滅びの序曲 希望の歌

たいよう一花

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1章 新しい住まい――魔界、王宮

22. 滅びの予言を叫ぶ者

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「あの広場を抜けたら、もうすぐ目的の店に着く」

広場には多くの人が集まっている。待ち合わせをする者、菓子を売り歩くもの、楽器を奏でている者。さまざまに過ごしている。
中でも、時計塔の傍の一角に人だかりができていて、誰かが何かをしきりに叫んでいた。
神官風の白い長衣を着た初老の男が、しゃがれた声で演説らしきものをしているようだ。
傍を通りかかった時、男がひときわ大きな声で叫んだ。

「もうじき世界は終わる!! 悔い改めよ!! 罪深き者たちよ、神に祈れ!!」

真剣なその口調と、穏やかではない演説内容に、レイは胸を掴まれたような心地がして、そちらに意識を向けて立ち止まった。
その時。
演説を聞いていた人だかりの中から、一人の老婆がこちらに歩いてきた。

「お……おお……!」

老婆の目は白く濁り、ほとんど見えていないようだが、ヨロヨロとした足取りは次第に早くなり、やがてまっしぐらにレイに向かってきた。

「め、女神さま!! おお、おお、女神さま、お助け下さい!」

そう叫びながらレイに突進する勢いで近づいてきた老婆を、ユースティスが制する。レイを背にかばい、いつでも攻撃できるよう、身構えた。そのユースティスの姿が見えていないのか、老婆は相変わらずレイに手を伸ばし、縋りつこうとしている。

「そこに、おわしますのでしょう、女神さま! 滅びゆく大地から、どうか我らをお救いください! わたしには孫がようさんおります。まだ若い孫たちを、お救いくだされ、後生でございます、慈悲深きイリアナ様!」

老婆は必死の形相で懇願しながら、ユースティスを押しのけてレイに触れようとした。レイは不思議に思って、自分の後ろに誰かいるのかと振り返ったが、それらしき人物は見当たらない。広場を往来する人々が、ただ何事かとチラチラとこちらに視線を投げかけ、通り過ぎていくだけだ。

転びそうになっている老婆を振り切ることもできず、ユースティスが困っていると、若い女性がこちらに走ってくるのが見えた。

「ああ、おばあちゃん!! またここに来てたのね! すみません、ご迷惑おかけして、ほんとにすみません!!」

女性は老婆をユースティスから引き離すと、ペコペコと彼に頭を下げた。

「さあ、おばあちゃん、家に帰りましょう。もうここに来ちゃだめよ、頭の変な人が演説してるだけなんだから」

「うう……ああ……女神さまが、女神さまがの……」

「はいはい、そうね。……それでは、失礼します。ほんとにすみません」

女性は何度も頭を下げ、老婆を支えながら広場を後にした。
ユースティスはそれを見送り、レイの手を再び取ると、歩き出す。
そこへ、王都の警備隊が複数で広場になだれ込み、演説をしている神官風の人物を取り囲むのが見えた。
後ろをチラリと振り向き、それを確認したユースティスが、レイに説明する。

「やっと来たな、王都警備隊。彼らも大変だ。滅びの予言をする輩は最近多く、暴徒化する場合もあるらしいからな。さっきのお婆さんも、感化されちまって、ちょっと混乱してるのかもな」

「滅びの、予言………?」
 
――何かが、引っ掛かる。

(なぜあの老婆は、見えない目で俺を女神と勘違いしたんだろう)

物思いに沈むレイを引っ張るようにして、ユースティスは先を急いだ。
人で賑わう通りから出て道を曲がると、それまでとは少し趣の違う地区に入った。
街路樹が整然と並び、上品な佇まいの店が並ぶ。

「ここだよ」

ユースティスが立ち止まった。
目的の店は黒と白を基調にした落ち着いた外装で、「なぎ移動陣店」と看板がかかっている。
その下には「あなたの目的地までの距離を、優雅に短縮します」と書かれてある。それを指さしながら、ユースティスが面白そうに口を開いた。

「このキャッチコピー、姫が考えたらしいぞ。何でもここの経営者は、姫の親友らしい」

この魔界で「姫」と呼ばれるのは、大抵の場合、魔王の妹であるサライヤを指す。
「優雅」という文字に、いかにもサライヤらしさが漂い、レイは微笑んだ。
店内に入りユースティスが受付を済ませると、案内係の女性がすぐに二人を奥の部屋へ案内した。
女性は恭しくお辞儀すると、

「お二方とも、お待ちしておりました。ご予約にてすべての手続きは完了しておりますので、こちらの移動陣にて、この後すぐのご移動となります。よいお旅立ちを」

そう言ってにっこり微笑み、二人を部屋に残して退室した。
その部屋は、店の佇まい同様、とても上品で洗練された雰囲気を漂わせている。
「つなぎ屋」と呼ばれる、移動陣を用いた魔導術による転移施設は、ここ魔界では珍しくはないが、店構えを見るところ、この「凪移動陣店」はかなりの高級店なのだろう。それはつまり、優秀な人材により、安全で確実な移動を約束しているということだ。

ほどなくして、一人の女性が部屋に入って来た。
艶のある黒いドレスを着たその女性は、優雅にお辞儀をすると、にっこりと微笑み、口を開いた。

「ようこそ、特別なお客様。わたくしは一級転移魔導術師のイリューシアと申します。どうぞ、移動陣の中央へ。すぐのご出立でよろしいですね?」

「お願いします」

ユースティスは答えながらイリューシアに軽く会釈し、レイと共に移動陣の中央へ立った。
二人の目前に立ったイリューシアが魔導術を唱え始めると、移動陣はたちまち眩く輝きだし、辺りは光に包まれた。
そして一瞬のち、光は移動陣に吸い込まれるように消え、彼らは先程とは違う部屋に立っていた。
イリューシアはお辞儀をしたあと、扉に向かい、開け放って二人に声をかけた。

「ようこそ、レンティアルの町へ。ご利用、ありがとうございました。またのご来店、心よりお待ちしております」

二人は彼女に礼を言うと、扉から出た。
店の従業員たちに見送られる中、店内から外に出たユースティスは、レイを伴って通りを歩き出す。ユースティスは歩きながら深呼吸し、笑顔で傍らのレイに話しかけた。

「ああ……俺の故郷、レンティアルに戻ってきた。馬車の旅なら50日以上かかるところ、移動陣なら一瞬だ」

「ああ、本当に、便利だよな。人間界と違って」

「人間界には、『つなぎ屋』がないのか?」

「店としては、ないな。移動陣は熟練の職人にしか造り出せないし、稼働には<気>と一流の魔道術師が必要だろ。だから、<気>の流れが乏しい上に人材不足の人間界では、移動陣はギルドか王族しか、所有していない。……あ……」

レイは賑わう大通りに出たところ、辻の隅に佇む一人の男に視線を投げた。男は『滅びの日がやってくる』と書かれた板を首からヒモで提げ、虚ろな目でブツブツと何かを言っている。
レイの視線の先を追い、ユースティスが口を開く。

「不吉な予言というのは、広がり出すとあっという間だよな。最近は、どこの町にもああいう輩がいるらしい。……レイ、こっちだ。<界門>は、もう、すぐそこだ」

「ああ……」

<界門>手前の関所には、多くの人が手続きを待って滞留していた。ユースティスは関所の裏に回ると、警備の者と言葉を交わし、懐から何かを取り出して見せていた。ほどなく、警備の者が敬礼をして、ユースティスはレイをいざない、警備の者に託した。

「レイ、ここでお別れだ。この先も、すべて順調にいくよう、祈ってる。また会える日を、楽しみにしてるよ」

ユースティスはレイの手をギュッと握ると、名残惜し気に離し、そばかすの浮いた顔に優しい笑顔を浮かべた。レイの胸に言いようのない寂しさが去来する。

「ありがとう、ユースティス。世話になったな。今度会ったら、また色々話を聞かせてくれ。俺には、わからないことだらけなんだ」

「いいとも。何でも、力になるよ」

そうして二人は別れ、レイは関所警備の者に導かれて、<界門>へと向かった。
レンティアルの町の<界門>をくぐり、人間界に足を踏み入れたレイは、魔界とは違う、人間界の若く瑞々しい空気を吸い込んだ。さっきまで濃厚だった魔力と<気>の気配は遠のき、人間の発する生命のエネルギーがそれに取って代わる。

(ああ……帰ってきた。人間界だ。俺の故郷のある、人間界に帰って来たんだ)

レイは感慨に耽りながら一つ深呼吸をすると、しっかりとした足取りで、次の目的地へと踏み出した。


 1章「新しい住まい――魔界」 終わり
      2章に続く



★「滅びの予言 希望の歌 1章」を最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
2章「帰郷――人間界、懐かしい我が家へ」へと続きますが、次の投稿までは間が空きます。
いつになるかわかりませんが、またいつかお目にかかれたら、どうぞよろしくお願いします。
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感想 10

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みんなの感想(10件)

まっち
2021.02.07 まっち

他作品から初めて作者さまを知り、今日一気読みしました。
この作品が読めて、今日が休みで本当に良かった。
最終更新が2年も前ということで、もっと早く読みたかったという気持ちも強くありますが…
またいつか、2人の続きを知れたら嬉しく思います。

2021.02.07 たいよう一花

一気読み、ありがとうございます(*´ω`*)♡
貴重な休日の時間を拙作の読書にあてて下さって、とても嬉しいです!

いつか続きをご披露できる日が来たら、どうぞまたお付き合いしてくださいませね。
ご感想をお寄せいただき、本当にありがとうございました(´▽`*)

解除
yayoi
2019.05.25 yayoi

前作と本作を続けて昨日から一気に読んじゃいました。
でも、ショックなことに最終更新から10ヶ月近く経とうとしてるんですね。
続きを待ち望んでいる読者は私を含めてたくさんいらっしゃると思います。
いろいろ事情もお有りかとは思いますが、熱烈な読者がいることをお忘れなきよう!!

2019.05.26 たいよう一花

嬉しいご感想、ありがとうございます!
埋もれ切っていると思われる本作を見つけ出し、一気読みしてくださるとは、感涙の嵐でございます!!(ノД`)・゜・。
熱烈な読者さまが付いてくださっていたとは、全然まったく思いもよらず、嬉しいやら戸惑うやら木に登るやら……びっくり嬉しいです、本当にありがとうございます!!!!

ああ、私、暇な貴族に生まれたかった。そうしたら一日中創作に時間を使えたのに。貧乏な下級国民ゆえに、残念な日々を送っております……。

お寄せいただいたありがたいご感想を心の糧に、いつか続編を投稿できるよう頑張りたいと思います!本当にありがとうございます!

解除
りさ
2018.12.19 りさ

前作を多分なろうさんで読んでいたのですが続編を見つけて心の中で小躍りしました笑

2章の更新待ってます!

2018.12.19 たいよう一花

わ~、なろうの方から来てくださったのですね(´▽`*)
どうもありがとうございます!
まだ続きを楽しみにしてくださっている方がいるなんて、とてもありがたいです!
いつになるかわかりませんが、また時間があれば続きを書きたいと思っています。
ご愛読&ご感想、本当にありがとうございます!!

解除

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