13 / 84
Act 1
13. 現実化した幻想彼氏「高羽真也」3
しおりを挟む
健斗のただ事ではない気迫に、皓一は戸惑い、真也は「へえ…………」と、心から感心したように呟いた。そして真面目な顔と口調で、真也は健斗に告げた。
「どんな種族にも……ほんの一握りの少数、危機を察知する特殊な力を持った個体が生まれるというが……おまえがそれか。……だが、安心しろよ、俺は皓一を傷つけるようなことはしない。むしろどんな危険からも、守ってみせる。俺は皓一を心の底から愛してるんだ……大切にする」
「…………」
健斗はなおも真也を鋭い目つきで睨み付けている。
張りつめた空気が漂う中、個室のドアがノックされ、真也の注文した食事が運ばれてきた。健斗と真也は暗黙の了解で一時休戦に入り、パッと目をそらして何気ない風を装う。皓一もまた、部屋に入って来た店の女の子たちに愛想笑いを浮かべながら軽く会釈をした。
皿が二つとビールジョッキが一つ、一人で運べそうなものだが、なぜか女の子が三人がかりで給仕してくる。真也がにっこり笑って「ありがとう」と言うと、女の子たちは頬を染めて嬉しそうに顔を輝かせた。
給仕を終えた彼女たちは、名残惜しそうに個室から外に出てドアを閉めると、「やだほんと、イケメン揃い。目の保養がやばみ~」と小声で笑いさざめいた。
彼女たちの気配が遠ざかっていくのを感じながら、真也はホカホカと湯気を立ている揚げ出し豆腐の一つを箸でつかむと、皓一に差し出しながら言った。
「ホラ、皓一、好きだろ揚げ出し豆腐。食わないか? まだ頼んでなかっただろ?」
なんで知ってるんだろ、と皓一は不思議そうに真也を見つめた。
確かに揚げ出し豆腐は皓一の大好物だし、それを恋人の真也が知っていても不思議はないが、なぜ、今回はまだ頼んでいないことを知っているのか。皓一がそれを尋ねようとしたところ、真也は揚げ出し豆腐と一緒に運ばれてきた鮭茶漬けをスプーンですくって言った。
「〆の鮭茶漬けは? これも好きだろ? ――うん、味付けもちょうどいい。ほら、あ~ん」
真也は味見で一口食べたスプーンに、続けてもう一口分よそい、それを皓一の口元に差し出した。「あ~ん」と促されるまま口を開き、思わずそれを食べてしまった皓一は、もぐもぐしながらハッと我に返った。
(なっ……?! 俺は、何をしてるんだ?! 健斗君の前で! 恋人とのイチャぶりを彼に見せつけるような真似をして!)
皓一は耳まで真っ赤になって、慌てて取り繕った。
「ごっ、ごめっ、ごめん、健斗君! いっ、今の、忘れてくれ! ホントゴメン、いい大人が恥ずかしいよ」
焦りまくる皓一とは対照的に、健斗はひたすらに冷静な口調で言った。
「皓一さん、その人、誰なんですか?」
「えっ……だから、俺の、恋人…………」
「あれっ?」と皓一は変な気分になった。さっきもこのセリフ、言った気がする……と。酒のせいなのか、それとも真也の思いがけない登場にひどく動揺しているのか、皓一は自分の思考力がまともに機能していないことをうっすらと感じた。何もかもがボンヤリして、真也のことを深く考えようとすると頭の中を滑るようにどこかへ抜けてゆく。さっきも健斗が何か引っかかるようなことを言った気がするが、もう思い出せない。皓一はそれでも、健斗の問いかけにちゃんと答えようと考えをまとめようとしていた。
(ええと、健斗君は真也が俺の恋人だと信じられないんだよな? そりゃそうだよな~、わかるわかる。そりゃ信じられんわ。俳優かモデルか何かか?ってくらいのハイスペックな男前が俺の恋人だなんてな……。うん、夢みたいだ。夢を、見てる……あの、夢の……続きを……)
皓一は不思議な気持ちになった。
(あの、夢の続き? 「あの夢」って、なんだ? あれ……? おかしいな、何か、おかしい……。これ、夢……なのか? 目の前の健斗君は……夢に特別出演? どっから夢? 俺は、朝目覚めて、仕事に行って……健斗君と居酒屋に…………健斗君は俺が好きだと……あれ? おかしいな……そんなはず、ない。俺みたいなモテる要素ゼロの男が、健斗君みたいな子に、好きになってもらえるはず……ない……)
焦点の定まらない目で、皓一はぼんやりと健斗を見つめた。その目を心配気に覗き込み、健斗は皓一の心の中の問いに答えるように言った。
「今、皓一さんの目の前にいる俺は、まぎれもなく現実ですよ。俺がゲイなのも、さっき皓一さんに好きだと言ったのも、全部現実です。けど皓一さん、皓一さんのブログは……ブログ記事に出てくる恋人は、皓一さんの創作話でしょ。現に、皓一さん、一人だったじゃないですか。あのブログ記事のお出かけのときも、ずっと一人だった。俺、ずっと見てたって、言ったでしょ」
健斗の声を聞いているうちに、皓一はだんだん、夢から覚めるように視界がクリアになっていくのを感じた。
(そうだ。健斗君の言う通り……あのブログは、俺の創作……。恋人も……。あれ……? じゃあ、俺の隣にいるこの男は誰だ……? あれ……?)
そのとき、皓一の隣にいる男――真也が、皓一の手をギュッと握りしめてきた。その途端、戸惑いが霧散してゆく。
(そうだ、この男は高羽真也、俺の恋人じゃないか。この大きな手の感触、力強さ、全部体に刻み込まれたかのようによく知ってる。こいつが、どんな風に俺に触れるのかも……)
昨夜、ベッドに忍んできた恋人に口でイかされたことを思い出し、皓一は顔が火照るのを感じた。チラッ、と皓一が真也の目を見ると、彼はにっこり微笑んだ。暖かい光がサッと差し込んだかのような、眩しく心地良い、包容力に満ちた笑顔が、皓一の心を安らぎで満たしてゆく。
その様子を見た健斗が焦るように早口で皓一に言った。
「皓一さん、本当のこと、教えてください。お願いです。俺はあなたの脅威になんかならない。あなたを傷つけるつもりはない。あなたが何か辛いことを抱えているのなら、寄り添ってあなたの負担を減らしたい。目を覚ましてください、高羽真也はあなたの創り出した想像上の彼氏だ。その男は、高羽真也じゃない」
「どんな種族にも……ほんの一握りの少数、危機を察知する特殊な力を持った個体が生まれるというが……おまえがそれか。……だが、安心しろよ、俺は皓一を傷つけるようなことはしない。むしろどんな危険からも、守ってみせる。俺は皓一を心の底から愛してるんだ……大切にする」
「…………」
健斗はなおも真也を鋭い目つきで睨み付けている。
張りつめた空気が漂う中、個室のドアがノックされ、真也の注文した食事が運ばれてきた。健斗と真也は暗黙の了解で一時休戦に入り、パッと目をそらして何気ない風を装う。皓一もまた、部屋に入って来た店の女の子たちに愛想笑いを浮かべながら軽く会釈をした。
皿が二つとビールジョッキが一つ、一人で運べそうなものだが、なぜか女の子が三人がかりで給仕してくる。真也がにっこり笑って「ありがとう」と言うと、女の子たちは頬を染めて嬉しそうに顔を輝かせた。
給仕を終えた彼女たちは、名残惜しそうに個室から外に出てドアを閉めると、「やだほんと、イケメン揃い。目の保養がやばみ~」と小声で笑いさざめいた。
彼女たちの気配が遠ざかっていくのを感じながら、真也はホカホカと湯気を立ている揚げ出し豆腐の一つを箸でつかむと、皓一に差し出しながら言った。
「ホラ、皓一、好きだろ揚げ出し豆腐。食わないか? まだ頼んでなかっただろ?」
なんで知ってるんだろ、と皓一は不思議そうに真也を見つめた。
確かに揚げ出し豆腐は皓一の大好物だし、それを恋人の真也が知っていても不思議はないが、なぜ、今回はまだ頼んでいないことを知っているのか。皓一がそれを尋ねようとしたところ、真也は揚げ出し豆腐と一緒に運ばれてきた鮭茶漬けをスプーンですくって言った。
「〆の鮭茶漬けは? これも好きだろ? ――うん、味付けもちょうどいい。ほら、あ~ん」
真也は味見で一口食べたスプーンに、続けてもう一口分よそい、それを皓一の口元に差し出した。「あ~ん」と促されるまま口を開き、思わずそれを食べてしまった皓一は、もぐもぐしながらハッと我に返った。
(なっ……?! 俺は、何をしてるんだ?! 健斗君の前で! 恋人とのイチャぶりを彼に見せつけるような真似をして!)
皓一は耳まで真っ赤になって、慌てて取り繕った。
「ごっ、ごめっ、ごめん、健斗君! いっ、今の、忘れてくれ! ホントゴメン、いい大人が恥ずかしいよ」
焦りまくる皓一とは対照的に、健斗はひたすらに冷静な口調で言った。
「皓一さん、その人、誰なんですか?」
「えっ……だから、俺の、恋人…………」
「あれっ?」と皓一は変な気分になった。さっきもこのセリフ、言った気がする……と。酒のせいなのか、それとも真也の思いがけない登場にひどく動揺しているのか、皓一は自分の思考力がまともに機能していないことをうっすらと感じた。何もかもがボンヤリして、真也のことを深く考えようとすると頭の中を滑るようにどこかへ抜けてゆく。さっきも健斗が何か引っかかるようなことを言った気がするが、もう思い出せない。皓一はそれでも、健斗の問いかけにちゃんと答えようと考えをまとめようとしていた。
(ええと、健斗君は真也が俺の恋人だと信じられないんだよな? そりゃそうだよな~、わかるわかる。そりゃ信じられんわ。俳優かモデルか何かか?ってくらいのハイスペックな男前が俺の恋人だなんてな……。うん、夢みたいだ。夢を、見てる……あの、夢の……続きを……)
皓一は不思議な気持ちになった。
(あの、夢の続き? 「あの夢」って、なんだ? あれ……? おかしいな、何か、おかしい……。これ、夢……なのか? 目の前の健斗君は……夢に特別出演? どっから夢? 俺は、朝目覚めて、仕事に行って……健斗君と居酒屋に…………健斗君は俺が好きだと……あれ? おかしいな……そんなはず、ない。俺みたいなモテる要素ゼロの男が、健斗君みたいな子に、好きになってもらえるはず……ない……)
焦点の定まらない目で、皓一はぼんやりと健斗を見つめた。その目を心配気に覗き込み、健斗は皓一の心の中の問いに答えるように言った。
「今、皓一さんの目の前にいる俺は、まぎれもなく現実ですよ。俺がゲイなのも、さっき皓一さんに好きだと言ったのも、全部現実です。けど皓一さん、皓一さんのブログは……ブログ記事に出てくる恋人は、皓一さんの創作話でしょ。現に、皓一さん、一人だったじゃないですか。あのブログ記事のお出かけのときも、ずっと一人だった。俺、ずっと見てたって、言ったでしょ」
健斗の声を聞いているうちに、皓一はだんだん、夢から覚めるように視界がクリアになっていくのを感じた。
(そうだ。健斗君の言う通り……あのブログは、俺の創作……。恋人も……。あれ……? じゃあ、俺の隣にいるこの男は誰だ……? あれ……?)
そのとき、皓一の隣にいる男――真也が、皓一の手をギュッと握りしめてきた。その途端、戸惑いが霧散してゆく。
(そうだ、この男は高羽真也、俺の恋人じゃないか。この大きな手の感触、力強さ、全部体に刻み込まれたかのようによく知ってる。こいつが、どんな風に俺に触れるのかも……)
昨夜、ベッドに忍んできた恋人に口でイかされたことを思い出し、皓一は顔が火照るのを感じた。チラッ、と皓一が真也の目を見ると、彼はにっこり微笑んだ。暖かい光がサッと差し込んだかのような、眩しく心地良い、包容力に満ちた笑顔が、皓一の心を安らぎで満たしてゆく。
その様子を見た健斗が焦るように早口で皓一に言った。
「皓一さん、本当のこと、教えてください。お願いです。俺はあなたの脅威になんかならない。あなたを傷つけるつもりはない。あなたが何か辛いことを抱えているのなら、寄り添ってあなたの負担を減らしたい。目を覚ましてください、高羽真也はあなたの創り出した想像上の彼氏だ。その男は、高羽真也じゃない」
25
お気に入りに追加
390
あなたにおすすめの小説

わるいむし
おととななな
BL
新汰は一流の目を持った宝石鑑定士である兄の奏汰のことをとても尊敬している。
しかし、完璧な兄には唯一の欠点があった。
「恋人ができたんだ」
恋多き男の兄が懲りずに連れてきた新しい恋人を新汰はいつものように排除しようとするが…



【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる