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第二章 Love Letter
第26話 あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう
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早速だけど、今体育の授業中なんだ。今日の授業は体育館でバスケットボールだ。
一組と二組に分かれて、各組の中でまた5人ずつのチームを作る。1クラスあたりに3チームプラス何人かという感じだけど、体育を休みの子がいるのと、交代要員と審判が必要ということで、各クラスごとに二チーム編成となった。
通常のバスケットボールであれば、10分クォーターを4セット行なうが、今回は10分ハーフで2セットというルールで、クラス対抗戦で2チーム対2チームの試合となる。
体育館はコートを二面取ることができるようになっており、すなわち同時に二試合が行なわれるということだ。当然、丹代花澄とはクラスが違うのでチームも違うため、対戦することとなる。
俺としては、審判を買って出たのだが、体力測定でAランクだったため貴重な戦力と見なされ、やはり楓ちゃんと友紀ちゃんのチームに入れられてしまった。体力測定でAだったからといって、必ずしも球技が得意ということにはならないと思うのだが、何しろ二人がしつこいので仕方がない。元々男なので、身体能力的には女になって落ちたとは言え、男として培った経験や技術は活かせるはずだ。
各クラスから一人ずつ代表を出し、ジャンケンで組み合わせの抽選をした。初っ端の対戦相手は早速二組の丹代花澄がいるチームになった。
大抵のチームスポーツ同様、バスケにもポジションとそのポジションごとの役割というものがあるのだが、女子の体育の授業で行なうバスケとなると、大凡そんなものなどあってないようなものと言うか、寧ろそんなもの部活でやっている生徒以外知らないというようなことになってしまうものだ。その結果、ボールの周りに群がる烏合の衆が走り回る図の出来上がりだ。
仕方がないので、俺は烏合の衆たちから離れて位置取り、チームメイトがボールを持った時にパスを要求するようにした。意図が理解されて、段々パスを回してもらえるようになる頃には、丹代花澄が執拗に俺へのパスカットやスチールを狙うようになっていた。
来たな、丹代。スポーツでの勝負ということなら俺も望むところだ。
友紀ちゃんから俺に通ったパスを受けて、ドリブルでゴールに向かう俺を丹代花澄が待ち受けている。俺は右手でドリブルしながら丹代との間合いを測り、奴がボールを奪いに来た瞬間、低くて速いドリブルに切り替えてタイミングを外しながら左手にクロスオーバーしてあっさり躱すと、そのままゴールまで走りレイアップでやんわりシュートを決めた。
丹代花澄、クロスオーバーごときであっさり抜かれおってチョロいな。ふふん。
やはり男子としての経験値により普通の女子の能力を上回っている俺は、守備に攻撃にとオールラウンダー的に奔走し、結果的に我がチームは相手より10ポイント上回って前半を終えることができた。
それにしても今のところ丹代花澄は思いの外普通だ。俺に執拗に構ってくるが、あくまでゲームの中での話で、スポーツとして健全な範疇を出ていない。意外だな。もっとあくどい感じで仕掛けてくるのかと思っていたのだが、ちゃんとバスケのルールに則って、その範囲でのプレイに留まっている。
二分間のハーフタイムを挟み、後半戦開始だ。
やはり丹代花澄は執拗に俺からボールを奪おうとしてくる。しかし決して強引な接触などはしてこない。このスポーツマンシップに則った清廉さは何なのだろうか。どうしても階段から突き落とそうとするような人物には思えないんだが。
相手チームには女バス部員が一人いて、その子の活躍で立て続けに五点を返されてしまった。まだこちらのチームは五点をリードしているわけだが、立て続けの失点でこちらはやや勢いを失っている。そんなタイミングでクラスメイトの上甲さんがボールを奪い、俺にパスが通った。
残り時間はもうそんなにないはずなので、このチャンスを逃すとそうそう次のチャンスは巡って来ないだろう。そしてまた丹代がスチールを狙って俺の進路に立ち塞がっている。ここは何としてもゴールが欲しい場面だ。
俺は再度間合いを測って最初と同じクロスオーバーの形を取る。丹代が今度は躱されまいと俺の動きを読んで体重移動する。しかし俺はその瞬間を待っていた。左足を踏み出して左方向に身体を移動させながら、右手は反転させてそのままボールを右方向に向ける。そして左足にかかった重心のまま踏ん張り、鋭く右方向に進路を変える。インサイドアウトだ。
右手から左手にクロスオーバーすると踏んでいた丹代は予想を裏切られ、逆を突いた俺の動きについて来られず、膝を折る。
丹代を抜くと行く手には誰もいない。烏合の衆を離れて俺がパスをもらった時点で丹代以外に俺の行く手を阻む奴は誰もいなかったからな。お陰で楽々とまたレイアップシュートを決めることができた。
レイアップっていうのはゴールにボールをそっと置いてくる感じの地味なあれだが、派手さはなくとも確実性が高い。必要なければムダにスリーポイントのロングシュートや派手なダンクシュートなんて狙わず確実にレイアップで決める。保守的な俺の性格にピッタリだ。思惑通り、確実にシュートを決めたのだからな。これがもしかして、世間で言う俺Tueeeというやつなのか? 違うよね。
その後相手チームの女バス部員がスリーポイントを決めたが、五点勝ち越していたので辛くも勝利することができた。
クロスオーバーもインサイドアウトもレイアップシュートも、ごく基本的なテクなんだが、それでもチームの皆から賞賛されて、ちょっと気恥ずかしい心持ちだった。男子だった頃に覚えた基礎技術だったけど、こんなところで役立ってよかった。
もう一試合は、相手チームに女バス部員が二人固まっていて惜しくも負けてしまい、結果的には一勝一敗で丹代花澄のチームと同率二位。女バス二人のチームが二勝で一位で、俺と同じクラスのもう一つのチームは惜しくも二敗で最下位となった。
よってクラス全体の勝率からすると一年二組が三勝一敗でうちのクラスは一勝三敗となり、二組の勝利となった。一組にはバスケ部員がいなかったことを考えると、十分健闘したといえる。
更衣室で俺は、今日こそ丹代花澄と接触しようと思っていたのだが、前回同様、また丹代はいつの間にやら姿を消していた。一体どんな魔法を使っているのか分からないが、不思議と丹代はいつの間にか消えてしまう。あいつは実在しているのか? そんな風に思うくらい不思議な奴に思えてくる。本当に分からん奴だな。はっ! 現代に生きる忍か何かか? 何てバカなこと考えていてもしょうがない。
「夏葉ちゃんてバスケ凄いね! 秋菜も結構スポーツ得意だったけど、流石そんなところまでソックリなんだね」
教室への戻りしな、楓ちゃんがしきりに関心した様子で興奮しながら話しかけてきた。
う~ん、そんなに大したことをしたわけじゃないんだが、一般レベルのJKとしてはまあまあだったんだろうかね。
「あはは。秋菜とは生まれた時から一緒だったから何でも一緒にやってたからね」
「そうなんだ~。スペック高過ぎて最早嫉妬すら起きないレベルだわ」
俺は元々が男だし、秋菜は子供の頃、そんな俺と何でも一緒になって遊んでたから鍛えられてるんだろうな。元々器用だし。
俺の場合は男から女になったことで、スポーツの経験値では一般女子と比べちゃうとちょっとしたチートみたいなもんだから、あんまり褒められても若干の後ろめたさとこそばゆさを感じてしまう。
そう言えば楓ちゃんが俺について言ってることはさておき、女子って同じレベルの相手に対してはめっちゃ嫉妬心を燃やすけど、ステージの違う相手とは端から勝負しないよね。その辺は完全にステージの違う相手に無謀な勝負を挑む男子とは違うかなぁ。海賊王におらはなるなんて女子はあんまり見かけない。あ、よく考えたら男子でも見たことなかったけど。
教室に戻るとクラスメイトたちが勝手に決めたMOMに選出されちゃって、昼休みには一同でご飯を食べることになって皆からジュースを奢ってもらった。
ところがそれが一本じゃなくて何人もから奢られたもんだから、とても飲みきれたもんじゃなくて、結局皆でシェアして一緒に飲むという、だったらそれぞれが自分のジュースを買って飲んだのとどう違うんだという奇妙な事態となった。
クラスの女子にも幾つかの群れみたいなもんがあって、大抵群れごとに行動を共にしている。まぁこれは女子の習性みたいなものだろうか、大抵は何処かに所属していないと何かとやりにくいのだ。
群れない女子は俺から見るとかっこいいなと思うのだが、一般的には何かぼっち認定されてハブられたような情況になってしまうようだ。それとどういうわけか、皆と仲良くしようとしている内に何処の群れにも所属せず、気が付けばぼっちになっているというタイプもいる。
皆と仲良くするのはそれはそれで別にいいことじゃんと俺は思うんだが、八方美人として嫌われてしまいがちのようだ。結果的にきっと本人も不本意な本末転倒になってしまったりして、女の社会はなかなか面倒くさいものだな。
俺の場合はと言えば、自然と楓ちゃんと友紀ちゃんが一緒にいることがほとんどだ。友紀ちゃんはあれでコミュニケーションスキルが高いし、楓ちゃんは独特の優しい包容力があるので、このグループには俺たち三人プラス誰かがよく加わったりしている。
まだまだ女社会に馴染むという点ではスキル不足の俺は、積極的に何処かの輪に入って行く度胸は無いので、今のところは現状で何とかなっているので満足している。
昼ご飯は皆で食べやすいハンバーガーだったのだが、その後暫くはあれこれ駄弁っていて、その後解散となった。
それぞれがまた群れ単位で分かれていく様子に、何だが俺は不思議なものを見ているような感じがした。
俺はトイレに行きたかったので、学食のある建物から渡り廊下を横断して、中庭も突っ切ってショートカットすることにした。トイレは校舎の一番端っこにあるのだ。
で、やっぱり友紀ちゃんと楓ちゃんも付いてくるのね。
女子になってからトイレがあまり我慢できなくなった気がするんだが、そんなわけで俺は少々急いでいた。
中庭には花壇があるので、中庭の中央の花壇の切れ目のところから校舎側に横断して、校舎に沿っていそいそと歩いている時、それは起こった。
ガッシャーンと派手な音を立てて目の前で何かが割れたのだ。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、鉢が上から落ちてきて地面に当たって砕け散ったようだ。暫く声も出なかったが、友紀ちゃんが上を見上げて「ちょっと誰よっ!」と声を荒げている。楓ちゃんはびっくりして声が出ないようだ。
「びっくりした~」
俺が漸く声にしたのはそんな感想だ。
「夏葉ちゃん、大丈夫だった?」
我に返った楓ちゃんが心配して訊いてくる。俺が一番校舎寄りを歩いていたのだ。飛び散った破片が脚に当って痛い。ハイソックスを履いているので怪我はしていないと思ったが、右の太腿に小さな痣と軽い擦過傷ができていた。結構な勢いで飛び散ったのだな。
「うん……。大したことないけど、ホントに危ないところだった。楓ちゃんと友紀ちゃんは? 大丈夫だった?」
「う、うん。大丈夫だったみたい」
楓ちゃんは大丈夫だったようだ。隣で友紀ちゃんも大丈夫と頷いている。
二階は二年生、三階は三年生の教室がある。ということは二年か三年の教室から落とされたということだ。この上だと丁度四組の教室なので、二年か三年の四組の教室から落とされたということになるわけだ。
しかしあれだけ派手に大きな音を立てて割れたというのに、上の教室では誰も気にする者はいないようだ。恐らくこの学校では大抵の生徒は昼食を学食で取るのが習慣なので、教室には殆ど人がいないのだろう。弁当を持参している生徒も、普通は学食のテーブルで食べている。
周囲にいた生徒たちは流石に驚いた様子で、心配して口々に大丈夫かと声を掛けてくれる。
それにしてもまた危険な目にあった。しかも今回は俺だけじゃなく、下手をすると楓ちゃんや友紀ちゃんも巻き込まれかねなかった。これは卑劣だ。と思い掛けたが、これが俺を狙う誰かによって故意になされた犯行だと決めつけるのには情報不足だ。
俺たちがこの時間にここを通ることにしたのはまったくの偶然だ。俺がトイレに寄ると言ったから。もし、誰かが故意に俺を狙ってやったのだとして、俺を狙ってこんなことをやらかすのは客観的に考えて無理があるな。
ということは偶然なんだろうか……。
教室に戻った俺たちは、一体このできごとは何だったのかという話に当然なったが、当然分かるわけもなく、一応担任には報告しておいたほうがいいだろうということになり、放課後に面談室でちょっとした事情聴取を受けた。
次から次へと俺の身に襲い掛かってくる不審なできごと。いよいよサスペンスっぽくなってきた?
一組と二組に分かれて、各組の中でまた5人ずつのチームを作る。1クラスあたりに3チームプラス何人かという感じだけど、体育を休みの子がいるのと、交代要員と審判が必要ということで、各クラスごとに二チーム編成となった。
通常のバスケットボールであれば、10分クォーターを4セット行なうが、今回は10分ハーフで2セットというルールで、クラス対抗戦で2チーム対2チームの試合となる。
体育館はコートを二面取ることができるようになっており、すなわち同時に二試合が行なわれるということだ。当然、丹代花澄とはクラスが違うのでチームも違うため、対戦することとなる。
俺としては、審判を買って出たのだが、体力測定でAランクだったため貴重な戦力と見なされ、やはり楓ちゃんと友紀ちゃんのチームに入れられてしまった。体力測定でAだったからといって、必ずしも球技が得意ということにはならないと思うのだが、何しろ二人がしつこいので仕方がない。元々男なので、身体能力的には女になって落ちたとは言え、男として培った経験や技術は活かせるはずだ。
各クラスから一人ずつ代表を出し、ジャンケンで組み合わせの抽選をした。初っ端の対戦相手は早速二組の丹代花澄がいるチームになった。
大抵のチームスポーツ同様、バスケにもポジションとそのポジションごとの役割というものがあるのだが、女子の体育の授業で行なうバスケとなると、大凡そんなものなどあってないようなものと言うか、寧ろそんなもの部活でやっている生徒以外知らないというようなことになってしまうものだ。その結果、ボールの周りに群がる烏合の衆が走り回る図の出来上がりだ。
仕方がないので、俺は烏合の衆たちから離れて位置取り、チームメイトがボールを持った時にパスを要求するようにした。意図が理解されて、段々パスを回してもらえるようになる頃には、丹代花澄が執拗に俺へのパスカットやスチールを狙うようになっていた。
来たな、丹代。スポーツでの勝負ということなら俺も望むところだ。
友紀ちゃんから俺に通ったパスを受けて、ドリブルでゴールに向かう俺を丹代花澄が待ち受けている。俺は右手でドリブルしながら丹代との間合いを測り、奴がボールを奪いに来た瞬間、低くて速いドリブルに切り替えてタイミングを外しながら左手にクロスオーバーしてあっさり躱すと、そのままゴールまで走りレイアップでやんわりシュートを決めた。
丹代花澄、クロスオーバーごときであっさり抜かれおってチョロいな。ふふん。
やはり男子としての経験値により普通の女子の能力を上回っている俺は、守備に攻撃にとオールラウンダー的に奔走し、結果的に我がチームは相手より10ポイント上回って前半を終えることができた。
それにしても今のところ丹代花澄は思いの外普通だ。俺に執拗に構ってくるが、あくまでゲームの中での話で、スポーツとして健全な範疇を出ていない。意外だな。もっとあくどい感じで仕掛けてくるのかと思っていたのだが、ちゃんとバスケのルールに則って、その範囲でのプレイに留まっている。
二分間のハーフタイムを挟み、後半戦開始だ。
やはり丹代花澄は執拗に俺からボールを奪おうとしてくる。しかし決して強引な接触などはしてこない。このスポーツマンシップに則った清廉さは何なのだろうか。どうしても階段から突き落とそうとするような人物には思えないんだが。
相手チームには女バス部員が一人いて、その子の活躍で立て続けに五点を返されてしまった。まだこちらのチームは五点をリードしているわけだが、立て続けの失点でこちらはやや勢いを失っている。そんなタイミングでクラスメイトの上甲さんがボールを奪い、俺にパスが通った。
残り時間はもうそんなにないはずなので、このチャンスを逃すとそうそう次のチャンスは巡って来ないだろう。そしてまた丹代がスチールを狙って俺の進路に立ち塞がっている。ここは何としてもゴールが欲しい場面だ。
俺は再度間合いを測って最初と同じクロスオーバーの形を取る。丹代が今度は躱されまいと俺の動きを読んで体重移動する。しかし俺はその瞬間を待っていた。左足を踏み出して左方向に身体を移動させながら、右手は反転させてそのままボールを右方向に向ける。そして左足にかかった重心のまま踏ん張り、鋭く右方向に進路を変える。インサイドアウトだ。
右手から左手にクロスオーバーすると踏んでいた丹代は予想を裏切られ、逆を突いた俺の動きについて来られず、膝を折る。
丹代を抜くと行く手には誰もいない。烏合の衆を離れて俺がパスをもらった時点で丹代以外に俺の行く手を阻む奴は誰もいなかったからな。お陰で楽々とまたレイアップシュートを決めることができた。
レイアップっていうのはゴールにボールをそっと置いてくる感じの地味なあれだが、派手さはなくとも確実性が高い。必要なければムダにスリーポイントのロングシュートや派手なダンクシュートなんて狙わず確実にレイアップで決める。保守的な俺の性格にピッタリだ。思惑通り、確実にシュートを決めたのだからな。これがもしかして、世間で言う俺Tueeeというやつなのか? 違うよね。
その後相手チームの女バス部員がスリーポイントを決めたが、五点勝ち越していたので辛くも勝利することができた。
クロスオーバーもインサイドアウトもレイアップシュートも、ごく基本的なテクなんだが、それでもチームの皆から賞賛されて、ちょっと気恥ずかしい心持ちだった。男子だった頃に覚えた基礎技術だったけど、こんなところで役立ってよかった。
もう一試合は、相手チームに女バス部員が二人固まっていて惜しくも負けてしまい、結果的には一勝一敗で丹代花澄のチームと同率二位。女バス二人のチームが二勝で一位で、俺と同じクラスのもう一つのチームは惜しくも二敗で最下位となった。
よってクラス全体の勝率からすると一年二組が三勝一敗でうちのクラスは一勝三敗となり、二組の勝利となった。一組にはバスケ部員がいなかったことを考えると、十分健闘したといえる。
更衣室で俺は、今日こそ丹代花澄と接触しようと思っていたのだが、前回同様、また丹代はいつの間にやら姿を消していた。一体どんな魔法を使っているのか分からないが、不思議と丹代はいつの間にか消えてしまう。あいつは実在しているのか? そんな風に思うくらい不思議な奴に思えてくる。本当に分からん奴だな。はっ! 現代に生きる忍か何かか? 何てバカなこと考えていてもしょうがない。
「夏葉ちゃんてバスケ凄いね! 秋菜も結構スポーツ得意だったけど、流石そんなところまでソックリなんだね」
教室への戻りしな、楓ちゃんがしきりに関心した様子で興奮しながら話しかけてきた。
う~ん、そんなに大したことをしたわけじゃないんだが、一般レベルのJKとしてはまあまあだったんだろうかね。
「あはは。秋菜とは生まれた時から一緒だったから何でも一緒にやってたからね」
「そうなんだ~。スペック高過ぎて最早嫉妬すら起きないレベルだわ」
俺は元々が男だし、秋菜は子供の頃、そんな俺と何でも一緒になって遊んでたから鍛えられてるんだろうな。元々器用だし。
俺の場合は男から女になったことで、スポーツの経験値では一般女子と比べちゃうとちょっとしたチートみたいなもんだから、あんまり褒められても若干の後ろめたさとこそばゆさを感じてしまう。
そう言えば楓ちゃんが俺について言ってることはさておき、女子って同じレベルの相手に対してはめっちゃ嫉妬心を燃やすけど、ステージの違う相手とは端から勝負しないよね。その辺は完全にステージの違う相手に無謀な勝負を挑む男子とは違うかなぁ。海賊王におらはなるなんて女子はあんまり見かけない。あ、よく考えたら男子でも見たことなかったけど。
教室に戻るとクラスメイトたちが勝手に決めたMOMに選出されちゃって、昼休みには一同でご飯を食べることになって皆からジュースを奢ってもらった。
ところがそれが一本じゃなくて何人もから奢られたもんだから、とても飲みきれたもんじゃなくて、結局皆でシェアして一緒に飲むという、だったらそれぞれが自分のジュースを買って飲んだのとどう違うんだという奇妙な事態となった。
クラスの女子にも幾つかの群れみたいなもんがあって、大抵群れごとに行動を共にしている。まぁこれは女子の習性みたいなものだろうか、大抵は何処かに所属していないと何かとやりにくいのだ。
群れない女子は俺から見るとかっこいいなと思うのだが、一般的には何かぼっち認定されてハブられたような情況になってしまうようだ。それとどういうわけか、皆と仲良くしようとしている内に何処の群れにも所属せず、気が付けばぼっちになっているというタイプもいる。
皆と仲良くするのはそれはそれで別にいいことじゃんと俺は思うんだが、八方美人として嫌われてしまいがちのようだ。結果的にきっと本人も不本意な本末転倒になってしまったりして、女の社会はなかなか面倒くさいものだな。
俺の場合はと言えば、自然と楓ちゃんと友紀ちゃんが一緒にいることがほとんどだ。友紀ちゃんはあれでコミュニケーションスキルが高いし、楓ちゃんは独特の優しい包容力があるので、このグループには俺たち三人プラス誰かがよく加わったりしている。
まだまだ女社会に馴染むという点ではスキル不足の俺は、積極的に何処かの輪に入って行く度胸は無いので、今のところは現状で何とかなっているので満足している。
昼ご飯は皆で食べやすいハンバーガーだったのだが、その後暫くはあれこれ駄弁っていて、その後解散となった。
それぞれがまた群れ単位で分かれていく様子に、何だが俺は不思議なものを見ているような感じがした。
俺はトイレに行きたかったので、学食のある建物から渡り廊下を横断して、中庭も突っ切ってショートカットすることにした。トイレは校舎の一番端っこにあるのだ。
で、やっぱり友紀ちゃんと楓ちゃんも付いてくるのね。
女子になってからトイレがあまり我慢できなくなった気がするんだが、そんなわけで俺は少々急いでいた。
中庭には花壇があるので、中庭の中央の花壇の切れ目のところから校舎側に横断して、校舎に沿っていそいそと歩いている時、それは起こった。
ガッシャーンと派手な音を立てて目の前で何かが割れたのだ。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、鉢が上から落ちてきて地面に当たって砕け散ったようだ。暫く声も出なかったが、友紀ちゃんが上を見上げて「ちょっと誰よっ!」と声を荒げている。楓ちゃんはびっくりして声が出ないようだ。
「びっくりした~」
俺が漸く声にしたのはそんな感想だ。
「夏葉ちゃん、大丈夫だった?」
我に返った楓ちゃんが心配して訊いてくる。俺が一番校舎寄りを歩いていたのだ。飛び散った破片が脚に当って痛い。ハイソックスを履いているので怪我はしていないと思ったが、右の太腿に小さな痣と軽い擦過傷ができていた。結構な勢いで飛び散ったのだな。
「うん……。大したことないけど、ホントに危ないところだった。楓ちゃんと友紀ちゃんは? 大丈夫だった?」
「う、うん。大丈夫だったみたい」
楓ちゃんは大丈夫だったようだ。隣で友紀ちゃんも大丈夫と頷いている。
二階は二年生、三階は三年生の教室がある。ということは二年か三年の教室から落とされたということだ。この上だと丁度四組の教室なので、二年か三年の四組の教室から落とされたということになるわけだ。
しかしあれだけ派手に大きな音を立てて割れたというのに、上の教室では誰も気にする者はいないようだ。恐らくこの学校では大抵の生徒は昼食を学食で取るのが習慣なので、教室には殆ど人がいないのだろう。弁当を持参している生徒も、普通は学食のテーブルで食べている。
周囲にいた生徒たちは流石に驚いた様子で、心配して口々に大丈夫かと声を掛けてくれる。
それにしてもまた危険な目にあった。しかも今回は俺だけじゃなく、下手をすると楓ちゃんや友紀ちゃんも巻き込まれかねなかった。これは卑劣だ。と思い掛けたが、これが俺を狙う誰かによって故意になされた犯行だと決めつけるのには情報不足だ。
俺たちがこの時間にここを通ることにしたのはまったくの偶然だ。俺がトイレに寄ると言ったから。もし、誰かが故意に俺を狙ってやったのだとして、俺を狙ってこんなことをやらかすのは客観的に考えて無理があるな。
ということは偶然なんだろうか……。
教室に戻った俺たちは、一体このできごとは何だったのかという話に当然なったが、当然分かるわけもなく、一応担任には報告しておいたほうがいいだろうということになり、放課後に面談室でちょっとした事情聴取を受けた。
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