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Act 2
19. 深まる絆と記憶の靄 1
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食事を楽しんだあと、二人はソファでダラダラとくつろぎながらテレビを見ていた。
世の中には大きな事件もなく、バラエティ番組がいかにも平和そうに「桜開花予想」を報じている。それを見ながら、皓一は真也に話しかけた。
「そういえば近所の川岸の桜、もう咲き始めてる頃だよな。去年は忙しくて見に行く機会がなかったけど、今年は見に行きたいな」
「桜? 見てどうするんだ? 何か特別なことが起こるのか?」
「えっ……? 見るだけだよ? 綺麗だし、一年に一回しか咲かないから、できれば見たいけど……。ちょっと待て、真也、もしかしておまえ、お花見したことないのか?!」
「ない」
皓一はポカンと口を開けて、後ろの真也を振り返った。
はじめ、二人は普通に横並びに座っていたのだが、いつの間にやら真也は皓一を抱き込んで、すっぽりと腕の中に収めていた。皓一はぬいぐるみか何かになったようで微妙な気分だったが、真也の大きな体に後ろから抱きしめられ、その逞しい胸筋を背もたれにしているうち、この姿勢が最高に贅沢で快適だということを認めざるを得なかった。
それはそうと、皓一はお花見をしたことが無いと言う真也に、冗談めかして問いかけた。
「……おまえ本当は、日本人じゃないな?」
そう言いながら皓一は、体をずらして横向きになり、真也の顔を覗き込む。真也はぼんやりと視線を彷徨わせながら、皓一の問いかけに素直に答えた。
「そうだ。俺は日本人じゃない」
「!!」
驚く皓一を見て、真也はハッとして言葉を訂正した。
「……いや、今は日本人だ。……うん、日本人に……なった。いや、なる、いや……」
よく分からないことを言っている真也に、皓一は何か違和感を覚えた。それを察したように、真也が不安げな表情で口を開く。
「変か? ……『お花見』をしたことがないというのは……日本人失格か? それとも地球規模でおかしいのか? 目玉焼きを食べたことが無いのと同じように、非常識か?」
真也の表情が悲し気に歪み、声が戸惑いと不安を表すように沈む。その様子に胸が痛むのを感じた皓一は、慌てて首を振った。
「いや、いいんだ、ごめん、ちょっと驚いただけだ。花見したことないなら、すればいいんだ、うん」
皓一は、一週間前の海辺のデートで、あれこれ質問をしたときときのことを再び思い出していた。
『おまえのご両親、どんな人だった?』と訊いた皓一に、真也は『おまえに話せるような、両親とのいい思い出がない』と答えた。
それを思い出した皓一は、きっと真也は、特殊な環境で育ったに違いない、と思った。もちろんそれは彼の落ち度ではないし、今、真也から漂ってくる悲しい気配に、皓一は胸が張り裂けそうだった。それと同時に、真也のことをもっと知っておきたい、と強く思った。過去を知り、彼のことを理解していれば、何か助けになることを思いつくかもしれない、と。
でも、どうやって切り出せばよいかわからず、皓一は黙り込んだ。
日本人じゃない、とさらりと告げた真也には、皓一の知らない過去が山ほどあり、きっとそこには人に知られたくない事実もあるに違いない。真也を傷つけずに質問するためには、地雷がどこに埋まっているか知らなければいけないが、そもそも真也のことを知らなさ過ぎて、どこに地雷が埋まっているのかすら、わからない。
その皓一の逡巡を察したように、真也が話の糸口を与えてくれた。
「実を言うとな……俺は、日本の生まれではないんだ」
「え……」
「ここから遠い、異国の地で生まれたんだ。そこは、結婚、をする者が非常に少なくてな……。その結果として当然、自然出産される子供の数が、危機的に少ない状況だった。そこで国は人口調整のため、無作為あるいは作為的に選び出した遺伝子から定期的に一定数、子供を生産し、世に送り出した。俺はそのうちの一人だ」
「……え……え、それ、どこの国……?! そんな、こと、許されるのか?!」
「その国では、合法だ。悪いがその国のことは、これ以上、話せない。皓一、おまえだから打ち明けたが、誰にも言わないでくれ。実は……6年前に亡くなった両親と俺に、血のつながりはない。親子なのは、書類上のことだけだ」
真也には冗談を言っている気配はなく、いたって真剣だった。その様子を見て、皓一は茶化したりせず、神妙な顔で頷いた。
「うん、わかった。誰にも、言わない。話してくれて、ありがとな。……そっか、日本の生まれじゃなかったのか。おまえ全然日本語の発音に違和感ないし、見た目も男前過ぎとはいえ日本人に見えないって程じゃないから、気付かなかったよ」
「……この見た目は、作り物だ。…………皓一、俺は、化け物だ」
世の中には大きな事件もなく、バラエティ番組がいかにも平和そうに「桜開花予想」を報じている。それを見ながら、皓一は真也に話しかけた。
「そういえば近所の川岸の桜、もう咲き始めてる頃だよな。去年は忙しくて見に行く機会がなかったけど、今年は見に行きたいな」
「桜? 見てどうするんだ? 何か特別なことが起こるのか?」
「えっ……? 見るだけだよ? 綺麗だし、一年に一回しか咲かないから、できれば見たいけど……。ちょっと待て、真也、もしかしておまえ、お花見したことないのか?!」
「ない」
皓一はポカンと口を開けて、後ろの真也を振り返った。
はじめ、二人は普通に横並びに座っていたのだが、いつの間にやら真也は皓一を抱き込んで、すっぽりと腕の中に収めていた。皓一はぬいぐるみか何かになったようで微妙な気分だったが、真也の大きな体に後ろから抱きしめられ、その逞しい胸筋を背もたれにしているうち、この姿勢が最高に贅沢で快適だということを認めざるを得なかった。
それはそうと、皓一はお花見をしたことが無いと言う真也に、冗談めかして問いかけた。
「……おまえ本当は、日本人じゃないな?」
そう言いながら皓一は、体をずらして横向きになり、真也の顔を覗き込む。真也はぼんやりと視線を彷徨わせながら、皓一の問いかけに素直に答えた。
「そうだ。俺は日本人じゃない」
「!!」
驚く皓一を見て、真也はハッとして言葉を訂正した。
「……いや、今は日本人だ。……うん、日本人に……なった。いや、なる、いや……」
よく分からないことを言っている真也に、皓一は何か違和感を覚えた。それを察したように、真也が不安げな表情で口を開く。
「変か? ……『お花見』をしたことがないというのは……日本人失格か? それとも地球規模でおかしいのか? 目玉焼きを食べたことが無いのと同じように、非常識か?」
真也の表情が悲し気に歪み、声が戸惑いと不安を表すように沈む。その様子に胸が痛むのを感じた皓一は、慌てて首を振った。
「いや、いいんだ、ごめん、ちょっと驚いただけだ。花見したことないなら、すればいいんだ、うん」
皓一は、一週間前の海辺のデートで、あれこれ質問をしたときときのことを再び思い出していた。
『おまえのご両親、どんな人だった?』と訊いた皓一に、真也は『おまえに話せるような、両親とのいい思い出がない』と答えた。
それを思い出した皓一は、きっと真也は、特殊な環境で育ったに違いない、と思った。もちろんそれは彼の落ち度ではないし、今、真也から漂ってくる悲しい気配に、皓一は胸が張り裂けそうだった。それと同時に、真也のことをもっと知っておきたい、と強く思った。過去を知り、彼のことを理解していれば、何か助けになることを思いつくかもしれない、と。
でも、どうやって切り出せばよいかわからず、皓一は黙り込んだ。
日本人じゃない、とさらりと告げた真也には、皓一の知らない過去が山ほどあり、きっとそこには人に知られたくない事実もあるに違いない。真也を傷つけずに質問するためには、地雷がどこに埋まっているか知らなければいけないが、そもそも真也のことを知らなさ過ぎて、どこに地雷が埋まっているのかすら、わからない。
その皓一の逡巡を察したように、真也が話の糸口を与えてくれた。
「実を言うとな……俺は、日本の生まれではないんだ」
「え……」
「ここから遠い、異国の地で生まれたんだ。そこは、結婚、をする者が非常に少なくてな……。その結果として当然、自然出産される子供の数が、危機的に少ない状況だった。そこで国は人口調整のため、無作為あるいは作為的に選び出した遺伝子から定期的に一定数、子供を生産し、世に送り出した。俺はそのうちの一人だ」
「……え……え、それ、どこの国……?! そんな、こと、許されるのか?!」
「その国では、合法だ。悪いがその国のことは、これ以上、話せない。皓一、おまえだから打ち明けたが、誰にも言わないでくれ。実は……6年前に亡くなった両親と俺に、血のつながりはない。親子なのは、書類上のことだけだ」
真也には冗談を言っている気配はなく、いたって真剣だった。その様子を見て、皓一は茶化したりせず、神妙な顔で頷いた。
「うん、わかった。誰にも、言わない。話してくれて、ありがとな。……そっか、日本の生まれじゃなかったのか。おまえ全然日本語の発音に違和感ないし、見た目も男前過ぎとはいえ日本人に見えないって程じゃないから、気付かなかったよ」
「……この見た目は、作り物だ。…………皓一、俺は、化け物だ」
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