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Act 2
01. 高羽真也の正体を暴く計画
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薬師寺健斗はその日、市立図書館である人物を待ち伏せしていた。
高羽真也と名乗る男と初めて会ってから、健斗は真也の正体を暴くためにすぐさま動き出した。健斗には一つだけ、手掛かりがあった。真也と同じ気配を漂わせている人物を知っていたのである。
久我 直(くが なお)――健斗の大学で時々見かける人物。学生ではなく、大学で働いている関係者でもない。しかし以前からよく大学構内で見かけ、健斗は彼を避けていた。
なぜなら、彼は “触ってはいけない” 系の雰囲気を漂わせていたからである。
そう――高羽真也と、同じ気配。
健斗は学友たちに片っ端から声を掛け、久我直の身辺を探った。そこで彼の名前を知り、民間企業の研究者だということ、健斗の大学で生物学を教えている田中教授の友人であること、日曜日の午前中には私立図書館でよく見かけること、そして――。
最近、日曜日の午後に「すごいイケメン」とカフェでお茶していたり、一緒に散歩したりしているのを見かける、という情報まで得た。その「すごいイケメン」の特徴を訊いてみると、健斗の思った通り、ほぼ疑いなく高羽真也である。
健斗はもう少し情報を集め、外堀を埋めてから行動するつもりだったが、連休明けの皓一を見て考えが変わった。仕事中だというのに皓一はうっとりと頬を染め、始終ニヤニヤして幸せオーラを放ち、何かを思い出してはジタバタしている。恐らく連休中に真也と旅行にでも行き、二人の関係は更に深まったのだろう。
――くそっ! ぐずぐずしてる暇はない!!
健斗は握りこぶしを固めてそう思い、今すぐ久我直に特攻して高羽真也に関する情報を集めることに決めた。
幸い、久我直には高羽真也ほどの威圧感はない。二人が同じ種類であることは確かだが、例えるならそう――就いている職業が違う、という感じなのだ。高羽真也を冷徹で心身共に鍛えられた歴戦の戦士だと例えるなら、久我直は一途で穏やかな学者という雰囲気だった。それにもし、コンビニの店員として二人がレジに入っていたなら、健斗は迷いなく久我の方のレジに並ぶ。高羽に比べれば久我は、とても柔らかい感じなのだ。だからこそ、計画を実行に移す勇気も持てた。
そうして市立図書館で久我直を待ち伏せていた健斗は、目的の人物がやってきたのを見ると「よっしゃ!」と心の中で叫んで様子を窺った。
久我直の身長は175cmくらいで細身。男性らしいが、一見しただけでは男か女か分からない中性的な外見をしている。腰くらいまである髪を後ろで一つに束ねていて、いかにも学識者らしく眼鏡をかけ、知的な雰囲気を漂わせている。いつもシャツにネクタイに加えジャケット姿という、ラフなビジネスシーンならいつでも対応できそうなきちんとした身なりをしている。服装が男性的なのに女性にも見えるのは、長い髪のせいと、骨格が華奢で、立ち居振る舞いが美しく、綺麗な顔立ちをしているからだ。年齢は20代後半から30代前半といった感じだった。
健斗は久我直に近づくと、彼が書棚から取ろうとした本にほぼ同時に手を伸ばした。
「あっ……!」
驚いた久我直が、健斗の方を見る。健斗は慌てた様子で手を引っ込めると、用意していたセリフを口に出した。
「あっ、すみません! 失礼しました……どうぞ、お先に手にお取りください」
「あ、いや、君こそ、どうぞ」
しばらく譲り合ったのち、久我直がその本を手に取って言った。
「君も生物学に興味あるの?」
「ええ。田中教授の授業を取っているんです……。ええと、そういえばあなたは、田中教授のお知り合いの方ですね? 大学で、時々お見かけします。何て言ったっけ……この近くにある民間の研究所の、研究員をされていると聞きました。実は俺も、研究員を目指しているんです」
健斗が人懐っこい笑顔を見せてそう言うと、久我直は緊張を解いた。
「あ、そうか、君はあの大学の学生さんなんだね? うん、田中教授にはいつもお世話になってるんだ」
その後二人は図書館を出てしばらく歓談した。
健斗は計画通りに事を進めた。
まず健斗は、久我直に突撃する前に、あらかじめ彼が借りそうな本を片っ端から借りていた。もちろん一人では無理だったので、友人に頼み、大量に借りた。そして思惑通り、そのうちの何冊かが久我直の「借りる本リスト」に引っかかった。更に健斗は友人の手を借りてそれらの本に予約を数十件入れる細工をしていた。今から予約を入れても久我直の順番が回ってくるのがずいぶん先になるという状況を作り出すために。そして今日、久我に近づいた健斗は、まだ貸出期間が2週間以上残っているその本を、又貸しすると申し出たのだ。久我直は柔軟な性格らしく、健斗の提案にすぐに乗ってきた。
首尾よく、健斗は久我直に本の入った紙袋を渡すことに成功した。その紙袋には内側に目立たないポケットがあり、健斗はそこにボールペン型のボイスレコーダーを忍ばせていたのである。もともとは授業の内容を録音するために買ったペン型の録音機器だが、購入するとき予算を絞らず高性能なタイプにして良かった、と健斗はしみじみ思った。きっと健斗の必要とする会話を、きちんと拾ってくれるだろう。
その後、図書館の前で久我直と別れた健斗は、こっそりと彼の後を尾(つ)けた。
どうやら健斗には運が味方してくれているらしい。予想していた通り、久我直はカフェで高羽真也と待ち合わせをしていた。二人はカフェを出た後もぶらぶら歩き、近くの大きな公園でしばらく歓談した後、別れた。それをギリギリ見える範囲の遠くから見ていた健斗は、久我直が勤めているという民間の研究所施設まで急いで向かった。
施設の前で帰って来る久我直を待ち伏せていた健斗は、彼の姿が見えるや人懐っこい爽やかな笑顔を見せ、「すみません、俺、お気に入りのボールペンを紙袋に入れたままにしてたの忘れてて!」と言ってボールペンを無事に回収した。久我直は特に危ぶむことも無く、屈託なく笑う健斗に手を振って施設の中へと入って行った。
怖いくらい完璧に計画通りに事が運び、健斗は はやる心を抑えながら、家に帰る道すがらイヤホンを付けて録音を再生した。いったい二人は何者なのか、どういう会話をしているのか……ドキドキする心臓を持て余しながら、健斗はイヤホンから流れて来る二人の会話に全神経を集中させた。
「やあ、高羽、一週間ぶりだね。どう? 体調は? ここにはもう慣れた?」
「ああ、久我。問題ない、元気に過ごせている。ここはとても良いところだ。休暇場所をここにして正解だった」
「そうか、気に入ってくれたんだね、良かった。うん、いいところだろう? 毎日何をして過ごしているんだい?」
「素敵な個体に巡り会ってな……。毎日観察してる」
「個体? 興味のある人を見つけた、ということだね? 高羽、念のために訊くが、規則は覚えているね?」
「もちろんだ。彼を傷つけないよう、細心の注意を払っている。彼の健康を損ねてはいない」
「接触したのかい?」
「…………。規則違反ではないはずだが?」
「もちろん問題ない。普通にコミュニケーションを取り、彼らの生態……いや、生活の様子を目にし、興味を持つのは、違う環境で生まれた我々にとってごく自然なことだよ。……場所を変えよう、少し歩かないか」
再生中の音声から、二人が席を立ち移動している様子が伝わってくる。
ボイスレコーダーを一時停止すると、健斗はゴクリと喉を鳴らした。
(違う環境で生まれた……。………………異質だと知っていたけれど……まさか彼らは……)
高羽真也と名乗る男と初めて会ってから、健斗は真也の正体を暴くためにすぐさま動き出した。健斗には一つだけ、手掛かりがあった。真也と同じ気配を漂わせている人物を知っていたのである。
久我 直(くが なお)――健斗の大学で時々見かける人物。学生ではなく、大学で働いている関係者でもない。しかし以前からよく大学構内で見かけ、健斗は彼を避けていた。
なぜなら、彼は “触ってはいけない” 系の雰囲気を漂わせていたからである。
そう――高羽真也と、同じ気配。
健斗は学友たちに片っ端から声を掛け、久我直の身辺を探った。そこで彼の名前を知り、民間企業の研究者だということ、健斗の大学で生物学を教えている田中教授の友人であること、日曜日の午前中には私立図書館でよく見かけること、そして――。
最近、日曜日の午後に「すごいイケメン」とカフェでお茶していたり、一緒に散歩したりしているのを見かける、という情報まで得た。その「すごいイケメン」の特徴を訊いてみると、健斗の思った通り、ほぼ疑いなく高羽真也である。
健斗はもう少し情報を集め、外堀を埋めてから行動するつもりだったが、連休明けの皓一を見て考えが変わった。仕事中だというのに皓一はうっとりと頬を染め、始終ニヤニヤして幸せオーラを放ち、何かを思い出してはジタバタしている。恐らく連休中に真也と旅行にでも行き、二人の関係は更に深まったのだろう。
――くそっ! ぐずぐずしてる暇はない!!
健斗は握りこぶしを固めてそう思い、今すぐ久我直に特攻して高羽真也に関する情報を集めることに決めた。
幸い、久我直には高羽真也ほどの威圧感はない。二人が同じ種類であることは確かだが、例えるならそう――就いている職業が違う、という感じなのだ。高羽真也を冷徹で心身共に鍛えられた歴戦の戦士だと例えるなら、久我直は一途で穏やかな学者という雰囲気だった。それにもし、コンビニの店員として二人がレジに入っていたなら、健斗は迷いなく久我の方のレジに並ぶ。高羽に比べれば久我は、とても柔らかい感じなのだ。だからこそ、計画を実行に移す勇気も持てた。
そうして市立図書館で久我直を待ち伏せていた健斗は、目的の人物がやってきたのを見ると「よっしゃ!」と心の中で叫んで様子を窺った。
久我直の身長は175cmくらいで細身。男性らしいが、一見しただけでは男か女か分からない中性的な外見をしている。腰くらいまである髪を後ろで一つに束ねていて、いかにも学識者らしく眼鏡をかけ、知的な雰囲気を漂わせている。いつもシャツにネクタイに加えジャケット姿という、ラフなビジネスシーンならいつでも対応できそうなきちんとした身なりをしている。服装が男性的なのに女性にも見えるのは、長い髪のせいと、骨格が華奢で、立ち居振る舞いが美しく、綺麗な顔立ちをしているからだ。年齢は20代後半から30代前半といった感じだった。
健斗は久我直に近づくと、彼が書棚から取ろうとした本にほぼ同時に手を伸ばした。
「あっ……!」
驚いた久我直が、健斗の方を見る。健斗は慌てた様子で手を引っ込めると、用意していたセリフを口に出した。
「あっ、すみません! 失礼しました……どうぞ、お先に手にお取りください」
「あ、いや、君こそ、どうぞ」
しばらく譲り合ったのち、久我直がその本を手に取って言った。
「君も生物学に興味あるの?」
「ええ。田中教授の授業を取っているんです……。ええと、そういえばあなたは、田中教授のお知り合いの方ですね? 大学で、時々お見かけします。何て言ったっけ……この近くにある民間の研究所の、研究員をされていると聞きました。実は俺も、研究員を目指しているんです」
健斗が人懐っこい笑顔を見せてそう言うと、久我直は緊張を解いた。
「あ、そうか、君はあの大学の学生さんなんだね? うん、田中教授にはいつもお世話になってるんだ」
その後二人は図書館を出てしばらく歓談した。
健斗は計画通りに事を進めた。
まず健斗は、久我直に突撃する前に、あらかじめ彼が借りそうな本を片っ端から借りていた。もちろん一人では無理だったので、友人に頼み、大量に借りた。そして思惑通り、そのうちの何冊かが久我直の「借りる本リスト」に引っかかった。更に健斗は友人の手を借りてそれらの本に予約を数十件入れる細工をしていた。今から予約を入れても久我直の順番が回ってくるのがずいぶん先になるという状況を作り出すために。そして今日、久我に近づいた健斗は、まだ貸出期間が2週間以上残っているその本を、又貸しすると申し出たのだ。久我直は柔軟な性格らしく、健斗の提案にすぐに乗ってきた。
首尾よく、健斗は久我直に本の入った紙袋を渡すことに成功した。その紙袋には内側に目立たないポケットがあり、健斗はそこにボールペン型のボイスレコーダーを忍ばせていたのである。もともとは授業の内容を録音するために買ったペン型の録音機器だが、購入するとき予算を絞らず高性能なタイプにして良かった、と健斗はしみじみ思った。きっと健斗の必要とする会話を、きちんと拾ってくれるだろう。
その後、図書館の前で久我直と別れた健斗は、こっそりと彼の後を尾(つ)けた。
どうやら健斗には運が味方してくれているらしい。予想していた通り、久我直はカフェで高羽真也と待ち合わせをしていた。二人はカフェを出た後もぶらぶら歩き、近くの大きな公園でしばらく歓談した後、別れた。それをギリギリ見える範囲の遠くから見ていた健斗は、久我直が勤めているという民間の研究所施設まで急いで向かった。
施設の前で帰って来る久我直を待ち伏せていた健斗は、彼の姿が見えるや人懐っこい爽やかな笑顔を見せ、「すみません、俺、お気に入りのボールペンを紙袋に入れたままにしてたの忘れてて!」と言ってボールペンを無事に回収した。久我直は特に危ぶむことも無く、屈託なく笑う健斗に手を振って施設の中へと入って行った。
怖いくらい完璧に計画通りに事が運び、健斗は はやる心を抑えながら、家に帰る道すがらイヤホンを付けて録音を再生した。いったい二人は何者なのか、どういう会話をしているのか……ドキドキする心臓を持て余しながら、健斗はイヤホンから流れて来る二人の会話に全神経を集中させた。
「やあ、高羽、一週間ぶりだね。どう? 体調は? ここにはもう慣れた?」
「ああ、久我。問題ない、元気に過ごせている。ここはとても良いところだ。休暇場所をここにして正解だった」
「そうか、気に入ってくれたんだね、良かった。うん、いいところだろう? 毎日何をして過ごしているんだい?」
「素敵な個体に巡り会ってな……。毎日観察してる」
「個体? 興味のある人を見つけた、ということだね? 高羽、念のために訊くが、規則は覚えているね?」
「もちろんだ。彼を傷つけないよう、細心の注意を払っている。彼の健康を損ねてはいない」
「接触したのかい?」
「…………。規則違反ではないはずだが?」
「もちろん問題ない。普通にコミュニケーションを取り、彼らの生態……いや、生活の様子を目にし、興味を持つのは、違う環境で生まれた我々にとってごく自然なことだよ。……場所を変えよう、少し歩かないか」
再生中の音声から、二人が席を立ち移動している様子が伝わってくる。
ボイスレコーダーを一時停止すると、健斗はゴクリと喉を鳴らした。
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