しいっ」

 一応愛想よく喜んでみせて、店員さんのご親切に感謝を表わした。
 いやぁ、何という偶然。今日、朝食の時に秋菜と一緒に行こうと約束したばかりだった。何だかいい流れだ。これはツイてる気がする。その後は安心して、友紀ちゃんや楓ちゃんにからかわれつつもランチを楽しんだ。

 さて、下校だ。秋菜と待ち合わせして、うさぎ屋という甘味屋さんに向かう。秋菜は勿論秘密結社のうさぎ屋については何も知らない。なので、秋菜にはバレないように探る必要がある。秋菜は妙に鋭いところがあるからこれは結構難しいミッションとなる。

「楽しみだね~」

 秋菜もかなり期待している様子だ。甘味も勿論楽しみなのだが、俺としては秘密結社うさぎ屋の情報にも期待している。

「ね~。抹茶エスプーマ善哉ぜんざいって名前だけで凄そうじゃん」

「お~、得体が知れないけど何か凄さは伝わってくる」

「だよね。俺、絶対注文するわ」

「ちょっとぉ~。また俺って言ってるじゃん。禁止って言われてるでしょ」

 そうなんだ。最近家族内での言葉遣いも遂に矯正されるようになってしまった。

「叔母さんいない時ぐらい大目に見てくれよぉ~」

「ダメよ、ママからもきっちり報告するように言われてるから。今のもしっかり報告させてもらいます」

「マジか。厳しすぎる」

 くだんの甘味屋は、駅前の大通りから路地を一本入ったところにある。モルタル仕上の壁が結構古臭い感じだが、そのいかにも昭和っぽい雰囲気が、いい味を出している。ベイジュというのか黄土色というのか、何とも微妙な色合いの壁だ。
 入り口の木戸は格子状の引き戸で、磨りガラスが入っており、表に掛けられたうさぎ屋と書かれた臙脂色えんじいろの暖簾が微かに風に揺れている。
 店内は意外と明るい照明で、甘味屋らしい和風の内装で、特にこれといった特徴的なところはない。

「いらっしゃいませ~」

 元気よく出迎えた店員さんが、ちょっと呆気にとられた様子で固まっている。ドッペルゲンガーでも見ているような気になったのだろうか。客はまばらで好きに席をとって良いようだ。俺と秋菜は一番奥の席を取ってメニューを確認すると、直ぐに店員さんがお番茶を持ってきてくれた。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

 店員さんはそう言うなり引っ込んでしまった。

「秋菜、何にする? お……わたしはさっき言ってたお抹茶エスプーマ善哉かな」

「ふふ、言い直したからギリギリセーフかな。それわたしも食べたいから半分こね」

「いいよ」

「じゃあわたしはあんみつにしようかな~」

「オッケー。すみませーん」

 店員さんを呼んでオーダーすると、今週は特別わらび餅をサービスしているという。ラッキー。お番茶を啜りながら、ここまで中々流れがいいことに自然と頬が緩む。きっと上手くいく。そんな気がするが、ここで油断すると大抵フラグを立てたと言われてしまうので、油断禁物だ。

「わらび餅ラッキーだね」

「うん、そうだね。でも何となくあんみつと被った気がするなぁ~」

「そう? きな粉かければあんみつとは別物じゃない?」

 秋菜があんみつを注文したことをちょっと後悔しているようだ。俺の場合は注文した後に後悔することはまず無い。どの道大した違いはないんだからそんなに気にすることないと思うんだけどな。こういうところも俺とは性格が違う。
 テーブルにペーパーナプキンが無いか見回すが、どうも見当たらない。この店でピーターラビットと同じペーパーナプキンを使っていると聞いたのだが、どういうことだろう。
 暫くして、注文していたものが出てきた。漆塗りの四角いトレイ——この場合お盆というべきか——にそれぞれあんみつとお抹茶エスプーマ善哉が乗っていて、そこにペーパーナプキンも付いていた。これか。確かにピーターラビットのと同じペーパーナプキンで、秘密結社うさぎ屋のロゴがエンボス加工されている。

「う~ん、美味しそう~」

 秋菜があんみつを前に涎でも垂らしそうな勢いで目を輝かせている。

「じゃ、食べようか」

 俺が注文した抹茶エスプーマ善哉は、白玉団子の善哉に、エスプーマしたお抹茶クリームが掛かっているという代物で、程よく甘い餡ことふわふわなお抹茶の香りとほろ苦さが絶妙な相性の素晴らしい逸品だ。

「頂戴ゝゝ」

「ほれ」

 俺のお抹茶エスプーマ善哉を秋菜の方に差し出して食べさせてやる。

「う~~んっ、いいねこれ。お抹茶がふわふわ」

「どれ、あんみつ」

 俺は秋菜のあんみつを味見する。黒蜜がかかっていて、白玉団子や缶詰のフルーツ、寒天なんかが入った極普通のあんみつだ。

「どう?」

「普通に美味しいよ」

「よくさあ、普通に美味しいって言うけど、普通に美味しいの普通って要らなくない? 美味しいでいいよね」

「確かに。でももしこれに壇蜜が掛かってたら普通じゃないけど、ある意味オイシイと思わない? そういう意味じゃ壇蜜じゃなくて黒蜜が掛かってて普通に美味しくてよかったかもよ」

「は? 何言ってんのか意味分かんないけど、これが普通でよかったのは分かった」

「うむ。それが分かれば十分」

「てか壇蜜この器に入らないし」

「おい、完全に意味分かってただろ」

「夏葉ちゃんがつまんないこと言うからじゃん」

 まあな。認める。

「ねえねえ、秋菜。このペーパーナプキン見て」

 と、俺はペーパーナプキンを照明にかざしてうさぎ屋のロゴを見せた。

「あ、うさぎさんだ。かわいいね」

「でしょ。うさぎ屋だからな」

 秋菜はこのペーパーナプキンのうさぎ屋の刻印が気に入った様子で、飽きずに眺めている。
 店員さんがサービスのわらび餅を運んできた。黒蜜ときな粉が付いてきており、好みでどちらでも、或いは両方でも掛けられるようになっている。言うまでもないが、壇蜜は付いてこない。本当に言うまでもないね。ごめん。

「店員さん」

 秋菜が呼び止めて続ける。

「このナプキンかわいいですね。この店のロゴですか?」

 何と、都合の良いことに、秋菜がロゴについて訊いてくれた。

「あ、このうさぎですか? これはオーナーのお知り合いからいただいてるものだそうですよ。確か、丹代様と言いましたかね~」

 丹代だって? 丹代花澄の家か? 繋がった! やはりあの手紙は丹代花澄の仕業だったのか……。

「そうなんですね~。かわいい」

「ありがとうございます。お味はいかがでしたか?」

「とっても美味しいです。ね、夏葉ちゃん」

「えっ? あ、うん。美味しかったです。この抹茶エスプーマ善哉はいいアイディアですよね。初めて食べたけど、また食べに来たいです」

「お気に召して頂けましたか。それは何よりでした。是非またお越しください。あ、その前にごゆっくりどうぞ」

 そう言って店員はまた引っ込む。
 やはり丹代と秘密結社うさぎ屋は繋がっていた。丹代に近づかないようにという警告は、丹代とうさぎ屋との繋がりを知っている人物からの警告なのかもしれない。少しだが輪郭が見えた気がする。
 今日は何だか流れが良いと思っていたが、思った通りだったな。ラッキーだった。それに何と言ってもお抹茶エスプーマ善哉。これはヒットだ。マジでまた食べに来たいと思った。
 まずまずの収穫を得て満足した俺は、上機嫌で秋菜と帰途に着いた。

 帰宅後、いつもの習慣で今日の授業の復習と予習を軽くしたのだが、ノートが切れそうになっていたことを思い出した。面倒くさいが今日の内にノートを買っておいた方が良い。夕食の準備までまだ時間もあるし、近所の文具店にノートを買いに行くことにした。
 デニムにロンT、コットン素材のジャケットを羽織った動きやすい軽装に着替える。一応、出掛けに叔母さんのところに顔を出して、これから近所の文具屋にノートを買いに行くことを告げてから向かった。
 文具店までは徒歩十五分程度。今も毎朝ジョギングしているので、そのくらいは苦でない。寧ろ軽く走って行きたいくらいだ。
 ノートとペンを何種類か購入し、ストック用にアイスとか飲み物も買っておこうと思い立ち、スーパーに立ち寄った。
 いいことがあったので、ちょっと奮発してハーゲンダッツにした。あとはいつものオレンジジュースと牛乳を購入して、スーパーを出た。
 少し歩いたところで、白いワゴン車が停まったかと思ったら、スーツ姿の男が二人降りてきて、何と俺、拉致されました。ここまで良い流れできたと思ったのに、やっぱりフラグ立ってたか。これはかなりヤバイ状況な気がするな、流石に。ハーゲンダッツが溶ける……。
————アンラッキー……。
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