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第二章 Love Letter

第22話 唐変木のためのガイダンス

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 階段落ちの翌日、教室に入るといつものように楓ちゃんが出迎えてくれた。
 十一夜君の肩が心配だがまだ来ていないようだ。もっとも十一夜君は大抵いつも俺より遅く来るんだけどな。十一夜君より先に友紀ちゃんの方が登校してきた。昨日に引き続き、十一夜君のことを尋問され、結局内容的には昨日も話したことのおさらいをしただけなのだが、友紀ちゃんも楓ちゃんも、飽きもせずに目を爛々と輝かせながら聞き入っていた。

「でも悔しいけど、二人って意外にお似合いだよね~」

「えぇ? よしてよ。そんなんじゃないし。ホントにただのお礼だから」

 いやマジでさ。言えないけど俺、男だからね。お前らまとめて腐女子認定するぞ。

「またまたぁ。照れるな照れるな」

 はぁ。友紀ちゃんのこのノリ、何だか秋菜に共通するところがあるよな。

「もぉ、しつこいなぁ。本当に違うってば」

 ちょっとイラッと来て、段々俺の返しも雑になるが、そんな頃合いでくだんの十一夜君が登場。

「あ、おはよう、十一夜君。その、昨日はごめんね」

 楓ちゃんと友紀ちゃんが俺と十一夜君を交互に見ながらニヤニヤしている。
 うざい。そういうんじゃないっつうの。

「おはよう、華名咲さん。昨日はごちそうさま」

「ううん。それは全然。それよか肩、どうだった?」

「ああ、病院行ったよ。ただの打撲。気にすること無い」

「ホント? 大事じゃなくてよかったぁ。あの、治療費とか払わせて」

「また。そんなのいいって。うちだって病院代払うくらいのことで困ったりしないよ」

「いや、それは分かってるけど、そういうことじゃなくて」

「兎に角いいから。華名咲さんは気にしないで」

 う~ん、納得行かないが、十一夜君も引く気は無さそうだ。

「納得行かないなぁ。でも十一夜君がそう言うなら」

「おぉ」

 いつもの通り素っ気ない返事で応じると、十一夜君はまた机の上に上体を伏せようとして、
「いててててて」
と言って辞めていた。
 伏せの姿勢は肩に負担がかかるらしい。俺の所為で何だか不自由かけてるな、と思うとチクリと胸が痛む。その後、手紙の相手、若しくは階段で俺を突き落とした相手からのちょっかいは無い。今のところは、だが。
 昨日は十一夜君のこともあり、俺も気を張っていて疲れてしまい、じっくり考える余裕がなかったが、階段で落とされた事件については考察しておかなきゃなるまい。俺を押した奴のことは見てなかった。落とされた後も十一夜君のことが心配だったので確認する余裕がなかった。恐らく目撃者もいないだろう。誰かが見ていたら、あの場で何らかの展開があったはずだ。あの中に犯人が何食わぬ顔をして留まっていたのか、さっさと姿を消したのか、皆目見当がつかない。
 あの時あの場にいた人間は、すべて桜桃学園の生徒だった。もし教師が近くにいたとしたら、誰かが引き止めて俺達のことを告げていただろうから、その場を去るようなことはできなかったはずだ。ということは、少なくとも教師は選択肢から外していい。
 俺が落とされる直前に階段を上ってきてすれ違った生徒はいなかった。そして階段で俺が追い越した生徒もいなかった。ということは、俺を突き落とした相手は俺より後に上から降りてきた人間に限定される。そうすると完全に俺の視界には入っていない人間ということだ。それじゃあ誰がいたのか皆目分からない。ここでお手上げだ。
 手紙との関連性についてはどうだろうか。これもなぁ。皆目見当がつかない。お手上げ。とは言っても、根拠はないが、恐らくこの二つの事件は関連してはいるんだろう。だってこんな不吉な出来事が立て続けに起こったんだ。関係していないと考える方が寧ろ不自然だ。しかしなぁ。現時点で関連付ける情報は何もないし、俺を突き落とした奴のことに至っては、何ひとつ分かっちゃいない。
 結局、今のところ昨日までと同様、まずはクラスメイトの中に怪しい人がいないか探るくらいかな。それと何らかの形でまた向こうがアクションを起こしてくるのを待つことか。できればこの身が危険に晒されるような事態は勘弁して欲しいけれど。だけどまあ今のところは取り敢えず進展なし。あ、でも昨日みたいなことがあるからそこは要注意だな。階段から人突き落とすとか何考えてるんだろうな。恐ろしいことする奴だぜ、まったくよお。この調子で来られたら本気でやばいことされそうだよな。あんまり度が過ぎて華名咲が出てくるような展開になったら洒落にならないぞ。俺としてもそんな事態だけは絶対に避けたいんだよ。
 身内から問題解決能力無しって認定されるのも困る。信用問題だからな。うちみたいな家では、家族であろうと信用を失うようなやらかしには結構厳しいのだ。俺が女子化してしまったせいでどうなるか分からないが、元々俺は華名咲家の跡取り息子だ。自らその能力を示さなければならない立場で育ってきた。だから今更こんなところで培ってきた信頼を失っちゃうのは嫌だ。

 今日は体育の授業があって、授業は通常男子と女子に分かれている。隣のクラスと同じ時間に体育の授業をするようになっていて、両クラスの男子と女子が各々一緒になる。この学校は更衣室が体育館にもグラウンドにもちゃんとあって、前の授業が終わると男子も女子も各更衣室へと移動する。
 更衣室に入るとスチールロッカーが備え付けてあって、各々好きにロッカーを選んで利用する。俺がロッカーを開けて着替えを置いて、さて体操着のハーパンを履こうかと思ったところで、セクハラ友紀ちゃんから「エイッ」とスカートをめくられた。どうせ女子しかいないから別にいいんだが、友紀ちゃんのセクハラは相変わらずだ。

「チッ。夏葉ちゃん、紺パンか。秋菜と一緒だね。ガードが固いよ~」

「あ~、そう言えば持ち上がりの子たちって、下着だけでスカートだよね。流石女子校育ちって思うわ、それ」

「え、麻由美の中学って共学だったんだ? てか共学だと紺パン履くの?」

 麻由美というのは同じクラスの須藤麻由美さん。この子は中等部からの持ち上がり組ではなく、他所の中学からの受験組なのだそうだ。

「皆じゃないけど、スカート短くしてる子は大抵紺パン履いてたよ。男子に見られちゃうじゃん」

「へ~、そうなんだ。秋菜は女子校育ちのくせにガード固くってさぁ。夏葉ちゃんならもしやと思って、入学以来チャンスを伺ってたんだけどな~」

 と、つまらなそうに訴えている。心底アホな子だなと俺は呆れた。

「あはは、友紀面白~い。持ち上がりの子たちって、なんていうか、距離感凄く近いんだよね。友紀ちゃんみたいにお触りする子も多いし~」

 麻由美ちゃんはそう言ってキャハハと笑う。全然面白くねえよ。と心の中で悪態を吐きつつ、妙に感心したというか、納得してしまった。でもそうか、共学出身の俺も知らなかったが、女子校育ちと共学育ちじゃこういうところにも違いが出てくるものなんだな。
 信じられないことに、偶にだがトイレに二人で入って長々とお喋りしてたり、そのまま代わりばんこにおしっこしてる子もいてびっくりすることもあるが、あれはきっと女子校時代の名残なのだろうな。ホントに信じられないが。
 え、俺がトイレで聞き耳立ててたのバレちゃった? 放っとけ放っとけ。 桜桃学園の高等部が女子校じゃなくって本当によかった。言われてみると、持ち上がり組と受験組の女子では色々と違いを感じていたが、共学出身者との違いという部分も結構あるのかもしれないな。
 本当のことを言うと、俺としては受験組の子たちの方が接しやすく感じて楽だ。それは多分、男子との接触に慣れているからなんじゃないかなと思った。もっとも彼女たちも、俺に対して男子として接してくるわけじゃないんだけども。
 因みに体操着に着替えるのに、素っ裸になったりはしないからな。俺のジャーナリスト魂を発揮するまでもない。スカート履いたまま体育着のハーパン履くし、まあ上半身はブラだけになったりはするけど、インナー着てる子も多いしマンガやアニメほどの露出はない。一応最初は俺も期待したんだが、思ったほど大したこと無かった。一応報告まで。あ、いらない報告だった?
 じゃあ、サービスな。お宝情報だ。女子校上がりの持ち上がり組の連中は、普通にお互いにおっぱい見せ合いっことかしていることがあるぞ。友紀ちゃんみたいに挨拶代わりに揉んでくる奴とか、ちゅーしてる奴とかもいる。
 あといろんな化粧品やら制汗剤やらの臭いが入り混じって臭いこと臭いこと。大変だ。これ豆な。あ、これもいらなかった?

 で、今日の体育の授業は体力測定。校庭に集合して身長順に整列する。体力測定に先立って柔軟体操を二人一組で行なう。俺は隣のクラスの子と組むことになった。話したこともない子だ。

「あ、よろしく」

「よろしくね、華名咲さん」

 あれ、俺のこと知ってるのか? ていうか秋菜の知り合いか。もしかして、俺のこと秋菜と勘違いしてたり?
 先生の号令が掛かり、何はともあれ柔軟体操を始める。背中合わせになって片方が背負って背中を伸ばす運動だ。俺が背負われた状態で、パートナーの子が変なことを訊いてきた。

「ねえ、わたしのこと、覚えてる?」

「え?」

 誰だっけ。何処で会ったっけ……。しかしサッパリ思い浮かばない。

「やだ、覚えてない? 冷たいのね。か・よ・う・く・ん」

 耳元でそう囁かれて背筋が凍るような悪寒が走る。聞き間違いじゃないよな。今、夏葉君って……。くんって呼ばれた。手紙の主はこいつか? 階段から俺を突き落としたのもこいつなのか? くそ、心構えが何も無かった。まさかここでこんな事態に出会でくわすだなんて思っても見なかった。
 再び号令が掛かり、今度は交代して俺が背負う番だ。背負う前にそいつのゼッケンを確認する。1年2組、丹代たんだい花澄かすみか。う~ん、聞いたことあるような無いような。
 丹代花澄を背負いながら、ちょっとしたパニックになっている俺の頬を冷や汗が伝って落ちる。緊張感から速まった鼓動が血液の奔流を血管に叩き付けるようにして送り出している。まるで音が聞こえてきそうなくらい強い鼓動が俺の呼吸を荒く乱す。
 くそっ、一体何者なんだ、丹代花澄。気味が悪い。そもそも何でここに来ていきなり正体を表わした。何の意味がある。無記名の手紙。姿を見せずに突き落とした。いずれも目的を達成するためには正体を表わすべきでなかったから当然だ。なのに……。なのに何故正体を表わした。
 そしてその不気味な相手が今、俺の背の上に仰向けになって乗っているのだ。こんな異常事態に落ち着いていられるか。実際俺はすっかり平常心を失ってしまっている。いつもならもっと冷静に物事に対処する事ができるのに。そういう風に躾けられてきたし、自分を律してもきた。なのに今の俺ときたらどうだ。すっかり丹代花澄に翻弄されるがままじゃないか。冷静になれよ、俺。落ち着いて冷静に。そうして何か新しい情報を引き出せ。
 そうこうしているうちに、準備体操は終わってしまう。あれから幾つかの柔軟体操をしたのだが、結局俺は焦るばかりで何ひとつ話すことができず、向こうもまるで何ごとも無かったかのように涼しい顔だった。憎たらしい奴。
 その後彼女とは分かれて体力測定になった。俺の気持ちは落ち着かないままだったが、測定自体は問題なく進み、俺は合計六十三点でA評価だった。これで運動部からの勧誘がうるさくなりそうだが、部活動をやるつもりは無いのですべて断るつもりだ。
 更衣室で丹代花澄を捕まえて何とか話そうと思っていたのだが、不思議と見つけることができないまま、どうやら逃げられてしまったようだ。本当に一体何者なんだ、丹代花澄。

 教室に戻り、友紀ちゃんや楓ちゃんにそれとなく丹代花澄について訊いてみたのだが、二人共知らないようだった。恐らく外部からの受験生じゃないかという。隣のクラスには知り合いがいない。一先ず伝手を作って情報を集めるかなぁ。でもそれなら直接本人にコンタクト取った方が早いよなぁ。どうにも考えがまとまらない。見事に翻弄されている。
 十一夜君はいつもの様に机に突っ伏して寝ていることもできず、壁に寄りかかってぼけっと窓の方を眺めている。相変わらず何を考えているのかわからない奴だ。一緒に昼飯を食べている時には普通に喋っていたんだけど、あの時の面影は今はない。切れ長の一重瞼が今日は何だか眠たそうだな。などと思っていたら、不意に十一夜君と目が合って何故かドキッとしてしまう。いや、変な意味じゃなくて。ぼんやり考え事をしながら、十一夜君が何となく視界に入っていたが、もし万が一熱い視線で見つめていたみたいに思われたらどうしようとか、そんなようなことを咄嗟に考えてしまい、焦ってのドキッだ。ここは、勘違いしないでよねって言っといた方がいい?

「丹代がどうかしたのか?」

「え、丹代さんのこと知ってるの?」

「二組の丹代花澄だろ? 知ってるといえば知ってる。丹代と何かあった?」

 思いがけないところからの助け舟か。十一夜君は丹代花澄を知っているようだ。

「え~っとぉ……。何かあったって言うんじゃなくて、今日の体育で柔軟体操ペアだったんだ。知らない子だったからどんな子かな~と思ってね」

 確実に何かあったんだけど、これ以上十一夜君を巻き込むわけにはいかないからな。

「そうか。中学校が一緒だった。父親はバレエダンサーの丹代燎平。バレエ教室もやってるな」

「へ~、そうなんだ。そう言えば丹代さん姿勢が良かったかも。首がシュッと長くって」

「おぉ」

 そう言って十一夜君はまた窓の方を向いてボケーっとし始めた。
 ってそんだけ? 丹代情報もう終わり? こいつはもうホントに、愛想も小想も尽き果てるというものだ。ドキッとして損した。俺のドキッ返せこら。ドキッ言い難いぞこら。まったく、ボケーっとしやがって、この唐変木野郎が。

「夏葉ちゃん、何処見てニヤニヤしてるのかなぁ~?」

「はぁっ? な、何が?」

 やめろよ。十一夜君に聞こえてるだろうが、ボケ。って、聞こえてない? 十一夜君、完全に無我の境地かよ?

「友紀のことだけ見ていて欲しいのになぁ」

 唇に人差し指を当ててしなを作る友紀ちゃん。こいつもいちいち腹が立つ。カワイイけど。

「無理」

「夏葉ちゃん、即答なのね。即答どころかやや被せ気味なくらいだわ。だけど友紀、めげないっ。逃げれば逃げるほど燃え上がるのがわたしよ。きっとご先祖様は狩猟民族ね」

 はいはい、狩猟より治療が必要なんじゃないか? 頭の。
 俺は頬杖をついて不機嫌に溜息を吐きながら、何となく十一夜君の視線の先を追った。そうしたら、中庭を挟んで向こう側に突っ立っている丹代花澄が、薄ら笑いを浮かべてこちらを見ていた。怖っ。俺は再び背筋を凍らせて、実際に体がビクッと跳ね上がるのを満足そうに眺めた丹代花澄は、またどこかへいなくなってしまった。やめて、びっくりするから。マジで気味悪いから。丹代花澄こえ~なぁ。
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