やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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そして何も盗まれなかった

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 「どうしてお嬢がソレを持ってんだ」
ソレ、と私の手にある宝石を指差した。
「手伝ってあげたんですよ、貴方たちを」
わざとらしく宝石を手に掲げ、こちらには悪意がないことを伝える。そして傷がつかないようテーブルに置いた。
「座っても?」
長話になりそうだから。
「あぁ」
短く答えたハワードの目は驚きと戸惑いが入り混じっていた。もう夜も更けている、時間が惜しいので早速話を切り出した。
「これ、偽物なんですよね?」
オスカー・ギルバートが結婚記念日に用意していたサファイアのブローチ、私のような素人じゃ一見しただけでは何も不自然な部分を見つけられない。だから半信半疑なんだけど。
「どこで気づいた」
「宝石のことならいまだに確信はありませんよ」
「違ぇよ、盗難の件だ」
「そもそもこれを盗難といっていいのか疑問ですね。どちらかと言えば隠蔽工作でしょう?」
ハワードは分かりやすい程たじろいだ。当たりだったらしい、疑惑が確証へと変わる。
「ハワード先生、貴方を含めギルバート家の使用人はこの宝石が偽物であることを知っていた。今回の件はオスカー・ギルバートが贋作品を掴まされた事を隠すための偽装工作、違いますか?」
「.......ったく、なんでよりによってお嬢にバレんのかねぇ」
「簡単ですよ。やり方が私と似てただけです」


 オスカーは度々紛い物の品を騙され買わされていた。カモリスト、という言葉を知っているだろうか? 彼はまさにそれなのだ。結婚記念日の品を買えて満足気に自慢してきたオスカー、その手にあるのは偽物の宝石が飾られたブローチ。そんな光景を目の当たりにしハワードは硬直したと言う。
「よく偽物だって気づきましたね」
目を細めてみるが全く分からない。そもそもジュエリー類の知識があまりないんだよな~。
「魔法学には宝石を扱う機会が多いからな。それに俺は一応商人の子なんでね、目利きの真似事ぐらいできる」
「えっ、貴族の家柄じゃないんですか?」
「もし俺の家が貴族なら金遣いの荒さからとっくに破産してる、魔法学は金食うからな」
知らなかった。てっきりいい所の坊ちゃんが勉学の才を見出してしまったのかと。

偽物だと察したハワードはものすごく動揺したらしい。運の悪いことにオスカーは結婚記念パーティに招待した客人の何人もに「次のパーティではサプライズの品を用意しているんだ! サファイアのブローチなんだがこれが素晴らしい一級品で.......」と息巻いていたのだ。
そんな場でもし偽物が出てきて、万が一貴族の誰かに気づかれでもしたらオスカーは赤っ恥ですまない。

「オスカー様騙したって商人の特定までは出来てんだがな、肝心の物はオスカー様が大事にしまい込んでただろ?」
「本人に素直に伝えればよかったのでは?」
「.......ショック受けるだろうが。それにもう招待客に知られてんだぞ」
そこで思いついたのが盗難事件だ。オスカーの名前に傷がつかないよう邸の皆で結託することにしたらしい。
「犯人はハワード・ランドルフだと噂を撒いて、そのプレゼントを盗む時だけアリバイを作る気だったんですよね?」
アリバイなんてのは一度でいいのだ。一度だけでもあれば犯人だと疑われなくなる。
「あのプレゼント盗んでる間俺が他でもねぇオスカー様と一緒にいたらそれで十分アリバイになるからな」
私が違和感を覚えたのは邸内の様子だった。ハワード自身は自分が疑われていると気分を害しているのに、私が聞いている範囲ではそんな話一つも出てこなかったのだ。和気あいあいと楽しげに仕事をする使用人たち。ベーカー家とは違う穏やかな雰囲気が胸につかえたのだった。
「騙すならオスカー様の前で使用人たちと大喧嘩するとか小芝居ぐらいしないと」
「お嬢みたいな疑り深い人間はここに居ねぇからな、油断したわ」
ひどい言われようだ。念には念をって言葉知らないのか? 不貞腐れる私に冗談だと笑みを浮かべるハワードの表情はいつかのブラウン同様イタズラっ子がイタズラを見つかった時を思い起こさせた。天才と謳われてもやはり中身はまだ子供なんだ。
「怖かったでしょう」
「何のことだか」
やむを得ないとはいえオスカーの信頼を裏切るような行動を取ったのだ。バレた時、オスカーといえどお咎めがない保証は何処にもなかった。怖くないわけがない。それでも彼は恩師の為に自ら疑いの目で見られる道を選んだ。

 似てる、というより私が今アイザックにしようとしていることとそっくりだ。共感できる部分があったからこそ気づけたのだろう。
「オスカー様はこの邸で度重なる盗難事件について言及する気は無いと言っていましたよ、貴方たちの気遣いを察しているのかもしれません」
相次いで盗まれたのは全て偽物の品だった。それと今日盗まれたプレゼントを結びつけて「もしかしてアレは偽物だったんじゃないか?」なんて考えが頭に過ってもいい頃だ。


「愛されていますねオスカー様は」

邸の皆に、そしてハワードにも。これがベーカー家ならありえない事だ。

「あぁ、良い方だよ本当に。.......そういや結局ソレ何処にあったんだ? 昼間使用人が忍び込んだ時いつもの場所にねぇって焦ったんだぜこっちは」
私が聞き耳を立てていた現場はその時の会話だろう。







「私とブラウン様が先に忍び込んでいたんですよ、オスカー様はそれを注意して保管場所を変えていたんです」
冷静になれば、あの時宝石の場所を知っている人間はオスカーとブラウンそして私だけという事になる。きっとオスカーには私が今回の一件に手を貸していることもバレてしまうだろう。


「あのクソガキ」

口の悪い家庭教師は自身の計画をいつも通り台無しにされ、怒りを通り越して呆れ返っていた。


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