【6/5完結】バンドマンと学園クイーンはいつまでもジレジレしてないでさっさとくっつけばいいと思うよ

星加のん

文字の大きさ
上 下
2 / 83

02 しぼむ風船のように

しおりを挟む
 どちらかというと朝は決して得意な方ではない。
 でも毎日の僕の登校時間は早い。
 早い上に足取りも軽い。
 なぜなら。

「ぉ、ぉはよう」

 昨日の帰り際の出来事があったため、多少の不安は拭えなかったので少しおどおどした感じではあるが、僕より先に登校してすでに着席している羽深さんに挨拶する。

 そう、僕が足取りも軽く早い時間に登校している理由はこれ。

 ある時満員電車が嫌でたまたまたま早出したら、僕より先に羽深さんが教室にいた。それからしばらくの時間、まあほんの少しの時間だけど、教室には僕と羽深さんの二人きりの時間があったのだ。

 だからといって会話を交わすわけでもなく、ただ同じ教室に二人しかいなかったというだけなのだけど、僕にとっては至高の贅沢なひと時だった。
 偶然だったかもしれないけど、翌日も念のため早く登校したらやっぱり羽深さんだけが教室にいた。

 すっかり味をしめた僕はそれからは毎日早い時間に登校することにしたのだ。

 分かってる。僕のここまでの妄想も行動もはたから見たら全てが気持ち悪いことだって分かっている。
 だけどこんなことでくらいしか、つまり妄想の中でしか彼女との距離を埋められないなんて切ない話じゃないか。

 これから話すことは多分もっとキモいはずだし……。
 って自分で言ってて怖くなるわ。

「おはよう、楠木君。今日も早いね」

 僕が到着すると、朝の挨拶を交わしてから羽深さんはイヤホンを装着して何かを聴き始める。
 そりゃね。そうしていれば僕なんかと話さずに済むし……それ以上を望むべくもないって分かっているさ。

 だけどそんなひと時も存外悪くはないと思ってる。
 イヤホンをつけると羽深さんは若干唇を尖らせながらも決して怒ってそうする感じではなくて、笑いを噛みしめるようなはにかむようななんとも嬉しそうな微笑みを湛えるのだ。そして気持ち頬が上気しているようにも見える。

 その幸せそうな様子に、こっそり見惚れている僕もなんとも幸せな心持ちになってしまうのだ。
 あんな表情で羽深さんは一体どんな音楽を聴いているのかなぁなんて音楽好きとしては知りたくて堪らなくなる。でも羽深さんと比べてしまえばスクールカーストの底辺と言ってしまってもいいような僕にはそれを知るすべもない。

 だから他人に知られたら薄気味悪いだろうと思うけど、僕は羽深さんが聴いている音楽のプレイリスト(あくまで僕の妄想上のだけど)をこの時間聴くことにしている。
 そうすることで今僕は羽深さんと一緒に音楽を聴いているって気分に浸れるのだ。

 分かる。もしこんな話を他人に聞かせたらドン引きされること必至だ………。
 だからこれだけは絶対に誰にも知られるわけにはいかない秘密だ。他人に知られたら羽深さんに迷惑をかけるし僕の高校生活は完全に詰む……。

 羽深さんに迷惑が掛からないように、僕は他の生徒がそろそろ登校してくるかなという時間を見計らって、一旦教室を出てトイレに行く。
 少し時間を潰してから改めて、今登校してきましたよという体で教室に戻ってくる。

 それくらい気を遣わないと、昨日の帰りみたいなことが何をきっかけに起こるか分からないのだ。
 それにしても昨日は失態だったな。
 今日は昨日の反省を踏まえてなるべく気配を消しておとなしく過ごそう。

 そんな風にしてどうにかこうにか午前の授業を終えると、僕は粗相を起こさないようにと極力視線を自分の周囲1メートル以内に限定して教室を出た。
 我ながら卑屈だとは思うがごく一部の生徒の中には、モブキャラの揚げ足取りを生きがいにでもしているのかというような悪趣味な人間がいるのも事実だ。

 ホントのカースト上位の人間に関して言えば、僕みたいなのは関心の対象ですらないから基本なんでもないんだけど。
 中途半端な中間層が面倒くさくしてくれるのだ。

 あとは恙なく購買部までたどり着き、パンと飲み物を購入する。
 昨日は自分の席で食べていてうっかり羽深さんの微笑み(の幻?)に見惚れてしまうという粗相をやらかしてしまったので、今日の昼休みはどこか別の場所を探そうと思ってる。

 世間ではぼっち飯っていうのはなんだかものすごく寂しいことのような扱いだけど、個人的にはそうまで思わない。
 もっとも僕は別にぼっち飯を強いられる立場というわけでもないから気楽に感じているだけだろうか。

 クラスでだって別にぼっちというわけでもないし、昼食を一緒に食べようと思えば入るグループの一つや二つ苦もなく見つけられる。

 しかし昨日みたいなことが続いたらぼっち飯どころか本物のぼっちになりかねないので、危機回避のために今日は独り教室を離れて昼を過ごすことにした。

 校庭の片隅の植樹の辺り、校舎からは少し離れているので生徒も少なく木陰が涼しそうでなかなかの穴場かもしれない。
 いい場所を見つけた。
 地面も芝が植えてあって座り心地もフサっとしていて悪くない。
 腰を落ち着けて買ってきたパンをかじりかじりしながら、今朝の至高のひと時に想いを馳せる。

————あれれ……。

 今朝、昨日のことがあってちょっと緊張気味に挨拶したんだけど、羽深さんが挨拶を返してくれた時……。

 性懲りも無くまた脳内であの時の映像が音声とともに再生される。

「おはよう、楠木君。今日も早いね」

 羽深さんが僕の名前を呼んでくれた!?
 ていうかあの羽深さんが僕の名前を知ってくれてた!?
 しかも「今日も早いね」って……!

「スゲェッ!!!」

 って思わず叫んでしまって少し離れた場所にいた生徒から怪訝そうな目を向けられてしまった。

 あれ、でもこれも拗らせすぎた妄想の一環だったり?
 そう思った瞬間、まるで風船が萎むみたいにあれが現実だったという確信もみるみるうちに萎んでしまうのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

処理中です...