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★*★王牙卿視点エピソード<2>★*★
王牙卿の執心 2
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勇壮な滝が随所に見られる、風光明媚な王耳領内の山の中。
そこで目にした魔物の大群に、ヴァルジフォルドは焦った。
もちろん、臆したのではない。討伐自体は、彼にとっては容易いものだ。
問題は、高低差が激しく足場の悪い、山の中での応戦。普通に戦っていたのでは、殲滅まで3日ほどかかると感じた彼は、さっさと終わらせてユートの元に帰りたいという思いから、一人で魔物の群れに突っ込んで行った。
王牙一族の最強技――「黄泉送りの咆哮」。
ヴァルジフォルドはそれを使って魔物を全滅させたのだが――。
「他愛もない。ユート、今帰るぞ。ああ、早くおまえの可愛い顔が見たい……」
最後の最後に、彼は油断した。
あろうことかユートの可愛い顔――イクときの様子を思い出したのだ。
研究所の一室でお披露目椅子に拘束されていた、ユートの細く可憐な裸体を。
装置からの愛撫を受けて絶頂した、あの時の様子を。
気の緩んだその瞬間、ヴァルジフォルドは足を滑らせ、遥か下の巨大な滝つぼへと落下した。
その衝撃で怪我を負った彼は、思った。
(俺が死んだら、ユートはどうなる?!)
ヴァルジフォルドの頭に真っ先に浮かんだのは、愛しいユートに降りかかる災難に関してだった。それは自分の死よりも、重大事であった。
(ああ、ユート、誰がおまえを守れるというのだ、俺以外の誰が?!)
ヴァルジフォルドの脳内に、自分の周辺の人間関係が瞬時に浮かび上がる。
次期王牙卿であるリンディルは、まだ8歳の子供だ。実務を取り仕切ることは不可能で、今ヴァルジフォルドが死ねば、王牙一族の誰かがリンディルの後見として王牙卿代理を務めることになるだろう。
その王牙一族の中には、ヴァルジフォルドのことを快く思っていない者が存在する。ヴァルジフォルドがニンゲン研究所に多額の寄付をして、究極の贅沢品であるニンゲンを引き取っていることも、忌まわしく思っている。
そんな者が、城に残されているユートを見たら――。
(連中はユートを売りさばくか、自身の慰み者として、扱うだろう)
それを想像したとき、ヴァルジフォルドの胸に、発狂に似た嵐が吹き荒れた。
(させるものか!! 俺以外の誰にも、ユートを触らせぬ!! 何としてでも俺はユートの元に帰る! ユート、ユート、ああ、ユート!! おまえを泣かせたりするものか、不幸になどするものか、誰にも渡したりするものか!!)
ヴァルジフォルドはカッと目を見開き、即座に原始変化を実行した。
狼人種のルーツの姿――銀と青灰色の、大きな狼の姿に変化したヴァルジフォルドは、神秘の力を呼び覚まし、体中に治癒力を巡らせる。
滝つぼの水底に沈みゆこうとしていた体はたちまち活力を取り戻し、彼は4本の脚で力強く水を掻くと、瞬く間に水面へと浮かび上がった。
そうしてヴァルジフォルドは、ある決意を胸に灯らせる。
(俺は迂闊だった。王牙城に戻ったら、すぐにユートの身の安全を図らねば! 万が一俺が死亡するようなことがあれば、信頼に足る友人にユートを譲る契約を、早々に書面にしたためて成立させねば。譲渡先の第一候補は、幼なじみのミナだな。ニンゲンの世話も慣れているし、彼女なら安心だ。うむ、それがいい、すぐ話を通そう)
ヴァルジフォルドは一人で頷き、華麗な跳躍力で滝つぼからあがると、ブルブルと水を跳ね飛ばした。そうして彼は、ユートの身の振り方について更に考えを巡らせる。
(ユートの味方となる者は多い方がいい。俺の後を継ぐリンディル……あの子にもユートを会わせておかねば。二人が仲良くなれば、俺に何かあったとしても、リンディルは必ずユートを守ろうとするだろう。うむ、リンディルは優しい子だ。今は小さくても、すぐ大人になる。そうすればきっとユートを守ってくれる。城に帰ったら、さっそく二人を会わせよう。リンディルはきっとすぐに、ユートを好きになるに違いない)
そこまで考えて、ヴァルジフォルドはよぎる不安に顔をしかめた。
(いや、リンディル……おまえがユートを欲しがっても、決して渡さぬぞ。あれは俺のものだ。その辺は、ちゃんと言い聞かせておかねば)
まだ8歳の甥に対して、横恋慕の気配を勝手に想像するヴァルジフォルドは、もはや恋にとち狂った憐れな男としか言いようが無かった。
しかしそれも無理からぬこと。ヴァルジフォルドはユートの年齢が13歳だと思い込んでいるため、年齢差でいえばリンディルの方が有利だと思ったのだ。
(リンディルとは5歳差……。それに比べて俺は、ユートと12歳も離れている。 ユートは俺のことを、頼りになる保護者としか思っていないやもしれぬ……)
そう考えて、ヴァルはしゅん、とうなだれた。
そして次の瞬間、頭を上げて暗い気持ちを払拭するようにブルブルと体を震わせる。
(いいや、諦めぬぞ! あと三年、三年でユートは16歳だ。16歳は大人の入り口。結婚も可能となる。それまでに信頼関係を築いて、ユートとの距離を縮めればよい!)
ヴァルジフォルドはユートのためなら何でもしよう、と決意していた。
尽くして尽くして尽くし、これでもかと、尽くす所存であった。
あの小さな体と、可愛い笑顔を守るためなら、すべてを捧げるつもりだった。
(ああ――ユート、ユート! すまない、この狼の姿では、しばらくおまえの元に戻れない! おまえを怖がらせてしまうからな。ああ……ユート、どんなに寂しがるだろう……せっかく俺になついてきたところだというのに……)
ヴァルジフォルドの帰りを待ちわびて寂しがるユートを想像した彼は、愛おしさで胸がいっぱいになった。
そこで目にした魔物の大群に、ヴァルジフォルドは焦った。
もちろん、臆したのではない。討伐自体は、彼にとっては容易いものだ。
問題は、高低差が激しく足場の悪い、山の中での応戦。普通に戦っていたのでは、殲滅まで3日ほどかかると感じた彼は、さっさと終わらせてユートの元に帰りたいという思いから、一人で魔物の群れに突っ込んで行った。
王牙一族の最強技――「黄泉送りの咆哮」。
ヴァルジフォルドはそれを使って魔物を全滅させたのだが――。
「他愛もない。ユート、今帰るぞ。ああ、早くおまえの可愛い顔が見たい……」
最後の最後に、彼は油断した。
あろうことかユートの可愛い顔――イクときの様子を思い出したのだ。
研究所の一室でお披露目椅子に拘束されていた、ユートの細く可憐な裸体を。
装置からの愛撫を受けて絶頂した、あの時の様子を。
気の緩んだその瞬間、ヴァルジフォルドは足を滑らせ、遥か下の巨大な滝つぼへと落下した。
その衝撃で怪我を負った彼は、思った。
(俺が死んだら、ユートはどうなる?!)
ヴァルジフォルドの頭に真っ先に浮かんだのは、愛しいユートに降りかかる災難に関してだった。それは自分の死よりも、重大事であった。
(ああ、ユート、誰がおまえを守れるというのだ、俺以外の誰が?!)
ヴァルジフォルドの脳内に、自分の周辺の人間関係が瞬時に浮かび上がる。
次期王牙卿であるリンディルは、まだ8歳の子供だ。実務を取り仕切ることは不可能で、今ヴァルジフォルドが死ねば、王牙一族の誰かがリンディルの後見として王牙卿代理を務めることになるだろう。
その王牙一族の中には、ヴァルジフォルドのことを快く思っていない者が存在する。ヴァルジフォルドがニンゲン研究所に多額の寄付をして、究極の贅沢品であるニンゲンを引き取っていることも、忌まわしく思っている。
そんな者が、城に残されているユートを見たら――。
(連中はユートを売りさばくか、自身の慰み者として、扱うだろう)
それを想像したとき、ヴァルジフォルドの胸に、発狂に似た嵐が吹き荒れた。
(させるものか!! 俺以外の誰にも、ユートを触らせぬ!! 何としてでも俺はユートの元に帰る! ユート、ユート、ああ、ユート!! おまえを泣かせたりするものか、不幸になどするものか、誰にも渡したりするものか!!)
ヴァルジフォルドはカッと目を見開き、即座に原始変化を実行した。
狼人種のルーツの姿――銀と青灰色の、大きな狼の姿に変化したヴァルジフォルドは、神秘の力を呼び覚まし、体中に治癒力を巡らせる。
滝つぼの水底に沈みゆこうとしていた体はたちまち活力を取り戻し、彼は4本の脚で力強く水を掻くと、瞬く間に水面へと浮かび上がった。
そうしてヴァルジフォルドは、ある決意を胸に灯らせる。
(俺は迂闊だった。王牙城に戻ったら、すぐにユートの身の安全を図らねば! 万が一俺が死亡するようなことがあれば、信頼に足る友人にユートを譲る契約を、早々に書面にしたためて成立させねば。譲渡先の第一候補は、幼なじみのミナだな。ニンゲンの世話も慣れているし、彼女なら安心だ。うむ、それがいい、すぐ話を通そう)
ヴァルジフォルドは一人で頷き、華麗な跳躍力で滝つぼからあがると、ブルブルと水を跳ね飛ばした。そうして彼は、ユートの身の振り方について更に考えを巡らせる。
(ユートの味方となる者は多い方がいい。俺の後を継ぐリンディル……あの子にもユートを会わせておかねば。二人が仲良くなれば、俺に何かあったとしても、リンディルは必ずユートを守ろうとするだろう。うむ、リンディルは優しい子だ。今は小さくても、すぐ大人になる。そうすればきっとユートを守ってくれる。城に帰ったら、さっそく二人を会わせよう。リンディルはきっとすぐに、ユートを好きになるに違いない)
そこまで考えて、ヴァルジフォルドはよぎる不安に顔をしかめた。
(いや、リンディル……おまえがユートを欲しがっても、決して渡さぬぞ。あれは俺のものだ。その辺は、ちゃんと言い聞かせておかねば)
まだ8歳の甥に対して、横恋慕の気配を勝手に想像するヴァルジフォルドは、もはや恋にとち狂った憐れな男としか言いようが無かった。
しかしそれも無理からぬこと。ヴァルジフォルドはユートの年齢が13歳だと思い込んでいるため、年齢差でいえばリンディルの方が有利だと思ったのだ。
(リンディルとは5歳差……。それに比べて俺は、ユートと12歳も離れている。 ユートは俺のことを、頼りになる保護者としか思っていないやもしれぬ……)
そう考えて、ヴァルはしゅん、とうなだれた。
そして次の瞬間、頭を上げて暗い気持ちを払拭するようにブルブルと体を震わせる。
(いいや、諦めぬぞ! あと三年、三年でユートは16歳だ。16歳は大人の入り口。結婚も可能となる。それまでに信頼関係を築いて、ユートとの距離を縮めればよい!)
ヴァルジフォルドはユートのためなら何でもしよう、と決意していた。
尽くして尽くして尽くし、これでもかと、尽くす所存であった。
あの小さな体と、可愛い笑顔を守るためなら、すべてを捧げるつもりだった。
(ああ――ユート、ユート! すまない、この狼の姿では、しばらくおまえの元に戻れない! おまえを怖がらせてしまうからな。ああ……ユート、どんなに寂しがるだろう……せっかく俺になついてきたところだというのに……)
ヴァルジフォルドの帰りを待ちわびて寂しがるユートを想像した彼は、愛おしさで胸がいっぱいになった。
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