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Chapter 3.ペット以上になりたい俺は、異世界暮らしに本気出す

3-04 最悪な未来を想像してしまった

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リンディルと初めて会ったその日、俺は夜になっても、プリプリ怒っていた。
俺の機嫌が直らないので、ヴァルは明らかにオロオロしてる。

ヴァルは、俺に甘い。激甘だ。
だから俺、驚いてるんだ。
あの子犬……じゃない、子狼の小さな甥にも当然、すごく優しいんだと思いこんでた。
なのに、あのスパルタ。
そりゃ、リンディルを次期おうきょうとして……責任あるその立場に相応ふさわしい後継者として、立派に育てなきゃ、っていうプレッシャーはあるだろうけど……にしても、厳しすぎないか?
ヴァルはリンディルに対して、優しい言葉を一言もかけなかった。
頑張って立ち上がったリンディルに、ねぎらいの一言も。
いくら、俺と違って怪我の回復が早く、すぐ治るからって……膝から血が出てても鍛錬続行するなんて……。おおかみ人種じんしゅにとって、これって普通のことなのか?!

俺はいつもみたいに触ってこようとしたヴァルに威嚇して距離を取り、一人でさっさと体を洗ってベッドに入った。
そんな俺を見て、ヴァルはしゅん、としながらベッドの隅っこに陣取ると、おずおずと話しかけてくる。

「ユート……おまえは本当に優しい子だ。俺がリンディルをいじめていると、そう思ったんだな?」

うん。
あれ、虐待ぎゃくたい

「確かに俺は、少々厳しいかもしれない。おまえから見たら、いじめているように見えるだろうが、そうではないのだ。王牙卿の務めを継ぐには、強靭きょうじんな体と精神力が必要だ。あの鍛錬に耐えられないようなら、リンディルには適性がない。だが、ついてくるようならまだ見込みはある。俺はそれを見極めたい。できるだけ、早く。もし……諦めるなら、早い方が良いからだ。適性がないのに王牙卿の務めを継ぐことになれば、この先、もっと辛い思いをすることになるのだから」

…………。
でも、もうちっと、優しくできないものなの?
8歳だよ? 8歳の子供だよ? 親の愛情が、まだまだ必要な年ごろだよ?
厳しくするにしても、褒めたり抱きしめたり、優しい言葉をかけたりしてあげないと、駄目なんじゃないの?

「ユート、わかってくれ。リンディルに厳しくする俺を、許してくれ」

俺はベッドを出て、紙と鉛筆を持ち、戻ってきた。
今日、こっそりシフォンちゃんに教わった「愛」という文字を中心にして、両側に「リンディル」「ヴァル」と続けて書く。褒めてあげて、と伝えたいが、まだその文字は教わってない。ああ、もどかしい。

ちゃんと伝わるか不安だったが、ヴァルは俺が書いた文字を見て、俺が言いたいことを理解してくれたようだ。

「ああ、もちろん俺は、リンディルを愛してるとも。あの子は大切な、姉の忘れ形見だ。一族の誉れと言われていた姉は、とても立派な人物だった。リンディルには、その血が流れている。姉のように高い志を持って欲しい。それはリンディル自身の人生にとっても、光となるはずだ。あの子を導いてくれるだろう」

それを聞いたとき、俺は、今日、ヴァルがリンディルに向かって言った言葉を思い出した。

――さあ、かかってこい、リンディル。おまえは誇り高い王牙一族の子。勇猛果敢で知れた、姉上の子だ。当然、できるようになる。

ヴァルは、リンディルに向かって、そう言ったのだ。
俺がヴァルの股間に向かって頭突きをかましたのは、あの言葉を聞いて、何かがプチンと切れたからだ。

誰かと比べられ、何かを強要される。その時に感じる、理不尽さ。
怒りと悲しみ、それに付随する、苛立ち。
努力してるのにできない悔しさと、自分への失望感。
慕わしい誰かに褒めてもらいたい、喜んでもらいたい、そう思っているのに――気持ちは空回りするばかり。降ってくる、落胆と溜息。
周囲の勝手な期待感なんか無視すりゃいいのに、それができなくて、応えらえないふがいない自分が情けなくてたまらない。
ああ、わずらわしい。

それらがないまぜの、感情。

俺は、いきなり自分の子供のころを思い出した。
優秀な兄と比べられ、常に無能のレッテルを張られ続けた、あの気持ちを。

――ほら優音ゆうともやってごらん、お兄ちゃんみたいに。
――嘘でしょ、優音ゆうとはこんな点数なの? お兄ちゃんは、もっと取れたのに……。
――怠けちゃダメだ、優音ゆうと。ちゃんと練習しなさい。
――おまえは何をやらせても満足にできないのね。
――できないのは、おまえの努力が足りないせいだ。

両親から投げつけられた、それらの言葉を思い出した途端。
突如。
ドッと、涙があふれ出した。

「ユ、ユート?!」

突然泣き出した俺を見て、ヴァルがびっくりして、おたおたしてる。
わかるよ、びっくりするよな。さっきまで怒ってた俺が、泣き出すなんて。
俺だって、びっくりだ。信じられん。

「あ……あ、俺、俺、違う、これ、うっ、うぅっ!」

泣きやみたいのに、涙が止まらない。
俺は、リンディルに自分の姿を重ねてたんだな。
それを自覚した途端、情けなくって更に泣けてきた。
いい年して自己憐憫じこれんびんとか、みっともない。
なんかこの体の年齢につられてるみたいに、ガキに戻った気分だ。

「ああ、悪かった、ユート、俺が悪かった。泣きやんでくれ。おまえは繊細な子だ、優しい、いい子だ。リンディルを可哀相に思って、心を痛めてくれたんだな。分かった、俺の負けだ。あのような厳しい鍛錬は、もう二度としない。何か他の方法を考えよう。そうだ、リンディルと友達になってくれるか? 毎日一緒に遊ぶといい。だから泣きやんでくれ、頼むユート、俺が悪かった……」

ヴァルは子供をあやすように、俺を抱きしめ、背中をさすり、頭を撫でた。
愛おしくて、たまらないと、いうように。

この差。

リンディルとの、扱いの差。
ヴァルが俺にこれほど優しいのは、きっと俺が、ペットだからだ。
何もできなくても構わない、ただひたすら、可愛いだけの、ペット。

だから――ヴァルは俺に、手を出さないのかもしれない。
触ってくるのは、ただ、飼っているペットが可愛いから。
夜、風呂に入るときに勃起してるのは、単なる生理反応。
俺に対して恋愛感情はないから、抱く気も起こらない。
そもそも、ニンゲンは恋愛対象ではない。

もしかして、それが真実だとしたら。

俺のこの気持ちは、この、気付いてしまった恋心は、永遠に実らない。
その上――。

「飽きたら……俺を、捨てるのか、ヴァル」

思わず言葉にしてしまったそれは、ブーメランよろしく返ってきて、俺の胸にぐさりと突き刺さった。

そうだ――飽きたら、ヴァルに捨てられるかもしれない。

今は、「賢いニンゲン、珍しくて可愛いな。大切にしよう」でも。
そのうち「賢いニンゲン、うざくなってきた。もう要らん」となる可能性が、あるんじゃないか?!

俺はヴァルのふさふさの胸の毛で涙をぐしぐし拭きながら、泣いてる場合じゃない、と自分をいさめた。
来るかもしれない真っ暗な未来に、恐れおののきながら。
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