幻想彼氏

たいよう一花

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Act 1

36. 声との対話

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綺麗に洗い清めた皓一の体を腕に抱きながら、異形の男が階段を上がってゆく。上半身は人間の姿だが、男の下半身からは何本もの長い触手が生え、うぞうぞと蠢(うごめ)いていた。
その男の頭の中に、どこからか「声」が響く。

――不道徳な行いだ。おまえは騙している、その青年を。

異形の男は、「声」に反論した。

「いいや、俺の愛に、嘘はない。確かに皓一が作り出した空想の恋人の姿を借りてはいるが……俺は何一つ、皓一を傷つけてはいない」

――今はな。しかし、一生隠し通せるか? 本来のおまえの姿を知れば、その青年は嫌悪感を抱くに違いない。おまえは青年の孤独な心に付け込み、青年の空想を利用して、自らの欲望を達成しようとしている。卑怯な行いだ。

「皓一に最高の快楽と幸福を、与えようとしているだけだ。何が悪い? お互い、求めるものを得られる」

――統制官をどう説得するつもりだ? 避けては通れないぞ。

「俺と皓一が番(つがい)になれば、無理に引き離したりしないだろう。愛を交わし身も心も繋がれば、皓一もまた、俺を失うことによって精神的に相当なダメージを受けるのだから」

――本気か? 番(つがい)になればもう、後には引けないぞ。おまえとその青年は、体の仕組みがあまりにも違いすぎる。その青年は何度でも違う相手を選べるが、おまえにとって番(つがい)の選定は、一度きり。青年が心変わりすれば、おまえはすべてを失う。

「皓一は心変わりなど、するものか」

――おまえの本当の姿を見れば、その青年の考えも変わるだろう。彼にとって、おまえは化け物。愛は一瞬で、恐怖にすり替わるだろう。

異形の男は頭の中の「声」に反論する言葉を見つけられず、黙り込んだ。すかさず、「声」が慰めるように男を諭(さと)す。

――おまえが心配だ。擬態したままこの地で暮らすなど、どんな不都合が発生するか分からない。やめておけ。今なら引き返せる。その青年を諦めれば、この先、同族の番(つがい)と出会えるかもしれない。それが異性なら、子孫も望める。その機会をふいにして、こんなリスクを冒すのは愚かだ。哀れなその青年を解放し、おまえは元の生活に戻るがいい。

「断る!」

異形の男は、今度は迷いなく言葉を返した。

「皓一以外は、何も欲しくない。他の番(つがい)など、不要だ」

男の瞳が、強い意思と感情で燃え上がるように光る。

――そうか。なら、もう言うまい。おまえの愛が、おまえとその青年の双方に、幸をもたらすことを願う。

それきり、「声」はピタリとやんだ。
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