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16 幸せな気分

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 アラームが鳴る前に目が覚めていて、僕は目を瞑ったまま起床時間の訪れをまんじりともせずに待っていた。

 眠れないのにじっとしているのもそれはそれで苦痛に感じ、アラームより少し早めにベッドを出て、アラームをオフにした。

 朝から高揚感に満たされていると同時に、また翻弄されそうだという予想も十分に立つので不安のような感情もある。

 時間が来たので家を出て待ち合わせの駅に向かうが、駅に着く前に昨日別れた交差点で羽深さんを見かける。
 ちょうど信号待ちしているところだ。
 僕の姿を見つけた羽深さんは昨日別れた時と同じように手を前に出して僕に向けて振った。
 その仕草が朝からかわいい。
 まあ時間帯はこの場合関係なく朝昼晩いつだってかわいいのだが。

「おはよー。いっつもわたしが拓実君を迎えてたから、わたしが迎えられるのってちょっと新鮮」

 羽深さんが横断歩道を渡ってくるのを待っていた僕にそう言葉をかけてくる。
 羽深さんは呑気にそんなことを言ってるが、僕は彼女を通りの向こうに認めた時からドキドキが止まらない。

「おはよう、羽深さん」

「ねえねえ、拓実君」

「はい?」

「ふふふ、なんだか早朝のデートみたいだね」

 僕に顔を覗き込んでいたずらっ子みたいに僕の反応を確かめる羽深さん。
 その手に乗るもんかという意思は早くも薄弱に崩れ落ちそうだ。

 羽深さんは真っ赤になる僕を見て自分も顔を赤くしている。だったらよせばいいのに何のチャレンジなんだよ、羽深さんは。

「そう言えば……ずっと言おうと思ってて言えなかったんだけど……」

「はっ、はいっ」

 急に改まって背を正す羽深さん。
 ただのお礼を伝えるだけなのに、意外と礼儀正しいんだな。育ちがいいんだろうか。

「あの……ビスコッティ、ありがとう……美味しかった……よ」

 やっと言えた。
 前々からちゃんと言わなくちゃと思いながらずっと言えてなかったから、ようやく言えてスッキリした。

「…………え、あ、あぁ~、あれね。うんうん、あれか」

 なんだこのリアクション?
 もしかしてビスコッティ僕にくれたことなんてもう忘れちゃってたパターンか?
 まぁなぁ。スクールカーストの頂点だからな。
 いちいち下々に下賜したもんなんて覚えちゃいられないのかもな。
 そう思うとちょっと寂しい気持ちになった。

「本当? よかった。じゃあ今度また腕を振るっちゃうかなー、あはは……ふぅ」

 あはは……ふぅのところがなんか気になるな。
 なんか僕、変なこと言ったんだろうか?

「そう言えば拓実君、今日は何を聴くの?」

「え? うーん、特に考えてなかったかなー」

 もちろんそれは嘘で、羽深さんが聴いていそうな曲のプレイリストのつもりだ。

「いっつもどんな基準で選曲してるの?」

「ん、あー。その時の気分……かな」

 前から羽深さんは僕が何を聴いてるのか興味があるみたいで結構食い下がってくるんだよなー。音楽好きなんだね。

「そっかー。じゃあじゃあ、わたしが今どんな気分か言ったら、拓実君オススメの曲を紹介してくれたりする?」

「え、それはまぁ、できるけど……?」

 嘘ですっ!
 できるけどっていうかむしろ願ったり叶ったりですっ! そりゃもう喜んで選ばせていただきますっ!
 犬みたいに尻尾全開でぶん回しながら羽深さんのために選曲しますよーーっ!

「ホント!? やったっ」

 羽深さんは胸の前で小さくガッツポーズを作っている。
 こっちは嬉しいんだけど、羽深さんがそんなに喜んでくれるとはちょっと意外だ。
 そしてその仕草、めっちゃかわいい。脳内シャッターを切りまくる。

 そうかぁ……ひょんなことから羽深さんと同じ音楽を妄想じゃなくて共通することができるのか……。
 これは実に感無量だ……。

「羽深さんは、どんな音楽が好み……かな?」

 そこは重要だ。ある程度好みに合わせた選曲をしたいからな、やっぱり。

 羽深さんは頬に人差し指を当てて考えている。
 その仕草がまた凶暴なまでにかわいらしさを引き立てている。

「うーん。拓実君のオススメならなんでも聴きたい」

 きゅーーーん。
 なにそれ、もぉーーっ!
 なんでそんなに僕の心臓を締め付けるようなことを!?
 このペースじゃ学校に着くまでこっちがもちそうにないんですけど!?

 改札を抜けて電車に乗るとこの時間まだそう人は多くない。
 自然と席に座ることになるのだが、案の定羽深さんはぴったりと肩を寄せてくる。

 だからなんなのだろうか。
 自分も真っ赤になるくせに捨て身で僕をからかいたいのだろうか。勘弁してほしい。
 かわいすぎて辛いから……。

 電車の中ではお互いに言葉がない。
 お陰で密着した肩の感触やら甘い匂いやらが僕の研ぎ澄まされた五感を刺激して困る。

 羽深さんは照れ隠しなのかスマホを操作して何かしてる。
 僕も手持ち無沙汰だしなんとなくスマホを手に取ると、Threadに着信があった。
 見てみると隣の人からだ。

『今の気分。し・あ・わ・せ♡』

 またこういうことを……。
 人をからかうもんじゃありません。

『わたしの気分の選曲でお願いDJさん!』

 あ、なるほど。そういうことか……。

『了解!』

 そういうことなら。
 僕は甘めのフィリーソウルやラヴァーズロックを中心に十曲くらいをその場で身つくろい、新しく作ったプレイリストに加えていった。

 しかし羽深さんが利用している配信サービスが何か聞いてなかったのに気づいた。

「羽深さんは音楽配信サービスは何か使ってる?」

「わたし? A○ple Musicだけど?」

「あぁ、本当に? じゃあ僕と一緒だからプレイリスト送るね」

 同じ配信サービスなので作ったプレイリストを共有できる。便利だ。

 羽深さんは僕が送ったプレイリストの曲をダウンロードするとイヤホンをスマホに差し込んだ。
 通常はBluetoothイヤホンを使用するタイプなのでこのイヤホンを使うにはライトニングケーブルからミニプラグへと変換する必要があるのだが、そこまでしてこれを使っているんだなぁ。

「ん」

 羽深さんがイアプラグの片割れを僕に差し出してきた。
 もしやこれは恋人たちが漫画やなんかでよくやってるやつをするってことなのか!?

「一緒に聴こ」

 うぉー、やっぱそうか。
 ヤッベェ、超嬉しい!
 今まで妄想だけでやってた憧れのシチュエーションだ。幸せの絶頂だ!
 まさかの学園クイーンとこんなことになるなんて。
 もうこれって付き合ってると思ってよくね?
 こんなことしてもらって調子に乗るなっていう方が無理だわ。

 そうして僕らは学校の最寄駅に着くまでの間、はたから見たらまるで恋人同士みたいに肩を寄せ合いイヤホンをシェアして、僕が作った甘~い音楽の詰まったプレイリストを聴いていた。
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