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Act 1
11. 現実化した幻想彼氏「高羽真也」1
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「しん……や……」
呆けて口をぽかんと開けたまま、皓一は突然目の前に具現化された想像の恋人「高羽真也(たかばしんや)」を見つめていた。
信じがたいことにその男は今、血肉を具えた生身の人間として、皓一の目の前に立っている。しかも誰もが二度見して見惚れそうなほど、圧倒的なオーラを放って。
あり得ない、と皓一が呆然とする中、真也はホール係の女性にいくつか飲み物と料理を注文すると、皓一の隣へと腰かけた。そして女性が去り、個室のドアが閉まるのを確認してから、膝の上で皓一の手を握って言った。
「そんなに驚くことないだろ……。まさか乱入したことを、怒っているんじゃないだろうな? 怒っていいのは俺の方だ、そうだろ? 今夜の予定をドタキャンされた上、若い男と個室で密会とは……おまえの恋人の俺には、怒る権利がある」
真也は右手を皓一の左手に絡ませつつ、空いている左手で皓一の顎を掴んで自分の方を向かせた。
すぐ目の前に迫ってきた真也の目を覗き込んだ途端、皓一の目の奥で閃光が弾けた。
「……っぁっ!」
一瞬のことだった。
軽いめまいと心地よい浮遊感のあと、皓一の戸惑いは消え、かわりに現状への理解が取って代わっていた。
(そうだ、この男は高羽真也……もう5年も前から付き合っている、俺の恋人……)
そう、知っている、と皓一は心の中で頷く。
皓一の指に絡みついてすっぽりと握りこんでくる、大きな手。
聴覚を刺激する、深く低い、魅力的な渋い声。
危険な炎を宿しているかのような、野性味あふれる眼差し。
(俺の、恋人。高羽真也。なぜか俺にベタ惚れで、嫉妬深い……。そう、今夜は真也と食事する約束をしていたんだ。でも俺は健斗君を優先させて、真也との予定をキャンセルした。仕事が長引いて疲れてるって、嘘までついて……。どうしてここにいるって分かったんだろう?! まずいぞ。相当怒ってるはずだ、こいつ……)
皓一は心の中で確認するようにそう呟くと、ピッタリと体を寄せてくる真也を肘で小突いた。
「し……真也……、よせよ、健斗君の前だ」
真也の顔は近く、今にもキスしてきそうな距離だった。皓一は耳まで赤く染めながら、真也の肩を押し返すと、健斗に言った。
「ごめんな、健斗君。こいつ、高羽真也……俺の恋人……だ……。真也、彼は薬師寺健斗君。和友スーパーで――」
皓一の言葉を遮って、横から真也が吐き捨てるように言った。
「知ってる。皓一の職場でバイトしている学生君。皓一の周りをチョロチョロしてる、うざい奴。目障りだ」
「!」
健斗の顔が怒りで赤く染まる。皓一はなぜ真也が健斗のことを知っているのか後で問いつめてやる、と思いつつ、健斗をかばった。
「ちょ、待てよ、真也。健斗君に喧嘩なんか吹っ掛けたら、ただじゃおかないからな。いいか、健斗君に指一本触れるなよ! もちろん罵倒も駄目だ! ドタキャンの埋め合わせは、ちゃんとする。倍返しでな! だから健斗君に絡むな!」
恋人を睨み付けてそう言い放ったあと、皓一は恥ずかしそうに健斗の方を向いて言った。
「ご、ごめんな、健斗君。こいつの言ったこと、気にしないでくれ」
「皓一さん……この人、誰ですか?」
「……え……だから……俺の、恋人……高羽真也……」
「確かに皓一さんのブログの、想像の恋人に雰囲気が似てますが……あれは、実在の人物じゃないですよね。このヒトは皓一さんのお友達ですか? ひょっとして、俺を諦めさせるために、友達に頼んで恋人役をしてもらうことにしたんですか? いつの間に……。あっ……! もしかして、皓一さんはずっと前から、俺があなたのことを好きだって、気付いていたんですか?! で、遂に俺の告白がきそうだってんで、仕込んでおいた友達を発動……」
「いやいやいやいやいや、ちょぉ、待て、何を言ってるんだ、健斗君は?!」
早口でまくしたてる健斗を遮って皓一が声を上げたとき、真也が横から割り込んできた。
「おい、薬師寺健斗」
顔を前に突き出し、皮肉気な笑みを浮かべながら真也は健斗に向かって言い放った。
「可哀想だが、おまえは失恋決定だ。おまえ、皓一のブログのことをなぜか知ってるみたいだが……皓一のあのブログはな、わざと創作風に仕立て上げてあるんだ。皓一はゲイだってこと隠してるからな……万が一でも、バレちゃまずいだろ。いいか健斗、おまえの目の前にあるのが、真実だ。皓一には、俺という生身の恋人がいる」
いきなり健斗を呼び捨てで呼び、真也は次の瞬間、思いがけない行動に出た。
真也は長い腕を皓一の背後から前に回すと、大きな手の平で皓一の目を覆い、身動き取れないように固定したのち――皓一と唇を重ねた。
健斗の目の前で、健斗に見せつけるように。
「んぐ、んんんっ、んふううぅうぅっ!」
抗う皓一を押さえつけ、真也は深く激しく、淫らに皓一の唇を蹂躙した。わざと音を立て、舌を絡ませて。
健斗は目をそらさず、燃えるような怒りの表情で真也をねめつけ、静かに言った。
「おい……やめろよ、皓一さん、嫌がってるじゃないか。あんた……誰だよ?」
呆けて口をぽかんと開けたまま、皓一は突然目の前に具現化された想像の恋人「高羽真也(たかばしんや)」を見つめていた。
信じがたいことにその男は今、血肉を具えた生身の人間として、皓一の目の前に立っている。しかも誰もが二度見して見惚れそうなほど、圧倒的なオーラを放って。
あり得ない、と皓一が呆然とする中、真也はホール係の女性にいくつか飲み物と料理を注文すると、皓一の隣へと腰かけた。そして女性が去り、個室のドアが閉まるのを確認してから、膝の上で皓一の手を握って言った。
「そんなに驚くことないだろ……。まさか乱入したことを、怒っているんじゃないだろうな? 怒っていいのは俺の方だ、そうだろ? 今夜の予定をドタキャンされた上、若い男と個室で密会とは……おまえの恋人の俺には、怒る権利がある」
真也は右手を皓一の左手に絡ませつつ、空いている左手で皓一の顎を掴んで自分の方を向かせた。
すぐ目の前に迫ってきた真也の目を覗き込んだ途端、皓一の目の奥で閃光が弾けた。
「……っぁっ!」
一瞬のことだった。
軽いめまいと心地よい浮遊感のあと、皓一の戸惑いは消え、かわりに現状への理解が取って代わっていた。
(そうだ、この男は高羽真也……もう5年も前から付き合っている、俺の恋人……)
そう、知っている、と皓一は心の中で頷く。
皓一の指に絡みついてすっぽりと握りこんでくる、大きな手。
聴覚を刺激する、深く低い、魅力的な渋い声。
危険な炎を宿しているかのような、野性味あふれる眼差し。
(俺の、恋人。高羽真也。なぜか俺にベタ惚れで、嫉妬深い……。そう、今夜は真也と食事する約束をしていたんだ。でも俺は健斗君を優先させて、真也との予定をキャンセルした。仕事が長引いて疲れてるって、嘘までついて……。どうしてここにいるって分かったんだろう?! まずいぞ。相当怒ってるはずだ、こいつ……)
皓一は心の中で確認するようにそう呟くと、ピッタリと体を寄せてくる真也を肘で小突いた。
「し……真也……、よせよ、健斗君の前だ」
真也の顔は近く、今にもキスしてきそうな距離だった。皓一は耳まで赤く染めながら、真也の肩を押し返すと、健斗に言った。
「ごめんな、健斗君。こいつ、高羽真也……俺の恋人……だ……。真也、彼は薬師寺健斗君。和友スーパーで――」
皓一の言葉を遮って、横から真也が吐き捨てるように言った。
「知ってる。皓一の職場でバイトしている学生君。皓一の周りをチョロチョロしてる、うざい奴。目障りだ」
「!」
健斗の顔が怒りで赤く染まる。皓一はなぜ真也が健斗のことを知っているのか後で問いつめてやる、と思いつつ、健斗をかばった。
「ちょ、待てよ、真也。健斗君に喧嘩なんか吹っ掛けたら、ただじゃおかないからな。いいか、健斗君に指一本触れるなよ! もちろん罵倒も駄目だ! ドタキャンの埋め合わせは、ちゃんとする。倍返しでな! だから健斗君に絡むな!」
恋人を睨み付けてそう言い放ったあと、皓一は恥ずかしそうに健斗の方を向いて言った。
「ご、ごめんな、健斗君。こいつの言ったこと、気にしないでくれ」
「皓一さん……この人、誰ですか?」
「……え……だから……俺の、恋人……高羽真也……」
「確かに皓一さんのブログの、想像の恋人に雰囲気が似てますが……あれは、実在の人物じゃないですよね。このヒトは皓一さんのお友達ですか? ひょっとして、俺を諦めさせるために、友達に頼んで恋人役をしてもらうことにしたんですか? いつの間に……。あっ……! もしかして、皓一さんはずっと前から、俺があなたのことを好きだって、気付いていたんですか?! で、遂に俺の告白がきそうだってんで、仕込んでおいた友達を発動……」
「いやいやいやいやいや、ちょぉ、待て、何を言ってるんだ、健斗君は?!」
早口でまくしたてる健斗を遮って皓一が声を上げたとき、真也が横から割り込んできた。
「おい、薬師寺健斗」
顔を前に突き出し、皮肉気な笑みを浮かべながら真也は健斗に向かって言い放った。
「可哀想だが、おまえは失恋決定だ。おまえ、皓一のブログのことをなぜか知ってるみたいだが……皓一のあのブログはな、わざと創作風に仕立て上げてあるんだ。皓一はゲイだってこと隠してるからな……万が一でも、バレちゃまずいだろ。いいか健斗、おまえの目の前にあるのが、真実だ。皓一には、俺という生身の恋人がいる」
いきなり健斗を呼び捨てで呼び、真也は次の瞬間、思いがけない行動に出た。
真也は長い腕を皓一の背後から前に回すと、大きな手の平で皓一の目を覆い、身動き取れないように固定したのち――皓一と唇を重ねた。
健斗の目の前で、健斗に見せつけるように。
「んぐ、んんんっ、んふううぅうぅっ!」
抗う皓一を押さえつけ、真也は深く激しく、淫らに皓一の唇を蹂躙した。わざと音を立て、舌を絡ませて。
健斗は目をそらさず、燃えるような怒りの表情で真也をねめつけ、静かに言った。
「おい……やめろよ、皓一さん、嫌がってるじゃないか。あんた……誰だよ?」
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