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Act 2
23. 存在しない男――幻の彼氏 2
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皓一は何度も真也の名を呼びながら、もう一度すべての部屋を捜し回った。
「真也……真也、真也、真也!」
やはり真也は、どこにもいない。
電話もつながらない。
皓一はリビングの床にへたり込んだ。
何もかもが、ザアッと遠くに流れてゆくような、この感じ。
この、胸が張り裂けそうな感覚。
そうだ、よく知っている――皓一はそう思い、痛む胸元を掴んでその場にうずくまった。
皓一はもう一人の自分が宙に浮かび、泣き叫ぶ自分を遠くから俯瞰(ふかん)しているような錯覚に陥った。
もう一人の自分は恐ろしいまでの無表情で、言った。
――だから、大切な人を、作るべきじゃなかったんだ。
「あ……ああ……」
涙でグチャグチャの顔を両手で覆っている皓一に、もう一人の皓一が無慈悲に告げる。
――あの絶望を、二度と味わいたくないなら。誰も、深く愛しちゃいけない。
「うう……うううう……」
――おまえは、馬鹿だ。どうして忘れてしまったんだ? 思い出せ、思い出せ。あの痛みを思い出せ。人を愛し過ぎるな! 大切な人ほど、遠ざけろ!!
「あああああああっ!!」
心の奥底で、何かが崩壊した。
今まで封印されていた記憶の大波が、ドッと押し寄せ、過去に体験した景色が鮮明に繰り出される。
赤い血の海に横たわる母。
嘆き悲しんで、号泣する父。
台所に倒れ伏す意識のない妹。
小さな皓一の頭を撫でる、和おじさんの優しい大きな手。
泣きじゃくる皓一をなだめ、抱きしめてくれた幸おばさんの柔らかい腕。
それらのシーンが次々と浮かんでは消え、消えては新しく脳裏に蘇る。
「ああ……ああ……ああ!!」
皓一はすべてを、思い出した。
そのとき。
その場にうずくまりむせび泣く皓一の傍に、突如真也が現われた。
「皓一……思い出したのか。そうか……」
「真也……」
「大丈夫、大丈夫だ、皓一。俺がついている。ずっと、傍にいる」
皓一の傍に座り込み、真也は彼を抱擁しようとした。
しかし皓一は腕を突っぱねてそれを拒絶し、真也を見つめて言った。
「……おまえ、誰なんだ」
皓一の口から出たその声は、驚くほど冷たく響いた。
真也は一瞬息を呑み、皓一の目を覗き込む。その目にはかつてのように愛しい恋人を見つめる温度も熱量もなく、声同様、暗く冷たかった。
絶望感に真也の唇が言葉を失くし震える中、皓一が追い討ちをかけるように問いかける。
「おまえ、誰なんだ? おまえが、高羽真也のはずが、ない! 存在するはずが、ないんだ!」
封じられていた過去の記憶と共に、皓一はすべてを思い出した。
「高羽真也」が自分の想像から生まれた、幻であることを。
「真也……真也、真也、真也!」
やはり真也は、どこにもいない。
電話もつながらない。
皓一はリビングの床にへたり込んだ。
何もかもが、ザアッと遠くに流れてゆくような、この感じ。
この、胸が張り裂けそうな感覚。
そうだ、よく知っている――皓一はそう思い、痛む胸元を掴んでその場にうずくまった。
皓一はもう一人の自分が宙に浮かび、泣き叫ぶ自分を遠くから俯瞰(ふかん)しているような錯覚に陥った。
もう一人の自分は恐ろしいまでの無表情で、言った。
――だから、大切な人を、作るべきじゃなかったんだ。
「あ……ああ……」
涙でグチャグチャの顔を両手で覆っている皓一に、もう一人の皓一が無慈悲に告げる。
――あの絶望を、二度と味わいたくないなら。誰も、深く愛しちゃいけない。
「うう……うううう……」
――おまえは、馬鹿だ。どうして忘れてしまったんだ? 思い出せ、思い出せ。あの痛みを思い出せ。人を愛し過ぎるな! 大切な人ほど、遠ざけろ!!
「あああああああっ!!」
心の奥底で、何かが崩壊した。
今まで封印されていた記憶の大波が、ドッと押し寄せ、過去に体験した景色が鮮明に繰り出される。
赤い血の海に横たわる母。
嘆き悲しんで、号泣する父。
台所に倒れ伏す意識のない妹。
小さな皓一の頭を撫でる、和おじさんの優しい大きな手。
泣きじゃくる皓一をなだめ、抱きしめてくれた幸おばさんの柔らかい腕。
それらのシーンが次々と浮かんでは消え、消えては新しく脳裏に蘇る。
「ああ……ああ……ああ!!」
皓一はすべてを、思い出した。
そのとき。
その場にうずくまりむせび泣く皓一の傍に、突如真也が現われた。
「皓一……思い出したのか。そうか……」
「真也……」
「大丈夫、大丈夫だ、皓一。俺がついている。ずっと、傍にいる」
皓一の傍に座り込み、真也は彼を抱擁しようとした。
しかし皓一は腕を突っぱねてそれを拒絶し、真也を見つめて言った。
「……おまえ、誰なんだ」
皓一の口から出たその声は、驚くほど冷たく響いた。
真也は一瞬息を呑み、皓一の目を覗き込む。その目にはかつてのように愛しい恋人を見つめる温度も熱量もなく、声同様、暗く冷たかった。
絶望感に真也の唇が言葉を失くし震える中、皓一が追い討ちをかけるように問いかける。
「おまえ、誰なんだ? おまえが、高羽真也のはずが、ない! 存在するはずが、ないんだ!」
封じられていた過去の記憶と共に、皓一はすべてを思い出した。
「高羽真也」が自分の想像から生まれた、幻であることを。
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