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秘密の約束

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「こんな所に居たんですか、ブラウン様」
人気のない茂みの中。膝を抱えて目を腫らしている少年が私の顔を見て複雑そうにまた眉を歪めた。
「随分泣いたご様子ですが」
「泣いてない!! そもそもこれはアイリーンが」
「そうですね。これは全部私のせいです」
「違う俺はそういう意味で言ったんじゃない、分かってるだろお前頭良いんだから」
分かってはいる。ブラウンが何を悩み何故怒っているのか。分かっているからこそ断言するのだ。これは私のせいなのだと。











 今日は狩猟の見学に来ていた。貴族の中では嗜みとして時々山に入り獣を狩るのが普通だったりする。狩ったものを周囲に見せつけ自分の腕前を自慢する、そんなイベントに参加する羽目になったのはアルフレッドのせいだ。
彼はこういった行事を野蛮の一言で済ませ嫌う。本音は自分の運動神経がお世辞にもいいものではないので人前で恥をかきたくないだけだろう。

「私は物凄く多忙で今回の件にどうしても参加出来ないんだが、それではベーカー家の面子が立たないだろ? 代わりにアイリーンが行ってきてくれないか?」
「嫌ですけど」
ベーカー家の面子とか潰れてしまえ主義の私に何言ってんだこいつ。
「.......何か欲しいものは?」
「そうやって毎回毎回物で釣ろうとする癖治した方がいいですよ。貴方の代わりならリリアン様が適任では?」
夫の代わりは妻だと相場で決まってるだろ。
「リリアンは駄目だ。彼女は獣臭いのがどうも苦手でな」
私だって臭いの嫌なんですが。
「アイリーンが駄目なら仕方ない、アイザックに頼むか」
「やだな~お父様、お父様の顔を立てるためにも私自ら赴きましょう」
アイザックが行ったら血を見て倒れるかもしれないからね。
「アイザックが関係すると心配性通り越して過保護になる癖、いい加減どうにかしなさい」
「おまいう、ってやつですそれ」

そんなこんなで私は貴族達が集う狩りイベントに参加させられることになった。

知り合いで参加していたのはオスカー・ギルバートとその息子ブラウン、それにダミアン家のご夫妻、ワイアット家の奥さんだった。ダミアン家とワイアット家の奥方はそれぞれ初対面だったがどちらも旦那を尻に敷くといった胆の据わった方だった。何でも狩りが得意らしい、強いな~。
「カイスやクロードは来てないんですか?」
「クロードは剣術の鍛錬が忙しくてね」
「うちのカイスは動物狩るの怖がるから駄目なのよ~」

私は見学だけなので暇つぶしにブラウンと一緒に見て回ろうかと思っていた矢先事件は起きた。

「痛っいたただだだだ」
「ばーかばーか!!」
「こら何やってんだお前たち!?」
騒ぎの声を聞きつけて駆け寄ってみればザワついた周囲の視線はブラウンともう一人彼と同い歳くらいの男の子に向けられている。

ブラウンは男の子の胸ぐらを掴みかかり、頬には引っかき傷が。男の子はブラウンにやられたのか口元が切れている。


喧嘩だ。


「そんな野蛮なことをして貴族として恥ずかしくないのか!!」
男の子の父親らしき人物が怒鳴っているが狩りも同じくらい野蛮だと言えば私にまで飛び火がくるんだろうな。
「だってこいつが」
「だってブラウンが」
「喧嘩両成敗!! 二人とも反省しなさい」
おお~ここが江戸なら見物人大喜びだったのに残念だなぁ。
そんな風に他人事だと余裕ぶっていられたのは一瞬だった。結局無理やり仲直り? されられたブラウンは不機嫌そうに一人で何処か行ってしまい、友達もいない私はここぞとばかりに言い寄ってくる貴族連中の相手をしなければならなかった。

 そして聞いてしまったのだ。ブラウンと喧嘩した少年が自分の父親に愚痴を零している所を。

「あいつあのワガママ令嬢の婚約者なんでしょ? 何でオレが怒られてんの」
その言葉に私が固まってしまった。
「あいつこの前のパーティーで自分のドレス汚した女の子泣かしたんだろ? ブラウンにそれ言ったら急に怒ったんだよ」
少年は私が聞き耳を立てているのに気づかず話し続ける。
「あんな奴とつるんでたらブラウンまで何か言われる!!」


その通りだ。


なんてことも無い今更の事実。分かっていたはずなのに。

気がつけば私はブラウンの姿を探しに走っていた。



























「ブラウン様」
すっかり腫れてしまった彼の目にハンカチをあててやる。ひどい顔だ。
「お前今失礼なこと考えただろ」
「まさか。それよりほら鼻水が出てますよ」
ブラウンがハンカチで鼻をかむ。私に返そうとしてきたので丁重にお断りした。
「私を庇ってくれたんですね」
少年から聞いたことを伝えればブラウンはバツ悪そうに顔を逸らした。
「俺はただ婚約者の悪口を言われたからそれ相応の返しをしただけだ」
そう、ブラウンにとってそれは当たり前のこと。アイザックとは違い彼の優しさはどこまでも彼の素なのだ。だからこそ.......。

「迷惑ですよ」
「アイリーン?」
「貴方の行いも気遣いも全部迷惑だ、貴方にそれだけのことをして貰っても私はやり方を変えるつもりは無いし貴方に降りかかる火の粉を払ってやれない」
独り言のように並べていく。

「私は貴方が私のせいで傷ついても責任を持てない、はっきり言ってその善意は迷惑だ」

ブラウンが泣いたのは確かに私のせいなのだ。私の為ではなく。ならこの先彼にとって私の存在は邪魔にしかならないのでは? 出会った頃とは違う。出来るだけ目立たないよう、ゲームのストーリーから逃げようとしていたあの頃とは違う。私はこれからも悪役令嬢として生きる。

「婚約破棄しましょう、ブラウン様」


なんて今更な後悔なんだ。

皮肉げに作った私の顔はちゃんと笑えているだろうか?
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