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Act 2
07. 交換条件
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高羽が顔を伏せたまま沈黙したため、かわりに久我が皮肉気な笑みを浮かべて言った。
「鳥……とは違うな……。外見的に鳥ならまだ、良かったと思う。地球人の多くは、フワフワな体毛を持つ生き物が好きだからね……。まあ、それはともかく……」
久我は健斗に、「番(つがい)」について説明をした。
久我の種族は地球人のように奔放に相手を変えたりせず、一生にただ一度だけ、生涯の伴侶を決めるということ。その相手を「番」として認識し、相手が異性でも同性でも、「番」の相手とだけ性的衝動が起こり、交接――セックスを行う。その絆は生涯変わらず、「番」の相手と引き離されれば死に至るケースもあるということ。
そして「番」の相手が死ねば、幼い子供がいる場合を除き、大抵残された片方も憔悴し、近いうちに死んでしまうということ。そのため「番」の選定はかなり慎重に行われるということ。
健斗はそれを聞き、真也の傍に膝を付くと、複雑な表情を浮かべて真也の顔を覗き込んだ。
「おい、高羽真也、俺たち地球人はな、平気で浮気する生き物だ。もちろん皓一さんは今どき珍しいくらいストイックで誠実な人だけど、例えば俺の猛烈アプローチで、俺に乗り換えることも可能性としては十分あるんだぞ。わかってんのか……?」
「無論だ。地球人の性質は、かなり学習した」
「……ということは、高羽真也、あんた、皓一さんにフラれたら死ぬかもしれないって自覚があるんだな?」
真也はゆっくり顔を上げ、静かに言った。
「理解している。しかも、死ぬかもしれない、ではなく、高確率で死ぬだろう。皓一の愛を失うということは、俺にとっては死別も同様で、つまりそれは先程も久我が説明した通り、俺の衰弱死を意味する」
「!!」
健斗は少なからずショックを受けて、喉を詰まらせた。
そこまでの覚悟で、この男は皓一を手に入れたのだ。
自分にそれができるだろうか?――健斗はそう、自問した。
(皓一さんにフラれたら死ぬ覚悟で……。生涯ただ一人の、伴侶として……)
もちろん今の健斗なら、自分にもそれができると答えるだろう。皓一のためなら、危険を冒してもいいと思うだろう。だが、命を賭けろと言われれば、どうだろうか? 健斗はまだ、20歳という若さだ。事故や病気などがなければ、まだ多くの寿命が残っている。長いこれから先の人生を、すべて捧げろと言われれば、即座に応じることができるだろうか?
そして、10年後、20年後はどうだろうか。今と変わらずずっと同じ気持ちでいられるだろうか?
健斗の心に、冷やりとした暗闇が広がった。
命を賭けろ、と言われれば、即座に応じるか自信はなかった。
自分は若く、ただ恋愛を楽しみたいだけではないのか?という思いが、胸中に渦巻く。
人の心は移ろいやすい。多くの人間は、くっついたり離れたりする。相手を次々変える輩もいる。結婚していても、浮気する男など無数にいる。
健斗はこの先の長い一生、家族も故郷も捨てて、異郷の地で、一途にただひたすら、皓一ひとりを愛せるかと問われれば、返答に困ることに気付いた。更に、皓一と恋仲になったとして、彼の愛情を生涯信じることができるかと自身に問えば、まるで自信はなかった。
そしてその瞬間、悟った。
(俺は、負けてる……。気持ちで、この男に負けてる。得体の知らないこの男に、かなわない!)
健斗は、またもや大きなショックに見舞われ、その動揺を悟られまいと、別の質問を真也に投げかけた。
「あんた、土下座して頭を下げれば、俺が簡単に皓一さんを諦めるとでも思ってんのか?」
「おまえの心境がどうであれ、土下座はこの地の慣習において謝意や懇願を表す最たるものと学んだ。精一杯の気持ちを表すために、俺にできることがこれしかなかった。他にあるなら、教えてくれ」
その声も、瞳も、態度も。すべて真剣そのものだった。
健斗はまたもや言葉に詰まった。そして内心では真也に対する敗北を認め、苦虫を噛み潰したような表情で床にへたり込んだ。
健斗は膝の上に乗せた両手をギュッと握りしめ、しばらく目をつぶって考え込んだ。そして大きな溜息を吐き出すと、真也に尋ねた。
「本当に……皓一さんを、傷つけないんだな? あんたたち謎の異星人から『番』認定されても、皓一さん側には、不都合は一切起こらない……そう思っていいのか?」
その質問には、久我が答えた。
「私たちと地球人は、体の仕組みがあまりにも違うからね。もし高羽が死んだとしても、皓一さんは精神的なショックを受けるなどの、通常の地球人に起こり得る反応以上のことは起こらないだろう。しかし、このようなケースは初めてのことだ。予想外のことが起こらないか、注意深く見守る必要がある。高羽と交接したことで、皓一さんの脳や体に何らかの変化が絶対起きないとは言い切れない。薬師寺さん、私は皓一さんの安全と幸福を第一に考えている。そして今のところ皓一さんは、幸福の只中にある。私としては現状維持で、様子を見たい。あなたの同意を得られれば、非常に助かる。どうだろうか?」
「一切の例外なく、皓一さんの幸福を第一として考えてくれるなら、当分の間は静観してもいい……。ただし、一つだけ条件がある」
「何だい? 言ってくれ」
「あんた達の本当の姿を、見せてくれ。どうやってるのかは知らないが、あんた達は今、地球人そっくりに化けているんだろう?」
「鳥……とは違うな……。外見的に鳥ならまだ、良かったと思う。地球人の多くは、フワフワな体毛を持つ生き物が好きだからね……。まあ、それはともかく……」
久我は健斗に、「番(つがい)」について説明をした。
久我の種族は地球人のように奔放に相手を変えたりせず、一生にただ一度だけ、生涯の伴侶を決めるということ。その相手を「番」として認識し、相手が異性でも同性でも、「番」の相手とだけ性的衝動が起こり、交接――セックスを行う。その絆は生涯変わらず、「番」の相手と引き離されれば死に至るケースもあるということ。
そして「番」の相手が死ねば、幼い子供がいる場合を除き、大抵残された片方も憔悴し、近いうちに死んでしまうということ。そのため「番」の選定はかなり慎重に行われるということ。
健斗はそれを聞き、真也の傍に膝を付くと、複雑な表情を浮かべて真也の顔を覗き込んだ。
「おい、高羽真也、俺たち地球人はな、平気で浮気する生き物だ。もちろん皓一さんは今どき珍しいくらいストイックで誠実な人だけど、例えば俺の猛烈アプローチで、俺に乗り換えることも可能性としては十分あるんだぞ。わかってんのか……?」
「無論だ。地球人の性質は、かなり学習した」
「……ということは、高羽真也、あんた、皓一さんにフラれたら死ぬかもしれないって自覚があるんだな?」
真也はゆっくり顔を上げ、静かに言った。
「理解している。しかも、死ぬかもしれない、ではなく、高確率で死ぬだろう。皓一の愛を失うということは、俺にとっては死別も同様で、つまりそれは先程も久我が説明した通り、俺の衰弱死を意味する」
「!!」
健斗は少なからずショックを受けて、喉を詰まらせた。
そこまでの覚悟で、この男は皓一を手に入れたのだ。
自分にそれができるだろうか?――健斗はそう、自問した。
(皓一さんにフラれたら死ぬ覚悟で……。生涯ただ一人の、伴侶として……)
もちろん今の健斗なら、自分にもそれができると答えるだろう。皓一のためなら、危険を冒してもいいと思うだろう。だが、命を賭けろと言われれば、どうだろうか? 健斗はまだ、20歳という若さだ。事故や病気などがなければ、まだ多くの寿命が残っている。長いこれから先の人生を、すべて捧げろと言われれば、即座に応じることができるだろうか?
そして、10年後、20年後はどうだろうか。今と変わらずずっと同じ気持ちでいられるだろうか?
健斗の心に、冷やりとした暗闇が広がった。
命を賭けろ、と言われれば、即座に応じるか自信はなかった。
自分は若く、ただ恋愛を楽しみたいだけではないのか?という思いが、胸中に渦巻く。
人の心は移ろいやすい。多くの人間は、くっついたり離れたりする。相手を次々変える輩もいる。結婚していても、浮気する男など無数にいる。
健斗はこの先の長い一生、家族も故郷も捨てて、異郷の地で、一途にただひたすら、皓一ひとりを愛せるかと問われれば、返答に困ることに気付いた。更に、皓一と恋仲になったとして、彼の愛情を生涯信じることができるかと自身に問えば、まるで自信はなかった。
そしてその瞬間、悟った。
(俺は、負けてる……。気持ちで、この男に負けてる。得体の知らないこの男に、かなわない!)
健斗は、またもや大きなショックに見舞われ、その動揺を悟られまいと、別の質問を真也に投げかけた。
「あんた、土下座して頭を下げれば、俺が簡単に皓一さんを諦めるとでも思ってんのか?」
「おまえの心境がどうであれ、土下座はこの地の慣習において謝意や懇願を表す最たるものと学んだ。精一杯の気持ちを表すために、俺にできることがこれしかなかった。他にあるなら、教えてくれ」
その声も、瞳も、態度も。すべて真剣そのものだった。
健斗はまたもや言葉に詰まった。そして内心では真也に対する敗北を認め、苦虫を噛み潰したような表情で床にへたり込んだ。
健斗は膝の上に乗せた両手をギュッと握りしめ、しばらく目をつぶって考え込んだ。そして大きな溜息を吐き出すと、真也に尋ねた。
「本当に……皓一さんを、傷つけないんだな? あんたたち謎の異星人から『番』認定されても、皓一さん側には、不都合は一切起こらない……そう思っていいのか?」
その質問には、久我が答えた。
「私たちと地球人は、体の仕組みがあまりにも違うからね。もし高羽が死んだとしても、皓一さんは精神的なショックを受けるなどの、通常の地球人に起こり得る反応以上のことは起こらないだろう。しかし、このようなケースは初めてのことだ。予想外のことが起こらないか、注意深く見守る必要がある。高羽と交接したことで、皓一さんの脳や体に何らかの変化が絶対起きないとは言い切れない。薬師寺さん、私は皓一さんの安全と幸福を第一に考えている。そして今のところ皓一さんは、幸福の只中にある。私としては現状維持で、様子を見たい。あなたの同意を得られれば、非常に助かる。どうだろうか?」
「一切の例外なく、皓一さんの幸福を第一として考えてくれるなら、当分の間は静観してもいい……。ただし、一つだけ条件がある」
「何だい? 言ってくれ」
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