人でなしの手懐け方

どてら

文字の大きさ
上 下
5 / 15

五話

しおりを挟む
 明日、俺は首を斬り落とされる。

 来るべき時が来ただけだ。何も悲しむことはない。エレイナ国はゾルディア王国に敗け、戦争は終わった。俺はその終戦を飾るために見せしめとして殺される。エレイナ国でも俺は反逆者として知れているからこれからの外交に影響も出ない丁度いい人物だと選ばれたのだろう。

道具としての最後だ、らしいといえばらしいか。

牢獄の中で一筋の月明かりが射し込んでいる、いつの間にか夜が深けていたらしい。決行は明日の朝だと聞いている。なら月を見るのはこれが最後になるだろう。

月が好きだった。戦場で幾度となく空を見上げるといつも変わらずいてくれるそれが好ましかった。人を殺しても仲間が死んでも自分を責めることもせず照らしてくれる光が心地よかった。静かな夜はいい。周囲の音がよく聞ける為敵の接近が分かりやすくなる、それに何より他の誰にも邪魔されない時間が欲しかったのだ。
このままずっと夜ならいいのに。

そんな願いすら届かず薄暗い鉄格子の向こう側から下卑た声が聞こえ出す。
「おいこいつだろ? 死神って言われてたガキは」
「馬鹿近づくなって、殺されでもしたらどうする?」
「お~怖っ。でもこんな細っこい野郎がねぇ.......ちょっと信じられねぇよな」
「噂通り辛気臭い野郎だ」
「でも見てみろよ、顔だけなら上玉だぜ?」
男たちの遠慮ない物言いが牢獄に響いていく。
「死なすには勿体ないよな~」
「変な気起こすなよ? 王様にバレたら.......」
「どうせ明日死ぬんだしいいだろ一晩ぐらい借りたって、なぁおいお前寝てんのか!!」
例え寝ていたとしても煩くて起きるだろう。耳障りな男の声に形だけの反応を示してやれば喉を鳴らした男の目がギラつく。

「おい本気か?」
隣の男は止めに入ろうとするがそれも虚しく錠の開く音がした。
「逃げられたらどうする!?」
「大丈夫だって。足には鎖があるしこいつはもう一ヶ月ろくなもん口にしてないんだぜ? 動けるような身体じゃねぇよ」
事実だけど癪だ。俺をギリギリ生きたまま捕らえていろという命令が下っていたのかここの食事は本当に貧相なものだった。

男が一歩近づいてくる。劣情にかられた目は僕を捕らえ言いようのない嫌悪感が全身を襲う。身の毛もよだつような恐怖で震えそうになる肩を抑え込んだ。

気持ち悪い、こんなことなら今すぐにでも処刑された方がマシだ。
「ったくさっさと終わらせろよ」
「了解~」
相方お前はもっと全力で止めろ!!
部屋の隅へと鎖の届く範囲で下がる。しかし逃げ切れるはずもなく男はむしろ楽しそうな声を上げた。
「おい怖がるなよ、よくしてやるから」
にじり寄ってくる男の手を払い除ければ歪んだ表情が目に付いた。嫌だ、気持ち悪い、近寄るな。

男の手がゆっくりと身体に触れる。



「ひっ」



「ひっ、だってよ。可愛い声上げるじゃねぇか。なぁおいお前も聞いただろ?」
息を荒立てた男が相方に話しかける。けれど、返事は帰ってこない。怪訝そうに振り返ろうとする男。

「おい? どうした.......」



彼の視界に入ったのは自分の前に立つ大きな影。
「ひぃぃぃっ」
顔を上げたその瞬間男は俺よりずっと情けない声を漏らした。ようやく気づいたのだろう、俺の悲鳴は男に触られたからではなくいつの間にか背後に回っているもう一人の存在に対してだと。

 背の高い男が一人立っている。暗がりでも目につく上位階級の軍服。セオ・アーノルド辺境伯。

「あ、アーノルド様っ」
「誰が勝手に牢を開けていいと言った」
「こ、これはですね」
「言い訳など聞きたくない。この事は報告させて貰うからな、おいそっちのお前もだ」
「じ、自分は止めようと」
「実際に止めてないなら同罪だ。厳罰は覚悟しておけ、分かったら今すぐ失せろ!!」
男の怒声に慄いた二人は何度も躓きながらその場から逃げていった。そんな光景をどこか他人事のように眺めていた俺はようやく事態の奇妙さに気がつく。

 どうして助けるような真似をしたんだろう。


あぁそうか。復讐でもしに来たのか。


 敵国ゾルディア、俺のせいで失ってしまった兵士は数しれない。きっと同胞の仇を討ちたいか恨み言の一つでも垂れに来たのだと納得する。明日、殺されるのだ。もう今夜しか機会はないもんな。なら男からの仕打ちを黙って受け入れようと目を閉ざした。

 さっきの連中に触れられるよりずっといい。
────いっそこの場で斬り捨てて貰えるなら。

「ノア、もう大丈夫だ」
おかしなことを言われ顔を上げた。俺を気遣うような言葉に不安が押し寄せる。アーノルドはゆっくりと割れ物に触れるような手つきで俺の肩を抱いた。その時ようやく自分が震えていたんだと気がつく。


「.......やはり小さいな」
歳は一応十八のはずなんだが食生活のせいか体つきが幼いと今までに何度か言われたことがある。結構気にしているので放っておいてほしい。
「おい」
結局何の用なのか口に出さないので焦れてこちらから問いただそうとした、その時だった。アーノルドが腰に携えていた刀を鞘から抜いた。

 斬られる、そう身構えた瞬間金属の高音が響き渡った。足元を見れば繋がれていた鎖が綺麗に切られている。
意味が分からない。
無言でそう訴える俺と目が合ったアーノルドからは何も感じ取れない。

「立てるか?」
答えるより先に男が俺を担いだ。なんだコレ、何が起きてるんだ一体。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

賢者となって逆行したら「稀代のたらし」だと言われるようになりました。

かるぼん
BL
******************** ヴィンセント・ウィンバークの最悪の人生はやはり最悪の形で終わりを迎えた。 監禁され、牢獄の中で誰にも看取られず、ひとり悲しくこの生を終える。 もう一度、やり直せたなら… そう思いながら遠のく意識に身をゆだね…… 気が付くと「最悪」の始まりだった子ども時代に逆行していた。 逆行したヴィンセントは今回こそ、後悔のない人生を送ることを固く決意し二度目となる新たな人生を歩み始めた。 自分の最悪だった人生を回収していく過程で、逆行前には得られなかった多くの大事な人と出会う。 孤独だったヴィンセントにとって、とても貴重でありがたい存在。 しかし彼らは口をそろえてこう言うのだ 「君は稀代のたらしだね。」 ほのかにBLが漂う、逆行やり直し系ファンタジー! よろしくお願い致します!! ********************

嫌われ悪役令息に転生したけど手遅れでした。

ゆゆり
BL
俺、成海 流唯 (なるみ るい)は今流行りの異世界転生をするも転生先の悪役令息はもう断罪された後。せめて断罪中とかじゃない⁉︎  騎士団長×悪役令息 処女作で作者が学生なこともあり、投稿頻度が乏しいです。誤字脱字など等がたくさんあると思いますが、あたたかいめで見てくださればなと思います!物語はそんなに長くする予定ではないです。

記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで

橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。 婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、 不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。 --- 記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘! 次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。 --- 記憶は戻りますが、パッピーエンドです! ⚠︎固定カプです

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

顔だけが取り柄の俺、それさえもひたすら隠し通してみせる!!

彩ノ華
BL
顔だけが取り柄の俺だけど… …平凡に暮らしたいので隠し通してみせる!! 登場人物×恋には無自覚な主人公 ※溺愛 ❀気ままに投稿 ❀ゆるゆる更新 ❀文字数が多い時もあれば少ない時もある、それが人生や。知らんけど。

どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。

彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。 だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。 どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。

使命を全うするために俺は死にます。

あぎ
BL
とあることで目覚めた主人公、「マリア」は悪役というスペックの人間だったことを思い出せ。そして悲しい過去を持っていた。 とあることで家族が殺され、とあることで婚約破棄をされ、その婚約破棄を言い出した男に殺された。 だが、この男が大好きだったこともしかり、その横にいた女も好きだった なら、昔からの使命である、彼らを幸せにするという使命を全うする。 それが、みなに忘れられても_

処理中です...