幻想彼氏

たいよう一花

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Act 1

07. 爆発衝撃告白タイム

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金曜日。時は和友スーパー閉店前の、18時半。春先のこの季節、外では夕日が西の空に沈み、星が瞬き始めている。
この店は昔から、店長の方針で19時閉店を貫いてきた。大手スーパーなどが22時閉店や24時間営業を始める昨今、19時閉店は珍しくなってきたが、これも従業員の幸せを第一とする店長の主義のあらわれだ。客の利便性よりも、従業員の心身の健康と周辺住民への配慮を優先させているのである。

夕暮れ時の優しい雰囲気が漂う和友スーパーで、皓一は鼻歌を歌いながらバックルームで事務作業をしていた。男同士の恋の嵐が、すぐそこまで来ているとも知らずに。

「皓一さん」

事務所の扉付近から声を掛けられた皓一は、パソコンに向かっていた顔を上げて戸口を振り返った。
そこには健斗が立っていた。真剣な、何やら思いつめたような表情で。

「どうした……健斗君?」

皓一は、この一カ月ほどずっと健斗の様子がおかしかったことを思い出した。何か言いたげにソワソワしていたり、思いつめたような表情で皓一を見つめていたり。これは何かあるぞ、と皓一は思っていた。
そういえばついさっきも、健斗は皓一に「来週の木金、皓一さん、連休ですね。どっか行くんですか?」と訊いてきた。その言葉だけなら普通の世間話だが、問題はそのときの健斗の表情だ。怒っているようなイライラしているような、硬い険しい顔つきをしていたのだ。皓一は「何かあるな」と思いながら、正直に「まあ、その、どっか遊びに行こうかなって思ってはいるが……。骨休みに、さ」と答えたのち、「どうした、健斗君?」と話を振ってみた。健斗は暗い表情で溜息をついたあと、「俺も、遊びに行きたい……。…………さんと…………」と呟いた。後半は聞き取れなかったが、誰かデートしたい意中の女の子の名前ではないかと皓一は推測した。

健斗は若くて、見栄えもいい。長身でモデルのように均整の取れたスタイル、人目を引く華やかな顔立ち、ファッション雑誌から抜け出てきたようなスタイリッシュな格好。性格は人懐っこく、明るく社交的。友達100人いるリア充タイプだ。きっと女の子には物凄くモテるだろう。バイトが終わる頃合いを見計らって、店の前で彼を待っている様子の女の子や、大学生グループを見かけることがよくある。

その健斗が、何か悩み事を抱えているとしたら、多分、恋愛がらみだろう。
皓一はそう当たりを付けていた。同世代の友人にはあらかた相談したが解決しないので、年上の皓一に悩みを聞いてもらいたい――そんなところだろう、と。
ひょっとすると、健斗が好きになった女性は、ずいぶん年上なのかもしれない。皓一は「俺と同世代の女性じゃないだろうか」と予想を立てていた。
そして皓一は、健斗がいつ相談を持ち掛けてくるか、ずっと待っていたのだ。もう少し様子を見て、健斗が言い出せないようならこちらから話を振ってやった方がいいかもしれない、と思いながら。

事務所内には今、皓一と健斗の二人しかいない。
健斗は真剣な表情で皓一の傍まで近づいてきて、口を開いた。

「仕事中、邪魔して申し訳ないんですが……ちょっと……いいですか、皓一さん……。俺、あなたに訊きたいことがあるんです」

来た来た来た来たーっ!などと思いながら、皓一は少々ぎこちない笑顔を健斗に向けながら答えた。鼻から噴出しそうな熱い興奮を悟られないように、ギュウギュウと体内に押し込めながら。

「ああ……恋愛の悩みなら、相談に乗るぞ? けど、期待はしてくれるな。なんせ俺は、女性とのお付き合いはほとんど経験がないからな。役に立たなくても、責めてくれるなよ! でも大丈夫だ、この職場には女性がいっぱいいる! おまえの悩みだと悟られないよう、俺が彼女たちに相談してやることもできる。彼女たちの協力は、強力だぞ~! きっと一発で解決すること間違いなしだぞ!」

思いつめたような風情の健斗の緊張を和らげようと、冗談めかしてそう言った皓一だったが、健斗はにこりともしないで、相変わらず硬い表情で言った。

「女性じゃ、ないんです、皓一さん。実は俺……男を、好きになったんです」

(はっ?!)

健斗からの予想外の告白に、皓一の脳内がフリーズする。
やがてゆっくりと再起動を始めた皓一は、笑顔を顔に張りつかせたままパニックに陥っていた。

(男を、好きに?! 健斗君が?! 誰がどう見ても究極のリア充ストレート、女の子からのデートのお誘いに毎週末忙しい、といった感じの健ちゃんが?! いやいやいやいやいやいや、ナイだろ、ナイナイナイナイナイナイ! ハッ、待てよ?! もしかして健斗君は、俺がゲイだと勘付いて、確証を得るために自分はゲイだと嘘をついて、俺をカムアウトへと誘導しようとしているんじゃ?! え、どうして、なんで?! もしかして、脅迫するため?! いや待て、健斗君はそんなコじゃないぞ! そうだ、健斗君がここにバイトに来てもう2年くらい、俺はずっと関わってきたが、健斗君は優しいコだ! ハッ! しっかりしろ、俺! もし健斗君が真剣な気持ちで俺にその悩みを相談しているのなら、フリーズはまずい! 傷つけてしまうじゃないか!!)

皓一の脳内は以上のことを超高速で処理した。その間2~3秒。健斗は思いつめた表情で皓一の反応を窺っている。皓一は心臓をバクバクさせながら、健斗を傷つけないよう慎重に言葉を選んで話し始めた。

「うん……そうか、男を、好きに。うん、そうだな、きっとそういうこともあるよな。いいんだぞ、同性を好きになってもこの世界は終わらない。男でも女でも蝶々でも鉄道でも、好きなものを好きになればいいんだ、うん、心はどこまでも自由だからな! まあ落ち着け!」

「俺、落ち着いてます」

「そそそそ、そうか。ごめん、落ち着いてないの、俺の方だな。悪い。健斗君は前に、彼女がいるって言ってたから、ちょっと驚いて。ごめんな。いや、いいんだよ、おまえが男を好きになっても、俺は否定したりしない」

「……皓一さんは、俺を軽蔑したり、しませんよね?」

「するわけないだろ! だって俺は……」

「“だって、俺は”?」

「あっいや、俺はあれだ、そういう偏見、元々無いんだ。それに、不謹慎に面白がったりもしないから、安心しろ、な」

そのとき、館内に閉店を報せる音楽が流れ出し、皓一は慌てて席を立った。

「悪い、健斗君、話はまた今度聞く。閉店作業だ、行こう」

「皓一さん、今夜このあと、飲みに行きませんか。都合が悪くなければ……」

思いつめた表情の健斗を断わることなどできず、皓一は「おう、いいぞ」と快諾した。
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