幻想彼氏

たいよう一花

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Act 3

11. 旅立ち

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透明な筒の中で、ぼんやりと翠(みどり)の姿が浮かび上がっている。
その幼い姿を再び目にして、皓一の胸に様々な感情が一度に押し寄せた。懐かしさと愛おしさ、そして喪失の嘆きと再会の喜びが、混ざり合って溢れ出す。
体が震え、鼻がツンとして、目が熱い。

(ずっとずっと、もう一度会いたかった。声を聞きたかった。笑う顔を見たかった)

その妹の姿が、目の前にある。
涙が堰を切り、皓一の頬を滑り落ちていった。

「翠……!」

筒の中に現われた小さな女の子は、ゆっくりと目を開けた。

「お兄ちゃん……」

「ああ、翠、翠!! ごめんな、ごめんな翠! 兄ちゃん、おまえを守ってやれなかった、本当にごめん……!!」

「……やっとお話しできるんだね、お兄ちゃん。うれしい……翠、ずっと見てるしかできなかったの。でもお兄ちゃん、どうして翠にあやまるの?」

「おまえを死なせてしまった。俺のせいで、俺のせいで……!」

「ちがうよ、お兄ちゃん。翠がこうなったのは、翠のせいなの。翠、ラーメン作ろうとしたの。お兄ちゃんといっしょに食べようと思ったの。うまく作ってお兄ちゃんをおどろかそうと思ったのに……翠、上のたなをのぞいてるときに、イスから落ちちゃったの。それでね、頭がどっかに当たって、目をあけたらお母さんがそばにいたの。しばらくしたら、お父さんも来たの。でもお兄ちゃんだけ、すぐ近くにいるのにすごくぼんやりしてたの。お母さんがね、お兄ちゃんはもっとずっとあとになってから来るからね、って言ってた」

「うん……うん……そうか、そうか……」

「もっとずっとあとっていつかなあって、翠、待ってたの。そしたらお兄ちゃんが翠を呼んで泣いてるから、ヨシヨシしたの。それでもお兄ちゃんが泣きやまないからラーメン食べさしてあげようとしたのに、翠、何にもさわれないの。ごめんね、お兄ちゃん……」

「いいんだ、いいんだよ……。そうか……翠は俺にラーメン作ってくれようとして、ずっと、傍にいてくれてたんだな……。ありがとう、翠、ありがとうな……」

「うん、でもね、やっぱり作れないから、そこの大きいおじちゃんが、翠の代わりにラーメン作ってお兄ちゃんに食べさしてくれるって」

翠はそう言って真也を指さした。

「真也、翠と話したのか?! いつ、どうやって……」

「後で説明する。皓一、時間を無駄にするな」

そう答えた真也から目を離し、皓一は再び翠に向き合った。翠は何を思い出したのか声を出して笑いながら、話を続けた。

「そのおじちゃんねぇ、ちがう星から来たヒーローなんだって。変身できるんだよ、すごいよね。目からビームだって出せるし、とべるし、すっごくつよいんだって。そのおじちゃんがね、翠と同じかもっと、お兄ちゃんのこと好きなんだって。すっごくお兄ちゃんを大切にしてくれるって言うから、翠、そのおじちゃんにお兄ちゃんをあげることにしたの。翠は大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるつもりしてたんだけど、そのおじちゃんがね、言ったの。『おれにお兄ちゃんをくれたら、お兄ちゃんのお嫁さんの座はずっと翠のもので、ぜったい他の女の人にとられない。そのうえ、お兄ちゃんはすごく幸せになる! どうだ、おとくだろ!』って」

「……え……。え……? ……真也、おまえ翠に何を吹き込んだんだ……」

「嘘は言ってないぞ」

そう呟きながらそっぽを向いている真也に、皓一は訝し気な視線を注いだ。その間、翠はどこか空中を見つめながら、うんうんと頷いている。

「うん、お母さん、わかった」

そう言った後に、翠は再び皓一に視線を戻すと言った。

「お兄ちゃん、翠ね、お母さんとお父さんと、もう行かなきゃいけないんだって。いったんおわかれだけど、そのおじちゃんがいるから、お兄ちゃん、もうさみしくないよね。お母さんとお父さんがね、お兄ちゃんに幸せになってね、って。あとからゆっくり来てね、って。それから……」

チラ、と真也の方を見たあとに、翠は言った。

「そのおじちゃんにお兄ちゃんをよろしくねって言ってるよ」

「任せておけ」

皓一の肩を抱き寄せた真也が、そう即答する。
皓一はもうお別れなのか、と震える声で小さく言いながら、見えないがどこかにいる両親と、透明な筒の中にいる妹を見つめていた。

「母さん……父さん……翠……」

訊きたいこと、伝えたいことが山ほどあったはずなのに、何も言葉にならない。
もう一度会えたというこの奇跡に、ただただ胸が震えるばかりで。
そんな兄を前に、小さな妹は何もかも分かっている、と言わんばかりに、うんうんと頷いて最後の声をかけた。

「お兄ちゃん、元気でね。またね」

「うん、またな、翠……また会おうな。父さんと母さんに、よろしくな」

翠は元気よく頷くと、にっこり笑って手を振った。
皓一も手を振り返す。溢れ出す涙がぽろぽろと皓一の頬を滑り落ちたが、目の前の小さな妹と同じように、その顔には穏やかな笑顔が浮かんでいた。
そのすぐ後に、小さな子供の体から力が抜け、カクンと頭が垂れる。
久我は装置の光の帯を操作しながら小さな声で告げた。

「無事に魂が旅立ちました。すぐに肉体の分解が始まります」

光の帯がまばゆく輝き始め、筒の周りを巡りながら上へと上へと昇ってゆく。やがてその光が穏やかな輝きに戻り元の位置に下りてきたとき、筒の中に小さな女の子の姿はなく、そこにはぬくもりの余韻だけが、静かに残されていた。
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