上 下
33 / 83

33 マネしてみよっと

しおりを挟む
 映画はタイトルのわりに結構な人気だったようで意外に混んでいて、昨夜のうちにウェブで予約しておいて正解だったと思った。

 ストーリーは魔女の家にそうとは知らずに盗みに入った泥棒が、家の中に仕掛けられた魔法のトラップの数々を乗り越える途中で便意を催してしまい、盗みは取り敢えず置いといてトイレを目指すことにするのだが、その過程を通して人として成長していくというなんだかよく分からない人間ドラマだった。

 途中から隣に座る曜ちゃんの方からズビズビ鼻を啜る音が聞こえてきて、どうやらこの話で泣いている様子が伺えた。
 そういう要素あったっけか? とか言っちゃダメなんだろうな。

 エンドロールを最後まで見届けて客電が点灯後ようやく曜ちゃんは腰を上げる。
 僕も一緒に立ち上がり映画館を出るとお昼を大分回っていた。

「どうする? 何か食べようか?」

「うん、そうだね」

 まあ食事と言ったって高校生の昼ご飯だ。
 選択肢も限られる。精々ファストフードかファミレスくらいのもんだ。

「ファミレスでもいいかな?」

「うん。喉渇いたしドリンクバーがあるからファミレスがいいかな」

 あぁ、さっき映画観ながら泣いてたからな。喉も渇いたことだろう。

「オッケー。じゃあそこのベニーズで食べる?」

「うん、行こ行こ」

 僕らは映画のことなんかを話しながら、すぐ先に見えているファミレスまで歩く。

「映画、楽しめた?」

「うん。泥棒さんが罠に何度も何度も立ち向かって途中で心折れそうになりながら頑張ってるの見てたらなんだかすごく感動しちゃって」

 あー、心折れそうっていうよりかうんこ漏れそうだったんだけどね、あれは……。
 感情移入した人たちが便意を催して何人か途中でトイレに席を立ってたわ。
 曜ちゃんはユニークだなあ。

 そしてすぐに目的のファミレスに到着する。
 なんかファミレスに来ると迷った挙句に結局はいつもハンバーグを注文するというのを繰り返しているので、今日は最初から迷いなくハンバーグを選んだ。
 曜ちゃんはスパゲッティのペスカトーレを注文した。

 お互いドリンクバーも注文したので、飲み物を注いでくるよと声をかけると一緒に行くと曜ちゃん。
 僕はレモンティーを炭酸水で割った。

「なにそれ、珍しいっ」

 曜ちゃんから好奇の目で見られてしまった。

「あー、甘いのあんまりたくさん飲む気がしなくてさ。いっつも炭酸で割って薄めて飲むんだ」

「ヘェー。マネしてみよっと」

「いいけど、好き嫌いがあるかもよ」

「ヘーキヘーキ! タクミくんとおんなじの味わってみたいからっ」

 そう言って微笑みを向けてくる曜ちゃん。
 またそういうかわいいことを……。
 ズルイぜそれは。

 ちなみにこれは、最初にお湯と濃縮されたレモンティー、そして最後はお湯という具合に出てくるここのドリンクバー用に僕があみ出した飲み方で、氷を入れたら濃縮された部分だけを注いであとは炭酸で割るというやり方だ。
 なので普通にただレモンティーを割ると薄くなりすぎてしまうのでお勧めできない。

 席に戻り、僕がそのレモンティーの炭酸割りという怪しげなドリンクを飲むのを見届けると、曜ちゃんはゴクリと息を飲んで覚悟を決めてから恐る恐る自分も口にした。

 だからそんなに恐る恐るならやめときゃいいのに。

「あ、さっぱりして美味しい」

 お? 分かってくれたかね。

「結構いけるでしょ」

「うん。好きかも」

 曜ちゃんはグラスを両手で持ってコクコクとかわいく飲んでいる。
 あ~、やっぱかわいいなぁ。
 どう見てもかわいいっしょ。

 やっぱなぁ、こうなっちゃうよなぁ……。
 自分のこのナンパな性格に、分かっちゃいたけどガックリだ。
 それなのにドキドキしちゃってる。

 注文していたものがそれぞれテーブルに運ばれてきて、その前にグラスが空になったのでまた飲み物を注ぎに立つ。
 曜ちゃんのグラスにはまだ残っているようなので一人でドリンクバーのところへ行く。

 今度は普通に烏龍茶だ。
 グラスに烏龍茶を注いで席に戻ろうとして、ふと視線を感じる。

 見知らぬ女性がどうもこちらを見ていた気がするが今はそっぽを向いている。
 つば広の帽子を被って大きなサングラスにノースリーブの黒い大人っぽいワンピースを着た女性だ。

 気のせいか……。

 気にしないことにして席に戻った。

 ハンバーグはそれなりに美味しくて、曜ちゃんとはバンドの話とか演奏の話なんかをしながらそれなりに楽しんだ。

「へぇー、ピアノを弾く男の子って素敵だよね」

「そうかな?」

 めっちゃかわいい女の子から素敵と言われて僕もまんざらじゃない。

「聴きたいなぁ……タクミくんのピアノ……」

「あはは。あの権藤ごんどう君は弾かないの?」

 権藤君というのは曜ちゃんが所属するTHE TIMEでキーボードをやってる人だ。

「え、ゴンちゃん? うーん、キーボードは弾いてるけどピアノって感じじゃないかなぁ」

「そうなんだ。まあバンドのキーボードが必ずしもピアノ経験者ってわけじゃないもんね」

「ていうかタクミくんのピアノが聴いてみたい」

 あ、この上目遣いは……く……羽深さんにも通じるものがある……。
 久々のズキューン来たなーこれ。くぅーーっ。

 あ、そう言えば……。

「じゃあさ。後で近くの美術館に行ってみようよ」

「美術館に?」

「うん。そこの敷地内にちょっとしたパティオがあってさ。そこにピアノが置いてあってね、誰でも自由に弾いていいことになってるんだ。他に弾いてる人がいなければ弾いてあげるよ」

「うわっ、なんか素敵そう!」

「じゃ、決まりだね」

 この後どうしようかと思ってたが、どうにかこれでもうちょっと間が持てそうだ。

 食後もしばらくお喋りをして、頃合いを見て美術館へ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

ペア

koikoiSS
青春
 中学生の桜庭瞬(さくらばしゅん)は所属する強豪サッカー部でエースとして活躍していた。  しかし中学最後の大会で「負けたら終わり」というプレッシャーに圧し潰され、チャンスをことごとく外してしまいチームも敗北。チームメイトからは「お前のせいで負けた」と言われ、その試合がトラウマとなり高校でサッカーを続けることを断念した。  高校入学式の日の朝、瞬は目覚まし時計の電池切れという災難で寝坊してしまい学校まで全力疾走することになる。すると同じく遅刻をしかけて走ってきた瀬尾春人(せおはると)(ハル)と遭遇し、学校まで競争する羽目に。その出来事がきっかけでハルとはすぐに仲よくなり、ハルの誘いもあって瞬はテニス部へ入部することになる。そんなハルは練習初日に、「なにがなんでも全国大会へ行きます」と監督の前で豪語する。というのもハルにはある〝約束〟があった。  友との絆、好きなことへ注ぐ情熱、甘酸っぱい恋。青春の全てが詰まった高校3年間が、今、始まる。 ※他サイトでも掲載しております。

ギャルゲーをしていたら、本物のギャルに絡まれた話

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
赤木斗真は、どこにでもいる平凡な男子高校生。クラスに馴染めず、授業をサボっては図書室でひっそりとギャルゲーを楽しむ日々を送っていた。そんな彼の前に現れたのは、金髪ギャルの星野紗奈。同じく授業をサボって図書室にやってきた彼女は、斗真がギャルゲーをしている現場を目撃し、それをネタに執拗に絡んでくる。 「なにそれウケる! 赤木くんって、女の子攻略とかしてるんだ~?」 彼女の挑発に翻弄されながらも、胸を押し当ててきたり、手を握ってきたり、妙に距離が近い彼女に斗真はドギマギが止まらない。一方で、最初はただ面白がっていた紗奈も、斗真の純粋な性格や優しさに触れ、少しずつ自分の中に芽生える感情に戸惑い始める。 果たして、図書室での奇妙なサボり仲間関係は、どんな結末を迎えるのか?お互いの「素顔」を知った先に待っているのは、恋の始まり——それとも、ただのいたずら? 青春と笑いが交錯する、不器用で純粋な二人。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

水着の下にTシャツって、そそる!

椎名 富比路
青春
pixivお題「Tシャツ」より

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...