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五話
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明日、俺は首を斬り落とされる。
来るべき時が来ただけだ。何も悲しむことはない。エレイナ国はゾルディア王国に敗け、戦争は終わった。俺はその終戦を飾るために見せしめとして殺される。エレイナ国でも俺は反逆者として知れているからこれからの外交に影響も出ない丁度いい人物だと選ばれたのだろう。
道具としての最後だ、らしいといえばらしいか。
牢獄の中で一筋の月明かりが射し込んでいる、いつの間にか夜が深けていたらしい。決行は明日の朝だと聞いている。なら月を見るのはこれが最後になるだろう。
月が好きだった。戦場で幾度となく空を見上げるといつも変わらずいてくれるそれが好ましかった。人を殺しても仲間が死んでも自分を責めることもせず照らしてくれる光が心地よかった。静かな夜はいい。周囲の音がよく聞ける為敵の接近が分かりやすくなる、それに何より他の誰にも邪魔されない時間が欲しかったのだ。
このままずっと夜ならいいのに。
そんな願いすら届かず薄暗い鉄格子の向こう側から下卑た声が聞こえ出す。
「おいこいつだろ? 死神って言われてたガキは」
「馬鹿近づくなって、殺されでもしたらどうする?」
「お~怖っ。でもこんな細っこい野郎がねぇ.......ちょっと信じられねぇよな」
「噂通り辛気臭い野郎だ」
「でも見てみろよ、顔だけなら上玉だぜ?」
男たちの遠慮ない物言いが牢獄に響いていく。
「死なすには勿体ないよな~」
「変な気起こすなよ? 王様にバレたら.......」
「どうせ明日死ぬんだしいいだろ一晩ぐらい借りたって、なぁおいお前寝てんのか!!」
例え寝ていたとしても煩くて起きるだろう。耳障りな男の声に形だけの反応を示してやれば喉を鳴らした男の目がギラつく。
「おい本気か?」
隣の男は止めに入ろうとするがそれも虚しく錠の開く音がした。
「逃げられたらどうする!?」
「大丈夫だって。足には鎖があるしこいつはもう一ヶ月ろくなもん口にしてないんだぜ? 動けるような身体じゃねぇよ」
事実だけど癪だ。俺をギリギリ生きたまま捕らえていろという命令が下っていたのかここの食事は本当に貧相なものだった。
男が一歩近づいてくる。劣情にかられた目は僕を捕らえ言いようのない嫌悪感が全身を襲う。身の毛もよだつような恐怖で震えそうになる肩を抑え込んだ。
気持ち悪い、こんなことなら今すぐにでも処刑された方がマシだ。
「ったくさっさと終わらせろよ」
「了解~」
相方お前はもっと全力で止めろ!!
部屋の隅へと鎖の届く範囲で下がる。しかし逃げ切れるはずもなく男はむしろ楽しそうな声を上げた。
「おい怖がるなよ、よくしてやるから」
にじり寄ってくる男の手を払い除ければ歪んだ表情が目に付いた。嫌だ、気持ち悪い、近寄るな。
男の手がゆっくりと身体に触れる。
「ひっ」
「ひっ、だってよ。可愛い声上げるじゃねぇか。なぁおいお前も聞いただろ?」
息を荒立てた男が相方に話しかける。けれど、返事は帰ってこない。怪訝そうに振り返ろうとする男。
「おい? どうした.......」
彼の視界に入ったのは自分の前に立つ大きな影。
「ひぃぃぃっ」
顔を上げたその瞬間男は俺よりずっと情けない声を漏らした。ようやく気づいたのだろう、俺の悲鳴は男に触られたからではなくいつの間にか背後に回っているもう一人の存在に対してだと。
背の高い男が一人立っている。暗がりでも目につく上位階級の軍服。セオ・アーノルド辺境伯。
「あ、アーノルド様っ」
「誰が勝手に牢を開けていいと言った」
「こ、これはですね」
「言い訳など聞きたくない。この事は報告させて貰うからな、おいそっちのお前もだ」
「じ、自分は止めようと」
「実際に止めてないなら同罪だ。厳罰は覚悟しておけ、分かったら今すぐ失せろ!!」
男の怒声に慄いた二人は何度も躓きながらその場から逃げていった。そんな光景をどこか他人事のように眺めていた俺はようやく事態の奇妙さに気がつく。
どうして助けるような真似をしたんだろう。
あぁそうか。復讐でもしに来たのか。
敵国ゾルディア、俺のせいで失ってしまった兵士は数しれない。きっと同胞の仇を討ちたいか恨み言の一つでも垂れに来たのだと納得する。明日、殺されるのだ。もう今夜しか機会はないもんな。なら男からの仕打ちを黙って受け入れようと目を閉ざした。
さっきの連中に触れられるよりずっといい。
────いっそこの場で斬り捨てて貰えるなら。
「ノア、もう大丈夫だ」
おかしなことを言われ顔を上げた。俺を気遣うような言葉に不安が押し寄せる。アーノルドはゆっくりと割れ物に触れるような手つきで俺の肩を抱いた。その時ようやく自分が震えていたんだと気がつく。
「.......やはり小さいな」
歳は一応十八のはずなんだが食生活のせいか体つきが幼いと今までに何度か言われたことがある。結構気にしているので放っておいてほしい。
「おい」
結局何の用なのか口に出さないので焦れてこちらから問いただそうとした、その時だった。アーノルドが腰に携えていた刀を鞘から抜いた。
斬られる、そう身構えた瞬間金属の高音が響き渡った。足元を見れば繋がれていた鎖が綺麗に切られている。
意味が分からない。
無言でそう訴える俺と目が合ったアーノルドからは何も感じ取れない。
「立てるか?」
答えるより先に男が俺を担いだ。なんだコレ、何が起きてるんだ一体。
来るべき時が来ただけだ。何も悲しむことはない。エレイナ国はゾルディア王国に敗け、戦争は終わった。俺はその終戦を飾るために見せしめとして殺される。エレイナ国でも俺は反逆者として知れているからこれからの外交に影響も出ない丁度いい人物だと選ばれたのだろう。
道具としての最後だ、らしいといえばらしいか。
牢獄の中で一筋の月明かりが射し込んでいる、いつの間にか夜が深けていたらしい。決行は明日の朝だと聞いている。なら月を見るのはこれが最後になるだろう。
月が好きだった。戦場で幾度となく空を見上げるといつも変わらずいてくれるそれが好ましかった。人を殺しても仲間が死んでも自分を責めることもせず照らしてくれる光が心地よかった。静かな夜はいい。周囲の音がよく聞ける為敵の接近が分かりやすくなる、それに何より他の誰にも邪魔されない時間が欲しかったのだ。
このままずっと夜ならいいのに。
そんな願いすら届かず薄暗い鉄格子の向こう側から下卑た声が聞こえ出す。
「おいこいつだろ? 死神って言われてたガキは」
「馬鹿近づくなって、殺されでもしたらどうする?」
「お~怖っ。でもこんな細っこい野郎がねぇ.......ちょっと信じられねぇよな」
「噂通り辛気臭い野郎だ」
「でも見てみろよ、顔だけなら上玉だぜ?」
男たちの遠慮ない物言いが牢獄に響いていく。
「死なすには勿体ないよな~」
「変な気起こすなよ? 王様にバレたら.......」
「どうせ明日死ぬんだしいいだろ一晩ぐらい借りたって、なぁおいお前寝てんのか!!」
例え寝ていたとしても煩くて起きるだろう。耳障りな男の声に形だけの反応を示してやれば喉を鳴らした男の目がギラつく。
「おい本気か?」
隣の男は止めに入ろうとするがそれも虚しく錠の開く音がした。
「逃げられたらどうする!?」
「大丈夫だって。足には鎖があるしこいつはもう一ヶ月ろくなもん口にしてないんだぜ? 動けるような身体じゃねぇよ」
事実だけど癪だ。俺をギリギリ生きたまま捕らえていろという命令が下っていたのかここの食事は本当に貧相なものだった。
男が一歩近づいてくる。劣情にかられた目は僕を捕らえ言いようのない嫌悪感が全身を襲う。身の毛もよだつような恐怖で震えそうになる肩を抑え込んだ。
気持ち悪い、こんなことなら今すぐにでも処刑された方がマシだ。
「ったくさっさと終わらせろよ」
「了解~」
相方お前はもっと全力で止めろ!!
部屋の隅へと鎖の届く範囲で下がる。しかし逃げ切れるはずもなく男はむしろ楽しそうな声を上げた。
「おい怖がるなよ、よくしてやるから」
にじり寄ってくる男の手を払い除ければ歪んだ表情が目に付いた。嫌だ、気持ち悪い、近寄るな。
男の手がゆっくりと身体に触れる。
「ひっ」
「ひっ、だってよ。可愛い声上げるじゃねぇか。なぁおいお前も聞いただろ?」
息を荒立てた男が相方に話しかける。けれど、返事は帰ってこない。怪訝そうに振り返ろうとする男。
「おい? どうした.......」
彼の視界に入ったのは自分の前に立つ大きな影。
「ひぃぃぃっ」
顔を上げたその瞬間男は俺よりずっと情けない声を漏らした。ようやく気づいたのだろう、俺の悲鳴は男に触られたからではなくいつの間にか背後に回っているもう一人の存在に対してだと。
背の高い男が一人立っている。暗がりでも目につく上位階級の軍服。セオ・アーノルド辺境伯。
「あ、アーノルド様っ」
「誰が勝手に牢を開けていいと言った」
「こ、これはですね」
「言い訳など聞きたくない。この事は報告させて貰うからな、おいそっちのお前もだ」
「じ、自分は止めようと」
「実際に止めてないなら同罪だ。厳罰は覚悟しておけ、分かったら今すぐ失せろ!!」
男の怒声に慄いた二人は何度も躓きながらその場から逃げていった。そんな光景をどこか他人事のように眺めていた俺はようやく事態の奇妙さに気がつく。
どうして助けるような真似をしたんだろう。
あぁそうか。復讐でもしに来たのか。
敵国ゾルディア、俺のせいで失ってしまった兵士は数しれない。きっと同胞の仇を討ちたいか恨み言の一つでも垂れに来たのだと納得する。明日、殺されるのだ。もう今夜しか機会はないもんな。なら男からの仕打ちを黙って受け入れようと目を閉ざした。
さっきの連中に触れられるよりずっといい。
────いっそこの場で斬り捨てて貰えるなら。
「ノア、もう大丈夫だ」
おかしなことを言われ顔を上げた。俺を気遣うような言葉に不安が押し寄せる。アーノルドはゆっくりと割れ物に触れるような手つきで俺の肩を抱いた。その時ようやく自分が震えていたんだと気がつく。
「.......やはり小さいな」
歳は一応十八のはずなんだが食生活のせいか体つきが幼いと今までに何度か言われたことがある。結構気にしているので放っておいてほしい。
「おい」
結局何の用なのか口に出さないので焦れてこちらから問いただそうとした、その時だった。アーノルドが腰に携えていた刀を鞘から抜いた。
斬られる、そう身構えた瞬間金属の高音が響き渡った。足元を見れば繋がれていた鎖が綺麗に切られている。
意味が分からない。
無言でそう訴える俺と目が合ったアーノルドからは何も感じ取れない。
「立てるか?」
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