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Act 2
09. お揃いのお守り
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健斗がある意味ファーストコンタクト的な体験をした衝撃の日曜日から、3日後。
和友スーパーでバイトに入っていた健斗は、バックヤードの搬入口付近に、小さな女の子が佇んでいるのを見つけた。幼稚園児くらいだろうか。ツインテールの可愛らしい子だ。
(あれ……迷子かな? それとも誰かパートさんのお子さん?)
あんな所にいたら危ないと思い、健斗はその子に近づいて声を掛けた。
「どうしたの、お嬢ちゃん。お母さんを捜してるの?」
女の子はゆっくりとした動作で、健斗を見つめた。
目が合った瞬間、健斗の体にぞくりと寒気が起こり、彼はしまった、と思った。
この子は生きている者じゃない。霊魂だ――それに気付いた健斗が戸惑っていると、女の子は腕を軽く上げて、床を指さした。健斗が思わずそちらに目をやると、床に見覚えのある物が落ちている。
「あれっ……これ、皓一さんのお守りだ……」
健斗はそれを拾い上げて確認した。
ネックホルダーの先に、小さな巾着袋。その袋の中に、神社でよく売られれている和柄の布で作られたお守りが入っている。やはりこれは、皓一の物に間違いない。健斗は以前、暑い夏の日に、皓一がこれを外して首の汗を拭いているのを見たことがあった。そのとき何となく気になって、『皓一さん、それ、何ですか? いつも身に着けてますよね?』と、皓一に尋ねたことがある。皓一は照れ笑いを浮かべながら、『これ、お守りなんだ。子供の頃、和おじさんがくれたんだよ』と教えてくれたのだ。
皓一は続けて、詳しく話してくれた。
『もらったとき、これは子供が無事に成長して幸せになるお守りだって、和おじさんは言ってたよ。俺には青い色のお守りで、妹は赤い色のをもらったんだ。とても嬉しくてさ、いつもいつも、宝物みたいにして、持ち歩いた。今はもう無事に成長して大人になったから持ってる必要はないだろうけど、なんか習慣になっててさ。身に着けていないと何だか落ち着かないんだよ』
拾い上げたお守りを見ると、ネックホルダーの紐が切れている。きっと皓一は落としたことに気付かなかったのだろう。朝の搬入時は動作も激しく、忙しい。きっとそのときに、落としたに違いない。すぐに届けてあげないと――そう思って健斗が顔を上げると、女の子の姿は消えていた。
「あれっ、どうしたの健ちゃん」
健斗がお守りを手に突っ立っているところに、古株パートの華子が声をかけてくる。
「あ、それ皓ちゃんのだ……その、お守り」
「落ちてたんです、ここに。華子さん、今皓一さんがどこにいるか知ってますか?」
「皓ちゃんなら今、昼休憩の子と交替するためにレジに入ってるよ。あちゃ~、それ、首掛けの紐が切れてるな。丁度いい、あたしも今から休憩だから、直しといてやるか。そういえば健ちゃんもお昼、まだだよね? 今日は朝から入ってるんだし、あんたもそろそろ休憩、取りな」
華子は弁当持参派で、タバコを吸うために外のベンチで昼休憩を取ることが多い。健斗は華子の許可をもらい、一緒に昼を摂ることにした。前から、華子に訊きたいことがあったのだ。華子は和友スーパーの古株パートで、皓一のことを子供の頃から知っているらしいから。
灰皿の置かれた外の休憩スペースには、誰もいなった。和友スーパーはこの業界には珍しく、喫煙率が非常に低い。利用するのは華子とやはり古参の男性社員二人くらいなもので、もちろん店長を始め、健斗も皓一もタバコは吸わない。
貸し切り状態のベンチに座ると、華子は鞄の中から裁縫道具の入った小さな箱を取り出した。老眼鏡をかけ、針に糸を通すと、華子は慣れた手つきで切れたお守りの紐を縫い合わせていく。それを見ながら、健斗は何気ない口調で華子に話しかけた。
「それ、皓一さんが子供のときに店長からもらったものなんですよね? 以前、皓一さんが話してくれました。妹さんと色違いのお揃いだって」
「ああ……うん、そうだよ」
華子は表情を変えなかったが、その声が暗く沈んでいることを、健斗は感じ取った。健斗が華子に訊きたかったのは皓一の妹のことだが、華子のその様子からそのものずばり訊くのを控え、会話を迂回することにした。
「皓一さんが子供の頃って、想像つかないなぁ……。可愛かったですか?」
華子は何か思い出したのか、笑顔になって言った。
「そうだね、可愛かったよ。初めてあの子がスーパーに来たとき、9歳か、10歳くらいだったかなぁ。カッちゃん……あ、和友店長のことね、カッちゃんの遠縁の子だって紹介されて、よく裏手から来るようになってさ……。すごく痩せてたから、みんなが皓ちゃんにお菓子やらパンやらで餌付けし始めて……プッ……あの子、頬袋に食べ物を溜めたリスみたいな顔で、よくむしゃむしゃ……」
「へえ……リス……俺も見たかったなあ……そんな可愛い皓一さん……」
「そのうち、もらうばっかりで悪いからって、掃除とか始めてさ……。子供なんだからそんなに気を遣わなくてもいいのに、せっせせっせと裏手で働き始めて、キラキラした目で『なにか僕にできることありませんか』って……ホント、可愛かったねえ…」
「へえ……さすが皓一さん、その頃から働き者だったんですか」
「うんうん。今と変わらず、優しい、いい子でねぇ……」
「皓一さんって、面倒見、良さそうですよね。お店でも、小さな子供の扱いがうまいし」
「うんうん。いいお兄ちゃんだったよ。小さな妹の手を引いて……あたし達が何かあげると、皓ちゃんは必ず自分より先にあの子に……」
華子はそこで、言葉を途切らせた。手元の作業に集中するように、口を閉ざしてせっせと手を動かす。
健斗は昼ご飯のパンをかじりながら、華子の次の言葉を静かに待つことにした。やがて華子は針仕事を終え、顔を上げた。
「ほい、できた。健ちゃん、これあとで皓ちゃんに返しといて。そうそう、その紐、応急処置だから、皓ちゃんには新しい紐買えって言っといてよ。大切なお守りなんだからさ」
華子からお守りを受け取ると、健斗は思い切って訊いてみることにした。
「ありがとうございます。……華子さん、訊いてもいいですか」
「何だい」
「皓一さんの妹さんって、もうこの世の人ではないんですね?」
和友スーパーでバイトに入っていた健斗は、バックヤードの搬入口付近に、小さな女の子が佇んでいるのを見つけた。幼稚園児くらいだろうか。ツインテールの可愛らしい子だ。
(あれ……迷子かな? それとも誰かパートさんのお子さん?)
あんな所にいたら危ないと思い、健斗はその子に近づいて声を掛けた。
「どうしたの、お嬢ちゃん。お母さんを捜してるの?」
女の子はゆっくりとした動作で、健斗を見つめた。
目が合った瞬間、健斗の体にぞくりと寒気が起こり、彼はしまった、と思った。
この子は生きている者じゃない。霊魂だ――それに気付いた健斗が戸惑っていると、女の子は腕を軽く上げて、床を指さした。健斗が思わずそちらに目をやると、床に見覚えのある物が落ちている。
「あれっ……これ、皓一さんのお守りだ……」
健斗はそれを拾い上げて確認した。
ネックホルダーの先に、小さな巾着袋。その袋の中に、神社でよく売られれている和柄の布で作られたお守りが入っている。やはりこれは、皓一の物に間違いない。健斗は以前、暑い夏の日に、皓一がこれを外して首の汗を拭いているのを見たことがあった。そのとき何となく気になって、『皓一さん、それ、何ですか? いつも身に着けてますよね?』と、皓一に尋ねたことがある。皓一は照れ笑いを浮かべながら、『これ、お守りなんだ。子供の頃、和おじさんがくれたんだよ』と教えてくれたのだ。
皓一は続けて、詳しく話してくれた。
『もらったとき、これは子供が無事に成長して幸せになるお守りだって、和おじさんは言ってたよ。俺には青い色のお守りで、妹は赤い色のをもらったんだ。とても嬉しくてさ、いつもいつも、宝物みたいにして、持ち歩いた。今はもう無事に成長して大人になったから持ってる必要はないだろうけど、なんか習慣になっててさ。身に着けていないと何だか落ち着かないんだよ』
拾い上げたお守りを見ると、ネックホルダーの紐が切れている。きっと皓一は落としたことに気付かなかったのだろう。朝の搬入時は動作も激しく、忙しい。きっとそのときに、落としたに違いない。すぐに届けてあげないと――そう思って健斗が顔を上げると、女の子の姿は消えていた。
「あれっ、どうしたの健ちゃん」
健斗がお守りを手に突っ立っているところに、古株パートの華子が声をかけてくる。
「あ、それ皓ちゃんのだ……その、お守り」
「落ちてたんです、ここに。華子さん、今皓一さんがどこにいるか知ってますか?」
「皓ちゃんなら今、昼休憩の子と交替するためにレジに入ってるよ。あちゃ~、それ、首掛けの紐が切れてるな。丁度いい、あたしも今から休憩だから、直しといてやるか。そういえば健ちゃんもお昼、まだだよね? 今日は朝から入ってるんだし、あんたもそろそろ休憩、取りな」
華子は弁当持参派で、タバコを吸うために外のベンチで昼休憩を取ることが多い。健斗は華子の許可をもらい、一緒に昼を摂ることにした。前から、華子に訊きたいことがあったのだ。華子は和友スーパーの古株パートで、皓一のことを子供の頃から知っているらしいから。
灰皿の置かれた外の休憩スペースには、誰もいなった。和友スーパーはこの業界には珍しく、喫煙率が非常に低い。利用するのは華子とやはり古参の男性社員二人くらいなもので、もちろん店長を始め、健斗も皓一もタバコは吸わない。
貸し切り状態のベンチに座ると、華子は鞄の中から裁縫道具の入った小さな箱を取り出した。老眼鏡をかけ、針に糸を通すと、華子は慣れた手つきで切れたお守りの紐を縫い合わせていく。それを見ながら、健斗は何気ない口調で華子に話しかけた。
「それ、皓一さんが子供のときに店長からもらったものなんですよね? 以前、皓一さんが話してくれました。妹さんと色違いのお揃いだって」
「ああ……うん、そうだよ」
華子は表情を変えなかったが、その声が暗く沈んでいることを、健斗は感じ取った。健斗が華子に訊きたかったのは皓一の妹のことだが、華子のその様子からそのものずばり訊くのを控え、会話を迂回することにした。
「皓一さんが子供の頃って、想像つかないなぁ……。可愛かったですか?」
華子は何か思い出したのか、笑顔になって言った。
「そうだね、可愛かったよ。初めてあの子がスーパーに来たとき、9歳か、10歳くらいだったかなぁ。カッちゃん……あ、和友店長のことね、カッちゃんの遠縁の子だって紹介されて、よく裏手から来るようになってさ……。すごく痩せてたから、みんなが皓ちゃんにお菓子やらパンやらで餌付けし始めて……プッ……あの子、頬袋に食べ物を溜めたリスみたいな顔で、よくむしゃむしゃ……」
「へえ……リス……俺も見たかったなあ……そんな可愛い皓一さん……」
「そのうち、もらうばっかりで悪いからって、掃除とか始めてさ……。子供なんだからそんなに気を遣わなくてもいいのに、せっせせっせと裏手で働き始めて、キラキラした目で『なにか僕にできることありませんか』って……ホント、可愛かったねえ…」
「へえ……さすが皓一さん、その頃から働き者だったんですか」
「うんうん。今と変わらず、優しい、いい子でねぇ……」
「皓一さんって、面倒見、良さそうですよね。お店でも、小さな子供の扱いがうまいし」
「うんうん。いいお兄ちゃんだったよ。小さな妹の手を引いて……あたし達が何かあげると、皓ちゃんは必ず自分より先にあの子に……」
華子はそこで、言葉を途切らせた。手元の作業に集中するように、口を閉ざしてせっせと手を動かす。
健斗は昼ご飯のパンをかじりながら、華子の次の言葉を静かに待つことにした。やがて華子は針仕事を終え、顔を上げた。
「ほい、できた。健ちゃん、これあとで皓ちゃんに返しといて。そうそう、その紐、応急処置だから、皓ちゃんには新しい紐買えって言っといてよ。大切なお守りなんだからさ」
華子からお守りを受け取ると、健斗は思い切って訊いてみることにした。
「ありがとうございます。……華子さん、訊いてもいいですか」
「何だい」
「皓一さんの妹さんって、もうこの世の人ではないんですね?」
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