幻想彼氏

たいよう一花

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Act 1

08. 突進激突ぐいぐい攻めろ作戦1

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閉店作業がすっかり終わったあと、皓一は健斗と共に夜の繁華街を歩いていた。
和友スーパーの最寄り駅から3駅圏内には賑やかな場所がたくさんあり、居酒屋も結構な数がひしめき合っている。皓一は健斗の勧めで、ある洒落た雰囲気の居酒屋へと共に足を運んだ。金曜の夜ということもあって席が取れるか心配したが、健斗はいつの間に予約したのか、この店の個室を既にキープしていた。
ほどなく辿り着いたその居酒屋の2階はすべて個室となっており、清潔で落ち着いた佇まいで、壁も扉もあり、他の客に話を聞かれる心配のない作りとなっていた。

二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座り、取りあえずビールといくつか料理を頼んだ。
皓一はおしぼりで手を拭きながら健斗に話を振った。

「いい店だな。ここにはよく来るのか?」

「たまに。ここ、料理がうまいんです。毎日自炊も大変なんで、下の階のカウンター席で一人で食事したりします。料金がちょい高めなんで、学生をあまり見かけないのがいいんですよ。仲間内で騒ぐのも楽しいですけど……一人になりたいときはいつもこの店ですね。ここは俺の隠れ家的な憩いの場なんで……連れてきたのは皓一さんが初めてです」

そう言って、健斗は はにかんだように笑ったあと、熱のこもった視線をじっと皓一に注いだ。目が合った途端、皓一はドキリとした。熱く絡んでくるような健斗の眼差しが、いつもと違う気がしたのだ。そして「男を好きになった」と告白してきた彼の言葉を思い出し、動悸が止まらなくなった。

(健斗君が……ゲイ……。実感湧かないな。バイトが終わったあと、女の子が迎えに来てることもあったし、てっきりストレートだと思ってた……)

皓一の胸には不安と期待の入り混じった複雑な感情が渦巻き、先程の閉店作業中も、この居酒屋に来る道中も、少なからずテンパっていた。
健斗がゲイという衝撃事実もさることながら、それを自分に告白してきた彼の意図が分からず、皓一の胸に驚きと不安が舞い踊る。

(健斗君はまさか……俺がゲイだって気付いたから……だから俺に相談を? でも、なんで……気付いたんだろう?! 俺は全然、健斗君がゲイだって気付かなかった)

ゲイは「ゲイダ―」とかいう、相手がゲイかどうかを見極めるレーダーを持っているという。

(ひょっとして俺、バレバレなのか?! ゲイダ―に引っかかりまくり?! いやいや、まさか、そんな、今まで『君、ゲイだろ』なんて言われたことないし、それとなく尋ねられたこともない。ちゃんと隠せてるはずだ。それより……それより、だ)

皓一は事の成り行き次第では、健斗が皓一にとって初めてのゲイ友になる期待に胸を躍らせた。もちろんこれをきっかけに周囲に自分がゲイだと知られてしまうのではないかという不安もあったが。

健斗が自分と同じゲイだと知り、よく彼を見てみると、皓一は目の前の健斗の印象が変化するのを感じた。今までは「真面目で愛想のよいイケメン大学生/ストレート」だったのが、「甘いマスクの若い男/ゲイ」となり、皓一は変に意識してしまった。

健斗の長い睫毛に彩られた大きな目――白人の血が混じっているらしい彼の目は薄い茶色で、どこか引き込まれるような魅力が具わっている。そして大きな口に綺麗に並んだ白い歯も彼の魅力の一つだし、加えて、口角の上がった口元も、たまらなく可愛い。
背や肩幅は皓一よりがっしりしていて、手は大きく指も長い。高校時代にバスケ部だったと聞いて、ピッタリだと納得したぐらいだ。
こうやって改めてみると、健斗は本当に華やかな外見をしている。
その上彼は、この辺りでは難関大学と言われる大学に通っていて、頭も良く、更に性格も悪くないのだから、パーフェクトと言っていい。
誰を好きになったかは知らないが、健斗の恋人になれる男はラッキーだな、と皓一は思った。

(うん……そうだな、健斗の恋を温かく見守って、応援してやろう。すごくいい子だ……幸せになって欲しい。ゲイだってことで、理不尽に苦しんだり悩んだりして欲しくない)

皓一は、優しい気持ちで心からそう思った。
同じゲイとはいえ、そっち方面の経験はまったくないし、恋愛関係の相談相手に役に立つとは思えないが、同類として彼の気持ちを理解できるし、話を聞くことによって彼の精神面を少しでもサポートできるかもしれないと、そう思った。彼にしてあげられることは少ないかもしれないが、彼のために自分のできることは何でもしよう、強くそう決心した。

そんな風に強い決意を胸に秘めながら、皓一はテーブルの上に置かれていたお通しに手を付けた。昼ご飯を食べたのが13時頃で、それから7時間ほど経っている。今日も仕事に精を出し、元気に売り場を走り回った一日だったので、空腹で腹が鳴った。

「うまいなこれ……梅肉あえの長芋か……今度作ってみよう」

皓一がそう呟いたとき、扉がノックされ「失礼します。ご注文のお品をお持ちしました」と、外から女性の声がかかった。
テーブルの上に女性の運んできたビールが置かれ、ややあって頼んだ料理がすべて出揃うと、健斗は皓一に、先に食べてから後でゆっくり話をすると告げた。
一刻も早く健斗の話を聞きたい気持ちもあるが、空腹に勝つこともできず、皓一は健斗の配慮に甘えて食事を始めた。健斗の言う通り料理はどれも美味しく、皓一は健斗と とりとめのない世間話をしながら料理に舌鼓を打った。そして8割がた食べ終えたころ、健斗がおもむろに本題に入った。

「皓一さん、さっき店でも言いましたが、俺、ゲイなんです。この話……聞いてもらえますか」

「うん、もちろん。俺で良かったら、話してくれ。安心しろ、誰にも言わないから」

健斗はうなずくと、続けて口を開いた。

「俺がゲイだってことは、隠してます。もちろん、両親も知りません。このことを話したのは、皓一さんが初めてです」

皓一は真面目な顔をして頷きながら、ちゃんと健斗の話を聞こうと、料理を食べるのをやめて箸をおいた。それを見て健斗はいよいよ話の本題に触れようと、佇まいを正して口を開いた。

「……実は俺……」

健斗はそこで一旦区切り、ビールをごくごく飲んだ後に続けた。

「皓一さんが、好きなんです」

意を決してズバリ直球勝負に出た健斗だったが、皓一の反応は――

「ほう……。こういちさん? 俺と同じ名前だな。どんな漢字? それは、同じ大学の子? あ、さん付けだから先輩かな?」

という、天然漂うズッコケ系だった。はぐらかしではなく、見るからに気付いてない。健斗は拍子抜けしながらも、めげずに続けた。

「いえ、そうじゃなくて、俺の目の前にいる、皓一さん、あなたです。俺が好きなのは」

「……………………。…………へ?」

皓一には、思いもよらないことだった。自分に恋愛感情を抱く男がいるなど。しかもそれが、9歳も年下のキラキラしたイケメンだとは。

とても信じられない。

しかし健斗は熱のこもった目をして頬を染め、じっと皓一を見つめている。その真剣な眼差しと目が合った瞬間、皓一はあんぐりと口を開け叫んだ。

「俺……え、俺?! 俺ェェェェッッッ?!」
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