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アルフレッド公爵
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ベーカー家は古くからある公爵の家系だ。そして今私の目前に立つ男がベーカー家13代目当主、アルフレッド・ベーカーに他ならない。
「よく来たね、歓迎するよ」
何が歓迎だ。無理やり連れてきたくせに。
「お初にお目にかかります、アルフレッド公爵」
「幼いのに礼儀正しくて好ましい限りだ。私としては気軽にお父様、と呼んでくれても構わないけれど」
「ご冗談を。私の父は落馬して死にましたよ」
アルフレッドは不敵な笑みを浮かべた。
「それはクラリスから聞いたのかい?」
「童のたわいもない作り話です」
彼からクラリスの名前を聞いた時、背筋が凍りつくような嫌悪感が全身に伝った。父親だなんて笑わせる、五年も私たちを放っておいて今更何の用だ。
「そう睨むなよアイリーン」
「あんたに呼ばれたくない」
その名を呼ぶのはいつだって優しい母であってほしい。アルフレッドは頑なな私の態度に口元を緩めるとソファーへ腰掛けた。ふんぞり返ってこちらを品定めする視線はまさに公爵様々といったところだ。
「君はクラリスによく似ている」
私の黒い髪も瞳の色も全てクラリス譲りだ。アルフレッドの髪は白銀と呼ばれる程に透き通った輝きを放ち、肌は琥珀色そのもの。まだ会ったことはないがアイザック・ベーカーは彼の血を濃く受け継いだらしい。
「それで、私をこんな所に連れてきて何のご用でしょうか」
「公爵邸をこんなところ呼ばわりか。気の強いところは母親に似なかったようだな」
気が強いというより単純にこの男を嫌悪してるんだ。
「君をここベーカー家に迎えよう。今日からアイリーン・ベーカーを名乗ればいい」
やはり、というべきか。この世界が『君が為に~恋を贈る学園』の中ならアイリーンは幼少期にベーカー家へ引き取られる、それはゲーム内での決定事項だろう。経緯こそゲーム内では語られていなかったがアイリーンがいずれ主人公の女性へ口にする「私から家族を取らないで」の言葉に起因する出来事なのはまず間違いない。
もうあれだな、アイリーンとして生きていくならまずこのアルフレッドを何とか始末しないと駄目なんじゃないか? 私の仄暗い考えを見透かしたようにアルフレッドが口を開いた。
「私は随分嫌われているようだね」
「.......お母様は今どうされているのでしょう」
私と引き剥がされたクラリスは今一体何をしているんだろう。
「心配しなくていい。彼女の身の安全は保証しよう」
「信用出来ると?」
「するしかないだろう、今の君には」
こいつ。私は口汚く罵りそうになった自分を抑えるため口元を噛み切った。
「他に質問は無いかね?」
「何故今になって私を引き取ろうと思ったのですか?」
ベーカー家には既にアイザックという跡取りがいる。彼が病で伏せているなら別だが少なくとも後に学園へ通えるほど健康的なはずだ。アルフレッドは私の質問に失笑を混じえて答えた。
「私だって本当は望んでいなかったんだよ。でも、この仕事をしていると多方面に敵が出来るだろう? 駒は多い方がいい」
駒、か。血縁関係のある娘に対して正面からお前は道具だと言い切ったぞこの男。
私の中にあった嫌悪感は憎悪へと変わった。こんな奴の利益の為に私はクラリスから離されたのか、せっかく手に入れた家族を。
「クラリスはあまり身体が丈夫じゃないようだ」
はっと目を見開いた。私の驚きがアルフレッドに届いたのだろう、気味の悪い笑みでこちらを見ている。
「思い当たる節でもあるのか?」
「.......」
「費用は私が出して彼女に治療を受けさせてやってもいい」
私は再度アルフレッドを見返した。
「ほ、本当に?」
クラリスの容態はどんなものか分からない。しかし放置しておけば悪化の一途を辿るだろう、この世界に最先端の医術は見込めないが魔法という未知の領域がある。もし公爵であるアルフレッドの命ならそれこそ完治を見込める可能性は高い。
「もし君が我が家に来るのならの話だがね」
私は前世で母親と仲がよくなかった。成り行きで父と結婚することになった母には他に愛していた男がいたらしい、母はその人の子を産みたかったのだろう。父方の祖母はいつも母を罵っては私を引き合いに出し「お前の子だから身体が弱いんだ」等と吐き捨てていた。そんな母は私を最期まで愛してくれなかった、私も彼女から愛されたいと思わなかった。家族であろうともしなかった私にとってクラリスは.......。
「私がベーカー家のモノになるならお母様を助けて頂けるんですね」
「あぁ。治療は必ず」
「治療以外にも、その後貴方が彼女に何らかの危害を加えないと約束して頂けますか。破られた場合私は貴方の目の前で、今生と末代そして幾千年紡がれたこの家の歴史を呪いながら舌を噛み切ってやる!!」
アルフレッドは一瞬、目を見開いた。語尾を崩した不敬も咎めず微笑んだ。
「.......お前は本当に、今の今まで捨ておいたのが勿体ないぐらいだ」
アルフレッドは始めて見せる真剣な顔で私に誓った。
「お前がアイリーン・ベーカーである限り、クラリスには手を出さない」
「貴方がクラリスの安全を保証する限り、私はアイリーン・ベーカーでありましょう」
この誓いがいつか血に染まらないことを祈り、二人は思い思いの盟約を交わしたのだった。
「よく来たね、歓迎するよ」
何が歓迎だ。無理やり連れてきたくせに。
「お初にお目にかかります、アルフレッド公爵」
「幼いのに礼儀正しくて好ましい限りだ。私としては気軽にお父様、と呼んでくれても構わないけれど」
「ご冗談を。私の父は落馬して死にましたよ」
アルフレッドは不敵な笑みを浮かべた。
「それはクラリスから聞いたのかい?」
「童のたわいもない作り話です」
彼からクラリスの名前を聞いた時、背筋が凍りつくような嫌悪感が全身に伝った。父親だなんて笑わせる、五年も私たちを放っておいて今更何の用だ。
「そう睨むなよアイリーン」
「あんたに呼ばれたくない」
その名を呼ぶのはいつだって優しい母であってほしい。アルフレッドは頑なな私の態度に口元を緩めるとソファーへ腰掛けた。ふんぞり返ってこちらを品定めする視線はまさに公爵様々といったところだ。
「君はクラリスによく似ている」
私の黒い髪も瞳の色も全てクラリス譲りだ。アルフレッドの髪は白銀と呼ばれる程に透き通った輝きを放ち、肌は琥珀色そのもの。まだ会ったことはないがアイザック・ベーカーは彼の血を濃く受け継いだらしい。
「それで、私をこんな所に連れてきて何のご用でしょうか」
「公爵邸をこんなところ呼ばわりか。気の強いところは母親に似なかったようだな」
気が強いというより単純にこの男を嫌悪してるんだ。
「君をここベーカー家に迎えよう。今日からアイリーン・ベーカーを名乗ればいい」
やはり、というべきか。この世界が『君が為に~恋を贈る学園』の中ならアイリーンは幼少期にベーカー家へ引き取られる、それはゲーム内での決定事項だろう。経緯こそゲーム内では語られていなかったがアイリーンがいずれ主人公の女性へ口にする「私から家族を取らないで」の言葉に起因する出来事なのはまず間違いない。
もうあれだな、アイリーンとして生きていくならまずこのアルフレッドを何とか始末しないと駄目なんじゃないか? 私の仄暗い考えを見透かしたようにアルフレッドが口を開いた。
「私は随分嫌われているようだね」
「.......お母様は今どうされているのでしょう」
私と引き剥がされたクラリスは今一体何をしているんだろう。
「心配しなくていい。彼女の身の安全は保証しよう」
「信用出来ると?」
「するしかないだろう、今の君には」
こいつ。私は口汚く罵りそうになった自分を抑えるため口元を噛み切った。
「他に質問は無いかね?」
「何故今になって私を引き取ろうと思ったのですか?」
ベーカー家には既にアイザックという跡取りがいる。彼が病で伏せているなら別だが少なくとも後に学園へ通えるほど健康的なはずだ。アルフレッドは私の質問に失笑を混じえて答えた。
「私だって本当は望んでいなかったんだよ。でも、この仕事をしていると多方面に敵が出来るだろう? 駒は多い方がいい」
駒、か。血縁関係のある娘に対して正面からお前は道具だと言い切ったぞこの男。
私の中にあった嫌悪感は憎悪へと変わった。こんな奴の利益の為に私はクラリスから離されたのか、せっかく手に入れた家族を。
「クラリスはあまり身体が丈夫じゃないようだ」
はっと目を見開いた。私の驚きがアルフレッドに届いたのだろう、気味の悪い笑みでこちらを見ている。
「思い当たる節でもあるのか?」
「.......」
「費用は私が出して彼女に治療を受けさせてやってもいい」
私は再度アルフレッドを見返した。
「ほ、本当に?」
クラリスの容態はどんなものか分からない。しかし放置しておけば悪化の一途を辿るだろう、この世界に最先端の医術は見込めないが魔法という未知の領域がある。もし公爵であるアルフレッドの命ならそれこそ完治を見込める可能性は高い。
「もし君が我が家に来るのならの話だがね」
私は前世で母親と仲がよくなかった。成り行きで父と結婚することになった母には他に愛していた男がいたらしい、母はその人の子を産みたかったのだろう。父方の祖母はいつも母を罵っては私を引き合いに出し「お前の子だから身体が弱いんだ」等と吐き捨てていた。そんな母は私を最期まで愛してくれなかった、私も彼女から愛されたいと思わなかった。家族であろうともしなかった私にとってクラリスは.......。
「私がベーカー家のモノになるならお母様を助けて頂けるんですね」
「あぁ。治療は必ず」
「治療以外にも、その後貴方が彼女に何らかの危害を加えないと約束して頂けますか。破られた場合私は貴方の目の前で、今生と末代そして幾千年紡がれたこの家の歴史を呪いながら舌を噛み切ってやる!!」
アルフレッドは一瞬、目を見開いた。語尾を崩した不敬も咎めず微笑んだ。
「.......お前は本当に、今の今まで捨ておいたのが勿体ないぐらいだ」
アルフレッドは始めて見せる真剣な顔で私に誓った。
「お前がアイリーン・ベーカーである限り、クラリスには手を出さない」
「貴方がクラリスの安全を保証する限り、私はアイリーン・ベーカーでありましょう」
この誓いがいつか血に染まらないことを祈り、二人は思い思いの盟約を交わしたのだった。
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