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Act 1
16. 縮まる距離2
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硬い表情で皓一の目を見つめながら、健斗は話を続けた。
「普通、人には見えないものが見えるんです。さっき通り過ぎた信号機の傍にも、いました。こういうことは、同じように“見える体質”の家族にしか、話したことありません。見えると言ってもそれを証明できないし、この話題に触れれば、嘘つきとか電波とか言われて、からかわれたり中傷されたりするのがオチですからね。でも、皓一さんには言っておきます。言っておかなきゃいけない気がする」
「見えるって……あれか、幽霊とかそういう類の……。え、さっきの信号機付近って、花束置いてあったとこ?! しししし、死亡事故があったらしいな、あれ……誰もいなかった……ぞ……? 車は通ったけど……。え、ユユユ……ユー!!」
「大丈夫、さっきのは、知らないフリしてれば悪さはしません。霊的な存在といっても、様々なんです。それと俺は……この世界のものじゃない“異質なもの“も、分かってしまいます」
「異質なものって……何? あっ!! トトロンとか小さいおじさんとか?!」
目が本気な皓一を見て、健斗は朗らかに笑った。
「皓一さんらしい。発想がほんわかメルヘンですね」
「なんだ、違うの?」
「トトロンには、残念ながらまだ会ったことないですね。あれは神様みたいなもんじゃないですか。俺が“異質なもの“って言ったのは、それとは違うんです。普通の人間に化けて、普通に人間社会に入り込んでる変なもののことです。害のないもの、悪意のあるもの、何が目的なのかよくわからないもの、色々です」
「どうして、分かるんだ? 化けてるってことは、人間に見えるんだろう?」
「なんで分かるのか、分かりません。ただ、直感で分かります。……ああ、あれは、違うな……と」
健斗は少し沈黙したあと、決心したように切り出した。
「多分……あなたの恋人と称してるあの男も、違うと、思うんです……」
皓一は驚いた。
「違う……どこが……なにが……? えっ、まさか、ユユユユ、ユーレイ?!」
「違います、そういう類じゃない。あの男は生身だ。肉を具え、生きてる……でも、俺たちとは、違う」
居酒屋で真也と目が合ったとき、健斗は彼の姿が見た目通りではないことに気付いた。たまにいるのだ、こういう輩が。中には危険な者もいるため、注意が必要だ。健斗は相手が自分より遥かに身体能力に優れ、知能も健斗どころか人間全般を陵駕していることを感じ取っていた。
(あの男は、“触ってはいけない系”だ……)
“触ってはいけない系”――それは、健斗の家族との間だけで交わされる合言葉みたいなものだった。“触ってはいけない系”には毒がある。関わればろくな結果にならないから、触るな、と……。
そんな危険な存在が、いったい何の目的で、皓一の前に現われたのか。皓一の恋人に、化けてまで……。
あの男は、皓一を愛していると言った。傷つけないと、大切にすると言った。健斗の直感は、あの言葉に嘘はないと告げている。
(今は、それを信じるしかない……)
「皓一さん、俺の言ったこと、にわかには信じられないでしょう。それが普通の反応だ。人は自分の信じたいものを信じる……それが虚構だと、潜在意識のどこかで知っていても。あいつはあなたに、暗示か何かを仕込んだのではないかと思ってるんです」
健斗はしばらく口を閉ざして、物思いに沈んだ。
ややあって再び口を開いた健斗は、さっきより明るい口調で言った。
「俺のこと、変なこと言うやつだと気持ち悪くなりました?」
「いや? ええと、何の話、してたっけ?! ごめん、健斗、おまえの言ったこと、正直言って、よく分からないんだ。ごめんな、おまえが一生懸命何かを言ってくれてるのは分かってるんだが……きっと理解できないのは、俺の頭が悪いせいだな……」
健斗の言葉は、さっきから皓一の耳に届いているのに、意味を理解する前にすべって溶けていくような感じがした。まるで意味不明なただの雑音として脳が処理しているかのような、奇妙な感じだった。
やがて、二人は立ち止まった。賑やかな繁華街を離れ、今二人はマンションを中心とした住宅が立ち並ぶ路地に立っている。
帰路が同じなのはここまでで、目の前の三叉路で二人は道を別れなくてはいけない。皓一は左へ、健斗は右へ。
健斗は皓一に向き合うと、真剣な眼差しで言った。
「これだけ覚えておいてください、皓一さん。もし何かあったら……少しでも違和感あって、変だな、って感じることあったら、必ず俺を頼ってください。俺は全力で、力になります」
「うん……ありがとな。おまえ本当に、おっとこまえ(男前)だなあ……色んな意味で」
健斗は泣き笑いのような複雑な表情を皓一に向けた。その顔が可愛くて、皓一は思わずときめいてしまった。一方、皓一が一瞬チラリと見せた表情を見て、勘の鋭い健斗は、拗ねたように言った。
「あ、今俺のこと、可愛いって思ったでしょ。子ども扱い……ねぇわ……」
「いやいや、思ってないぞ? 男前でカッケぇ~!って思っただけだし!」
「惚れてもいいですよ?」
「じゃあな、健斗、気を付けて帰れよ。今日もバイト、お疲れさん!」
そう言って背中越しに手を振りながら、皓一は自宅に向かって歩き始めた。
「あ、ひでぇ、スルーした! お疲れさまです、皓一さん! ドブにはまっちゃダメですよ~!」
「はまるか、あほ~!」
二人はクスクス笑いながら別れ、それぞれの帰路についた。
「普通、人には見えないものが見えるんです。さっき通り過ぎた信号機の傍にも、いました。こういうことは、同じように“見える体質”の家族にしか、話したことありません。見えると言ってもそれを証明できないし、この話題に触れれば、嘘つきとか電波とか言われて、からかわれたり中傷されたりするのがオチですからね。でも、皓一さんには言っておきます。言っておかなきゃいけない気がする」
「見えるって……あれか、幽霊とかそういう類の……。え、さっきの信号機付近って、花束置いてあったとこ?! しししし、死亡事故があったらしいな、あれ……誰もいなかった……ぞ……? 車は通ったけど……。え、ユユユ……ユー!!」
「大丈夫、さっきのは、知らないフリしてれば悪さはしません。霊的な存在といっても、様々なんです。それと俺は……この世界のものじゃない“異質なもの“も、分かってしまいます」
「異質なものって……何? あっ!! トトロンとか小さいおじさんとか?!」
目が本気な皓一を見て、健斗は朗らかに笑った。
「皓一さんらしい。発想がほんわかメルヘンですね」
「なんだ、違うの?」
「トトロンには、残念ながらまだ会ったことないですね。あれは神様みたいなもんじゃないですか。俺が“異質なもの“って言ったのは、それとは違うんです。普通の人間に化けて、普通に人間社会に入り込んでる変なもののことです。害のないもの、悪意のあるもの、何が目的なのかよくわからないもの、色々です」
「どうして、分かるんだ? 化けてるってことは、人間に見えるんだろう?」
「なんで分かるのか、分かりません。ただ、直感で分かります。……ああ、あれは、違うな……と」
健斗は少し沈黙したあと、決心したように切り出した。
「多分……あなたの恋人と称してるあの男も、違うと、思うんです……」
皓一は驚いた。
「違う……どこが……なにが……? えっ、まさか、ユユユユ、ユーレイ?!」
「違います、そういう類じゃない。あの男は生身だ。肉を具え、生きてる……でも、俺たちとは、違う」
居酒屋で真也と目が合ったとき、健斗は彼の姿が見た目通りではないことに気付いた。たまにいるのだ、こういう輩が。中には危険な者もいるため、注意が必要だ。健斗は相手が自分より遥かに身体能力に優れ、知能も健斗どころか人間全般を陵駕していることを感じ取っていた。
(あの男は、“触ってはいけない系”だ……)
“触ってはいけない系”――それは、健斗の家族との間だけで交わされる合言葉みたいなものだった。“触ってはいけない系”には毒がある。関わればろくな結果にならないから、触るな、と……。
そんな危険な存在が、いったい何の目的で、皓一の前に現われたのか。皓一の恋人に、化けてまで……。
あの男は、皓一を愛していると言った。傷つけないと、大切にすると言った。健斗の直感は、あの言葉に嘘はないと告げている。
(今は、それを信じるしかない……)
「皓一さん、俺の言ったこと、にわかには信じられないでしょう。それが普通の反応だ。人は自分の信じたいものを信じる……それが虚構だと、潜在意識のどこかで知っていても。あいつはあなたに、暗示か何かを仕込んだのではないかと思ってるんです」
健斗はしばらく口を閉ざして、物思いに沈んだ。
ややあって再び口を開いた健斗は、さっきより明るい口調で言った。
「俺のこと、変なこと言うやつだと気持ち悪くなりました?」
「いや? ええと、何の話、してたっけ?! ごめん、健斗、おまえの言ったこと、正直言って、よく分からないんだ。ごめんな、おまえが一生懸命何かを言ってくれてるのは分かってるんだが……きっと理解できないのは、俺の頭が悪いせいだな……」
健斗の言葉は、さっきから皓一の耳に届いているのに、意味を理解する前にすべって溶けていくような感じがした。まるで意味不明なただの雑音として脳が処理しているかのような、奇妙な感じだった。
やがて、二人は立ち止まった。賑やかな繁華街を離れ、今二人はマンションを中心とした住宅が立ち並ぶ路地に立っている。
帰路が同じなのはここまでで、目の前の三叉路で二人は道を別れなくてはいけない。皓一は左へ、健斗は右へ。
健斗は皓一に向き合うと、真剣な眼差しで言った。
「これだけ覚えておいてください、皓一さん。もし何かあったら……少しでも違和感あって、変だな、って感じることあったら、必ず俺を頼ってください。俺は全力で、力になります」
「うん……ありがとな。おまえ本当に、おっとこまえ(男前)だなあ……色んな意味で」
健斗は泣き笑いのような複雑な表情を皓一に向けた。その顔が可愛くて、皓一は思わずときめいてしまった。一方、皓一が一瞬チラリと見せた表情を見て、勘の鋭い健斗は、拗ねたように言った。
「あ、今俺のこと、可愛いって思ったでしょ。子ども扱い……ねぇわ……」
「いやいや、思ってないぞ? 男前でカッケぇ~!って思っただけだし!」
「惚れてもいいですよ?」
「じゃあな、健斗、気を付けて帰れよ。今日もバイト、お疲れさん!」
そう言って背中越しに手を振りながら、皓一は自宅に向かって歩き始めた。
「あ、ひでぇ、スルーした! お疲れさまです、皓一さん! ドブにはまっちゃダメですよ~!」
「はまるか、あほ~!」
二人はクスクス笑いながら別れ、それぞれの帰路についた。
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