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Act 3
03. 別れ
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皓一が車に跳ね飛ばされる寸前で、真也は「能力」を使った。
それは人間の可視能力では確認できないほどの、わずかな時間のことだった。
周囲の何もかもがピタリと制止し、一瞬のち、元に戻る。
急ブレーキを踏んでいた車は止まり、その場にいた数人の通行人が、人が轢かれたと思い悲鳴を上げる。
しかしそこには、車に轢かれたはずの皓一も、そのすぐ後ろにいた真也もいなかった。
真也は「能力」を使って皓一を救い出し、瞬時に別の場所へと移動していた。
その真也の頭の中に、「声」の通告が響く。
――重大な規則違反だ。おまえは衆人環境のもと、『能力』を使った。私はおまえの『監督及び相談役』と、地球担当の統制官に報告した。おまえは即刻、身柄を拘束される。逆らえば私の権限において意識を剥奪する。このような事態になり、残念だ。
「待ってくれ……待ってくれ、お願いだ。少し、少しの間だけ……」
真也は泣きながら、皓一を搔き抱いた。「能力」を使って救い出した皓一は当然ながら無傷だが、彼を危険な目に合わせたショックが、真也の心中に尾を引いていた。皓一が心配でたまらず、抱きしめたまま離したくなかった。
一方、皓一は何が起こったのか半ば理解できないという様子で、ぼんやりと真也を見上げた。
「何だ……おまえ、また泣いてるのか……今度はどうした……」
そう言いながら真也の涙に触れ、なぐさめようとして――ハッとして手を引っ込めた。この男は、恋人になりすましていた偽物だ、ということを思い出す。皓一の見せた優しい表情が、一瞬にして警戒心丸出しの険しいものにすり替わる。それを見て真也は、泣きながら目を閉じた。そして皓一の額と自分の額を合わせ、「能力」を使って自分の心を皓一に見せた。
「?!」
頭の中に入り込んできた様々な感情に、皓一はめまいを感じた。
それらはすべて、生々しい、嘘のない真也の感情だった。
皓一に初めて会った日の、胸の高鳴り。
手を出してはいけないという葛藤と、どうしても手に入れたいという渇望。
種族を越えた恋慕へのためらい、それを軽々と超えてしまった皓一への執着心。
体を繋げたときの快感と、生涯最大の喜び。
日増しに強くなる皓一への愛と、皓一から愛される至福。そしてそれを失うのではないかという、恐怖。
ひたすらに注がれる、尽きることのない皓一への愛の奔流が怒涛のように押し寄せ、皓一の中に流れ込んでくる。
真也が額を離すと、それらは波が引くように名残を残して遠ざかっていった。
皓一は言葉もなく、呆然と真也を見つめていた。その目を見つめ返しながら、真也が泣きながら微笑む。
そのとき、よく知っている声がすぐ傍から聞こえてきた。
「はい、どなたですか……えっ、皓一さん?!」
真也が皓一を救い出し移動した先は、健斗の部屋の前だった。
呼び鈴のなる音に扉を開けた健斗は、皓一と高羽真也を見て驚いている。
「高羽まで……いったい、何が……」
そこへ、久我まで現われた。
久我は健斗に会釈し、「やあ……すまないね、薬師寺さん。面倒なことが起こった」と言ったのち、真也に近づいた。久我は、今まで健斗が見たことのない厳しい表情をしていた。
「高羽、私はあなたの『良心』からの報告を受け取った。私はあなたの地球における行動と権利の一切を封じ、身柄を拘束します。拒否した場合、あなたの『良心』が制裁を実行することとなります。理解できますね?」
真也はゆっくり頷くと、皓一を手離して健斗の方へと押し出して言った。
「健斗、皓一を頼む」
「え、え?!」
戸惑いながらも、健斗は皓一の肩を抱き寄せた。そうしないと皓一は、今にも倒れ込みそうだったのだ。足元はふらつき、目は虚ろで、頬には涙の跡がある。
久我は健斗に向かって、静かな声で言った。
「薬師寺さん、あなたが知っている真実を、皓一さんに話すか話さないか、すべての裁量をあなたに委ねます。私たちの正体を、彼に秘す必要はありません」
真実、という言葉にピクリと皓一が反応する。皓一は健斗に向かって、弱々しい声で話しかけた。
「そうだ……健斗……俺、おまえに嘘をついていた。今さっき、思い出したんだ。小さい頃に別れた妹はもう生きてはいないし、この男は……」
皓一の目が、冷たい眼差しで真也をとらえ、皓一の舌が、真実を紡ぐ。
「高羽真也じゃ、ない」
健斗は驚いて息を呑んだ。
「!! 思い出したんですか! ……妹さんの、ことも……」
健斗はそれ以上の言葉を失くし、腕の中の皓一と、立ち尽くす真也を交互に見つめた。
ギュッ、と皓一が健斗の袖を掴み、真也から視線をそらす。
「皓一……」
愛しい相手の名前を呼ぶ真也の声は、震えていた。
久我が「さあ、行こう」と真也を促す。
背を向ける前、真也は苦痛に顔を歪ませ、目を閉じた。涙が一筋、頬を伝って落ちる。
それが――皓一が最後に見た、真也の姿だった。
それは人間の可視能力では確認できないほどの、わずかな時間のことだった。
周囲の何もかもがピタリと制止し、一瞬のち、元に戻る。
急ブレーキを踏んでいた車は止まり、その場にいた数人の通行人が、人が轢かれたと思い悲鳴を上げる。
しかしそこには、車に轢かれたはずの皓一も、そのすぐ後ろにいた真也もいなかった。
真也は「能力」を使って皓一を救い出し、瞬時に別の場所へと移動していた。
その真也の頭の中に、「声」の通告が響く。
――重大な規則違反だ。おまえは衆人環境のもと、『能力』を使った。私はおまえの『監督及び相談役』と、地球担当の統制官に報告した。おまえは即刻、身柄を拘束される。逆らえば私の権限において意識を剥奪する。このような事態になり、残念だ。
「待ってくれ……待ってくれ、お願いだ。少し、少しの間だけ……」
真也は泣きながら、皓一を搔き抱いた。「能力」を使って救い出した皓一は当然ながら無傷だが、彼を危険な目に合わせたショックが、真也の心中に尾を引いていた。皓一が心配でたまらず、抱きしめたまま離したくなかった。
一方、皓一は何が起こったのか半ば理解できないという様子で、ぼんやりと真也を見上げた。
「何だ……おまえ、また泣いてるのか……今度はどうした……」
そう言いながら真也の涙に触れ、なぐさめようとして――ハッとして手を引っ込めた。この男は、恋人になりすましていた偽物だ、ということを思い出す。皓一の見せた優しい表情が、一瞬にして警戒心丸出しの険しいものにすり替わる。それを見て真也は、泣きながら目を閉じた。そして皓一の額と自分の額を合わせ、「能力」を使って自分の心を皓一に見せた。
「?!」
頭の中に入り込んできた様々な感情に、皓一はめまいを感じた。
それらはすべて、生々しい、嘘のない真也の感情だった。
皓一に初めて会った日の、胸の高鳴り。
手を出してはいけないという葛藤と、どうしても手に入れたいという渇望。
種族を越えた恋慕へのためらい、それを軽々と超えてしまった皓一への執着心。
体を繋げたときの快感と、生涯最大の喜び。
日増しに強くなる皓一への愛と、皓一から愛される至福。そしてそれを失うのではないかという、恐怖。
ひたすらに注がれる、尽きることのない皓一への愛の奔流が怒涛のように押し寄せ、皓一の中に流れ込んでくる。
真也が額を離すと、それらは波が引くように名残を残して遠ざかっていった。
皓一は言葉もなく、呆然と真也を見つめていた。その目を見つめ返しながら、真也が泣きながら微笑む。
そのとき、よく知っている声がすぐ傍から聞こえてきた。
「はい、どなたですか……えっ、皓一さん?!」
真也が皓一を救い出し移動した先は、健斗の部屋の前だった。
呼び鈴のなる音に扉を開けた健斗は、皓一と高羽真也を見て驚いている。
「高羽まで……いったい、何が……」
そこへ、久我まで現われた。
久我は健斗に会釈し、「やあ……すまないね、薬師寺さん。面倒なことが起こった」と言ったのち、真也に近づいた。久我は、今まで健斗が見たことのない厳しい表情をしていた。
「高羽、私はあなたの『良心』からの報告を受け取った。私はあなたの地球における行動と権利の一切を封じ、身柄を拘束します。拒否した場合、あなたの『良心』が制裁を実行することとなります。理解できますね?」
真也はゆっくり頷くと、皓一を手離して健斗の方へと押し出して言った。
「健斗、皓一を頼む」
「え、え?!」
戸惑いながらも、健斗は皓一の肩を抱き寄せた。そうしないと皓一は、今にも倒れ込みそうだったのだ。足元はふらつき、目は虚ろで、頬には涙の跡がある。
久我は健斗に向かって、静かな声で言った。
「薬師寺さん、あなたが知っている真実を、皓一さんに話すか話さないか、すべての裁量をあなたに委ねます。私たちの正体を、彼に秘す必要はありません」
真実、という言葉にピクリと皓一が反応する。皓一は健斗に向かって、弱々しい声で話しかけた。
「そうだ……健斗……俺、おまえに嘘をついていた。今さっき、思い出したんだ。小さい頃に別れた妹はもう生きてはいないし、この男は……」
皓一の目が、冷たい眼差しで真也をとらえ、皓一の舌が、真実を紡ぐ。
「高羽真也じゃ、ない」
健斗は驚いて息を呑んだ。
「!! 思い出したんですか! ……妹さんの、ことも……」
健斗はそれ以上の言葉を失くし、腕の中の皓一と、立ち尽くす真也を交互に見つめた。
ギュッ、と皓一が健斗の袖を掴み、真也から視線をそらす。
「皓一……」
愛しい相手の名前を呼ぶ真也の声は、震えていた。
久我が「さあ、行こう」と真也を促す。
背を向ける前、真也は苦痛に顔を歪ませ、目を閉じた。涙が一筋、頬を伝って落ちる。
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