やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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秘密の約束⑵

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「婚約破棄はしない」
はっきりとブラウンはそう言いきった。その姿があまりにも大人びていたので私の知らない間にいくつの時が過ぎたのか、一瞬本気で考えた程だ。
「.......理由を聞いても?」
「俺が嫌だからだ!」
「答えになってない!!」
「なってるだろ、これ以上の答えなんてねぇよ」
理屈に合わないって言ってるんだ馬鹿。
「それは感情論でしょう? 私が言いたいのは」
「周囲からの評価とか地位とか名誉、みたいな難しい話すんだろ。言っとくけどそんなこと喋られても俺は理解出来ねぇからな」
何で威張ってるんだ。
「私と貴方だけの問題じゃないんです、ギルバート家の次期当主としてお考え下さい。貴方に私は不釣り合いですよ」
私はいずれ勘当されるか処刑されるか、ベーカー家と共に没落する身だ。

これはただの我儘かもしれない。ブラウン・ギルバートという少年に会って直接話してしまったが故に生まれた情のようなものだ。

巻き込みたくないと思ってしまった。

なんて今更な発言だろう。それでもこのままでいるよりずっといい。

「ギルバート家の名前を出すならお前の負けだアイリーン、お前を嫁にと選んだのは他でもない父上だからな! 不釣り合いだというなら父上の判断ミスを意味する。そんなことあるわけが無い」
相変わらず親子揃って仲良すぎる。父親の判断信用しすぎだ。

「それに、俺だってお前を見てきた」
「.......」
「アイリーンお前はいい奴だよ」
そんな肯定は初めてかもしれない。
いい奴、か。曖昧で確証のない戯れ言だ。けれど言い様のない安堵感が湧いてくる。だから駄目なのだ。
「正直私にも分からないんです。これからどうすべきなのかも、貴方とどう接していけばいいのかも」
私の言葉に今度はブラウンが目を見開いた。
「貴方や貴方の周りは私の思い通りにいかない方が多すぎる、煩わしいんですよ本当に」
ギルバート家やハワード。優しい人の周りに集まった優しい人達。頭で考え作戦を練って利用する手立ては整っているのに邪魔な感情が横入りしてきそうになる。煩わしい、人と人との関係はいつだってそうだ。

私はずっと一人でも良かったはずなのに。

────ねぇ、私と友達になってよ。その方がきっと楽しいからさ。

 前世で唯一私と交流を深めてくれた彼女の台詞を思い出す。あの子の顔以外なら一字一句全て鮮明に思い出せる。私にとって友達とはそういうものなのだ、重みが違う。
この先ブラウンと友達として名ばかりの婚約者として付き合いをしていくのならきっと今以上の情が移ってしまうだろう。それではまずい。
私は私自身にすら冷酷でいなければいけないのだから。
「私は貴方からの優しさを返せません。だからどうか、お願いだから」
貴方の方から離れてくれ。私からはとても出来そうにない。

「それは義兄上の為か?」
「何で」
「お前が必死になるなんて義兄上関係に決まってるからな~」
そこまで気づくのか、よりによってこの幼い少年が。内心の驚きが表に出ていたのかブラウンは口元を緩めた。
「アイリーンもそんな顔できるんだな。初めて勝った気がする」
「そもそも貴方と勝負したことなんて一度だってありませんよ」
「それはお前が一度だって俺と向き合ってこなかったからだろ」
何を言われたのか分からずブラウンの顔をただ見つめた。
「お前はいつだって目の前の俺じゃない、ブラウン・ギルバートを見ている」
どう違うのだ。言い返してやりたいけれど心当たりがあって口を閉ざした。私は確かにブラウンをゲームの攻略対象としてしか見てこなかったかもしれない。レベッカや他の皆がゲームとは違う変化をしていても彼だけはそのまま成長していくのだと、アイリーンを忌み嫌う存在にいつかなってしまうのだと心底で考えていた。

「俺はお前のやり方を否定する気はねぇよ、馬鹿だなって思うけど」
「貴方にだけは言われたくない」



「賭けようぜアイリーン」
「賭け?」
「そう賭けだ。お前が満足するまでその悪者ごっこに付き合ってやる、アイザック義兄上が想いの人とちゃんと付き合えるまでだろ? それまで待っててやるよ」
「待つって貴方ね.......」
ゲーム通り進んでも十七歳だぞ。
「俺が待てたら俺の勝ち、悪者ごっこなんかやめてギルバート家に嫁いでこいよ。待てなかったらお前の勝ち。お前の好きにすりゃいい」
「好きに?」
「ギルバート家でも俺でも利用したいだけしてみればいい、お前こういうの好きだろ?」
悪趣味な賭けだ。まさかそんな提案をブラウンからされるなんて夢にも思わなかった。
「悪者ごっこに付き合うというのなら私をちゃんと悪人として接してもらいますよ?」
皆の嫌われ者アイリーン、それを彼自身もそう言い唱えていなければならない。できるわけがないだろ。この子はまだ子供だ。幼くて守られるべき存在。自分の思い通りにいかないことに対し憤りを感じたならそのまま手が出てしまうような子供。

我慢なんてできるわけが無い、この賭けは私の勝ちが決まっている。

「貴方と私は仲が悪い。それは私が普段から威張り散らし人を困らせるどうしようも無い悪役令嬢だから。貴方はそれをやめさせようといつも喧嘩腰に注意する、そんな名ばかりの婚約者」
それがゲーム内でのアイリーンとブラウン。
「その演技を続けることが出来たなら、構いませんよ、その時は貴方の勝ちですブラウン」
「ようやく俺の名前を呼んだな。見ていろ、俺はこう見えて我慢強いんだ!!」


もし私に誤算があったとするのなら、このブラウンという少年のどこまでも純粋な好意を今だけのものだと目を背けてしまった事だろう。




そんな、遅すぎる後悔をするのはいつか.......。

    
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