やさぐれ令嬢は高らかに笑う

どてら

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名ばかりの婚約者⑵

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 ブラウンに連れられて来たのはギルバート家が誇る訓練所だった。逞しく屈強な肉体をした男たちが汗を流し励んでいる。
「凄い、ですね」
これほどの熱気をまじかに感じたことは今までなかった。王国が誇る騎士団、他国との戦争にも圧倒的な差をつけ数々の勝利を国に捧げてきただけあるな。その中でもギルバート騎士団長の経歴は華ばなしい。歴代最年少で入隊後、一人で騎士団数十人分の功績を何度も上げ順調に出世。そして三十代半ばにして団長へ任命され今齢四十を超えてからも現役バリバリだ。

彼の素晴らしいところは団長という立場に上り詰めた今でも果敢に自ら死地へ赴き戦の虚しさ厳しさを忘れず胸に秘め続けていることだろう。武勲、人柄、何をとっても抜きん出た才を持つまさに天才だと.......ブラウンが言っていた。
「父上は本当に凄いんだ!!」
熱く語るブラウンの話にかれこれ三十分は耳を傾けている。凄いのは君の熱意だよ少年。
訓練所に圧倒されつつ近くの木陰で休むことにした私たちは、日々の鍛錬が騎士にとっていかに重要かという話から何故かオスカー・ギルバートがいかに偉人であるかという話にすり替わって長い時間を過ごしていたのだ。

 「俺は、父上のような騎士になりたいんだ」
そう締めくくったブラウンの顔つきは大志を抱く子供そのもので私にもそんな時代があったような無かったような.......無かったな。とにかく羨ましいとすら思えるほど真っ直ぐな目だった。

 ブラウン・ギルバートというキャラクターは郁曰く少々天邪鬼なところがあるらしい、女性に対するぶっきらぼうな態度もその性格故だろう。しかし根は真面目で素直、尊敬する父の影響から正義感が人一倍強くその為にアイリーンと何度も衝突していたようだ。

 ゲーム通りなら私とブラウンは婚約者なんて名ばかりのいがみ合うような関係になるのだが、さてどうしたものか。
「ブラウン様」
「ん? どうかしたか?」
「貴方がこの婚約を望まれていないのは承知しております、しかし私にはギルバート家からの申し出を断る権限がございません。もし貴方が他の誰かとの婚姻を望むなら.......貴方からオスカー様に話を通して頂けませんか?」
私がアルフレッドに可愛く「婚約なんてしたくないんですっ!」なんて言ってみろ、その日一日失笑されるだけだ。もともと腫れ物扱いな私にこの婚約を蹴ることは出来ない、ならブラウンの方から頼んでもらうしかない。
オスカーはあの様子じゃかなりの親馬鹿だ。息子がどうしてもと言えば聞いてくれる可能性は高い。

「お前もこの婚約を望んでないのか?」
「私の意志など」
「答えてくれ」
命令ではない。子供がお願いするみたいな口調に少し口元が緩んでしまう。
「ブラウン様自身がどう、という訳ではありません。しかし貴方はきっと私には合わない」
「ギルバート家が伯爵家でお前が公爵の娘だからか?」
「家柄ではなく人柄のことですよ。私は貴方と違い自身の為なら平気で嘘をつきます、誰であっても騙してみせます」
そして私には追放か処刑かなんて恐ろしい結末が首元に鎌をかけているような状況なのだ、むやみに彼を巻き込むのはあまりにも可哀想だろう。


「そんなんじゃ誰も嫁にもらってくれないぞ?」
「まぁそうですね」

ブラウンは悩んだ。しばらく唸ってよし、と声を出し私を向き直る。

「そんなの可哀想だから俺がお前のこと嫁に貰ってやるよ、べ、別にお前のためじゃなくてこらはその、人助けだ!!」
失礼にも程があるだろ。
言葉を失った私の様子を見て同意と勘違いしたのか満足気なブラウンは「仕方ねぇからな~」と上機嫌だ。

私はそんな彼を見て色々諦めた。

この子あんまり理解出来てないんだな、その時はそう流したのだ。





「ブラウン、アイリーン嬢!」
気づけば日が傾いている。思いの外長い間喋っていたらしい私の元にオスカーとアルフレッドが迎えに来てくれた。
「もうすっかり仲良しだな」
オスカーは温かい眼差しを私たちに向ける。誤解です、年下には興味ありませんなんてこの場で言おうものならアルフレッドから笑顔の圧がかけられるだろうな.......そういえばアルフレッドはどうして目を落としたまま動かないんだろう。
「お父様?」
「剣術とは.......死」
相当やられたらしいな。珍しいものが見れて私の気分は少しだけ上昇した、アルフレッドと何か揉めたらオスカーを頼るのもいいかもしれない。


 日が完全に落ちてしまう前に帰ろうと馬車に乗り込む直前、ブラウンが遠慮がちな声をかけてきた。
「約束は果たす。またな」
「.......ええ、またお会いしましょう」
予想外にも無事終わりそうだ。てっきり喜んで婚約破棄を叩きつけられるとばかり思っていたが、これもゲーム補正とやらなのか?

「それでは公爵どの、また是非に」
「次は椅子に腰を落ち着けて話し合いましょう。ではこれで」
何か言われる前にそそくさと乗り込むアルフレッド。私はその後に続き控えめな会釈を二人にした。














 揺れる馬車の中で瞼が重く感じてきた。
「寝てていいよアイリーン。ついたら従者が起こしてくれるさ」
あんたも寝る気なのか。
二人して今日の出来事を話す気力もない。
「おやすみアイリーン、これから大変だろうから暫しの休息ということで」
私はアルフレッドの言葉の意味なんて考える余裕もなく、ただ静かに眠りへと誘われていく。

遠くの方でいつかクラリスが歌ってくれた子守唄が耳に響いていた。





    
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