吸血鬼さんに愛されてます!シリーズ

でんすけ

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一章:借金を抱えた少女と人懐っこい吸血鬼の場合

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「吸血鬼……って、あの吸血鬼ですか?
太陽が苦手で、十字架とニンニクと銀が苦手で、あと、血を吸う……」

「うーんと、その中で僕に関して言えば、血を吸うことだけかなー。吸血鬼にもよるけど、僕は太陽も十字架もニンニクも平気だよ。
えーと、あ、そうか。普通の人はいないと思ってるんだっけ」

「……おとぎ話だと思ってます」

正直にそう話せばミケさんは少しも気を悪くした様子もなく、ふふ、と笑った

「吸血鬼はいるよ。
僕もそうだし、一般人に混じって暮らしてる吸血鬼も多い。
人の多い街を歩けば、1人くらいはすれ違ってるんじゃないかな」

ミケさんはなんて事ないように飄々と告げる。
彼は脈絡なくこの手の冗談を言うようなタイプには見えない。つまり、本気で言っているのだろう。

「本当なんですか……?」

「うん。
証拠を見せたいんだけどねー、僕は見せられないからなぁ」

そう言ってミケさんは、指で自分の口を引っ張って、いーっと開いて見せた。

「吸血用の牙……犬歯が人よりずっと発達して、とんがって伸びてる人は、だいたい吸血鬼と思っていいよ」

「ミケさんは……犬歯尖ってませんね?」

というより、ミケさんの犬歯は他の歯と同じように平べったくみえる。
むしろこれでは、わたしの犬歯のほうがミケさんのものより鋭いのではないのだろうか。

「ん、僕は牙を削ってるからね
証拠が見せられないっていうのは、そういうこと」

「け、削る!?」

「歯医者さんでね」

あっけらかんと言われて、驚きを隠せない。
吸血鬼が歯医者さんで牙を削ってもらう……ちょっと想像できない。

「純血の吸血鬼は人の世に隠れ住んでるけど、その場合、戸籍とかがない状態なんだ。まぁ、吸血鬼だから当たり前だよね。
そしてもし……戸籍を手に入れて、人として生きたいと思ったら、自分の居住している国に申請して、然るべき審査を受けて、人の血をむやみに吸わないように歯を削る必要があるんだ」

「ミケさんは人として生きるために、歯を削ったって事ですか?」

「そういうこと」

ミケさんはパッと手を離して歯を見せるのをやめた。
綺麗な人は歯並びまで綺麗だった。

「……どうして人になりたいと思ったんですか?」

歯を削ってまで、血を吸わなくなってまで、吸血鬼としての生を捨て人としての生活を手に入れたいと思ったのは何故だろう。

自然と疑問に思って口にすれば、ミケさんは目を細めて笑った。

「あれ、僕に興味を持ってくれたんだ?
嬉しいなぁ」

「……はぐらかしてます?」

「はぐらかしてるけど、本心でもあるよ」

煙に巻くような言動をすると、ミケさんは立ち上がって、お風呂に入ると言付けて去ってしまった。

その質問は、ミケさんにとって答えたくない質問だったようだ。

ーーーーー

ミケさんがお風呂に入っている間、私は食洗機に食器を入れて、軽くダイニングテーブルを片付けた。

ただそれだけのことなのに、お風呂から上がったミケさんは大喜びしてくれて、私はなんだかいたたまれない気持ちになるのだった。

ミケさんが与えてくれるものに対して、自分が何も返せていない気がして気分が落ち着かない。

けれど結局その解決案は思い浮かばないまま、時間は過ぎていくのだった。

ーーーーー

「……眠い?」

ミケさんがそう私に聞いたのは、午後11時に差し掛かった時だった。
テレビでは、ミケさんが毎週見ているというドラマがちょうど終わったところだ。

「はい……ごめんなさい」

「ふふ、なんで謝るの?」

「……ミケさんがもう少し話したそうに見えたから」

正直に答えれば、ミケさんは虚をつかれたように目を丸くした。

「あはは、バレてたんだ」

「昔から、人の顔色を見ることばかり上手くなっちゃって」

少しでも生活費をもらうために叔父と叔母の機嫌を伺って、時には借金取りの相手をしているうちに、人の感情を汲み取ることが無駄に上手くなってしまった。

どうすれば相手を傷つけずに済むか、どうすれば相手を不快にさせずに済むか。
そんなことばかり考えてしまう。

「……君のいう通り、確かに話したかったよ。
だって僕はずっと、君が来るのを待っていたんだから」

「それじゃあもう少し……」

「ーーでも今日はおしまい!
これから君と話す時間はたっぷりあるし、焦ることじゃない。
それに今日は新しい家に来たし、気疲れしたでしょ?」

そういうと、ミケさんはテレビを消した。

「今日はもう寝よう。僕も寝るから。
おやすみなさい」

「ありがとうございます……おやすみなさい」

「うん、良い夢を。
……あ、そうだ。君の部屋は内側から鍵がかけられるんだ、自由に使っていいからね」

「はい、ありがとうございます」

ーーーーー

部屋に行くと、確かにドアノブには簡素ではあるが鍵がついていた。

鍵に触れると冷たい感触が伝わった。
それから私は少し迷った末に、何もせず鍵から手を離した。

(……かけるのはやめておこう)

短い時間ではあったけれど、私はミケさんを信用し始めていた。

彼は恩返しのために私を引き取ったと言った。
恩返しというのがなんなのか分からないけれど、彼が私に向ける親愛は今日だけで痛いほどに伝わってきた。

彼はきっと、私を脅かさないし、傷つけない。
それは確信めいた予感だった。

(ふかふかだ……)

ベッドに入って、私はその感触に驚いた。

今までは敷布団だったから、実はベッドに寝ることが初めての経験だったりする。

敷布団よりマットが柔らかくて、ミケさんが用意してくれた布団も枕も上等なものなのか、軽くて暖かかった。

(夢みたいだなぁ……)

今日何度目になるか分からない感想を抱きながら、私はぐっすりと眠った。

ーーーーー

ぐるっ……ゴン!!

「~~っ」

鈍い衝撃とともに私は目を覚ました。
そして遅れて、自分がベッドから落ちたのだと気づく。

(私、寝相悪かったのか……)

少し恥ずかしくなりながらベッドに戻ろうとした時、バタバタと廊下を慌ただしく走る音が聞こえて、それから私の部屋のドアがノックされた。

「なんかすごい音したけど、大丈夫!?」

ミケさんが心配そうに、扉越しに問いかけてきた。

「は、はい……大丈夫です」

「入っても良い?」

「どうぞ……」

ミケさんの声があまりにも不安そうだったから、ついそのまま許可してしまった。
しかし、まだ顔も洗っておらず、身支度も済んでいないことに、遅れて気づく。

ミケさんがドアノブをガチャリと回すそのすきに、私は慌ててベッド潜り込んだ。


「まだ寝てたんだね。お休み中にごめん。
今の音は一体……」

「そ、その……あの、ベッドから落ちてしまって……」

「えぇっ!?
だ、大丈夫!?怪我は!?頭打ってない!?」

「無事ですーーっわぁっ!!」

慌てたミケさんに布団を剥がされてしまった。
ミケさんの大きな手が伸びてきて、私の起き抜けの頭をしきりにさわる。

まだ身支度も終わってない、起き抜けのくしゃくしゃな姿をミケさんにみられるのが恥ずかしくて、私の顔はみるみる真っ赤になった。

しかしそんな私の様子に気づかないくらい、ミケさんはうろたえていた。

「知り合いの吸血鬼に、人間はすごくもろいって聞いてたから……ちょっと頭を打っただけで死んじゃうって、だからーー」

「あ、頭は打ってないです。
背中から落ちたので……」

「背中!?痛めてない?あざになってない?」

大きな手が私の頭から離れて、今度は背中を撫でた。
その優しい手つきに、私は心がじんわりと温かくなるのを感じた。

両親が死んでから、こんな風に私を心配してくれた人はどこにもいなかったから、その優しさが余計に身にしみる。

「心配してくれて、ありがとうございます。
でも大丈夫です、痛くないので」

「……それなら良いんだけど。
それにしてもベッドから落ちたのか……転落防止用の柵、買っとくね」

「ありがとうございます……」

ベッドから落ちるなんてちょっと間抜けで恥ずかしい。
それから、ミケさんがそんな間抜けさをちっとも気にせずに、私の身を案じてくれているのが、なんだか申し訳なかった。

ーーーーー

「……さてと。
今日は僕、仕事で部屋にこもるから君は好きにしてていいよ。」

簡単な朝食を食べ終えた後、ミケさんはそう言いながら席を立った。

「あの、お仕事って何を……」

「フリーランスのウェブデザイナーやってるんだ」

「ふりーらんすのうぇぶでざいなー……」

「会社に入らずに個人で仕事をもらってる、ウェブサイトのデザインとコーディングをする人のことだよ」

そう言ってミケさんは持っていたスマホの画面をいくつか見せてくれた。
お洒落なレストランのホームページから、きっちりした企業のサイトまで、全てミケさんが作ったものらしい。

「それでこんな大豪邸に……」

「ううん、さすがにこの仕事だけじゃここには住めないかな。
先祖代々の土地を貸してたりして、そっちの収入もあるんだ。」

「なるほど……」

そんな人がなぜ私に恩返しをする必要があるのか、また謎が深まった。

「あ、その……私は何をすれば良いでしょうか」

「ん?好きにしてていいよ。
あぁそうだ。これ家の鍵ね、あとこっちは君のスマホ。使い方は分かる?」

ミケさんからぽいぽいと、価値あるものを気軽に渡されて私はめまいがしそうになった。

「あ、あの……鍵とかそんな簡単に渡していいんですか!?あとスマホも……!」

「だって必要でしょ?」

「私が出ていくとか思わないんですか?」

ミケさんに出会うまでは、てっきり私はこの家からもう出られないのだと思っていた。

そして、ミケさんに出会って、この人は私を尊重してくれるとは思っていたけれど……まさか出会って2日目に家の鍵を渡されるほど信頼されるとは思っていなかった。

「僕や生活に不満があるなら早めに言ってほしいかな。
それでも出て行きたいなら止めはしないけど、寂しいよ」

「っ……、はい……
出ていく予定は今のところないです……」

「ふふ、それならよかった」

ミケさんに寂しいとか言われて、出ていけるような人がいるなら見てみたい。

今のミケさんの、安心したような(男の人なのに)可愛らしい笑顔を見せられて、不満があるという人がいるのならその人はわがままだと思う。

つまり私はどっちにしろ、ミケさんのそばを離れるつもりも、この家から出ていくつもりも無かった。

「ええと、スマホの使い方は分かります。
……でも好きにしてていいっていうのはいったい……」

「言葉通りの意味だよ。君はここにいてくれるだけでいいから」

エメラルドの輝きを秘めた瞳には何の迷いもなかった。
本気でミケさんは、私がここにいるだけで良いらしい。

「……それはさすがに困ります。
あの、それじゃあまずは家事をやっても良いですか?」

「もちろんいいよ。
君がしたいことをするのに、僕は文句は言わないからね」

さわやかな笑顔を浮かべてミケさんは頷いた。
ミケさんは私の提案や考えを決して否定しないのだった。

ーーーーー

そんなわけで半ば無理やり家事を引き受けた私は、この広い家の掃除にやる気をみなぎらせるのだった。

掃除は実は好きな作業だったりする。
根気は必要だが、汚れがみるみる消えていくのを見るのは気持ちが良い。

ちなみに今までは家政婦さんを定期的に雇って、掃除や料理をしてもらっていたらしい。

まずは水回りから、と、お風呂場の掃除から始めてその次にトイレ、キッチンを掃除した後に、お昼ご飯の時間が近づいてきたので昼食を作ることにした。

ーーーーー

「ミケさん、今大丈夫ですか?」

ノックをすれば、いいよ、という柔らかい声が聞こえてきて、私は部屋に入った。

ミケさんの部屋は私に与えられた部屋より、一回り広い部屋だった。

ミケさんの部屋のベッドはダブルベッド?で、なおかつパソコンなどの機材が置いてあるため、どうしても広い部屋が必要だったみたいだ。

……ダブルベッドに関しては、ちょっと不思議に思ったけれど、ミケさんほどの美貌の持ち主を女性が放っておくはずもないので、きっと恋人とかがいた時の名残なんだろうなと思うことにした。

「ミケさん、お昼ご飯に食べたいものとかありますか?」

「君が作ってくれるの?」

「そのつもりです。
とは言っても、貧乏人のご飯なのでミケさんの口に合うかは……」

「君が作ったものなら何でも嬉しいよ。
そうだな……じゃあ焼きそばがいいな」

「……焼きそば、ですか」

あまりにも難易度の低い料理名を出されて、私は拍子抜けた。
ミケさんって、横文字の料理しか食べなさそうな雰囲気があるから余計にそのリクエストが不自然に思える。

(もしかして、気を使ってくれたのかな……)

私が作りやすい料理をあえて指定してくれたのかもしれない。

「わかりました。じゃあできたらまた来ますね」

「うん、火傷とか、包丁には気をつけてね」

まるで子供に対する注意だと思いながら、でもそんな心配をしてくれることが嬉しくて、私は大きく頷いてからミケさんの部屋を出た。

作った焼きそばは本当になんの変哲も無い焼きそばだったのだけれど、ミケさんは美味しい美味しいと、しきりに言っておかわりもしてくれて、私は嬉しくなるのだった。
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