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第二章 Love Letter
第24話 Turn Turn
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授業に集中しつつも、あの手紙のことが頭の片隅から離れなかった。もう意味の分からんことばっかり起こるな。そっとしといてくれよ。
——丹代花澄には近づかない方がいい——か。
別に俺の方から近づこうとしてるわけでもないんだけど、向こうがちょっかい出してきてるだけだよ。気味悪いから調べてるだけだし。
ていうか、丹代花澄とのことを知っている人間は、俺以外に誰もいないはずなんだけどなぁ。幾ら考えてもこの件について知っていそうな人間はいない。丹代花澄と俺以外にこの件を知っているとしたら、丹代花澄が単独犯ではないという可能性もある。ただ、今回の手紙は敵対的なメッセージとは思えないので、丹代側の人間からではないように思えるのだ。
封筒と便箋はセットのもので、かわいい猫のイラストが印刷されていた。かわいらしい文字で綴られた筆跡は、青い水性のペンで筆圧はやや強め。その割りには封筒のかぶせはセロテープが貼られているだけ。全然かわいさの欠片もない。そこはせめてシールだろ。もしや男が女風に偽装工作した? だとしたら、十一夜君の線も捨て切れなくなるんだよな。でもあの十一夜君がこんなかわいい文字を書くか? しかも猫ちゃん封筒とかウケる。
そもそも偽装工作とかそんなことするキャラとは思えない。第一わざわざこんな手紙で言って寄越すとか、そんな七面倒臭いことする奴じゃないよな。最低限だけど、言うことは言う奴だもん。
俺は、十一夜君が文具店で猫のイラスト入りのレターセットを選んでたり、女の子っぽい筆跡でこの手紙を書いている様子を想像して、そのあまりの似合わなさに思わず笑ってしまった。
「お、華名咲~。何か良いことでもあったか~? にやけてもいいけど授業終わってからにしてくれな~」
げ、細野先生。目敏いな。油断ならん。クラスの其処彼処からくすくすと笑い声が聞こえてくる。俺は恥ずかしさのあまり顔を赤らめて俯きながら周囲を窺うと、こちらを覗き見ている楓ちゃんと目が合った。
『誰のこと考えてたのかな?』
と唇だけで、かわいらしい笑みを浮かべた顔で突っ込まれた。
うっさい。そういうんじゃないよ。
そんなことを言われるものだから、俺はちょっと気まずく感じて、前の席の十一夜君の様子が気になって窺い見てしまう。でも彼は相変わらず何の関心も無さそうにひたすら板書を書き写しているだけだった。
十一夜君が気にしていないようなのでホッとしたのだけど、まったく無関心にされるのもそれはそれで何だか物足りない。もっとも楓ちゃんの言葉は声に出てはいなかったので、十一夜君には何も聞こえているはずがなかったのだけど。
俺はまるでいつもの十一夜君がしているように机に突っ伏して顔を隠したが、友紀ちゃんと楓ちゃんがにやにやしながら俺に視線を注いでいる感じが何となく伝わってくる。十一夜君のバカーーッ。と、何の罪もない彼に心の中で八つ当たりしてやった。結局、心の中で十一夜君に散々八つ当たりした挙句スッキリと気の済んだ俺は、余計なことを考えるのを止めて、授業に完全に集中することができた。
学校を終えて、無事に下校したが、今日のところは丹代花澄は姿を現さなかった。俺の前に姿を現さないに越したことはないのだが、何処まで行っても奴の行動パターンが見えてこないのは煩わしいものだ。取り敢えず、丹代に近づかない方がいいっていう助言には従っておこうと思う。従うというか、危なそうなので端から近づこうとは思っていないのだが。但し、俺としては丹代に関する情報をできる限り集めるつもりではいる。
丹代花澄のFacebookから拾った交友関係から、俺の知っている奴をピックアップしてみたのだが、奇妙な共通点が浮かんできた。そのメンツ、いずれも女子だが、俺はその人達から告白された経験があると思う。
当時、本気なのかどうかも分からずに、何か冗談なのかなと思って軽く断っちゃった人も含めてだが、各々、告白されたということは覚えている。ということは、もしかして俺、丹代花澄から告白されたことがあったのかなぁ。もしそうだったとしたら、覚えてすらいないだなんて非常に失礼なことだが、幼稚舎時代のことだろうから、何しろちっちゃい頃の話でもう十年は前の話だ。それも大人の十年じゃなくて成長期の十年だから随分昔のことのように感じられる。
丹代花澄……か。まだ暫くはこの名前が頭から離れそうにないな。彼女から告白されたことってあったかなぁ。もしその時のことで恨みを買ってたりするんだったら、謝って関係を修復したい。なんて思うのは都合がよすぎるだろうか。でもできるだけ穏便に済ませたいし、俺自信も平穏なスクールライフを送りたい。思い出せ、俺。一体丹代花澄と何があった?
そんな感じでずっと思い出そうとしつつも思い出せないもどかしさを抱えることとなったのだ。
いつもの様に食事の準備の時間になって、俺は下の階に降りた。秋菜もキッチンに立つようになって、最近修行中だ。手先は器用だが、何しろ言われないと何をやったらいいのか分からないらしいので、俺と叔母さんからの指示が飛ぶ。
野菜を洗ったり、食器を用意したり、使った調理器具を洗ったり、その都度細かく指示を与えるのだが、俺はなるべく全体の流れを説明して、今どんな工程なのかということまで説明している。
キッチンはアイランドタイプなので、三人で調理してもそんなに狭く感じるようなことはない。
「夏葉ちゃんのTシャツかわいいね」
「あ、これ? スノーウィだよ。かわいいっしょ」
「スノーウィって、その犬の名前?」
「そうそう。あれ、これ知らなかった?」
「う~ん、多分知らないかなぁ」
俺が着ているTシャツに描かれているのが、スノーウィっていう犬なんだが、スノーウィっていうのは『タンタンの冒険』っていうベルギーの古い漫画に出てくるキャラクターで、主人公タンタンの相方の犬だ。
「叔父さんが確か原作本持ってたはずだよ。それで俺、知ったんだもん。『タンタンの冒険』っていう漫画に出てくる犬だよ」
「へ~、かわいい」
そうそう。『タンタンの冒険』な。小さいころよく叔父さんに見せてもらってたんだ。ん、タンタン? 何だろう、今すごく大事なことを思い出しそうな気がするんだけど。
今夜は中華か。回鍋肉と担々麺か。ていうかここでもタンタン登場とは笑える。
うちはコンロが四口あるので幾つかの料理を並行して進めることができる。回鍋肉は一旦茹でた皮付きの豚肉をスライスして炒めるんだそうだ。そっちの方は叔母さんに任せて、俺は担々麺を担当する。作ったことがないので、スマホでレシピを確認する。便利な世の中だよな。
まずは挽肉だな。挽肉はしっかりと、焦がさないように火加減を調整しながら、カリッとなるまで炒めるのがコツだそうだ。そいつを酒と醤油と甜麺醤と胡椒で味付けする。次にタレの準備なのだが、その間に麺を茹でる準備を秋菜に頼む。と言っても、鍋でお湯を沸かすだけの簡単なお仕事だ。タレは材料を合わせるだけなので、分量さえ無茶しなければ簡単だと思う。唯一料理らしい作業といえば、搾菜を刻むくらいだろうか。搾菜刻むのは秋菜に頼むかな。みじん切りだが、手先は器用だから問題無いだろう。
その間に俺は芝麻醤と葱、葱油、辣油、醤油、酢の分量を五人分計算して合わせる。
お湯が沸いたので、手の空いた秋菜に小松菜を茹でてもらい、俺はその間に秋菜が刻んだ搾菜をタレに加える。鶏がらスープは手抜きで顆粒状のスープの素で済ませちゃうが、まあいいだろう。
いいタイミングで叔父さんが帰宅した。叔母さんの回鍋肉も仕上がったので麺を茹で始めるが、先に茹で上がった小松菜を冷水にさらして色止めし、絞ってから適度な大きさに秋菜に切ってもらう。
麺を茹でている間に、丼にタレを入れて、そこに鶏がらスープを注いでいく。麺が茹で上がったら、お湯をよく切って器に盛り、トッピングに挽肉と小松菜を盛って仕上げの辣油を回しかける。よし、できた。配膳して家族の食卓タイムの始まりだ。
「いただきま~す」
叔父さんの声で皆一斉に食べ始める。
「う~む。叔母さん、回鍋肉美味しいっ」
「そう、よかった」
嬉しそうに微笑む叔母さん。
「担々麺は夏葉が作ったの?」
叔父さんが興味を示して訊いてきた。
「うん、秋菜に手伝ってもらってね」
「へ~、どれどれ。うん、美味しい。これはなかなかなものだよ」
「そう、よかった」
と、俺も何となく誇らしい気持ちになって、叔母さんの言い草を真似て応じてみた。
「そのTシャツ、タンタンだね。料理に合わせたってわけ?」
にやりと笑って叔父さんに指摘されてしまった。偶々なんだが。
「いや、別にそうじゃないよ。今日のメニューが担々麺って知らずに着てたし」
「何だ、そうなのか。てっきり駄洒落かと思ってた。こんな美味しい料理を出されたんじゃ僕も淡々と食べてはいられないな、っていう返しまで考えてたのに」
「あははは~」
「やだ、パパが珍しくオヤジギャク言ってる」
ホントだ。叔父さんはあんまりオヤジギャグとか言うタイプじゃないのに珍しい。淡々とね。ふふ。
「あっ!」
思わず大きな声が出てしまったが、そうせずにいられなかった。
「何よ、突然おっきな声出して。びっくりするなぁ、もぉ」
秋菜が目を皿のように大きく開けて驚きを表わしている。祐太はビクッと一瞬体が跳ね上がったが、その後は何もなかったように、いつも通り黙々と食べている。いや、ここは淡々と食べている、か。なんてな。叔父さんと叔母さんは、あらどうしたの、位の感じで食事を続けている。
俺は思い出したのだ。丹代花澄、幼稚舎時代に彼女は自分のことを『タンタン』と呼んでいたし、周囲からもそう呼ばれていたことを。丹代花澄という名前は記憶から抜け落ちていたが、タンタンという子から、えらく慕われていたということを思い出した。あれが丹代花澄だったのだ。そうか、そうか。タンタンだったか……。それにしても『タンタンの冒険』に『担々麺』に『淡々と食べる』か。何ていう安易な駄洒落展開だ。
丹代花澄はやはり俺に告った過去があった。そして同じ過去を持つ連中がどうも繋がっている。これは偶然ではないだろう。あの連中がもし繋がっているというのなら、最悪グループで何か企んでいることだってあり得るな。いや、幾ら何でもそれはないか。振られたくらいでそんなに人を恨んでたんじゃ、世の中大変なことになるだろう。恋愛に失恋は付きものだもんな。それにグループの中で桜桃学園に在籍しているのは丹代花澄だけだ。丹代以外の奴らが俺に恨みを持っていたとしても、学校が違えばおいそれとは俺にちょっかいを出せないはずだ。精々登下校時に注意を払っていればいいくらいだろう。
でも俺が女になって桜桃学園にいるということが広まっているとしたら困るな。知り合いには親と一緒に海外に引っ越したことになっている。まさか日本にいて、しかも女になっちゃってたとかね。そりゃ困る。絶対困る。どうすんのこれ。
う~ん、何かいい方法無いかな~。幾ら頭を捻ってもそうそういい考えは浮かんでこないものだ。お祖父ちゃんの名にかけても無理。お祖父ちゃんはじっちゃんじゃないもん。見た目は女、頭脳は男。うん、これもやっぱり無理だな。やっぱ見た目子供で頭脳が大人じゃなきゃ事件はそう簡単に解決できないんだろう。このナゾのラストページは俺がめくってさしあげます。って、このネタ知ってる人いるのかな?どっちにしろ駄目だ。解決策が見つからない。
ていうかさ。思ったんだけど、十一夜君って、丹代花澄とはどういう知り合いなわけ? もうちょっと何か教えてくれたっていいよね。何なのあいつ。何かムカついてきた。人が困ってるって言うのにさぁ。『丹代と何かあった?』ってさあ。あったっつうの。言えなかったんだから察しろよ。あっさり納得しちゃって、こっちは納得しないっつうの。あれじゃまるで丹代のことを心配してるみたいじゃない?
は~、理不尽な八つ当たりだとは分かってるけど、何でか腹立つ。丹代のせいだ、こんちくしょう。
——丹代花澄には近づかない方がいい——か。
別に俺の方から近づこうとしてるわけでもないんだけど、向こうがちょっかい出してきてるだけだよ。気味悪いから調べてるだけだし。
ていうか、丹代花澄とのことを知っている人間は、俺以外に誰もいないはずなんだけどなぁ。幾ら考えてもこの件について知っていそうな人間はいない。丹代花澄と俺以外にこの件を知っているとしたら、丹代花澄が単独犯ではないという可能性もある。ただ、今回の手紙は敵対的なメッセージとは思えないので、丹代側の人間からではないように思えるのだ。
封筒と便箋はセットのもので、かわいい猫のイラストが印刷されていた。かわいらしい文字で綴られた筆跡は、青い水性のペンで筆圧はやや強め。その割りには封筒のかぶせはセロテープが貼られているだけ。全然かわいさの欠片もない。そこはせめてシールだろ。もしや男が女風に偽装工作した? だとしたら、十一夜君の線も捨て切れなくなるんだよな。でもあの十一夜君がこんなかわいい文字を書くか? しかも猫ちゃん封筒とかウケる。
そもそも偽装工作とかそんなことするキャラとは思えない。第一わざわざこんな手紙で言って寄越すとか、そんな七面倒臭いことする奴じゃないよな。最低限だけど、言うことは言う奴だもん。
俺は、十一夜君が文具店で猫のイラスト入りのレターセットを選んでたり、女の子っぽい筆跡でこの手紙を書いている様子を想像して、そのあまりの似合わなさに思わず笑ってしまった。
「お、華名咲~。何か良いことでもあったか~? にやけてもいいけど授業終わってからにしてくれな~」
げ、細野先生。目敏いな。油断ならん。クラスの其処彼処からくすくすと笑い声が聞こえてくる。俺は恥ずかしさのあまり顔を赤らめて俯きながら周囲を窺うと、こちらを覗き見ている楓ちゃんと目が合った。
『誰のこと考えてたのかな?』
と唇だけで、かわいらしい笑みを浮かべた顔で突っ込まれた。
うっさい。そういうんじゃないよ。
そんなことを言われるものだから、俺はちょっと気まずく感じて、前の席の十一夜君の様子が気になって窺い見てしまう。でも彼は相変わらず何の関心も無さそうにひたすら板書を書き写しているだけだった。
十一夜君が気にしていないようなのでホッとしたのだけど、まったく無関心にされるのもそれはそれで何だか物足りない。もっとも楓ちゃんの言葉は声に出てはいなかったので、十一夜君には何も聞こえているはずがなかったのだけど。
俺はまるでいつもの十一夜君がしているように机に突っ伏して顔を隠したが、友紀ちゃんと楓ちゃんがにやにやしながら俺に視線を注いでいる感じが何となく伝わってくる。十一夜君のバカーーッ。と、何の罪もない彼に心の中で八つ当たりしてやった。結局、心の中で十一夜君に散々八つ当たりした挙句スッキリと気の済んだ俺は、余計なことを考えるのを止めて、授業に完全に集中することができた。
学校を終えて、無事に下校したが、今日のところは丹代花澄は姿を現さなかった。俺の前に姿を現さないに越したことはないのだが、何処まで行っても奴の行動パターンが見えてこないのは煩わしいものだ。取り敢えず、丹代に近づかない方がいいっていう助言には従っておこうと思う。従うというか、危なそうなので端から近づこうとは思っていないのだが。但し、俺としては丹代に関する情報をできる限り集めるつもりではいる。
丹代花澄のFacebookから拾った交友関係から、俺の知っている奴をピックアップしてみたのだが、奇妙な共通点が浮かんできた。そのメンツ、いずれも女子だが、俺はその人達から告白された経験があると思う。
当時、本気なのかどうかも分からずに、何か冗談なのかなと思って軽く断っちゃった人も含めてだが、各々、告白されたということは覚えている。ということは、もしかして俺、丹代花澄から告白されたことがあったのかなぁ。もしそうだったとしたら、覚えてすらいないだなんて非常に失礼なことだが、幼稚舎時代のことだろうから、何しろちっちゃい頃の話でもう十年は前の話だ。それも大人の十年じゃなくて成長期の十年だから随分昔のことのように感じられる。
丹代花澄……か。まだ暫くはこの名前が頭から離れそうにないな。彼女から告白されたことってあったかなぁ。もしその時のことで恨みを買ってたりするんだったら、謝って関係を修復したい。なんて思うのは都合がよすぎるだろうか。でもできるだけ穏便に済ませたいし、俺自信も平穏なスクールライフを送りたい。思い出せ、俺。一体丹代花澄と何があった?
そんな感じでずっと思い出そうとしつつも思い出せないもどかしさを抱えることとなったのだ。
いつもの様に食事の準備の時間になって、俺は下の階に降りた。秋菜もキッチンに立つようになって、最近修行中だ。手先は器用だが、何しろ言われないと何をやったらいいのか分からないらしいので、俺と叔母さんからの指示が飛ぶ。
野菜を洗ったり、食器を用意したり、使った調理器具を洗ったり、その都度細かく指示を与えるのだが、俺はなるべく全体の流れを説明して、今どんな工程なのかということまで説明している。
キッチンはアイランドタイプなので、三人で調理してもそんなに狭く感じるようなことはない。
「夏葉ちゃんのTシャツかわいいね」
「あ、これ? スノーウィだよ。かわいいっしょ」
「スノーウィって、その犬の名前?」
「そうそう。あれ、これ知らなかった?」
「う~ん、多分知らないかなぁ」
俺が着ているTシャツに描かれているのが、スノーウィっていう犬なんだが、スノーウィっていうのは『タンタンの冒険』っていうベルギーの古い漫画に出てくるキャラクターで、主人公タンタンの相方の犬だ。
「叔父さんが確か原作本持ってたはずだよ。それで俺、知ったんだもん。『タンタンの冒険』っていう漫画に出てくる犬だよ」
「へ~、かわいい」
そうそう。『タンタンの冒険』な。小さいころよく叔父さんに見せてもらってたんだ。ん、タンタン? 何だろう、今すごく大事なことを思い出しそうな気がするんだけど。
今夜は中華か。回鍋肉と担々麺か。ていうかここでもタンタン登場とは笑える。
うちはコンロが四口あるので幾つかの料理を並行して進めることができる。回鍋肉は一旦茹でた皮付きの豚肉をスライスして炒めるんだそうだ。そっちの方は叔母さんに任せて、俺は担々麺を担当する。作ったことがないので、スマホでレシピを確認する。便利な世の中だよな。
まずは挽肉だな。挽肉はしっかりと、焦がさないように火加減を調整しながら、カリッとなるまで炒めるのがコツだそうだ。そいつを酒と醤油と甜麺醤と胡椒で味付けする。次にタレの準備なのだが、その間に麺を茹でる準備を秋菜に頼む。と言っても、鍋でお湯を沸かすだけの簡単なお仕事だ。タレは材料を合わせるだけなので、分量さえ無茶しなければ簡単だと思う。唯一料理らしい作業といえば、搾菜を刻むくらいだろうか。搾菜刻むのは秋菜に頼むかな。みじん切りだが、手先は器用だから問題無いだろう。
その間に俺は芝麻醤と葱、葱油、辣油、醤油、酢の分量を五人分計算して合わせる。
お湯が沸いたので、手の空いた秋菜に小松菜を茹でてもらい、俺はその間に秋菜が刻んだ搾菜をタレに加える。鶏がらスープは手抜きで顆粒状のスープの素で済ませちゃうが、まあいいだろう。
いいタイミングで叔父さんが帰宅した。叔母さんの回鍋肉も仕上がったので麺を茹で始めるが、先に茹で上がった小松菜を冷水にさらして色止めし、絞ってから適度な大きさに秋菜に切ってもらう。
麺を茹でている間に、丼にタレを入れて、そこに鶏がらスープを注いでいく。麺が茹で上がったら、お湯をよく切って器に盛り、トッピングに挽肉と小松菜を盛って仕上げの辣油を回しかける。よし、できた。配膳して家族の食卓タイムの始まりだ。
「いただきま~す」
叔父さんの声で皆一斉に食べ始める。
「う~む。叔母さん、回鍋肉美味しいっ」
「そう、よかった」
嬉しそうに微笑む叔母さん。
「担々麺は夏葉が作ったの?」
叔父さんが興味を示して訊いてきた。
「うん、秋菜に手伝ってもらってね」
「へ~、どれどれ。うん、美味しい。これはなかなかなものだよ」
「そう、よかった」
と、俺も何となく誇らしい気持ちになって、叔母さんの言い草を真似て応じてみた。
「そのTシャツ、タンタンだね。料理に合わせたってわけ?」
にやりと笑って叔父さんに指摘されてしまった。偶々なんだが。
「いや、別にそうじゃないよ。今日のメニューが担々麺って知らずに着てたし」
「何だ、そうなのか。てっきり駄洒落かと思ってた。こんな美味しい料理を出されたんじゃ僕も淡々と食べてはいられないな、っていう返しまで考えてたのに」
「あははは~」
「やだ、パパが珍しくオヤジギャク言ってる」
ホントだ。叔父さんはあんまりオヤジギャグとか言うタイプじゃないのに珍しい。淡々とね。ふふ。
「あっ!」
思わず大きな声が出てしまったが、そうせずにいられなかった。
「何よ、突然おっきな声出して。びっくりするなぁ、もぉ」
秋菜が目を皿のように大きく開けて驚きを表わしている。祐太はビクッと一瞬体が跳ね上がったが、その後は何もなかったように、いつも通り黙々と食べている。いや、ここは淡々と食べている、か。なんてな。叔父さんと叔母さんは、あらどうしたの、位の感じで食事を続けている。
俺は思い出したのだ。丹代花澄、幼稚舎時代に彼女は自分のことを『タンタン』と呼んでいたし、周囲からもそう呼ばれていたことを。丹代花澄という名前は記憶から抜け落ちていたが、タンタンという子から、えらく慕われていたということを思い出した。あれが丹代花澄だったのだ。そうか、そうか。タンタンだったか……。それにしても『タンタンの冒険』に『担々麺』に『淡々と食べる』か。何ていう安易な駄洒落展開だ。
丹代花澄はやはり俺に告った過去があった。そして同じ過去を持つ連中がどうも繋がっている。これは偶然ではないだろう。あの連中がもし繋がっているというのなら、最悪グループで何か企んでいることだってあり得るな。いや、幾ら何でもそれはないか。振られたくらいでそんなに人を恨んでたんじゃ、世の中大変なことになるだろう。恋愛に失恋は付きものだもんな。それにグループの中で桜桃学園に在籍しているのは丹代花澄だけだ。丹代以外の奴らが俺に恨みを持っていたとしても、学校が違えばおいそれとは俺にちょっかいを出せないはずだ。精々登下校時に注意を払っていればいいくらいだろう。
でも俺が女になって桜桃学園にいるということが広まっているとしたら困るな。知り合いには親と一緒に海外に引っ越したことになっている。まさか日本にいて、しかも女になっちゃってたとかね。そりゃ困る。絶対困る。どうすんのこれ。
う~ん、何かいい方法無いかな~。幾ら頭を捻ってもそうそういい考えは浮かんでこないものだ。お祖父ちゃんの名にかけても無理。お祖父ちゃんはじっちゃんじゃないもん。見た目は女、頭脳は男。うん、これもやっぱり無理だな。やっぱ見た目子供で頭脳が大人じゃなきゃ事件はそう簡単に解決できないんだろう。このナゾのラストページは俺がめくってさしあげます。って、このネタ知ってる人いるのかな?どっちにしろ駄目だ。解決策が見つからない。
ていうかさ。思ったんだけど、十一夜君って、丹代花澄とはどういう知り合いなわけ? もうちょっと何か教えてくれたっていいよね。何なのあいつ。何かムカついてきた。人が困ってるって言うのにさぁ。『丹代と何かあった?』ってさあ。あったっつうの。言えなかったんだから察しろよ。あっさり納得しちゃって、こっちは納得しないっつうの。あれじゃまるで丹代のことを心配してるみたいじゃない?
は~、理不尽な八つ当たりだとは分かってるけど、何でか腹立つ。丹代のせいだ、こんちくしょう。
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